Home / BL / 血と束縛と / Chapter 1461 - Chapter 1470

All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1461 - Chapter 1470

1602 Chapters

第41話(33)

 顔を上げた和彦がじっと見つめると、ふいに言葉を切って賢吾も見つめ返してくる。 危惧するまでもなく、和彦の気持ちは賢吾に伝わっていた。「――……熱が上がっても、俺のせいにするなよ」 そんな言葉のあと、唇を塞がれる。和彦はうっとりと目を細め、口づけに応えていた。 互いを味わうように唇を吸い、舌先を触れ合わせる。緩やかに舌を絡ませていく最中、和彦は鼻にかかった声を洩らし、そんな自分に気づいて密かに恥じ入る。 ついさきほどまで、悲壮な覚悟を持って賢吾と相対し、話をしていたのだ。 いや、話はまだ終わっていない。「あっ、待って、くれ……。まだ、話すことがある――」「もう蕩けそうな顔をしてるのに、まともに話せるのか?」 賢吾の意地の悪い指摘に、ジンと体が疼く。なんとか身を捩ろうとするが、易々と胸元に抱き込まれ、するりと羽織を肩から落とされる。「賢吾っ……」「本気で嫌なら、そんな甘い声を出すな」 賢吾の声が笑いを含む。間近で目が合い、そのまま離せなくなったかと思うと、また唇を塞がれていた。 性急に唇を吸われ、さらに優しく歯を立てられる。強烈な疼きが背筋を駆け抜け、和彦は形ばかりの抵抗を放棄せざるをえなくなる。体と心が無条件に、この男を受け入れたいと訴えていた。「……こんなつもりで、部屋に来たんじゃないんだ……」 熱っぽく唇を吸い合う合間に言い訳のように呟く。「いいじゃねーか。この間みたいに弱り切って、俺の顔を見て泣き出すより。――本当は、昨夜のうちにお前とこうしたかったがな」 賢吾の言葉に怖い響きを感じ取り、反射的に体を強張らせた和彦だが、浴衣の合わせに片手を差し込まれ、荒々しく胸元をまさぐられているうちに、自ら賢吾にすり寄る。 瞬く間に興奮で硬く凝った胸の突起を、抓るように刺激される。和彦は小さく声を洩らして賢吾を見上げ、眼差しに応えて、目元に熱い唇を押し当てられた。 浴衣の帯を解かれ、腰を抱き寄せられて膝立ち
last updateLast Updated : 2026-08-01
Read more

第41話(34)

 欲望をすっぽりと口腔に呑み込まれると、湿った粘膜に包まれる。和彦は細い声を上げながら腰をくねらせ、賢吾の髪に指を差し込む。意外に手触りのいい髪を掻き乱すと、微かに賢吾の喉が震える。すっかり熟した欲望にそっと歯が当てられて、ゾクリとするような恐怖と快美さに襲われる。 賢吾の愛撫はいつものように柔らかな膨らみにも及び、腰が砕けるほど執拗に揉みしだかれ、弱みも弄られたあと、口腔でさんざん嬲られた。「――興奮しきってるな」 唾液と汗で潤んだ内奥の入り口を指先でくすぐられ、和彦は甘ったるい声を洩らしてひくつかせる。 昨夜、南郷にも触れられた部分だ。賢吾の目に晒すべきではないと頭ではわかっているのに、腰が痺れて動けない。それどころか、もっと刺激が欲しいとすら思ってしまう。「賢、吾っ……」「ああ、わかっている」 やや強引に内奥に指が挿入されてくるが、痛みはなかった。賢吾は怜悧な表情を浮かべながら内奥で指を蠢かし、襞と粘膜を擦り上げてくる。 愛撫というより、何かの痕跡を探っているようだと感じたとき、和彦は低く声を洩らし、反り返った欲望の先端から精を滴らせていた。わずかにこぼれた精から、ある程度察することはできたのだろう。賢吾は唇を歪めるようにして笑った。「……南郷にたっぷり搾り取ってもらったようだな。尻は緩んでないようだが――、あいつの趣味か? お前をさんざんイかせておいて、この具合のいい場所に突っ込みもしないってのは」 芝居がかった下卑た言葉を聞き、体の熱がわずかに下がった和彦だが、内奥で大胆に指が動かされ、再び熱が上がる。「今までもそうだが、お前が犯されなかったことに、ほっとする以上に、心底胸糞が悪くなるんだ。妙な謎解きを仕掛けられてるようでな。単なる挑発なら、何様だとどやしつけて、詫びを入れさせりゃ済むことだ。だが南郷は、そんなわかりやすい反応を俺に求めてはいないだろう」 賢吾の口調が熱を帯び、大蛇の潜む目が炎を孕む。話しながら欲情が高ぶったのか、指が引き抜かれて喘ぐ場所に押し当てられたものは、まさに熱の塊だった。「ああ――……」
last updateLast Updated : 2026-08-01
Read more

