だんだんと霞んでいく視界の中で、悠人のぷくっと膨れた小さな顔が、引き離されるように遠ざかっていった。追いかけて、「ママは悪い人じゃない」と伝えたかった。一歩外へ踏み出した、その瞬間。身体から力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちた。黒塗りの高級車は角を曲がり、一度も振り返ることなく、夜の闇に消えていった。……「音!お願い、目を覚まして――」音は、痛みで目を覚ました。補聴器を外されていたせいで、周囲の声はほとんど聞き取れなかった。医師の表情は、どこか重苦しかった。彩羽の目は、泣きはらして赤くなっている。――たぶん、あまり良くない状況なのだろう。そう察しながらも音はそっと手を伸ばし、彩羽の服の裾を引いた。それでようやく彩羽は音が目を覚ましたことに気づき、彼女の両手を強く握りしめて悔しそうに言った。「音……やっと目を覚ましたのね……どうしたのよ、耳を怪我してるなら、どうして言ってくれなかったの?」音にはその言葉がほとんど聞こえていなかった。ただ、彩羽の手を軽く叩き、安心させるように微笑む。「彩羽……大丈夫よ。私は平気だから」「どこが平気なのよ!先生が、新しい傷も古い傷もあるって言ってたわ」「どうして黙ってたの?もしかして、私のこと友達だと思ってないの?」「そんな風に思ってたら、私……怒るからね!」そう言い終えてから、彩羽ははっとした。音が補聴器を着けていないことに気づいたのだ。慌てて、彼女の耳に補聴器を装着する。――ようやく、音の世界に音が戻った。彩羽も感情を吐き出しきったのか、涙を拭いながら、少し落ち着いた声で言う。「音、お腹すいてるでしょ。立花さんが何か買ってきてくれてるって」「……お腹は空いてないわ」音は慌てて続けた。「立花グループの次男さんにそんなことさせる必要ないの。帰ってもらって」宗也とは、もうすぐ離婚する。だからこそ、新しく誰かと付き合うつもりはなかった。ましてや、彼と同じ世界に生きる人間とは。「私が呼んだんじゃないわよ。本人が、どうしても病院に残るって言ったの」彩羽がそう言い終えるのと同時に、病室のドアが開いた。雅人が、弁当の入った袋を提げて入ってきた。音が目を覚ましているのを見て、その整った顔に、ふわりと笑みが広がっ
더 보기