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第42話(12)

「先生の気持ちは嬉しいが、俺がもう、我慢できないんだ。……すまない」 本当に申し訳なさそうな三田村の声に、和彦の中で狂おしい感情が吹き荒れる。強い情欲ももちろんあるが、何より三田村が愛しくて堪らなかった。 和彦は身じろぎ、片腕を動かす。「三田村、顔が見たい」 この求めには応じてくれた三田村によって、姿勢を仰向けへと変えられる。和彦は嬉々として両足を大きく左右に開くと、三田村が腰を割り込ませてくる。自らの言葉が偽りではないと証明するように、三田村はすぐさま欲望の先端を、内奥の入り口に擦りつけてきた。 熟れた肉を、凶暴な熱の塊で押し広げられる感覚は、何度味わっても強烈だ。苦痛と快美さが交互に押し寄せてきて、和彦を責め苛み、苦しさに呻き声を洩らしていたはずが、理性の揺らぎに合わせるように甘い嗚咽に変わる。「うっ、くうっ、んうっ……、あぁっ」 力強く内奥を擦り上げられながら、三田村と深く繋がっていく。 両膝を抱えられ、一度だけ乱暴に突き上げられた瞬間、体の内側をゾロリと蠢く感覚があり、それがあっという間に全身へと広がる。和彦は快美さに小刻みに体を震わせながら、喉を鳴らす。内奥の襞と粘膜が、三田村の欲望に吸いつき、淫らに絡みつく。「気持ちよさそうだ、先生……」 感触を確かめるようにゆっくりと、ぐっ、ぐっ、と奥深くを突かれる。放埓に声を上げ、頭を左右に振る和彦に、三田村がそう声をかけてくる。この状態でウソはつけなかった。和彦は小さく何度も頷く。 内奥からゆっくりと欲望が引き抜かれていき、和彦は浅ましく腰を揺らしながら、まだ奥を犯してほしいと無言で求める。和彦のわがままを、三田村が聞き入れないはずがなかった。「あうっ……ん」 再び乱暴に内奥深くを突き上げられて、堪える術はなかった。三田村が見ている前で、反り返ったまま揺れていた欲望が破裂し、自らの下腹部から胸元にかけて精が飛び散る。「うあっ、あっ、やめっ――」 絶頂の余韻で震える欲望を三田村に掴まれ、扱かれる。悲鳴を上げた和彦が身を捩った
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-05
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第42話(13)

** しばらくベッドに転がっていた和彦は、キッチンからふんわりと漂ってくる匂いに鼻を鳴らしてから、もぞりと身じろぐ。ベッドの下に片手を伸ばしてパジャマの上着を掴み寄せると、苦労して起き上がり、なんとか着込む。 さきほどまでの激しい行為で体力の大半を使い果たしたため、ボタンを留めるだけでも億劫だ。ズボンを穿くためベッドに座り直し、それだけでも息が切れる。 和彦は、キッチンに立つ三田村の背に目を向ける。だいたいいつもの光景だった。動けない和彦のために、三田村がキッチンに立って甲斐甲斐しく何かを準備する。自分は大事にされていると実感できて、密かに気に入っている光景だ。 振り返った三田村の表情を曇らせたくなくて、なんとか呼吸を落ち着け、手櫛で髪を整える。このとき、イスの上に置いた携帯電話が目に入った。 まさか、行為に夢中になりすぎて、着信音に気づかなかったということはなかっただろうと思いつつも、腰を引きずるようにしてベッドの端に移動し、携帯電話を確認する。やはり、どこからも連絡は入っていなかった。 朝になったら優也の様子を城東会に尋ねようと、しっかりと頭に叩き込んでおく。今日のように慌ただしい時間を過ごすと、大事なことをうっかり忘れてしまいそうで、だからこそ慎重であるよう自戒する。それでなくても、夕方から三田村と一緒に過ごせて浮かれ気味だ。 そう、今日は本当に慌ただしかったのだ。午前中はのんびりと過ごしていたはずが、その後、賢吾に追い立てられるように外出してから、様々な出来事が起こった。 あっ、と意識しないまま声を上げると、さすがに三田村は聞き逃さなかったようで、肩越しに振り返った。「どうした、先生?」「いや……、大事なことを思い出した」 途端に三田村が眉をひそめる。「急用なら、今からでも連れて行くが……」「大丈夫。えーと、忘年会を兼ねた飲み会の約束を、人に伝えるのを忘れてたんだ」「それは一大事だな」 大仰な口ぶりで応じた三田村がおかしくて、和彦はくっくと笑い声を洩らす。どうしようかなと思ったが、まだ夜更けとも言えな
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第42話(14)

