彩葉は山根との通話を終えると、すぐさま割り込み着信が入っていた樹の電話に切り替えた。「先輩、こんなに早い時間に連絡してくるなんて。お仕事忙しくないの?」彼女は明るく笑って尋ねた。樹も朗らかに笑った。「どんなに忙しくても、君に連絡するのを忘れたりしないさ。僕はそこまで冷たい人間じゃないからな」その「冷たい人間」という言葉が、蒼真以外の誰を指しているのか、疑う余地もなかった。「彩葉、あの疫病神のような元夫から、最近何か嫌がらせは受けていないか?」樹の声には、隠しきれない懸念が滲んでいた。彼の目には、蒼真という男の精神構造が、これまで仕事で対峙してきた刑事事件の犯人たちのそれと、何ら変わりないものに映っていたのだ。彩葉は昨晩の対峙を思い出し、淡々と答えた。「普通の会話をしただけよ」「もし彼がまた嫌がらせをしてきたら、必ず僕に知らせるんだ。たとえ夫婦であっても、合意のない行為は法的に処罰の対象になる。それを忘れないで」樹の声がわずかにかすれる。そこには、彼女を苦しめる不条理への激しい憤りと、一人の人間として彼女の尊厳を何としても守り抜こうとする、並々ならぬ覚悟が溢れていた。「僕はただのしがない弁護士だけど、僕なりのやり方で、何よりも大切な彩葉を守ってみせるから」彼はずっと、孤児だった。当時、彩葉の亡き母からの援助がなければ、彼の未来は今とは違い、真っ暗なものになっていただろう。恩人である志乃が亡くなった今、彩葉は彼にとって唯一無二の、最も大切な「身内」だった。「ありがとう、先輩。でも私、もう先輩に飴細工をねだっていた頃の子供じゃないのよ。自分の身くらい、自分で守れるわ」彩葉は常に自立心が強く、他人に依存することを良しとしなかった。そして、時々ふと思うことがある。自分が甘えることを知らず、弱みを見せず、男の前で涙を流せないからこそ、蒼真は自分に少しも興味を持てず、逆にあらゆる手練手管で男を籠絡する雫に夢中なのかもしれない、と。だが、そう考えたところで、自分を変えるつもりなど毛頭なかった。自分は角張った大きな額縁のようなものだ。もし中の絵が合わないのなら、別の絵に入れ替えればいいだけの話。自分の形を歪めてまで、蒼真という絵に合わせるつもりなんて、未来永劫ありえない。「ところで彩葉、今日のお昼、時間あ
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