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Lahat ng Kabanata ng 血と束縛と: Kabanata 1641 - Kabanata 1650

1837 Kabanata

第46話(9)

** 夕食前に和彦は、鷹津がキッチンに立っている隙に少しだけ外に出てみたが、世界が一変したかのような静寂と、積もる雪の白さに息を呑んだ。このまま降り続いたら、この場所はすっぽりと雪に覆われてしまうのではないかと不安が首をもたげたが、一方で、物理的に隔絶されるということに、抗いがたい魅力も感じていた。 外はすでに真っ暗で、玄関灯の明かりがかろうじて周囲をぼんやりと照らしているだけだ。明かりの届かない場所まで行ったとき、そのまま闇にさらわれてしまうのではないか――。 和彦はふらりとウッドデッキの階段に足を踏み出そうとしたが、試みは成功しなかった。背後から鷹津に首根っこを掴まれて、部屋に連れ戻されたからだ。 今晩は特に冷え込むということで、夕食はおでんだった。手の込んだ料理は作れないため、ダシもついたおでん種のセットを鷹津が買ってきていたのだ。煮込み担当も鷹津で、料理ができないというわりに、意外に刃物の扱いや準備などが手慣れている理由を問うと、山登りをしていた頃はやむなく自分で作っていたのだという。 その頃の話を和彦はもっと聞きたかったが、おでんを食べて体が温まっているうちにシャワーを浴びてこいと、追い立てられてしまった。 まず熱湯を出して狭いシャワー室内を暖めてから、急いで体を洗う。換気扇から入り込んでくる冷気は厄介で、のんびりしていると、湯を浴びている端から体が冷えてくるのだ。替えのスウェットの上下を着込み、慌ただしくリビングダイニングに戻って薪ストーブの前に陣取る。水滴が落ちている髪を拭いていると、キッチンから鷹津が出てきた。「しっかり髪を乾かしておけよ。湯冷めするぞ」「湯冷めどころか、そもそも温まる暇がなかった。――早く、温泉に入りに行きたい」「お前、毎日言ってるな。それ。……残念だが、確実に明日は無理だろうな」 夜のうちに水道が凍るかもしれないからと、鷹津もシャワーを浴びてくるのを待ってから洗濯を済ませる。梁と梁の間に張ったロープに洗濯物を干していくと、それでなくてもコンパクトな部屋は一層狭く感じられるが、仕方ない。それに、生活感が増した空間を和彦は嫌いではなかった。 総子が送っ
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第46話(10)

 それは今さっき頬を擦ったからだと言おうとしたが、鷹津はその前に体温計を取りに行き、有無を言わせず突き出してくる。鷹津は、和彦の体温管理に厳しい。「一応、こっちは医者なんだが……」「医者の不養生という言葉があるだろ。お前は、ちょっと元気になったら、フラフラしやがって」 渋々体温計を受け取ろうとした和彦は、鷹津の右手に目を留める。トレーナーの袖を捲り上げているせいで、腕から手首にかけて走った刃物傷の跡がよく見えた。「なんだ?」「さすが、ぼくが縫った傷だと思って。跡がきれいだ」 体温計を脇に挟みながら和彦が答えると、鷹津は鼻先で笑った。「オッサンの傷跡がきれいか汚いかなんて、気にする奴はいねーよ」「きっとぼくだけだな。気にするのは」 不自然な沈黙が訪れる。和彦は体温計の電子音が鳴るのを待ちながら、鷹津の視線を意識していた。そのせいか、やけに鼓動が速くなり、今になって頬の熱も感じる。 ようやく熱を測り終えたときはほっとしたが、脇から出した体温計をすかさず取り上げられた。表示を見てムッと唇をへの字に曲げた鷹津に、寝室を指で示される。「お前はもう、ベッドに行け」「……まだ夕方――」「行け」 こういうときの鷹津に逆らうのは不可能だ。和彦は、まだ全然眠くないのだがとぼやきながら、寝室に向かう。確かに、ベッド横の小さな窓には半透明のシートが貼られ、外の景色が見えなくなっていた。 和彦がベッドに潜り込むと、鷹津がサイドテーブルに水の入ったペットボトルを置き、さらにラジオまで持ってきた。「至れり尽くせり……」「うるせー。寒気がしてきたら電気毛布も使えよ」「なんともないんだけどなー」 ベッドの端に腰掛けた鷹津がラジオを操作し、音量を抑えたニュースが流れてくる。どこも大雪で大変なようで、混乱ぶりを伝えるニュースに耳を傾けながら、向けられた鷹津の背を和彦はじっと見つめる。「――ずっと気になってたんだ」「何をだ」「少し痩せただろ、秀」
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第46話(11)