 ただ、いつでも、温かみのある会話はなかった。それでも、いつだったか、三田村の家庭環境をちらりと教えてもらったことがあるが、そのことを思えば、和彦の生活は十分すぎるほど恵まれていたのだ。「クリスマスは?」 ふいに三田村に問われ、和彦は目を丸くする。「ケーキを買ってもらったり、プレゼントを贈られたりはしなかったのか?」 一瞬、脳裏に浮かんだのは、里見の顔だ。「実家では……、なかったな。そういうものだと思っていたから、特に不満もなかった。一人暮らしを始めてから、こんなに気分が浮かれるものなんだと知ったんだ」「俺は、家で祝うなんてもちろんなかったが、子供会ってやつで近所の子供を集めて、お菓子を配ったり、大人が催しをやってたんだ。あれは楽しかったな」 話す三田村の横顔が穏やかなので、本当に楽しい思い出として残っているのだろう。その三田村がふいにこちらを見た。「去年は、先生へのクリスマスプレゼントを探すのも、一緒に過ごせたのも、楽しかった」「……あんたからもらった時計、壊すのが怖くて、なかなか外につけて歩けないんだ」「壊したら、また俺が買う。それだけだ」 三田村から傾けられる愛情がくすぐったくて、心地よくて、和彦はそっと微笑む。 スープを飲み干してしまうと、汗が完全に引いて少し肌寒さを感じていたはずが、体の内側からぽかぽかと温まっている。 満たされた、と心の底から思いながら和彦は、当然のように三田村にもたれかかる。「眠くなってきたんだろう、先生。ベッドに入る前に、シャワーを浴びて、歯も磨いて、さっぱりしてくるといい。その間に、ベッドをきれいにしておくから」「――……三田村、お母さんみたいだ」 ごほっと咳き込んだ三田村に、空になったカップを取り上げられる。急かされた和彦はのろのろとバスルームに向かっていたが、ふと気になることがあって立ち止まった。 先日、里見と接触したことによって、何か変わったことは起きなかったか――。 そう質問したかったが、自分でも、具体的にどんなことが起こり
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第42話(15)

「当然だ。自分のオンナを、一晩誘拐されたんだからな。これまでも大目に見てきたわけじゃねーが、俺に対する嫌がらせなのかどうか、まず見極めたかったんだ。……南郷は、腹の内が読めない男だ。妬み嫉みの類でバカをやるはずもない。オヤジの命令で、俺とお前を引き離そうとしているのか、と考えたこともあったが……」「わかったのか?」 賢吾がズイッと身を乗り出してくる。「お前はどうだ。一晩近くにいて、あの男が何を考えてるかわかったか?」「わかったら、あんたに話している」「俺は、お前から南郷の刺青について聞いたとき、昔のことを思い出した。ゾッとする、嫌な記憶だ。それで考えたんだ。俺は総和会の中で、そろそろ自分の立ち位置を示すべきじゃないかと」「どういう意味だ?」 賢吾は不敵な笑みを浮かべた。「誰と敵対するか、はっきりさせるってことだ」 その言葉に頼もしさよりも、まず不安を覚えた和彦は顔を強張らせる。自分のせいで、何かとてつもないことが起きようとしているのではないかと、空恐ろしくもなる。 そんな和彦をじっくりと眺めてから、賢吾が立ち上がり、傍らへとやってくる。どかっと隣に腰を下ろした。和彦はやや強引にあごを掴まれ、顔を上向かされる。「そんな不安そうな顔をするな。別に、ドンパチを始めようという話じゃねーんだ。いままで、長嶺組として総和会に物申したことはあるが、俺個人としての要求をしたことはない。それをやめるだけだ。その一つが、幹部会への申し立てというわけだ」「でも御堂さんは、多分、要求は通らないだろうって――」「俺の行動がいろんな人間の耳に入ればいい。結果はわかっているとしてもな。御堂の奴は、正確に情報を集めているようだな。そしてそれを、どこかに煙が立たないだろうかと期待して、あちこちにばら撒く。あいつと親しくなるのはいいが、なんでも言われたことを真に受けるなよ。優しげな顔をしてるが、あいつの本性は鬼だ」 もっとも、と続けた賢吾が、指先で頬をなぞってくる。三田村とは違う指の感触に、背筋にゾクリと甘い悪寒が走った。「自分と同じオンナであるお前には、甘いよう
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第42話(16)

