離婚の意思は、もうふたりの間で完全に決まっていた。長谷川家の親族たちに向けて、少しずつ根回しを始めてもいい頃合いだ。慎は息が詰まるような苦しい感覚を覚えたが、最終的に感情を押し殺した静かな声で言った。「……叔父さんたちが海外から戻ってきたばかりで、おばあさんも喜んでいる。今日は人も多いし、彼女の傘寿の祝いももうすぐだ。それをぶち壊すわけにはいかない。すべてが終わった後にしよう。ちょうどお前の仕事も、第一段階が終わる頃だろうから」紬は頭の中で計算した。美智子の誕生会まで、まだ二十数日ある。そこまで急いで結論を出す必要はない。ポイントは慎のこの静かな態度が、彼の明確な答えだった。彼はもう、離婚を了承している。子供のことは、紬が思っていたよりも慎の心に深く影を落としていたのだ。あんなにも子供の存在を大切にし、愛おしんでいたのに、あの数年間ずっと自分には産ませようとしなかった。もしあの頃、避妊薬に手を加えていなければ。もしふたりの間に子供がいたなら、今はどんな状況だっただろう。紬はふと、そんな叶わない未来を想像してしまった。これほどまでに互いに胸を抉られるような痛みを、どちらも背負わずに済んだかもしれないのに。「……わかったわ」紬はゆっくりと頷いた。それ以上は何も言わずに、静かにリビングの中へ戻った。慎は遠ざかるその細い背中を、ただ黙って見送った。深く俯いて、重いため息をひとつついた。息が詰まって、うまく空気が吸えなかった。本当は、どうしても聞きたかった。「柊にはまったく関係ない」というひと言を。「あなたへの愛がなかったから堕ろしたわけじゃない」という、救いの一言を。たとえ、彼への当てつけや憎しみから堕ろしたのだと言ってくれた方が、まだ自分を納得させられた。なのに彼女は、頑なに何も言わない。本当の理由も、誤魔化しの嘘も、どちらも一言も。ひょっとしたら自分は今、あの頃紬が感じていた孤独と痛みを、ようやく理解し始めているのかもしれなかった。自分が彼女を守るために静かに距離を置いた時期の、彼女の取り残された心境を。その夜の長谷川家での家族の食事の席で、紬は、奇妙な空気を感じた。全員がどこか、表面的な空々しい笑顔を保っているような不自然な空気だった。特に、慎と光貴の間に、それが色濃く滲んでいた。
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