** 横になったままラジオを聴き続けているうちに、いつの間にかうとうとしていた和彦だが、強い寒気で目が覚めた。ぶるりと身を震わせ、ため息をつく。きちんと布団に包まっていて、背筋がゾクゾクしてくるのだ。理由は一つしかない。 今日出歩いて汗をかいたのがいけなかったのか、そもそも本調子ではなかったのか。頭が痛くないだけマシかと嘆息して、慎重に体の向きを変える。いつの間にかラジオは消され、ときおり強い風の音だけが耳に届く。 常夜灯の明かりを見上げて少しの間ぼんやりしていたが、寒気が耐え難いものになってきて、手探りで電気毛布のスイッチを入れる。顔の熱さや、脈が速くなっていることから、それなりに発熱しているようだ。 子供の頃の体調に戻ったようだった。一時期和彦は、特に虚弱というわけではないが、何かとすぐに発熱しては、真っ赤な顔をしていた。普段からおとなしかったので、手がかからない分、弱っていてもわかりにくかったと大人たちから言われていたのだ。紗香の件があって口がきけなくなったこともあって、精神的にかなり負荷がかかっていた時期なのは確かだ。 今のこの体調は、子供返りのようなものなのかと考えて、すぐにバカらしくなる。半身を少しだけ起こして、ペットボトルの水を飲む。あっという間に蒸発していくようで、体に水分が行き渡るという感覚はない。結局、すべて飲み干していた。 寝室のドアに視線を遣る。薪ストーブで温められた空気が少しでも流れ込むようにと、ドアは開いたままになっている。今夜に限ったことではなく、鷹津は火の番をするという理由で、リビングダイニングで休んでいる。 和彦はまた横になりかけて、思い直してベッドを抜け出す。予想以上にふらついているが、歩けないほどではない。枕元に置いてある上着を羽織ると、覚束ない足取りで寝室を出た。 足音を抑えてソファの傍らを通り抜けようとして、声をかけられた。「――どうした?」 ソファの肘掛け部分に足をのせて横になっていた鷹津が、読んでいた雑誌を閉じて起き上がる。「水がなくなったから、取りにきた。あと、濡らしたタオルが欲しくて……」 和彦がふらふらとキッチンに入ろう
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第46話(12)

 鷹津の立場であれば、厄介事に巻き込まれたくないと判断すれば、身軽に一人でどこにでも行けたはずだ。それこそ海外にでも。秦に頼めば手筈を整えてくれただろう。 濡らしたタオルを手渡され、さっそく首筋に押し当てる。「汗で気持ち悪いなら、着替えるか?」「まだ、いい……。そこまで汗はかいてないから」「水は枕元に置いておいてやる」 背後を通り過ぎた鷹津にさりげなく頭を撫でられる。その感触に、和彦の胸の奥が急にざわつき始めた。 膝を抱え、額に濡れタオルを押し当てていると、寝室から戻ってきた鷹津に軽く肩を突かれる。「おい、さっさとベッドに戻れ」「……もう少しここにいる」「お前がいると、俺が落ち着いて横になれねーんだよ」「鷹津――」 咄嗟に呼びかけて和彦が顔を上げると、今度は手荒く髪を掻き乱された。「違うだろ」「秀……。どうして……」 あることを問いかけようとして、寸前で思い止まる。とんでもなく自惚れの強いことだと気づいたからだ。熱で自分は少しおかしくなっていると言い訳しながら、立ち上がろうとして、和彦の体は大きくふらついた。素早く動いた鷹津に腰を抱えて支えられる。「バカか、お前はっ。ストーブに顔から突っ込むかと思ったぞ」 何も言わず見つめ返していると、鷹津は苛立ったように舌打ちする。和彦は半ば引きずられるようにして寝室に戻された。 ベッドに入るよう言われた和彦は、反射的に鷹津のトレーナーの袖を掴む。この瞬間、鷹津の激しい動揺が伝わってきた。「お前は……」 呻くように鷹津が洩らす。「お前は、性質が悪い。元からそういう奴だとわかってはいたが、今のお前は、かまってくれとせがんでくるガキみたいだ。だから一緒の部屋にいたくないんだ」「それは――……」「弱っているお前に手は出せない。いくら俺が獣でもな」 突き飛ばされてベッドに倒れ込むと、そのまま肩を掴
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第46話(13)