 賢吾には一通り説明してあるが、人手はあるのだから一人で張り切りすぎるなと釘を刺されてしまった。 そのときのやり取りを思い出した和彦は、何かしなければと気が急いている自分の姿を自覚する。「……のんびりするか……」 畳の上に転がって天井を見上げていたが、一分も経たないうちに起き上がり、耳を澄ますことになる。廊下を歩く足音がこちらに近づいてくるからだ。 まさか、と思って身を起こしかけたところで、障子の向こうから声をかけられた。「先生、ちょっとよろしいですか」 若い組員の声に和彦は慌てて立ち上がると、障子を開ける。目の前に二人の組員が立っており、それぞれ見覚えのある箱を抱えていた。「それ――」「組長に言われて、先生のマンションから運んできました」「運んできたって……」 組員が抱えているのは、およそ一年前、和彦が購入した組み立て式のクリスマスツリーを収めた箱だ。そして、一回りほど小さい箱には、自分で揃えた以外に、秦からプレゼントされたオーナメントが。 何をどこに仕舞ってあるのかすら組員たちに把握されているのかと、いまさらながら思うところはあるが、それよりも気になるのは、『組長に言われて』という点だ。「……そんなもの、どうするんだ。ここに持ってきて」「先生は年末まで本宅に滞在するから、せっかく買ったクリスマスツリーを飾らないのはもったいない、と」「そう、組長が言ったのか。もったいないも何も、買ったのはぼくだし、わざわざ持ってこなくてもいいだろう……」 ぼやいたところで、クリスマスツリーはもう目の前にある。持って帰ってくれとムキになって言うのも大人げないように思え、和彦は大きく息を吐き出した。今年は出番がないだろうと諦めていたのだが、こうなっては仕方なかった。「それで……、どこに置くんだ。みんなの目につくよう、ダイニング辺りに置くのがいいのか」「先生のものですから、やはりこの部屋ではないかと」 
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第42話(17)

「――和彦、今何してる?」 誰かと思えば、千尋だ。入っていいぞと応じると、すぐに障子が開き、ジーンズに長袖シャツ姿の千尋が姿を見せた。手には缶ビールが二本。 クリスマスツリーを見て、千尋の目がキラリと輝く。どうやら、わざわざ見物をしに来たらしい。「うわっ、本当にある。和室にあると、違和感すげー」 千尋がいそいそと隣に座ったが、外から帰ってきたばかりなのか、ふわりと煙草とコロンの香りが漂ってきた。和彦は千尋の肩先に顔を寄せ、鼻を鳴らす。「あっ、煙草臭い? 俺は吸ってないんだけど、おっさんたちが容赦なく吸うもんだから、全身に染み付いたんだよ。着替えただけじゃダメだな。先に風呂入って――」「いいよ。帰ってきたばかりで疲れてるんだろ。ここで一息ついていけばいい」 ニッと笑った千尋が缶ビールを差し出してくる。飲みたい気分ではなかったが、せっかくなので受け取っておく。 缶ビールに口をつけようとしたところで、邪気のない子供のような顔で千尋が提案してきた。「ねえ、ツリーの電飾、点けていい?」「どうしようかな……」 案の定、千尋が捨てられた子犬のような眼差しを向けてくる。ふふっ、と笑い声を洩らした和彦は、クリスマスツリーに這い寄って電飾の電源を入れてから、部屋の電気を消す。途端に、何色もの光がクリスマスツリーを浮かび上がらせた。 感嘆の声を上げる千尋に、和彦は尋ねる。「本宅に、クリスマスツリーはないのか? 行事ごとを几帳面に祝っているから、なんでも揃っていそうなんだが」「俺がガキの頃は、せがんで買ってもらったものがあったけど、いつの間にか出さなくなったなー。捨てたのかも。組としては、クリスマスよりも、年末年始の行事のほうがよっぽど大事だし」「……別にぼくは、クリスマスを大事な行事だと思っているわけじゃないからな。なんとなく勢いで買っただけで」「はいはい。――だけど、らしくないことするよなあ。オヤジも」「えっ?」 千尋が意味ありげな笑みを口元に浮かべる。「和彦の気分が少しでも晴れるようにって、気遣った
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第42話(18)