第41話(35)

 内奥で感じる欲望の脈動と、冷静さをかなぐり捨てた獣じみた低い声に、和彦の意識は一気に舞い上がる。「はあっ、あっ、あぁっ――」 ビクッ、ビクッと体を震わせながら細い声を洩らし、熱い体にしがみつく。 賢吾に欲望を掴まれ、乱暴に扱かれていた。鋭敏になりすぎた体には強い刺激は苦痛ですらあり、和彦は子供のように首を横に振ったが、賢吾は強引だ。和彦は、賢吾の腕に爪を立てたまま達していた。 やはり今度も、わずかな精を吐き出しただけだった。ただ、体中の力はごっそりと失ったようだ。「きつかったか?」 荒い息を吐きながら賢吾に問われたが、和彦は満足に返事もできない。破裂する勢いで心臓が鼓動を打ち、全身の血が目まぐるしく駆け巡っている。息苦しさに目が眩み、浅い呼吸を繰り返す。そのくせ内奥は、離すまいとして賢吾の欲望をきつく締め付けていた。「――中、まだ痙攣してるぞ」 ひそっと囁きかけてきた賢吾が緩慢に腰を揺する。硬さと熱さを保っている欲望に濡れた肉を擦られ、掠れた声を上げた和彦は、大蛇の巨体の一部が彫られた肩に歯を立てる。内奥で、賢吾の欲望がビクンと震えた。 呼吸を整えている間、汗で湿った髪を手荒く掻き乱され、こめかみや頬に何度も唇を押し当てられる。深い情愛が伝わってくる賢吾の行為に応えて、和彦も背の大蛇にてのひらを這わせる。「そいつばかり可愛がるな。……本気で妬きたくなる」 あながち冗談とも思えない口調でこぼした賢吾に、食い入るように見つめられる。和彦は純粋な疑問をぶつけた。「〈これ〉は、あんた自身だろ」「どうだろうな。ときどき、重いものを背負ってる気になるんだ。こいつを剥がしたら、俺は――善良な人間になるのかもしれねーな」 その善良な人間は、好きだという美術を仕事にして、世界中を飛び回っていたかもしれない。だとしたら、和彦と出会うこともなかっただろう。 つい眉をひそめ、賢吾の頬に指先を這わせる。「あんたの背中にいるものは、あんたそのものだ。だから……、刺青がなかったとしても、今のあんたと違う人間にはならない気がする」「つ
last updateLast Updated : 2026-08-02
Read more

第41話(36)

