「最近、立花グループでは生産ラインの刷新が進んでいて、傘下の工場も新しい作業服に切り替える予定なんだ。来月には入札会が行われる」「えっ......」音は気まずそうに笑った。「立花さん、正直に言いますと、うちのスタジオは私と親友の彩羽の二人だけなんです。大手企業の作業服どころか、小さな工場の注文でも、正直手いっぱいで......」ふたりは普段、自分たちの手でデザインした女性向けの服をオンラインの店で販売している。店の人気は高くなく、注文も多くないため、なんとかふたりで回しているのが現状だった。大量生産の経験など、まだ一度もない。「大丈夫。デザインだけ描いてくれれば、こちらで生産工場を手配できるよ」雅人は穏やかに続けた。「もちろん、デザインの著作権だけを販売する形でも構わない。スタジオを立ち上げたばかりなら、少しずつ進めたほうがいいでしょう」「でも、こんな小さなスタジオでも、立花グループの入札に参加できるんですか?」「できるだけ公平に扱うようにしている」その言葉を聞きながらも、音の胸の奥には期待が膨らんでいた。これは彼女にとって、デザイナーとして新しい一歩を踏み出すチャンスかもしれない。けれど、その期待のあとに、不安がじわりと広がる。――どうして彼が、わざわざ自分にこんな話を持ちかけてくるのだろう?服飾デザイナーが不足しているわけではないはずだ。では、何のために?彼の表情を見るかぎり、過去のあの出来事を知っているようにも見えない。「立花さん、どうして私に提案を?」素直な疑問が口をついた。「だって、君と友達になりたいから」そう言って彼は笑った。「そうすれば、これからもっと会う機会が増えるでしょ?」「......それって、コネを使うってことになりません?」「いや、それは違う」雅人はまじめな声で説明した。「グループの決定権は俺ひとりにはないし、君のために上層部を動かすつもりもない。ただ、こういう機会があると伝えているだけだ。最終的に勝ち取れるかどうかは、君自身の実力次第だよ」少し間をおいて、柔らかく付け加えた。「それに、君の作品は拝見した。流行を追うばかりではなく、着心地を重視している。それが、工場の作業服にはぴったりなんだ」
Read more