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第46話(29)

** 両手に荷物を提げ持った和彦を見るなり、イスに腰掛けた鷹津はふっと笑みをこぼした。  スーパーの一角にある自販機が置かれた休憩所で、壁際のテーブルについた鷹津の前には、空の紙コップと新聞紙があった。和彦を待っている間、よほど暇だったらしい。ここぞとばかりに本を買い込んできた和彦は、さりげなく書店の紙袋を後ろ手に隠すが、それに気づかない鷹津ではない。 「お前に本を頼まれるたびに、正直頭を痛めてたんだ。――欲しい本は買えたか?」 「……ああ。これでしばらくは大丈夫」 「そりゃよかった」  ドラッグストアでも必要なものは買えたので、和彦は非常に満足している。鷹津はのっそりと立ち上がると、テーブルの上を片付ける。スーパーで野菜とアルコール類を買っておきたいというので、和彦もつき合う。  そのあと、待ちかねていた温泉へと向かう。 「昼間から温泉に入るなんて、贅沢だ……」  山間にあるという温泉に向かうため、ちょっとしたドライブとなる。車にカーナビはついていないのだが、鷹津の運転に迷いはない。やはりこの土地に馴染み深いようだ。登山をしていた頃、この近くの山にもよく登っていたと話してくれたことはあるが、誰と、いつ頃のことなのか、そこまでは聞けなかったのだ。  鷹津の過去にどこまで踏み込んでいいのか、和彦はいまだ測りかねている。知らなくてもいいことなのだろうが、こちらの家庭事情のほとんどを把握されていることを思うと、なんとなく不公平ではないかと和彦は感じる。  カーラジオからは天気予報が流れている。明日から天候が荒れ、雪が数日続く見込みだという予報に、鷹津が小さく舌打ちをする。和彦はのんびりとしたもので、日課となったジョギングができない間は、ログハウス周辺の雪かきをして体を動かそうかと、ぼんやりと考えていた。すると唐突に鷹津に問われた。 「――帰りにケーキでも買って帰るか?」 「どうして」  数瞬、鷹津が言い淀む。 「……やっぱりいい。今の提案は忘れろ」  そんな言い方をされると、かえって気になる。和彦がじっと視線を向け続けると、渋々、鷹津は口を開いた。 「たぶん、お前の誕生日当日は
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第46話(30)

 和彦は小さく笑い声を洩らす。「思い出した。去年の誕生日も、あんたと一緒だったな。ぼくが誕生日だと言ったときの、あんたの顔っ……」 一人思い出し笑いをする和彦を、鷹津は忌々しげに横目で一瞥してきたが、すぐに口元を緩めた。「そうか、二年連続か。だったら、来年も狙うか。――お前の誕生日を」 和彦は曖昧な返事しかできなかった。今、こうして鷹津と一緒にいるなど、少し前なら想像もできなかったのだ。今後も何が起こっていても不思議ではなく、安易な約束はできない身だ。鷹津も、それは十分わかっている。「……ケーキはわざわざ買わなくていいよ。子供じゃないんだし」「そうか」「その代わり、当日はちょっと手の込んだ料理を作ろう。たまたまだけど、新しい料理本を買っておいたんだ」 主に動くことになるのは鷹津になるだろうが、それぐらいは甘えさせてもらっても許されるはずだ。鷹津も察するものがあったのか、温泉帰りにスーパーに引き返して、もう少し食材を買い込んでおくかと話す。 そうしているうちに、狭い脇道へと車が進入する。こんなところに本当に温泉があるのかと、やや和彦は不安になってくる。しかし、それは杞憂に終わった。 車が数分ほど走ったところで、道が急に広くなり、景色が開ける。収穫を終えたあとの畑を横目になだらかなカーブを曲がると、道が二手に分かれる。片方の道には看板が出ており、ようやく目的地に着いたようだ。 平日の昼前だが、駐車場のスペースは半分ほど埋まっていた。こぢんまりとした銭湯のようなものを想像していた和彦だが、目の前に建っているのは、高級旅館と見紛うような立派な建物だ。「町営、って言ってたよな……」 鷹津にとっても予想外だったのか、あごを一撫でして呟いた。「ずいぶん立派になったな。俺が通ってた頃は、古い掘っ建て小屋みたいなところだったのに」「……いつのことだ?」「俺が純朴な新人警官だった頃」 へー、と和彦は素っ気ない返事をしたものの、実は好奇心が疼いていた。一度ぐらい、鷹津の制
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第46話(31)