 精を溢れさせる内奥の入り口に、再び硬く熱いものを押し当てられて小さく鳴く。開いたまま喘ぐ肉の洞は、従順に欲望を呑み込み、滑る粘膜と襞をまとわりつかせながら吸いつく。「あっ……うぅ、はあっ、はっ……、んうっ」 腰を揺すって攻め立てられ、内奥深くで暴れる熱を堪能する。我ながら浅ましいと思うが、寸前に『怖かった』と訴えた口から、悦びの声を溢れさせていた。 賢吾の側から離れたくなかった。そのせいで大蛇に絞め殺される事態になっても、おそらく自分は恨みはしないだろうと、漠然とした想いが和彦にはあった。信頼という感情だけでは、こうはならない。 この想いの根底にあるのは――。 上体を捩って乱れ始めた和彦に対して、賢吾はもう何も言ってはこなかった。ただ、献身的といえるほど、快楽を与え続けてくれた。**** コートを着込み、首にマフラーを巻いた和彦の姿をじっくりと眺めて、賢吾はわずかに口元を緩める。「手袋はどうした?」 和彦は軽くため息をつくと、コートの両ポケットをポンッと叩いて見せる。ここ数日、出勤する和彦をわざわざ玄関まで見送りにきては、それこそ子供の身支度を気にする母親のように、持ち物を確認してくるのだ。 気を利かせて、アタッシェケースを抱えた組員が先に玄関を出る。それを待って和彦は、気恥かしさを押し隠しつつ、ぼそぼそと告げる。「……心配してくれているのはわかるけど、車での移動なんだから、あまり厚着する必要はないと思う」「病み上がりのくせに、何を言ってる。それに、昼メシを食いにクリニックの外に出ることもあるだろ。俺としては、毛糸の帽子も被せたいところを、ぐっと我慢してるんだぞ」 毛糸の帽子は勘弁してくれと、心の中で呟いておく。 病み上がりと言っても、微熱よりやや高めの熱が出たぐらいで寝込むほどでもなく、週明けにはすっかり元気になったのだ。しかし、和彦を構いたくて堪らない長嶺父子には絶好の理由となってしまい、週の半ばになっても本宅に滞在している状況だ。「十二月
last updateLast Updated : 2026-08-02
Read more

第41話(37)

**** 十二月になるのを待ちかねていたように、クリニックのあちこちにはクリスマスに向けた準備が行われていた。十一月のうちにスタッフたちが自主的に企画していたもので、和彦は許可を出すと同時に、買い出し用の経費も渡しておいたのだ。 受付カウンターやテーブルの上に置かれていた小物はクリスマス仕様のものに置き換えられ、今朝はとうとう、クリスマスツリーが待合室に設置された。スタッフが、実家に仕舞い込まれていたというものを持ってきてくれたのだ。 遅めの昼食から戻ってきた和彦は、手袋をコートのポケットに入れながら待合室を通り抜けようとして、ふと気が変わった。 パーツを組み立てただけのまだ味気ないクリスマスツリーの前に立つ。きらびやかなオーナメントや電飾はまだないが、それでもなかなかの存在感だ。これから数日ほどかけて飾り付けを行うということで、自分でも意外なほど楽しみにしていた。「あっ」 和彦は思わず声を洩らす。自宅マンションに仕舞ってある、昨年購入したクリスマスツリーを思い出した。 一人いそいそと飾り付けをしている最中に賢吾がやってきて、その後、自分たちがどんな行為に耽ったのか、艶めかしい記憶も蘇り、わずかに頬が熱くなる。 今年は、クリスマスで浮かれている場合ではないだろう。年末が近づくにつれ、ひどい憂鬱に苛まれる自身の姿が想像できた。いや、そもそも昨年も、今ぐらいの時期に和彦は塞ぎ込んでいた。しかも理由は、やはり実家絡みだった。 仮眠室に入ると、コートをハンガーに掛けてからベッドに腰掛ける。週末の数々の出来事があまりに強烈すぎて、かえって現実感を奪っていく。本当に、夢でも見ていたような感覚なのだ。 いつものように長嶺の本宅で、長嶺の男たちに過保護にされていることだけが現実で、それ以外のことは〈悪い〉夢で――。 和彦はハッとして、慌てて立ち上がる。アタッシェケースに入れたままの携帯電話を取り出した。本来は、里見との連絡用として渡されたものだが、今では実家との連絡用となっている携帯電話だ。 本宅で過ごしている今は、長嶺父子に対する遠慮のような気持ちがあり、電源を切ったままにしていた
last updateLast Updated : 2026-08-02
Read more

