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第8話

Penulis: はじめ
蒼木不動産の社長は、脂ぎった顔をソファに沈めて座っていた。その脇には、黒服の屈強なボディーガードが二人、無言で控えている。

明咲が無理やり部屋に押し込まれると、社長はにやりと笑い、ボディーガードたちに合図を送った。「動くなよ、しっかり押さえろ。お嬢さんに逃げられちゃ困るからな」

両腕をがっちり掴まれ、明咲は床に無理やり膝をつかされた。

蒼木社長はゆっくり立ち上がり、すぐそばの棚から鞭を取り出す。その先端が、からかうように明咲の肩をなぞった。

「一ノ瀬さん、芦屋社長が君をよこしてくれたんだ。せいぜい楽しく遊ぼうってさ。調子に乗らない方がいいぞ。脱がせろ!」

突然怒鳴り、鞭で床を激しく叩いた。

心臓が止まりそうになる。明咲は睨み返し、声を振り絞る。「私が誰だか分かってるの?一ノ瀬家が黙ってると思うの!?」

たとえ蒼木不動産と一ノ瀬家が互角の力を持っていても、本気で揉め事になれば、蒼木側が無事で済むとは限らない。そんなことは百も承知だ。

だが、蒼木社長は余裕の笑みを浮かべて、身をかがめ、明咲の耳元でささやいた。「一ノ瀬さん、俺が君に手を出すのに、何も考えずに来ると思ったかい?

君の婚約者の芦屋社長が、全部許してくれてるよ。今夜どんなことをしても、彼は絶対に止めない。ましてや、一ノ瀬家にバレることもない」

社長はゆっくり身を起こし、明咲の頬を軽く叩いた。

「芦屋社長の力があれば、君の家族にこれくらい隠すのは簡単なことさ」

明咲の顔から血の気が引いていく。

――時也が、ここまで冷酷になれるなんて。

胸の奥を鋭い刃で貫かれたような痛み。息ができない。

「もう婚約は解消した。彼には何の権利もない!」

最後の意地で叫ぶ。

だが蒼木社長は鼻で笑い、手を振って指示を飛ばす。「脱がせろ。無駄口は聞くな!」

ボディーガードたちがすぐに駆け寄り、服の襟を力いっぱい引き裂く。生地が裂ける音が響いた。

明咲は必死に叫び、両手で服を押さえる。

死んでも、絶対にこの人たちの好きにはさせない!

激しく抵抗したせいか、しばらくの間、ボディーガードたちもなかなか思い通りにできなかった。

見かねた蒼木社長が苛立ち、ボディーガードを突き飛ばして自ら鞭を振り上げる。「調子に乗るな!」

バシン!

鞭が風を切り、明咲の服の上から容赦なく叩きつけられた。その瞬間、布越しでも分かるほど鮮やかな赤い痕が、背中に走った。

痛みで全身が震え、冷たい汗が背中を濡らす。

息を整える間もなく、次の一撃、さらにもう一発。背中はすぐに血まみれになった。

意識が遠のく中、明咲は舌を噛みしめて、なんとか正気を保とうとした。もう顔も上げられない。

やがて社長が息を切らし、鞭を床に放り投げる。

「ベッドに運べ!」

ボディーガードたちは明咲を抱え上げ、そのまま大きなベッドに投げ出す。

蒼木社長がゆっくりと近づき、ベッドに上がり込んだ。ずしりと重い体が覆いかぶさり、脂っぽい肌が触れた瞬間、鳥肌が立つ。胃がひっくり返るほどの嫌悪感。

「やめて!触らないで!」

どこにこんな力が残っていたのか、明咲は両手で必死に社長の胸を突き飛ばした。

だが、傷だらけで力が入らず、すぐに手首を押さえつけられる。もう片方の手で服を引き裂かれ――

服が次々と破かれていくのを、涙が止められずに見つめていた。

全部間違いだった。あの時、時也を助けたことも、彼の言葉を信じたことも、全部、全部。

もしあの時、時也なんかと出会わなければ、きっと、こんな目には遭わなかったのに。

でも、人生に「もしも」はない。

すべてを諦めかけたその瞬間、ドンという大きな音とともに、部屋のドアが激しく蹴り破られた。

蒼木社長は驚いて振り返る間もなく、部屋に飛び込んできた男に床へ叩きつけられた。

明咲の体に、温かなジャケットがそっとかけられる。

「明咲、迎えに来た」

その声は聞き慣れた、優しくて力強い声だった。

「律……?」

「そうだよ。約束通り、君を迎えに来た。遅くなってごめん」

篠原律(しのはら りつ)はベッドのそばにしゃがみ込み、そっと明咲を抱き上げた。

彼女の背中の傷を見て、律の目が氷のように冷たくなった。

その直後、黒服のボディーガードたちが雪崩れ込んできて、蒼木社長と手下を瞬く間に取り押さえた。

蒼木社長は床に這いつくばったまま、顔を上げて律の顔を見た瞬間、真っ青になった。

まさか、明咲が律と知り合いだなんて、想像すらしなかった。

律の力と影響力は、一ノ瀬家なんか足元にも及ばない。蒼木不動産がいくつ束になっても、この男の敵にはなれない。

どうしてあんな噂に乗せられて、こんな無謀なことをしてしまったのか。一瞬の欲に負けて、律を怒らせるなんて、死んでも悔やみきれない。

明咲は律のジャケットの裾を必死で掴み、嗚咽混じりに言う。

「律、お願い、連れてって……」

「大丈夫、俺がついてる。もう何も怖くない」

律は優しく背中をなでながら、静かに約束する。「君を傷つけたやつは、誰一人として許さない」

律の腕の中で、明咲の意識は少しずつ遠ざかっていった。それでも、最後の力を振り絞って、彼の服をぎゅっと掴む。

「違う……これは……自分で、終わらせる」

時也、若菜、そして蒼木社長……

この決着は、必ず自分の手でつける。
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