All Chapters of 再婚したら、元夫と息子が泣いてるんですが?: Chapter 481 - Chapter 490

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第481話

「うわ……氷室グループのロボット、完璧じゃない!私も一台欲しいわ!」「見た目がいいだけじゃ意味ないわよ。実際に動くところを見なきゃ」「氷室グループの製品にハズレなんてあるわけないでしょ。一昨年の電気自動車だって爆発的なヒットだったし、北川も佐久間も太刀打ちできてない。それが何よりの実力の証明よ!」この日、光一も佐久間グループが独自開発したロボットを持ち込んでいたが、どこか垢抜けないデザインは、氷室グループの機体とは大きな差があった。光一はブラック&ゴールドの機体を凝視し、思わず唸った。「雫ちゃん、このロボットのデザイナーは誰だ?センスが時代の先を行きすぎてるよ」雫が誇らしげに口元を綻ばせた瞬間、蒼真が横から口を開いた。「このモデルは、チップの開発から外装のデザインに至るまで、すべて雫が統括した」蒼真は雫を、隠そうともしない、心からの称賛を湛えた眼差しで見つめた。俺が見込んだ人間は、やはり期待を裏切らない――その瞳には、確かな誇りが満ちていた。「えっ、マジで!?この『金ピカ』、本当に自分でデザインしたのか?」「……ええ」雫はほんのりと頬を染め、小さく頷いた。「『金ピカ』と呼ぶな。製品の格が下がる」蒼真が不快そうに眉を寄せた。「雫ちゃんさ、時間がある時に佐久間グループへ来てくれないか?数日でいい、デザイン顧問としてアドバイスが欲しいんだ!」光一の笑い混じりの懇願に、雫はちらりと蒼真の顔を伺った。案の定、雫が答えるより先に、蒼真の拒絶が飛ぶ。「そっちも焼きが回ったな。自社にまともな人材がいないからと、うちの人間を引き抜こうとするとは」「うちの人間」。その響きだけで、雫の胸は歓喜に高鳴った。「雫は氷室グループの根幹を支える大切な戦力だ。俺に必要な人間を、他所へ貸し出すつもりはない」「一回くらい、いいじゃないか!」「一分たりとも許さん」蒼真と光一は幼馴染であり、兄弟同然の仲だった。かつて光一が投資に失敗し、百億近くの穴を開けた際も、蒼真は一言も文句を言わずに肩代わりした。借用書すら取らないほどの気前の良さだった。それほど気前の良い蒼真が、こと雫に関することとなると、途端に頑なになった。まるで宝物を奪われまいとする子供のように。「ケチ!」「六十億の利息、暇な時にでも振り込んでおけ」蒼真は
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第482話

彩葉は、やるせなさに、小さく溜息をついた。「分かっているわ。でも今夜は、やはり彼と話す必要があると思うの。どんな意図で近づいてきたにせよ、北川グループの頂点に立つ男である以上、無下にはできないわ。それに……喉から手が出るほど、その提携を望んでいる。もし投資を引き出せれば、一億という額でも、ターナルテックの当面の危機は乗り越えられるはずよ」代表に就任して、まだ数日。それだというのに、問題は濁流のように押し寄せてくる。社長業というものは、決して甘いものではなかった。とりわけ、男たちが支配する経済界という伏魔殿に身を置く女性にとって、下心を持って近づく者は後を絶たず、全身を這うような不快な視線にも耐えねばならない。母も、会社を立ち上げた頃は同じ苦労を背負っていたのか……母は、本当に強かった。何があっても、彼女の形見であるターナルテックを、あの孝俊の手で潰させるわけにはいかない。「はあ……本当に大変ですね……」その時、夢がふと何かに視線を止めた。「あっちを見てください!あのゴールドのロボットを!」彩葉は顔を上げ、何気なくその方向を視界に収める。氷室グループが展示している、ブラック&ゴールドのロボット。それを目にした瞬間、彩葉はハッと息を呑んだ。金縛りにあったかのように、体がその場から動かなくなる。夢が、嫌な予感に顔を曇らせた。「あれって……氷室グループの研究開発部にいた頃、あなたが参加した開発プロジェクトで提出したデザインじゃないですか?あの時拝見して、なんてハイセンスなんだろうって感動したのを覚えています。でも柳亜里沙が、あなたを潰したくて『何の価値もない』と切り捨てて、不採用にしたはずじゃ……」彩葉はそのロボットを見つめ、険しい眼差しを向けたまま、遠い記憶の深淵へと沈んでいった。あのブラック&ゴールドの意匠案は、毎晩、瞳真を寝かしつけてから一ヶ月もの間、深夜まで机に向かい続けて生み出した、心血の結晶だった。幾度も自らのアイデアを否定し、苦心の末に辿り着いた造形、そしてあの色彩の調和。この世界に、たった一つしかないはずのもの。それが今、次世代科学技術イノベーション大会という晴れ舞台に、堂々と姿を現している。あろうことか、氷室グループの「自慢の出場作品」として。「……ええ。間違いなく、私のデザインよ」彩葉は
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第483話