第41話(38)

 その優しさが、怖くもあった。和彦に優しい情愛を注ぎ続けてくれる#男__ひと__#は、一方で、ひどく残酷な行為にも及んでいるのだ。よりにもよって、和彦とよく似た面立ちの、兄の英俊に対して。 最新のメールは、今朝届いたものだった。目を通した和彦は激しく動揺し、後先考えないまま里見に電話をかける。すぐに呼出し音が途切れ、柔らかな声が応じた。『――やっと連絡をくれた』 咄嗟に言葉が出なかった。自分でも信じがたかったが、一瞬和彦の鼓膜を撫でたのは、紛うことなき嫌悪感だった。反射的に携帯電話を自分の耳から引き剥がすと、電話の向こうから和彦を呼ぶ微かな声がする。慌てて携帯電話を耳に当て直した。「ごめん、里見さん……。今、仕事中だよね」『かまわないよ。だけどちょっと待って。場所を移動するから』 数十秒の間を置いてから、会話を再開する。『今朝のメールを見て、連絡をくれたんだよね』「ごめん……。金曜日からずっとバタバタしていて、今やっと携帯の電源を入れたんだ。そうしたら……。本気、なの?」『本気だよ。今晩、君のクリニックまで迎えに行くから、一緒に夕食をとろう』「ダメだよっ。ここに近づくなんて、何考えてるんだっ」 反射的に声を荒らげた和彦に対して、ゾッとするほど穏やかな口調で里見が問いかけてくる。『君がそんなに怒るのは、〈おれ〉の身を心配してくれているからかな。それとも、自分の生活を掻き乱されることを恐れているから?』 自分の中でそのどちらに比重が傾いているか、見透かされた気がした。「……里見さん、怖い人になったみたいだ」『先週、おれが言ったことは本気だ。君をこちら側に連れ戻すために、おれはできることをする。必要とあれば君の今の生活にも介入していくよ。なんといってもおれは、君のお父さんの代理人だ。職場を見てみたいという希望を、そちら側は否とは言えないだろう』 クリニックが終わった頃に迎えに行くと里見に念を押され、電話を終える。呆然としたのはわずかな間だった。今の自分にはそんな余裕す
last updateLast Updated : 2026-08-02
Read more

第41話(39)

 今日だけは、護衛を外してもらうべきかと考え、次の瞬間には打ち消す。 和彦の中に、里見と二人きりで会うという選択肢はまったくなかった。 もう一度里見に連絡を取るのは無駄だと即座に判断を下し、和彦は迷うことなく賢吾の携帯電話を鳴らす。しかし、こんなときに限って繋がらない。そこで今度は、本宅の電話にかけてみる。電話番の組員に賢吾への取り次ぎを頼むが、今は出かけており、電話にも出られないのだという。 もどかしげな和彦の空気を感じたのか、組員がある提案をしてくる。それを聞いて自分が安堵感を抱いたことに、和彦は率直に驚いた。 頼む、と返事をすると、すぐに内線を回された。『どうかした? せんせ――和彦から電話してくるなんて珍しいね。しかも、こんな時間に』 律儀に名を呼び直す千尋に、つい唇を緩めそうになった和彦だが、すぐに用件を切り出す。「たった今、里見さんと電話で話したんだ」 へえ、と洩れた千尋の声は、すでに怖い響きを帯びていた。和彦は努めて冷静に、そして簡潔に、電話の内容を伝える。「もちろん、行くつもりはないけど、組員と鉢合わせになったら大変じゃないかと思って。ぼくだけならなんとかなるけど、もし、騒ぎになって警察でも呼ばれたら……」『本当に、和彦だけでなんとかなると思う?』「それは……、なんとかするつもりだ」 千尋から返ってきたのはため息だった。『里見は厄介な存在かもしれないとオヤジが言ってたけど、クリニックにまで乗り込んでくるつもりなんだったら、俺も同意見だね。和彦が押しに弱いのをいいことに、連れ出すつもりだよ。わざわざ事前に連絡してきたということは、長嶺組や総和会が出てきても引くつもりはない、って言いたいのかも』「……お前、落ち着いてるな」『一瞬、頭に血がのぼったけど、和彦の不安そうな声を聞いたら、俺がしっかりしないと。――大丈夫。夕方までにはオヤジと連絡が取れるだろうし、もし話せなかったとしても、こっちで最善の手を考えるよ。和彦は、自分の心配だけしてて。騒ぎになるようなことにはしないから』 ま
last updateLast Updated : 2026-08-02
Read more