** 久しぶりの手足を伸ばしてのゆったりとした入浴は、非常に満足できるものだった。満足しすぎて長湯となり、のぼせたのは予想外だったが。 和彦は、鷹津に支えられてふらふらしながら大浴場を出たが、男湯の利用者がまばらだったのは救いだったかもしれない。冷たい水を飲んで休んでいるうちに落ち着いて、ついぼやいてしまう。「ジェットバスにも浸かりたかった……」「また連れてきてやるから、今日は我慢しろ。バカが。自分で加減もわからないのか」「……そういうあんたは、カラスの行水だろ」「俺は熱い湯に浸かるのは苦手なんだ」 それなのに和彦には、しっかり温まれと何度も釘を刺してきたのだ。浴場から出たら出たで、今度は髪をきちんと乾かせと口うるさい。子供ではないのだからと心の中では思いつつも、言われたとおり、鷹津に監視される中で髪を乾かす。 その後レストランに移動して、二人とも天ぷら定食を頼んだが、運ばれてきた天ぷらの多さに和彦の顔は引き攣る。さつまいもとしいたけの天ぷらを鷹津に引き取ってもらった。 施設内の売店を覗いたりしてのんびりと過ごしているうちに、次々と客が訪れ、受付がちょっとした混雑を見せ始める。鷹津に軽く肩を小突かれて、そろそろ出発することにする。 予定通り、スーパーで食材を買い足してから帰路に着くが、久しぶりに大勢――というほどではないが、見知らぬ人たちの中に身を置いたせいか、疲労感がどっと押し寄せてくる。食後というのもあるのだろう。強い眠気に目を擦っていると、寝てていいぞと鷹津に声をかけられた。意地を張ることなく和彦は目を閉じる。 うたた寝程度ではあったが、夢は見ていた気がする。断片的に記憶に残っている場面は、翻るコートの裾と、こちらに向けて伸ばされた手だ。 胸苦しくなる一方で、妙に浮き立つような気分になり、これが夢だとわかった途端、切なくなった。 慎重に背後を気にかけながら回り道を繰り返して、ログハウスに到着すると、帰ってきたのだという安堵感をまず覚えた。和彦が、買ってきたものをさっそく冷蔵庫や収納ボックスに収めている間に、鷹津は薪ストーブに火
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第46話(32)

「そうだな……。少し、ほっとはしたかもな」「どうして……」「町で、買い物のためにお前と別れたあと、そのまま帰ってこないんじゃないかと考えていた。スーパーでお前を待ちながら、気を紛らわせるために新聞を買って、コーヒーを飲んで――。考えてみれば俺の人生、誰かを待つなんてことほとんどしたことがなかったなと、らしくない感傷に耽ってもいた」 和彦は意識しないまま鷹津との距離を詰める。鷹津は忌々しげに顔をしかめた。「……なんだ。人を珍獣でも見るように……」「初めて、あんたを可愛いと思って、戸惑ってる」 自分で言っておかしくて和彦は声を洩らして笑い、不機嫌そうな鷹津の頬にてのひらを押し当てる。ごわごわとしたひげの感触は、すでに慣れ親しんだものとなっていた。 舌打ちをした鷹津に乱暴に肩を引き寄せられ、間近に顔が迫る。そのくせ、唇に触れる指先の動きは繊細だ。「唇、何か塗ったんじゃねーのか」「……まだ塗ってない」 ドラッグストアでワセリンを買っておいたし、いくらでも塗る機会はあったが、そうしなかった。「どうしてだ。あんなに切れて痛そうにしてたのに」「別に理由はない」 本当か、と問いかけてくる鷹津の目が、意地の悪い光を湛えている。「――……嫌な男だな」「いまさらだな」 次の瞬間、やや強引に唇を塞がれた。熱い舌に唇をこじ開けられ、口腔に入り込んでくる。和彦の背筋にゾクゾクするような疼きが駆け抜け、喉の奥から声を洩らす。 触れ合った舌先同士を擦り付けながら、腰を抱き寄せられるまま、向かい合う格好で鷹津の膝の上に座らせられた。互いの唇を吸い合い、舌を絡め、唾液を交わす。片手を取られて導かれた鷹津の両足の中心は、すでに硬く盛り上がっていた。和彦も、同じだ。 確認の言葉も必要なく、セーターとその下に着ていたシャツを脱がされる。一瞬、ひやりとした空気が肌に触れたが、薪ストーブで暖められた空気がまとわりついてくるのはあ
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第46話(33)