「けれど、焦って動けば息の根を止めることはできない。もう少し待って。あの女が二度と立ち上がれないような、完璧な瞬間を待つのよ」夢はやり場のない怒りに拳を握りしめ、納得のいかない思いを飲み込み、頷いた。今は彩葉を信じるしかない。いつか必ず、雫に痛い目を見せてやると誓いながら。結局、ロボットコンテストの栄冠は、氷室グループの手に渡った。洗練された外観は多くの大企業の目を引き、雫の元には技術を学ぼうとする人々が列をなした。既にいくつかの会社が、氷室グループとの提携やロボットの発注を決めている。雫は周囲に持て囃される全能感に酔いしれ、有頂天になっていた。その隙に、蒼真は密かに会場を抜け出した。見慣れた後ろ姿を求めて、彷徨うように歩き回る。ようやく、廊下の突き当たり。給水機の前に立ち、紙コップで水を飲んでいる彩葉を見つけた。彼女は白く細い首を反らせ、一気に冷たい水を飲み干した。唇の端から零れた水の雫が、美しい顎を伝って滴り落ちる。無防備でありながら、どこか目を引く艶然とした仕草。蒼真は、知らず生唾を飲み込んだ。高級サファイアのカフスが煌めく大きな手が、無意識にじわりと握り込まれた。近頃、やけに頭の中をよぎるその面影へと、一歩一歩、吸い寄せられるように近づいていく。一杯では胸のざわつきが収まらず、彩葉が再び水を注ごうとした時だった。視界に大きな手がぬっと現れ、コップを遮るように手を伸ばした。驚いて顔を上げると、男の深く昏い、切れ長の瞳と目が合う。反射的に、彩葉は手を離してしまった。蒼真が咄嗟に掴もうとするも間に合わず、紙コップは潰れ、中身の水が勢いよく飛び散った。彼のオーダーメイドの黒い革靴を、無作法に濡らしていく。「……何をするの?」彩葉は一歩引き、警戒も露わに彼を睨みつけた。全身から滲み出る、明らかな嫌悪。水を浴びせられた蒼真だったが、普段なら不快感を隠そうともしない彼は、今に限っては顔色一つ変えなかった。「胃が弱いのに、冷たいものを飲むな」彼は潰れた紙コップをゴミ箱に放り込み、厳しい眼差しで彼女を捉えた。「瞳真の母親だろう。自分の体調管理くらい、まともにできないのか」口を開けば、いつも小言。かつて、お湯を一杯乞うても見向きもしなかった男が、今さら冷たいものを飲むなと説教をしてくる。毒気にあ
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第484話

