やはり、と心の中で呟いて、和彦は頷く。「父さんに言われて……。ぼくがいつまでも行方知れずのままだと、都合が悪いみたいだから。それに兄さんのほうも、何か事情があるんだろう? 兄弟で同席する場が設けられそうで、断れないって……」「兄弟、か」 毒を含んだ英俊の呟きに、和彦は反射的に身を竦めながら、ぼそぼそと応じる。「兄さんが嫌なら、ぼくは別に――」「いや、父さんが作ったせっかくの機会だ。利用させてもらおう。〈彼女〉が、お前に一度会ってみたいとせがんでくるんだ」 たった一つの単語から、かつて鷹津から聞かされた話を思い出した。 俊哉が、ある企業の創業者と頻繁に会っており、その人物には花嫁修業中の年頃の孫娘がいるということを。政界進出の準備を進めているらしい英俊にとって、家柄に申し分のない伴侶は必要だろうと、和彦は自然にそう考えたのだ。 切り出すことにためらいを覚えたが、質問しないほうが不自然だろう。和彦はわずかに上擦った声で問いかける。「兄さんが今、つき合っている人?」「まあ、そんな感じだ。父親同士が親しいと、話も早い。来年の春か夏には婚約ということになるだろう。その前に、こちら側の家族全員と会っておきたいんだそうだ」「……焦っただろう。そんな話になって」「いっそのこと、お前の居場所がわからないままでいてくれたほうが、ありがたかった。状況は最悪だ。ヤクザが絡んでいるうえに、お前がどうやって生活しているかわかったら、腸が煮えくり返るなんてものじゃなかった。和彦は出奔したままだと、そう言い続けていればいいじゃないかと思ったんだ。だけど――」 俊哉はそんな曖昧な状態を許さなかった。英俊の口ぶりから強い苛立ちを感じるが、和彦にはどうしようもできない。佐伯家のすべての事柄に決定権を持っているのは俊哉なのだ。「父さんには、父さんの考えがあるんだろう。わたしの知らないことを、あの人は知っている。……そう、納得はしていた。お前の処理は、父さんに任せておけばいいと……」
Last Updated : 2026-08-07 Read more