第41話(40)

「――……ぼくはもう、里見さんと会いたくないんだ。あなたは、昔のあなたじゃない。ぼくを特別扱いして、優しく守ってくれた、あの頃の里見さんじゃ……」 和彦の物言いから察するものがあったのか、里見がため息交じりに呟いた。「君に関することだけは、おれは昔から変わってないよ。君だけが特別で、大事だ」「だから、ぼくと似ている兄さんと、寝ている?」「君は嫌がる言い方かもしれないが、割り切った関係だ。……お互い、利用し合っている。おれは、物分かりのいい大人を続けるために、君の面影にすがりつきたかった。英俊くんは、リスクの少ない相手と息抜きをしたかったというのもあるだろうが、多分、君に対する優越感を得たかったんだろう」「優越感……?」「自惚れを承知で言うなら、弟の大事なものを奪った、と英俊くんは思っているはずだ」 足元がふらついた和彦は、壁にもたれかかる。里見はさりげなく腕を差し出してきたが、すがりつくようなことはしなかった。 思い返すのは、実家で暮らしていた頃、たびたび訪れていた里見に対する英俊の態度だ。いつも一定の距離を取り、特に関心を示すわけでもなく、素っ気ないとすら言える態度だった。あの頃すでに、英俊の中では特別な感情――里見と体を重ねてもいいと思えるものが芽生えていたのかもしれない。それとも、衝動的な感情の結果なのか。 あれこれと思案するには、和彦はあまりに英俊という人間を知らない。一緒に暮らしながら和彦と英俊は、互いを理解しようとする以前に、知ろうとはしなかった。「……ぼくには、わからない。里見さんの気持ちも、兄さんの気持ちも……」「だったらおれは、君の気持ちがわからない。救いの手が差し伸べられているのに、どうして危険な環境から逃げ出そうとしないのか。君は頭がいい。いくら大事に扱われたところで、それは君を利用するためだと冷静に判断できているはずだ。こんなクリニック惜しさに、今の生活が手放せないなんて思ってもいないだろう」 里見の言葉に、ここで積み上げてきた生
last updateLast Updated : 2026-08-03
Read more

第41話(41)