美しくも威圧的な瞳に見下ろされ、彩葉の胸がぎゅっと締め付けられた。傍目には親密な抱擁に見えても、彩葉の心に喜びなど微塵もなかった。あるのは、自由を剥奪される恐怖と、底冷えするような悪寒だけだ。「放して!……私に触れないで!」「たとえ残り二ヶ月だとしても、お前はまだ、俺の妻だ」蒼真は抗議に耳を貸さず、さらに腕に力を込めた。荒い呼吸に胸を波打たせ、手の甲には血管が浮き上がる。「抱いて何が悪いというのだ」「……ふん」彩葉は鼻で笑い、嘲るような鋭い光をその目に宿らせた。その偽善に満ちた化けの皮を、今すぐ引き裂いてやりたい。「じゃあ、抱くだけじゃなく、今日のこの晴れ舞台で手を繋いで入場しましょうか。私たちが夫婦だと、世間に公表して。氷室社長、いかが?」「……お前がそれを望むのか?」地を這うような低い声が響く。彩葉の瞳に、微かな翳りが差した。胸の奥に、どこからともなく説明のつかない苦さが滲み出した。以前の自分なら、狂喜して「望む」と答えていただろう。いつでも彼と手を繋ぎ、誰の目も恐れず、二人で世間に向き合いたかった。だが、もう遅すぎた。そんな願いは、とっくに潰えている。もはや愛など欠片も残っていないが、この狡猾で身勝手な余裕を揺さぶるために、彩葉は敢えて言葉を投げた。「ええ、望むわ。さあ、行きましょう」彩葉が本当に歩き出そうとすると、冷や水を浴びせたのは蒼真の方だった。彼はさらに強く腰を抱き寄せ、冷酷に笑った。「結婚する前に俺が何と言ったか、忘れたか?俺は結婚という形に縛られもしないし、お前に氷室家の何かを与えるつもりもないと言ったはずだ。あの時、俺は念を押した。『一生、表に出られない女でいいのか』とな。お前はそれを受け入れて嫁いだはずだ。今さら何がしたい?後悔でもしたのか?それとも、あれもこれも欲しいと、今さら欲をかくつもりか?」彩葉の胸が、鉛のように重くなった。目の前の男は、かつて自分が彼に捧げた純粋な愛情を、泥を塗って投げ返してきた。刃となって、彼女の心を容赦なく傷つけていく。あの頃、何も疑わず彼に嫁ぎ、屈辱的な条件をすべて飲み込んで、彼を心から愛した。その献身が、今や彼が自分の身勝手を正当化するための道具に成り果てている。全身から血の気が引いていくのを感じた。反論も、罵倒もできる。だが、そん
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第485話

「最後にもう一度だけ忠告しておく。北川の人間には近づくな。特に、あの理だけは」彩葉は振り返りもせず、迷いのない凛とした足取りで歩み続けた。「……そんなにお暇なら、大事な雫の面倒でも見ていらしたらいかが?私の歩む道に、あなたが口を出す必要なんてないわ」「分別を弁えない女だ!敵味方の区別すらつかないのか」蒼真は怒りに声を詰まらせた。「言うべきことはすべて言った。いいか、北川理に痛い目を見せられたとしても、俺に助けを求めるなよ」「安心して。例え天地がひっくり返ったとしても、あなた一人が残ったとしても――自ら命を絶つ方が、よほどマシだわ。あなたに頭を下げることだけは、死んでもしない」過去の五年間。蒼真に、母の墓参りへ同行してほしいと縋った。雪美が瞳真を連れ去った時、せめて子供に会わせてほしいと泣いて頼んだ。瀬川家の資金繰りが行き詰まった時、一度でいいからターナルテックを助けてほしいと頭を下げた。あれほど、惨めに、そして必死に、彼を求めていた。けれど、彼が一度でもそれに応えてくれたことがあっただろうか。遠ざかる女の、揺るぎない後ろ姿。それを見送りながら、蒼真は喉の奥に苦い塊が閊えるような不快感に苛まれた。じわじわと何かに締め付けられるようで、呼吸が苦しい。……全く、どこの頑固者に似たんだか。手の付けられない意地っ張りめ。「蒼真さん……」雫がドレスの裾を揺らしながら、小刻みな足取りで歩み寄ってきた。蒼真の切れ長の瞳がひどく赤く染まり、彩葉が去った方向を一点に見つめている。その事実に気づいた瞬間、雫は激しい嫉妬の炎に身を焦がした。手に力が入り、高価なドレスの布地が悲鳴を上げるほどに握りしめる。女の直感は、時に残酷なほど鋭い。雫にははっきりと分かっていた。蒼真の中に、彩葉への感情が、浸食し始めている。それは本人すら気づいていない、静かな、けれど確かな変質。雫の瞳に、どろりとした暗い情念が宿った。蒼真が彩葉と結婚したのを、五年も耐えてきた。その間の唯一の救いは、彼が彼女を愛していないこと。家の置物か、跡取りを産むための器としか思っていないことだったのに……!あの女に、蒼真の心の一片たりとも渡してなるものか。蒼真は、自分だけのものだ。「……どうした」感情を抑えきれぬ蒼真の声は、いつもより硬かった。雫はびくりと肩を震わせ
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第486話