**** 昨夜の残りの鹿肉入りシチューを温め直すため、コンロにかけ、慎重に火を調節する。また焦がしたら、鷹津にどんな皮肉を言われるかわからないので、和彦は真剣だ。わずかに水を足してから、次は、冷凍保存しておいたバゲットを二人分、トースターに並べる。 コンロとトースターの前を行き来しつつ、合間にコーヒーカップも二つ出し、インスタントコーヒーの粉を放り込む。シチューが焦げつかないようかき混ぜ、先にパンが焼けたので、器に盛る。 和彦が着々と朝食の準備を整えていると、玄関のドアが開き、重装備の鷹津が姿を見せる。朝早くから、ログハウス前の雪かきをしていたのだ。 この四日の間、雪は降ったり止んだりを繰り返しており、豪雪に埋もれるとまではいかないが、容易に移動ができる状態ではなくなった。こんなときのための備蓄だということで、翔太の配達は止めてもらい、ほぼこもりきりの生活が続いている。和彦の場合、熱が完全に下がるまでおとなしくしていろと言われ、玄関から出ることすら許されていなかった。 そんな生活が功を奏したというべきか、体調はすっかりよくなっていた。鷹津は半信半疑だが。 鷹津が着替えを済ませるのを待って、朝食となる。バゲットを千切ってシチューに浸して食べながら、他愛ない会話を交わす。「シチュー美味しかったな。料理の才能が開花してるんじゃないか」「レシピどおり鍋に放り込んで煮込めば、食えるものは作れる」「つまり、ぼくでも同じ味にできると?」「……さあ、それはどうだろうな」 テーブルの下で、鷹津の爪先を軽く蹴りつける。鷹津はふっと口元を緩めた。「高い山に登ると、気圧のせいで舌が鈍くなるし、汗を掻いた分、体が塩分を求める。若い頃は平気で濃い味つけにして、それが普段の生活にも身についちまってたが、年食ってからは、さすがに加減するようになった。レシピの調味料の分量も、ほんの少しだけ変えてる。――俺だって健康的に長生きしたいからな。お前の口に合ってるんなら、何よりだ」 和彦が返事に困っていると、今度は反対に、鷹津に爪先を軽く蹴られた。「笑えよ。
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第46話(14)

「ウッドデッキの屋根の雪を落とすから、お前がいるとかえって危ない。洗い物をしたあとは、ゴロゴロしてろ」「そんな、落ち着きないのない小さい子供じゃないんだから……」 小声でぼやく和彦に対して、面倒くせーなと言いたげな顔をした鷹津が、ひげを撫でながら思案する。そして、こんなことを呟いた。「――……昼頃から晴れてくると、天気予報で言ってたな」「つまり、散歩に出ていいってことだな」 勢い込んで尋ねると、鷹津が鼻で笑う。「雪道の歩きにくさを舐めるなよ。お前が遭難したときのために、俺もついていく。……はー、仕事が増えたな」 騎士を自称するわりには、性格と口の悪さは変わってないではないかと、心の中で毒づきながら和彦は、再び外に出る準備を始めた鷹津の様子を眺めていて、ある用事を思い出した。「あっ、そうだ。携帯電話を借りるからな」「勝手に使え」 どこにかけるのかは、当然聞かれない。 鷹津が玄関を出ていくと、和彦は急いで洗い物を済ませ、薪ストーブの薪とヤカンの水を確認してから、携帯電話を掴んで寝室に引っ込んだ。 今のところ和彦しか使っていない寝室だが、一応、私的なものは出しっ放しにはせず、段ボールにひとまとめにしてクローゼットの隅に置いてある。見ようと思えば鷹津も見られるが、現状、その素振りは一切見せない。 一旦段ボールを引っ張り出し、ファイルを手に取る。その中に、賀谷から渡されたメモ用紙を挟んでいた。 メモ用紙を手にベッドに腰掛け、さっそく電話をかけようとして、ふとあることに気づく。反射的に、壁に貼り付けた手製のカレンダーを見遣った。 当初、このログハウスにはカレンダーがなかった。正確には、狭いキッチンの壁にかかってはいるのだが、それは四年も前のものだ。これまでの滞在者は日付に頓着していなかったのかもしれないが、和彦はそうではない。ラジオで知ることができるとはいえ、日常生活に組み込まれたカレンダーを見るという行為が大事なのだ。だからといってわざわざ買ってきてもらうほどでもなく、携帯電話のカレンダー機能をチェックするのも
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第46話(15)