** うつ伏せとなり腰を抱え上げられた和彦は、背後から緩く突き上げられて呻き声を洩らす。内奥深くには楔のようにしっかりと鷹津の欲望が埋め込まれていた。内奥の粘膜と襞を時間をかけて擦られているうちに、和彦の理性は蜜に浸かったように蕩け、ただ貪欲に肉の悦びを求める。 すでに一度、内奥に鷹津の精を受け止め、そのとき和彦自身も達しているのだが、肉欲は鎮まるどころか、ますます強く燃え上がっていた。 薪ストーブの放つ熱のせいではなく、身の内からの熱に火傷しそうだと思った。実際、和彦の肌は汗で濡れており、さきほどから何度も鷹津のてひらに拭ってもらっている。「あっ……ん、んっ」 鷹津の手が両足の間に差し込まれ、柔らかな膨らみを揉みしだかれる。和彦は身をのたうたせ、強い刺激から本能的に逃れようとしたが、動きを封じるように内奥を突かれる。さらにもう一度突かれて、腰の動きを同調させていた。「んうっ、あっ、あっ、あぁっ――」 秘められた肉を掻き分けるように突き上げられる。内奥を淫らに蠕動させ、鷹津の欲望をこれ以上なくきつく締め付けると、背後から大きく荒い息遣いが聞こえてきた。 背筋から這い上がってくる狂おしい肉の愉悦に喉を鳴らす。「しゅ、う……、秀……、秀ぅ……」 うわ言のように名を呼ぶと、鷹津には和彦が今どんな状態なのかわかったらしい。いきなり、内奥から欲望が引き抜かれ、わけもわからないまま和彦はビクヒクと下肢を震わせる。鷹津に抱き起されてすがりつくと、口づけを与えられながら、喘ぐようにひくつく内奥の入り口を指先でまさぐられる。もっと深くに強い刺激を求めて、和彦は腰をもじつかせていた。 毛布の上に鷹津が仰臥して、即座に意図は察した。熱っぽい眼差しを向けられて顔を背けることもできず、和彦はおずおずと鷹津の腰に跨る。興奮しきった猛々しい欲望を片手で掴み、位置を合わせる。初めての行為ではないのだが、だからといって平気ではない。和彦は身を焼くような羞恥と、鷹津からの射るような視線に耐えつつ、ゆっくりと腰を下ろしていく。
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第46話(34)

 和彦は淫らな衝動に促されるまま、反り返って揺れる己の欲望を掴むと、鷹津に見せつけるように上下に扱く。刺激に呼応するように、内奥で鷹津のものが力強く脈打った。 下から突き上げられると、和彦は脆かった。白濁とした精をトロトロと垂れ流し、鷹津が見ている前で絶頂に達する。頭の先から爪先にまで駆け抜ける快美さを堪能している最中に、鷹津の精を内奥深くに注ぎ込まれていた。 悦びが声となって溢れ出ていることに気づいたが、自分でもどうしようもできなかった。鷹津の腰の上で身を震わせ、内奥でまだ硬さを失っていないものをきつく締め付け続ける。快感の余韻はなかなか消えなかった。「――お前は本当に性質が悪い」 深く息を吐き出してから鷹津が呟く。まだ陶然としていた和彦だが、鷹津の引き締まった下腹部に飛び散らしてしまった精を、その鷹津が指先で掬い取る姿にうろたえる。脱ぎ捨てた服を掴み寄せて拭おうとして、止められた。「もったいない」「……バカじゃないか」「触るぐらいなんともない。お前なんて、俺のを〈飲んだ〉じゃねーか。ここに」 意味ありげに腰を揺らされ、もう何も言えない。もう見飽きた――とまではいかなくても、見慣れているであろう和彦のことを、鷹津はただ熱を帯びた眼差しで見上げてくる。繋がったままの痴態を晒しながら、いまさら羞恥しても仕方ないのだろうが、平気ではいられない。和彦は腰を浮かせようとしたが、鷹津に手首を掴まれて止められる。さきほどからなんなのだと、さすがに恨みがましい視線を向ける。「おい……」「お前は性質が悪い」「わかったから、繰り返すな」「お前が何人もの男を咥え込んできたと知ってるのに、それでも、お前がよがっている姿を見ると、のぼせ上がるんだ。俺だけは特別だと、錯覚しそうになる。誰も知らない姿を、俺だけが見ていると――」 精を掬った鷹津の指が、鳩尾から腹部へと這わされて和彦はそっと息を詰める。さらに指は下腹部へと下りていき、陰りをまさぐられる。「なあ、前に俺が言ったことを覚えてるか?」「……あんたには何回も罵られたから、
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第46話(35)