「はいはい、おっしゃる通りで」河野は一呼吸置き、意を決したように声を低くした。「社長、本気でターナルテックへの投資をお考えですか?調査の結果、あそこは今、経営状況は火の車です。目玉となるプロジェクトも皆無です。工場のストライキに、社長の逮捕……あんな沈みかけの泥舟、救いようがありませんよ。早晩潰れます。そんな場所に投資したと会長に知れれば、雷が落ちますよ」理は眉を顰め、深くタバコを吸い込んだ。河野の進言は続く。「以前なら、数億くらい景気よく出して、氷室代表とお近づきになるのも遊びのうちだったでしょう。ですが今は、翔さんがあちらから戻ってきています。先日の家族会食でも、会長の彼への態度は、明らかに軟化していました。外で修業を積んだ翔さんはうまく立ち回り、弁が立ち、世渡りも上手くなっています。会長がご高齢ゆえに丸め込まれるのも、無理はありません。ですが我々から見れば見え透いていますよ。突然、母親のいない長孫を連れて現れ、会長の歓心を買って家業に口を出そうとしている……!――つまり、社長の権限を削り取ろうとしているのです!」「権限を分ける」という言葉に、理の瞳に鋭い殺気が宿った。北川家において最も忌むべき存在。それは翔吾という「落とし胤」だ。父は娘の綾より息子を重んじる。おまけに綾は自堕落で、とっくに使い物にならない。跡継ぎの座は自分のもの。それは揺るぎない事実だと思っていた。だというのに、理が四歳の時、父は愛人である香織を身重のまま家に迎え入れた。香織が身重の体で静養している隙に、理は庭の小道にビー玉を撒いて転ばせたり、飲み物に毒を紛れ込ませた。それでも、どうしても腹の子を堕とすことができず、結局、北川翔はこの世に生を受けた。あの私生児こそが、跡継ぎへの道における最大の脅威。幸い、父は長年、あいつを冷遇し続けた。自分や綾が十年にわたって彼を虐め抜いても、父は見て見ぬ振りを貫いてきたのだ。あいつはもう、致命的な痛手を負い、再起不能になったと思っていた……まさか、これほど鮮やかに巻き返してくるとは。完璧だった日々が、音を立てて崩れ始めていた。河野の言葉は核心を突いていた。怒りで沸騰していた頭が、急速に冷静さを取り戻していく。だが、彩葉は滅多に拝めない極上の女だ。ひと目で魂を抜かれていた。このまま諦め
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第487話

会場には続々と来賓が集まりつつあった。雫は手慣れた様子で監視の目を盗み、理を庭園の片隅へと誘った。氷室と北川は長年の宿敵だ。蒼真に知られれば、後の計画に支障が出る。先の栞菜の件では、恩人というカードを切り、泣きついて、辛うじて蒼真を懐柔することに成功した。だが、あれは紙一重の賭けだった。他の女なら、疑われた瞬間にゴミのように捨てられていただろう。ゆえに、これからの一手は万全の、さらにその上をいく慎重さが求められる。「こんな人目のない場所に呼び出すなんて。端から見れば、俺たちの間に『何か』あると勘違いされそうだねぇ」理は軽薄に眉を上げると、雫の顔に、悠然と煙の輪を吹きかけた。「まあ、刺激的な遊びが好きな俺の好みを分かっておいでだ。そういう素直なところ……彼が君を手放さない理由、分かる気がするよ」彩葉に接していた時の、あの慇懃な物腰とは正反対。雫への態度は、単なる暇つぶしの玩具に対するそれだった。雫は瞳の奥に嫌悪を滲ませ、小さく咳払いをして本題を切り出した。「ご冗談が過ぎますわ、北川社長。私にそのような下心がないことくらい、重々承知しております……ですが、私の姉に対してどのような感情を抱いているかは、見ていればよく分かりますわ」理は飄々と笑った。「彩葉代表とは、つい先程知り合ったばかりだ。互いの理解を深め、仕事の話をしたいと思っただけだよ……それに、姉が誰と付き合おうと、妹の君が口出しする筋合いはないはずだが?」「いいえ、林家の人間として、看過できないのです。林家の名誉に関わることには、私にも責任があります。何より、姉と義兄の仲に、これ以上余計な亀裂を生んでほしくないのです」雫は曇りのない、正義を宿した瞳で、相手を真っ直ぐに見据えた。「北川社長、あなたの望むような女性など、他にいくらでもおりましょう?姉のことだけは、どうか早々に諦めてください。そうでなければ……誰も幸せにはなれませんわ」理の眉が、ピクリと跳ね上がった。「彼女、結婚しているのか?相手は一体、どこの誰だ!」雫は大袈裟に驚いてみせた。「あら……北川社長、ご存じなかったのですか?姉には既に夫がおりますし、五歳の子を育てる母親ですのよ」結婚、五歳、息子……理の脳裏に、彩葉と翔吾の息子が親しげに笑い合っていたあの写真がフラッシュバックした。顔が瞬時に硬
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第488話