** 道に積もった雪には、轍はおろか、人の足跡すら残されていない。溶け始めて水分を含んで重くなりつつ雪を踏みしめて、和彦は背後を振り返る。そこには、二人の足跡がログハウスから続いている。 陽射しを受ける雪の眩さに思わず目を細める。数日ぶりに外に出たせいで、外の明るさにまだ順応できないのだ。何より、寒さに。 外出時の標準装備であるセーターを含めた重ね着の上から、ダウンコートを羽織り、ネックウォーマーに毛糸の帽子や手袋を身につけて、さらに鷹津から、あらゆるポケットにカイロも突っ込まれたが、それでも突き刺すような冷気を感じる。ただ、新鮮な空気に触れるのは心地いい。 数歩あるいては立ち止まる和彦に、鷹津は急かすことなくついてくる。今回の散歩コースは、前回和彦が歩いた道とは逆方向になっている。こちらは比較的坂が緩やかなうえに、足を滑らせたところで山から転がり落ちる心配もないという。とはいっても、ふくらはぎの辺りまで積もった雪は想像以上に歩きにくく、容赦なく乏しい体力を削っていく。転がり落ちるまでもなく、その場に倒れ込みそうだ。 ネックウォーマーで口元まで覆っていたが、息苦しさに耐え切れず下ろす。吐き出した白い息がキラキラと輝きながら大気に溶ける。思い切り息を吸ってから咳き込むと、鷹津に背をさすられた。「……病み上がりが無茶するなよ」「多少無茶しないと、体力が戻らないんだ」「その結果、また熱を出す事態にならなきゃいいがな」「たぶん、今回は大丈夫だ」 目に見えるものではないが、自分の体のことなので実感できるものがある。ようやく、気力が体内を巡り始めたのだ。体力が落ちようが、手足を動かす原動力にはなる。「――お前は、わかりやすいな」「何が?」「駅でお前を捕まえてここに連れてきてからずっと、拾われてきた猫みたいに不安げな様子だったのが、今はやっと性根が据わった顔つきになった」「今朝鏡を見たら、やつれたままだったけどな」 苦笑いしながら和彦は自分の顔に触れる。「そういう意味じゃねーよ。……わかっててとぼけ
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第46話(16)

 この男の安定感はどこから来ているのだろうかと、ふと思った。肉体的な強靭さのことではなく、精神的なものについてだ。出世は望めないにしても公務員の職を捨て、暴力団組織にケンカを売るようなまねをした挙げ句、厄介事の権化のようなものである和彦を懐に抱え込んでいる。なのに微塵も不安さを覗かせないのだ。ふてぶてしい、の一言では済ませられない。 鷹津が歩き出し、掴んだ腕から手が離せないまま和彦も続く。「――どうした。急にまじまじと俺の顔を見て」「あんた、怖いとか不安だとか感じるネジが抜け落ちてるんじゃないかと思ったんだ。いまさらながら」「俺は、食えないクソどもとのつき合いが長いからな。覚悟と準備があれば、ビクビクする必要はない。いざとなれば、外国に高跳びするって手もある。お前も連れて」「……つき合いがいいな」「秦の奴が何回も言ってたんだ。二人分のパスポートぐらい用意してやるってな。俺については、お前の用心棒にでもなってくれればいいと思ってたんだろ。あいつは妙に、お前を気に入っているし」 いつだったか、鷹津と秦が一緒に飲んでいる光景を思い出し、和彦はふっと笑う。「なんだかんだで、仲がいいよな。あんたと秦」「やめろ。気色悪い」 心底嫌そうに吐き出す鷹津がおもしろい。しかしすぐに真剣な横顔を見せ、ぽつりと鷹津は洩らした。「お前が何もかも投げ出したいと言うなら、俺はすぐに海外に逃がすつもりだ。お互い余計なしがらみを抱えちまってるが、目に見える鎖で手足を縛り付けられてるわけじゃない。行こうと思えば、どこにだって行ける――と、お前の世話を焼きながら、ずっと考えてた」 分厚いダウンコートを通しても感じられる鷹津の腕は、和彦をどこまでも引っ張っていく逞しさと力強さがある。大言壮語ではなく、鷹津は実行する男だ。対して自分はと、今のひ弱さに和彦はため息をついた。「ぼくは……、考えることを放棄してた。気力が湧かないまま、周りのお膳立てに甘えて、ただ悲劇の主人公になりきってた」「そうは言うが、けっこうな生い立ちだろ。お前。正直、もっと塞ぎ込まれて、八つ当たりされるのは覚悟して
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第46話(17)