**** ゴホゴホという咳の音を聞きながら、和彦は冷蔵庫の扉を開ける。土曜日に覗いたときは、手軽に食べられるか、日持ちする食品がぎっしり詰まっていたのだが、今日は内容が一変していた。 スポーツ飲料とお茶や水だけではなく、ゼリー飲料が冷やされている。さらにレトルトの粥にプリンやカットフルーツまであり、なかなかの充実ぶりだ。さらに洗面所に行ってみると、洗濯物がまったくないどころか、心なしか洗面所全体がきれいになったように見える。 いや、気のせいではないようだ。床に並べて置かれた空のペットボトルもなくなっており、ゴミを溜め込んでいる様子もない。病人が這ってゴミを捨てに行ったとも思えず、そうなると、考えられることは一つしかなかった。 無意識に口元に手をやろうとしたところで和彦は、自分が今、マスクをしていることを思い出す。今日こそは、途中で外すようなまねはするまいと、心に誓ったのだ。つまり、冷静に、だ。 ガラス戸の向こうに一声かけると、返事の代わりにさらに激しい咳が返ってきた。 静かにガラス戸を開けると、電気のついた部屋も、やはり整然と片付いていた。テーブルの上には、食べたものの空の容器も、飲みかけのペットボトルもなく、風邪薬だけが置かれている。脱ぎ散らかされた服の山は見当たらず、クローゼットの扉がきちんと閉まっている。わざわざ開けて中を確認するまでもないだろう。 どうやら、城東会の組員たちががんばったようだ。 月曜日に、クリニックでの仕事を終えてから優也の部屋に寄ることは、事前に城東会には連絡しておいたのだが、それにしても、こうも環境が改善しているとは予想外だった。 ここで和彦は、部屋が片付いている以外に、前回とは何か印象が違うなと感じ、ぐるりと辺りを見渡す。そして、あっ、と声を洩らした。カーテンが変わっているのだ。「――……叔父さんの、組の連中が、好き勝手に、部屋を弄って、いきやがったんだ」 咳の合間にくぐもった言葉が発せられる。優也が布団からわずかに顔を出し、こちらを見ていた。「人間が住むにふさわしい部屋になった。感謝しないと」 返
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第42話(19)

 一度にしゃべりすぎたとばかりに、優也が体をくの字に曲げて咳き込む。和彦は急いで冷蔵庫からペッボトルの水を取ってくると、優也を起こして飲ませる。ようやく咳が落ち着くと、優也は大きく息を吐き出し、再びぐったりとベッドに横になった。「――僕も、あんたと似たようなものだ」 充血した目を忙しく瞬かせながら、優也が呟く。「ヤクザに飼われてる」「そう、自分を卑下するような言い方しなくてもいいだろ。……少しだけ、君の事情を聞いたけど、やむをえないと思う。それに、飼われてるなんて言い方……。叔父が甥の面倒を見ているだけじゃないか」 優也は鼻で笑った。「違う、違う。お人好しだって言われない? 佐伯先生」「……『先生』と付けてくれるんだ」 ごほんっ、と非難がましい咳をして、優也が続ける。「この部屋に踏み込んで、僕を強引に医者に連れて行くこともできたのに、叔父さんは、あんたを呼んだ。それだったら、普通の医者に往診を頼んでもよかったんだ。そうしなかったのは、城東会の看板をくれた長嶺組の組長に、忠義を見せるためだ。自分の身内を、そのために利用した」「熱でうなされながら、そんな難しいことを考えていたのか。よくなるものも、よくならないぞ」 和彦の言葉から呆れたような響きを感じ取ったのか、優也が布団を頭の先まで引き上げようとしたので、慌てて引き止める。「考えすぎだっ。……他人にあれこれ説明して、状況を取り繕う手間が惜しかったんだろう。宮森さんは」「まあ、どうでもいいんだけど。叔父さんの、組での評価なんて。ただ、僕が、今みたいな生活を送れなくなるのは、困る」 優也の憎まれ口が本心から出ているものなのか、和彦には判断がつかない。ただ、額面通り受け取る気にはなれなかった。粗野な言葉を使う優也から、悪意らしきものは感じないからだ。「利用しているのかもしれないが、君のことを気にかけてやってくれと頼んでくる人間もいるんだ。そう卑下したもんじゃない」「……その頼んできた人間っての
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-07
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第42話(20)