**** 鷹津とは、同じベッドで眠るようになっていた。他人と一緒に寝るのは落ち着かないと、最初は文句を言っていた鷹津だが、意外に寝つきはよく、先に寝息が聞こえてくるのも珍しくはない。 大きめのベッドとはいっても成人した男二人が並んで寝るには少々窮屈ではあるのだが、互いの体温がちょうどいい湯たんぽとなっており、電気毛布を使わずともけっこう快適な夜を過ごせている。何より、静かで深い闇の中、肩先で人の気配を感じられるのはいい安定剤となっていた。 降っている雪が窓に当たる音を、ずっと和彦は聞いている。眠くてベッドに入ったはずが、短くまどろんだあとにはすっかり目が冴えてしまったのだ。リビングダイニングに移動して本を読むのもありだが、寒い中、自分で薪ストーブに火を入れ、暖まるのをじっと待つのは億劫だ。 慎重に寝返りをうち、隣で寝ている鷹津のほうを向く。闇に目が慣れても、ひげのせいでどんな顔をして寝ているのかよく見えない。「――……寝れないのか」 突然、鷹津から声をかけられる。眠っていると思っていた和彦は完全に油断しており、ビクリと体を震わせた。「いや……、ウトウトしてたら、雪の降る音が気になって……。もしかして、起こしたか?」「お前の視線が刺さって気になった」 それは悪かった、と言おうとして、鷹津がふっと息を洩らした。「冗談だ。隣にお前がいない気がして、目が覚めただけだ」「……ここにいる」 そう答えた和彦は、鷹津の腕に手をかける。すかさず抱き寄せられ、体が密着した。「あまりくっついたら、寝苦しくないか」「冷え込む夜には、この〈抱き枕〉はちょうど具合がいいんだ」 鷹津の胸元に額を押し当てながら、ぼくはどこにも行く気はないと、心の中で呟く。町に下りて別行動を取ったときといい、和彦の存在は、鷹津の中では不安を掻き立てるものとなっているようだ。 力強い鼓動を聞きながら、鷹津の背に片腕を回す。少し間を置いて、鷹津の手がするりと、スウ
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第46話(36)

「――……昨日の約束、忘れるなよ」 気を逸らすために苦し紛れに和彦が言うと、鷹津が一旦手を止める。「なんのことだ」「もう忘れたのかっ。……次、温泉に入りに行くときは、個室風呂があるところに連れて行くと言っただろ」 そうだったかなととぼける鷹津の脇腹を抓り上げる。「こんな状態じゃ、他人と一緒の風呂には入れない……」「それは仕方ないな。だがまあ、未知の経験ってのを一度味わっておくのも悪くなかっただろ」 他人事だと思って簡単に言ってくれると、心の中で鷹津を詰る和彦だが、拒まなかったのは自分自身だとわかってはいる。だからこれは、八つ当たりだ。当分味わわなければならない羞恥と後ろめたさは、行為の代償としてやむをえないのだろう。 一方の鷹津は、昨日から甲斐甲斐しさが増している。「すぐに寝れそうにないなら、何か飲むか?」「……おばあ様が送ってくれたほうじ茶がいい」 俺にも分けてくれと言って、ライトをつけた鷹津がベッドから出ようとする。このとき、ささやかな電子音が鳴り始めた。一瞬、空耳かと思ったが、鷹津が素早く枕の下から携帯電話を取り出す。眠っている最中では、最小まで抑えた着信音には気づかなかったかもしれない。「お茶を淹れてきてやるから、待ってろ」 そう言い置いて、携帯電話を持ったまま鷹津は寝室を出ていった。 夜中の電話というものは、自分宛てにかかってきたわけではなくても、なんとなく不安を掻き立てられる。和彦は体を起こして鷹津を待つ。 こういうとき、テレビがないのは意外に困るなと思った。観るつもりはなくとも、適当にチャンネルを入れ替えて気を紛らわせられるからだ。ラジオは、リビングダイニングに置いたままだ。和彦は仕方なく、昨日買った雑誌を開く。 結局、鷹津が寝室に戻ってきたのは、三十分以上経ってからだった。まだ和彦が起きていることに驚いたように、目を丸くする。「起きてたのか……」「――お茶は?」 そう問いかけると、鷹
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第46話(37)