「君の人生をめちゃくちゃにした組織の人間に、会ってみたかった。どんなふうに悪びれていないのか、自分の目で確認したかったんだ。……ああ、なるほど。本当に、悪いことをしていると思っていないんだな」 三田村は反論しない。和彦も、ある部分で里見の発言の正しさを認める。「……やめて、里見さん。そのことはもういいんだ」「よくないよ」「いいんだっ。めちゃくちゃにされたのは、ぼくの人生だ。でも、新しい人生を見つけた」「囲われ者の人生かい?」 全身の血が沸騰したようだった。顔色を変えた和彦を見て、里見はハッとしたように唇を引き結ぶ。すまない、と小さな声が言った。「だけどこれが、君の今の生活ぶりを聞いて、大半の人が抱く感想だと知ってほしい。おれは君に、胸を張って生きてほしいだけだ」「父さんや兄さんみたいに?」 和彦は、自分を守る壁と化している三田村の隣に立ち、そっと視線を向ける。誠実で優しい男は無表情ではあるものの、わずかな苦悩の翳りがあった。里見の言葉に動揺したのは、和彦よりも三田村なのかもしれない。 そこで、この場で里見に告げておくべきことを思い出した。「――この人は、ぼくのたった一人の〈オトコ〉だ。悪びれる必要なんてない。ぼくがそう望んで、この人は叶えてくれている」 和彦は自分の胸にてのひらを当て、じっと里見の目を見据える。「里見さんは、十代の頃のぼくじゃなく、今のぼくを見るべきだ。見たくないなら――もうぼくに関わるべきじゃないよ」 里見は何か言いかけて、結局口を閉じた。そして、厳しい表情で待合室を出て行く。 少しの間を置いて和彦は肩から力を抜くと、隣の三田村にもたれかかる。力強い腕に体を支えられた。「先生、大丈夫か?」 気遣いの言葉に応じるより先に、三田村を睨み付けていた。「どうして、あんたが来たんだ。もしかすると警察と接触していたかもしれないのに……。迎えの車が停まってなかったみたいだと聞いて、少しほっとしてたんだ。それなのに――。組長から、行くように言われたのか?」
last updateLast Updated : 2026-08-03
Read more

第42話(1)

 クリニックに運び込まれたクリスマスツリーは昨日無事に飾り付けが終わり、業務中、ライトがまばゆく点滅していた。 まだ気が早いのではないかと、内心思わなくもなかった和彦だが、余計なことを口にしなくてよかったようだ。 クリニックだけではなく、十二月に入ってから街の景色は慌ただしく様変わりをしている。クリスマスカラーがあちこちの建物を彩り始めているのだ。 本来なら心が浮き立つものがあるのだろうが、あいにくと和彦は、年末を憂いてため息をついている状況だ。それは、移動の車中から、土曜日の昼下がりの街を眺めていても変わらない。 クリスマスなどやってこなければいいと、八つ当たりにも似た心境で思ったりもするのだが、通りを行き交う仲睦ましげな家族や若い男女の姿を見てしまうと、罪悪感に駆られる。 今からこんな状態では、我ながら先が思いやられると眉をひそめた和彦だが、とにかく気分が晴れないのだから仕方ない。つい、重苦しいため息をついてしまい、助手席に座る組員から気遣うような視線を向けられる。「……先生、気分が悪いようでしたら、引き返しましょうか?」 大丈夫だと、和彦は首を横に振る。「なんでもないんだ。……組長に、余計な報告はしないでくれよ」「承知しています」 どうだか、と心の中で呟きはしたものの、あえて念を押したりはしない。 今日の和彦は、昼までごろごろと本宅で過ごしていたのだが、せっかくだから外の空気でも吸ってこいと、賢吾によって追い出された。もちろん、和彦を邪険に扱ってのことではなく、塞ぎ込みがちなのを慮ってのことだとよくわかっている。 自分は同行しないくせに賢吾なりにどうやら計画を立てているようで、和彦は行き先も告げられないまま、ただ車に乗っている。組員が気にしているのは、和彦の体調よりも、機嫌のほうかもしれない。 別に怒ってもいないし、ヘソも曲げてはいないのだと、和彦は今度はそっと息を吐き出す。賢吾に言われるまま着込んできたダウンジャケットが、車内の暖房がよく効いているせいもあり、少し暑い。マフラーを巻いた首元は汗ばみつつある。「ああ、あそこです」
last updateLast Updated : 2026-08-03
Read more
PREV
1
...
145146147148149
...
161
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status