「……誰だって!?」理は目を見開き、咥えていたタバコが、指の間から零れ落ちた。雫はその驚きようを眺め、心の中で冷笑を浮かべる。「氷室蒼真ですよ、北川社長ともあろうお方が、お聞き違いですか」理の瞳に、ぎらついた火が灯った。噛み締めた奥歯の隙間から、低い唸りが漏れる。「氷室蒼真の妻だと……?あの人が、どうしてあいつの女なんだ」大会の間、二人の間には終始接点などなかったはずだ。彩葉が会場を追い出されそうになったあの時ですら、蒼真は素知らぬ顔で、一言の助け舟も出さなかった。あれが夫婦だと?犬ですら見向かないような、冷え切った仲だったじゃないか!雫はわざとらしく溜息をついてみせた。「無理もありませんわ、北川社長。あの場にいた誰もが気づけなかったことでしょう。実を言えば、姉と義兄の仲はここのところ冷え切っておりまして。姉はもう何日も家に帰っていないのです。夫婦というにはあまりに脆い、危うい関係で……こんな時期に、北川社長との良からぬ噂でも立てば、夫婦の関係は、完全に修復不能となるでしょう。私は、姉をこれ以上追い詰めたくありませんの。氷室家での姉の立場は、元より針の筵なのだから……」いかにも献身的な妹を装った、毒を含んだ口振り。理の瞳の奥に、じわりと濁った光が差す。「……離婚寸前、ということか?」雫はぎゅっと唇を噛み、苦渋に満ちた表情で黙秘した。それは雄弁な肯定だった。理は鋭い目を細め、舌先で頬の内側をなぞる。理性で抑え込んでいた欲望が、再び疼き始めた。なるほど。彩葉は翔吾と関係があるのではなく、蒼真の女だというのか。……面白い。理は生まれつきの闘争家だ。力ずくで抗いがたい愉悦に身を焦がす。困難であればあるほど、手の届かぬ高嶺の花であればあるほど、支配欲が燃え上がるのだ。たとえ心までは手に入らずとも、一度でもその果実を味わえるのなら。それに、蒼真のあの傲慢な面構えには、以前から鼻についていた。あの傲慢な男の女を寝取り、盛大に泥を塗ってやれるのだ――想像するだけで、背筋に熱い衝撃が走り抜ける。「林さん。率直に聞くけれど、お姉さんが離婚して一番得をするのは、君じゃないか?」理がからかうように雫を値踏みする。雫は眉根を寄せ、悲劇のヒロインのような顔を作った。「世間が私をどう見ているかは承知しております。私と義兄
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第489話