 思いがけない話題を出されて、顔が強張る。反射的に体を起こした和彦は口を動かしはするものの、言葉が出ない。自分が何を言いたいのか、思考が追い付かないのだ。まず頭に浮かんだのは、血なまぐさい事態が起こったのではないかというものだった。「安心しろ。表立って物騒なことになっているわけじゃない。むしろ――」「むしろ?」 鷹津は皮肉っぽい笑みを浮かべる。「気になるか?」「気にならないはずがないだろ」 取り繕ったところで意味はなく、正直に答える。少しの間沈黙したあと、鷹津は意外なことを口にした。「俺は、長嶺を脅した」「……本当に命知らずだな、あんた」「いまさらだな。――電話越しだったが、それでもあいつが心底怒っているのは伝わってきた。さすがに寒気がしたが、まあ、仕方ない。俺なんかに煽られる、あいつが悪い」 ここに来てから和彦は、賢吾だけでなく、長嶺組や総和会絡みの話題は避けるようにしていたが、今夜は気負うことなく触れることができた。そのタイミングが訪れたということだろう。一生触れないまま、ここにいるわけにはいかないのだ。「俺は総和会という組織が昔から嫌いだ。ヤクザの生き血を啜る#蛭__ひる__#みてーなものだ。性質が悪すぎて反吐が出る。だからといって、木っ端の警官にできることなんてない。それは、組織犯罪対策の刑事になったあとも変わらなかった。気がつけば、俺もヤクザと生き血を啜り合う仲だ。俺はこの程度の人間なんだと納得していたが――……」 意味ありげな視線を向けられ、和彦はベッドに座り直す。「長嶺には、何度も警告していた。てめーのオンナを、総和会に近づけるなと。だがどうだ。あっさり取り上げられて、囲い込まれる寸前だった」 鷹津の声にわずかに滲むのは、怒りだった。咄嗟に和彦は、鷹津の腕に手をかける。「あの人の……、賢吾の立場の特殊さはわかってるだろ」「お前のそういうところが、長嶺を調子づかせたんだ。だいたい、何もかもわかったうえで、ヤクザになったはずだ。大事なものを取り上げられたくなかったら、そもそも、お
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第46話(38)

「――……お前の態度次第では、縛り上げてでも、ここから出すなと言われていたんだ」「父さん、が?」「他に誰がいる」 多くを語らない間、鷹津が自分を観察していたのだと知っても、負の感情は湧かなかった。俊哉から何かしら任務を課されていたのは明らかだったし、実際のところ、鷹津は自由に行動させてくれたのだ。「正直なところ、お前が長嶺のことを聞きたがらなかったのは、意外だった。他人の顔色をうかがうのが上手いお前のことだから、俺が機嫌を損ねると思って話題にするのを避けていた……というだけじゃないだろ」 和彦はぐっと唇を噛むと、膝に額を押し付ける。「和泉の家を出てから、ずっと不安だった。自分がどこに帰ったらいいのか、わからなかったんだ。佐伯の家は、ぼくが本当に帰っていい場所じゃないのはわかった。総和会はもっと違う。長嶺組は……。帰ったら、面倒が起きるのはわかりきってる。それでなくても、賢吾を難しい立場に追いやっているのに」「最初にお前を難しい立場に追いやったのは、あいつだ。なんなら、お前をさっさと手放すこともできたのに、それをしなかった」 怒りを押し殺すように、鷹津の声が低く掠れる。和彦がそっと顔を上げると、鷹津は真っ直ぐ正面を見据えていた。まるで誰かを睨みつけるように。和彦の視線に気づくと、決まり悪そうに顔をしかめる。「……執着心ってのは厄介だな。ヤバイと頭ではわかっていても、手を引けない。もっと欲しいと思っちまう」「本当にバカだ。悪徳刑事のままでいられたのに、辞めるなんて」「おい。俺は長嶺の話をして――」 途中で言葉を切った鷹津は、数拍の間を置いてからこう言った。「帰る先が不安なら、ずっとここにいるか? 生活のことは心配しなくていい。俺がなんとかする」 現実的ではない申し出だと、おそらく言った本人である鷹津もわかっている。和彦は小さく声を洩らして笑った。「初めて会ったときのあんたに聞かせたい台詞だな、それ。ぼくのこと、養ってくれるのか」「お前のことだから、いままで何人もから
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