 クリニックのスタッフたちも、休憩時間となると熱心にスマートフォンの画面を見つめているので、気にならないといえばうそになるが、だからといって自分が持ちたいかというと、それは別の話だ。 和彦は一声唸ると、前髪に指を差し込む。「買っても使いこなせないし、あまり手軽に、誰かとやり取りできるようになるのは、嫌なんだ。……息が詰まって、相手を遠ざけたいと思い始めそうだ」 優也は一瞬、何か言いたそうな顔をしたが、次の瞬間には大きなくしゃみをする。和彦はマスクの下でため息をつき、もう一度忠告しておく。「熱が少し下がったからって、油断しないように。いつぶり返しても不思議じゃないんだからな。何かあったら、ショートメールでSOSと送ってくるんだぞ」 返事のつもりなのか、優也は鼻をすすり上げた。**** ビルを出た和彦は、白い息を吐き出して、空を見上げる。今日はクリニックの通常業務のあと、業者を入れてのワックスがけを行ったため、いつもより二時間ほど遅くなってクリニックを閉めた。 和彦自身は作業に立ち会っていただけなのだが、それでもやはり、いつも以上の疲労感がある。そのせいか、歩く足取りは重い。 夜遊びには寛容なくせに、仕事からの帰宅が遅くなることにはあまりいい顔をしない賢吾から、どんな小言をいわれるのだろうかと考えているうちに、いつものように傍らにスッと車が停まった。「はー、疲れた……」 車が走り出すと、シートにぐったりと身を預けて和彦はこぼす。前列に座る組員から、お疲れ様ですと声をかけられ、もぞりと身じろいで姿勢を正す。「君らもだ。ぼくを待ってたせいで、仕事終わりが遅くなっただろ」「わたしらはかまいませんよ。先生を待っている間は、交代でのんびりできますから」 和彦に気をつかっての発言なのだろうが、ここは直に受け止めておく。「ワックスがけは終わったから、あとはクリニックのスタッフたちとの食事会があって、大掃除――……。あっ、御堂さんたちとの忘年会もあるんだ」
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第42話(21)

 和彦は息を吸い込むと、覚悟を決めて車を降りる。その人物は、周囲を取り囲む組員たちの鋭い空気に憶した様子もなく、スッと和彦に歩み寄ってきた。 門扉前を照らす屋外灯の明かりを受け、銀縁の眼鏡が冷たく光を反射する。 和彦は、ブルッと身震いをしてから、掠れた声を発した。「――……兄さん、どうしてここに……」 即座に頭に浮かんだのは、俊哉がこの場所を教えたのだろうかということだった。つい、俊哉もいるのではないかと探してしまったが、それはありえないことだと気づく。 そう、長嶺組組長の本宅に、現役官僚が押しかけてくるなど、あってはならないことだ。だが、英俊はたった一人でここにいる。 愕然としながら和彦は、目の前にいるのは本当に英俊なのだろうかと、自問する。こんな行動は、あまりに英俊らしくない。 もっとも、自分は兄のことなど、実は何も知らなかったのだと、最近思い知らされたばかりだが――。「本当に、囲われ者として生活しているんだな。ヤクザに大事に守られて、いいご身分だ」 開口一番、吐き捨てるように英俊に言われ、和彦はそっと眉をひそめる。反論できる立場でもなく、またその気もなかったため、状況の説明を求めて、英俊とともに外にいた組員に視線を向けた。「先生に会わせろと、突然訪ねてこられたんです。ここにはいないと告げて、お帰りいただこうとしたのですが、だったら警察を呼んで中を確認するとまでおっしゃられて……。ご覧のとおり、押し問答になっていました」 和彦は微かに震えを帯びた息を吐き出すと、迷惑をかけたと組員たちに謝る。それが気に障ったのか、英俊が目を吊り上げた。「謝る相手が違うだろっ」 さほど大きな声ではないものの鋭い口調に、和彦はビクリと身を震わせる。 常に落ち着いた物腰の兄が、自分でも制御できない何かによって突き動かされているのだと悟るには、それで十分だった。不思議なもので、和彦のほうは一瞬にして冷静さを取り戻す。「ここで立ち話をしていても、組の迷惑になる。場所を移動しよう」「……
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