雫の表情をどろりとした暗い色に染めた。「……駄目だったわ」「なんですって!?蒼真さんが動かなかったとでも言うの!?」「蒼真さんは動いた。けれど、どこからともなく現れた女に邪魔されたのよ。RXグループの会長夫人とかいう老婆に彩葉が気に入られてしまって……最悪だわ!」周囲に誰もいないことを確認し、雫は淑女の仮面をかなぐり捨てた。苛立ちをぶつけるように、ヒールを床に叩きつけた。「それだけじゃない。あの女、なんとターナルテックの代表に就任していたのよ!ねえ、笑えないでしょう?学歴も教養もないあの女が社長だなんて、質の悪いジョークだわ」「あの小娘が、あの死にかけの泥舟に……?」多恵子は絶句し、しばらく沈黙した後、嘲笑を漏らした。「ふん、まあいいわ。あの子の手でターナルテックが完全に息の根を止められれば、それはそれで自業自得というもの。あの忌々しい母親も、草葉の陰で歯噛みするでしょう。けれど、せっかくの好機に恥をかかせられなかったのは、惜しかったわねぇ」「お母さん、惜しくなんてないわ。今日は予想外の収穫があったもの」「収穫?」雫は赤い唇を、ゆっくりと吊り上げた。その笑みには致死量の毒が含まれている。「見ていて。もうすぐ、あの女が二度と再起できないほど、二度と這い上がれないどん底まで突き落としてあげるから」……晩餐会は定刻通りに始まった。昼間の厳粛な空気とは打って変わり、会場は芳醇な香水の香りと華やかなドレスで溢れ、上流階級特有の贅沢を極めた空気が支配している。彩葉は日中のシャンパンゴールドのスーツを脱ぎ捨て、オフホワイトのオフショルダートップスに、鮮やかなイエローサテンのロングスカートを合わせていた。肩に流れる艶やかな黒髪。その姿は、夜に咲き誇るチューリップのように凛として、人々の目を釘付けにする。近寄りがたいほどに美しく、それでいて見る者の俗世の喧騒を忘れさせるような、圧倒的な清廉さ。会場に姿を現した瞬間、彩葉は再びすべての視線を独占し、男たちの脳裏に、強烈な残像を焼き付けた。「……すごすぎる!ビジネスなんてやってる場合じゃないですよ!」夢は両手で頬を包み込み、うっとりと見惚れている。「レッドカーペットを歩いてデビューしましょう!世界中の男を虜にして、女たちを嫉妬で狂わせてやるべきです!」彩葉は困
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第490話

蒼真の体が、ぴくりと震えた。拳を白くなるほど握り込み、剃刀のような眼光が理を射抜く。「……何と言った」「ターナルテックの彩葉代表は、お前の奥方だろう?で、二人はいつ別れるんだ?」理は両手をポケットに突き込み、口元に卑劣な笑みを浮かべた。「早くしていただきたい。獲物を狙うハイエナが、目の前にいるんでね」「北川……ッ!」蒼真の全身から凄まじいまでの殺気が溢れ出し、怒りで胸が激しく上下する。「俺と彼女の関係を、誰から聞いた?」「北川家の情報網を舐めてもらっては困るぞ。氷室家にできることが、我が家にできないとでも?」理は面白そうに目を細め、唇を舐めた。「素晴らしい女性じゃないか。だというのに氷室社長、お前は自分の妻をまるで『家の恥』か何かのように扱っている。庭の牡丹より、道端の雑草がお好みか?それとも……何と言いましたっけ。そう、豚に真珠、あるいは……宝の持ち腐れかな」蒼真の瞳が、怒りに血走った。「……北川。暇があるなら精神科へでも予約を入れたらどうだ。思考回路がショートして、口から出る言葉がすべて妄言になっているんじゃないか?」理は眉を跳ね上げ、即座に畳み掛ける。「病院を勧めてくれるのはありがたいが、お前こそ眼科へ行ったらどうだ?その目はただの節穴か、さもなくばただの飾りか。目の前で自分の妻が泥を塗られているというのに、よくもまあ、他人事のように眺めていられたものだ。仮面夫婦というのはよく聞くが、『見て見ぬ振り夫婦』というのは斬新ですな。お前は時代の先を行きすぎている」「この……野郎ッ!」蒼真が激昂し、理の至近距離まで踏み込んだ。スーツ越しでも分かるほど筋肉が張り詰め、吐き出す息は熱を帯びて理の肌を焼く。理を地に叩き伏せ、その不遜な顔面を殴り飛ばしたいという衝動に駆られる。だが、蒼真自身にも判然としなかった。この怒りは、夫としての尊厳を傷つけられたことへのものか。それとも、彩葉を奪おうとする男への――嫉妬なのか。理は退屈そうに腕時計に目をやった。「呼び出されたから来てみれば……用があるなら手短に願いますよ、こちらも忙しい」北都において、蒼真に真っ向から牙を剥ける男など、翔吾と理くらいのものだ。揃いも揃って、北川の人間ばかり。どいつもこいつも、ろくでなしの家系め。蒼真は濁った息を吐き出し、眼差し
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