「おばあ様から送られてきたものを見ていたら、経緯はどうあれ、自分は望まれて生まれてきたし、大事に育てられてきたことを思い出した。いろいろな手続きの手順とか詳しく書いてあって、まるで子供に説明しているみたいなんだ。ああ、ずっとこんなふうに、ぼくを気遣ってくれていたんだなって」 総子からの荷物が、和彦の心を解きほぐす大きなきっかけとなったのは間違いない。「ぼくに遺したいという財産の目録は、何回目を通しても、すごすぎて現実味がなくて……。本当なら、和泉紗香という女性が受け継ぐはずだったものなんだ。ぼくと彼女の間に起こったことを思えば、これは本当に許されるんだろうかとか、熱でうなされながらプレッシャーで押し潰されそうだった」 胸の奥に積み重なっていた想いを訥々と語りながら、和彦は意識しないまま鷹津の手を握り返す。「動揺も混乱もしたけど、呑み込んだ。そのうえで、これから先のことを考えたい。一つずつ」「その考えた一つが、今日、どこかに電話をかけたことに繋がるのか?」「ぼくの実の父にかけた。あっ、いや、はっきりはしていないんだ。親子鑑定をしたわけじゃないし。ただ――」「お前は確信しているんだな」 和彦は頷きはしたものの、どういった用件でかけたのかまでは告げなかった。自分と賀谷との間で、まだ秘匿にすべき事柄であると判断したからだ。もっとも鷹津の関心は、電話の内容ではなく、和彦の〈父親〉にあるようだった。「……一度会ってみたいな」「佐伯家の人間にはいないタイプだよ。見るからに優しげで、仕事柄なのか穏やかな物言いと表情をしてて。おばあ様たちが信頼しているんだから、医者としては優秀なんだと思う。でも、自分のことには不器用そうだ……」「だとしたら、俺と気が合うかもしれねーな」 一瞬、返答に詰まったのは、鷹津が冗談で言ったのか、それとも本気でそう思っているのか判断できなかったからだ。 すっかり印象が変わった、髭に覆われた鷹津の横顔を見つめながら、たまらず和彦は噴き出す。「あんたでも、そういうこと考えるんだな」「俺は善
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第46話(18)

「どうした?」「……足の先の感覚がない……」 鷹津に強引にソファまで連れて行かれ、座らされる。何をするのかと見ていると、薪ストーブに新たに薪をくべてから、乱雑に上着を脱ぎ捨て、部屋を行き来する。 和彦は鷹津の行動を目で追いつつ、自らも着込んでいたものを脱いで傍らに置く。ついでに、ポケットに突っ込まれていたカイロもすべて取り出した。もったいないのでベッドに入れておこうかと立ち上がりかけたとき、タオルを小脇に抱え、洗面器を持った鷹津が目の前に立った。 ヤカンの湯を洗面器に注いでいたのは見ていたので、和彦はちらりと笑みをこぼす。「もしかして、足湯か?」 至れり尽くせりだなと、のんきに喜んでいたのはわずかな間で、向かい合って床の上に座り込んだ鷹津に有無を言わさず足を掴まれ、靴下を脱がされた。戸惑う和彦にかまわず、鷹津は湯に浸したタオルを絞った鷹津は、そのタオルで足先を包み込んできた。「さすがに、やりすぎだ。洗面器に足を突っ込んでおくから、こんなことしなくても――」「俺がやりたいんだから、好きにさせろ」「やってることは甲斐甲斐しいのに、偉そうだな」 冷たくなっていた爪先から、じんわりと温かさが伝わってくる。血流を促すように、鷹津はタオルの上から足の指や甲を揉んでくれ、タオルが少しでも冷めると、すぐにまた湯に浸す。気恥ずかしさと遠慮から、最初は体を強張らせていた和彦だが、心地よさには勝てず、おずおずと力を抜いていた。 もう片方の足はひときわ丹念に揉まれ、どうしてかと思えば、痛めた部分を気にかけているのだ。真剣な表情の鷹津を見つめていて、ふと誘われるように前屈みとなって手を伸ばしていた。鷹津の短く刈られた髪に触れてから、頬にてのひらを押し当てる。#強__こわ__#い髭の感触に、ゾクゾクするような疼きが背筋を駆け抜けた。「――さっきの話だが……」 突然鷹津が切り出す。「何?」「これから先のことを考えたい、と言ってただろ」 タオルを洗面器に放り込んだ鷹津が、足に直に触れてくる。足の指を一本一本撫でられ、和彦
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