橋本はその話を聞いて顔を曇らせた。「まさか、そんなことが……つまり、あなたが文彦と別れたのは、全部この女が裏で仕組んでいたってこと?」怒りをむき出しにして詰め寄る橋本に、美優は後ずさる。陽子は静かに橋本の腕を引き、「あなたの望みどおり、私は彼と別れたわ」と言い切る。だが続けて、冷静で強い口調を崩さずに付け加える。「でも、彼があなたの正体を知ったからといって、あなたを好きになるとでも思うの?そんなの、無駄なあがきよ」言い訳しようとする美優に、橋本が鋭く遮る。「身の程知らずの女。うちの陽子ちゃんの足元にも及ばないくせに。文彦があなたみたいな女を選ぶわけないでしょ!さっさと消えろ。二度と見かけたら、そのたびに叩きのめすから!」美優が姿を消すまで見送ると、橋本は振り返り、心配そうに陽子の肩を軽く叩く。「どうして、こんなこともっと早く言ってくれなかったの?こういう計算高い女の対処は私が一番得意なんだから。パパの周りにいた女たちも、全部私が片付けてきたんだからね」話しながら橋本はふと表情を変え、真剣な目で陽子を見る。「でも陽子、もし相手があの女だけのせいなら、もう一度考え直してみない?文彦がこの八年間、どれだけあなたを大切にしてきたか、みんな知ってるじゃない」京藤グループには女性社員を守るための特別な規定がある。接待でセクハラを受けた女性は、取引先を気にせずすぐに上司に相談できるというものだ。その規定は、当初は社員を守るためのものだったが、逆に誰かの手に渡り、助けを求めるふりをして人をだますために使われてしまったのだ。もし飛行機に乗る前に文彦の説明を受け取っていれば、彼女は五年後の世界に飛ぶこともなく、関係を続けていたかもしれない。だが陽子は五年後に行き、彼が別の人を愛し、その人のために彼女を暗闇に突き落とす場面を目にしてしまったのだ。沈黙する陽子を見て、橋本は話題を変える。「まあ、世の中には男なんていくらでもいるよ。海外に行ったら、外国のイケメンを見つけて連れてきたらいい。そうすれば、文彦も後悔するわ」陽子は苦笑して橋本の腕を軽く突き、「冗談はやめて。買い物に行こう」と言う。しかし美優は遠くへ行ったわけではない。陽子と橋本が腕を組んで笑いながら去る姿を見つめ、爪を握りこぶしに食い込み、指に赤い跡を残している。「朝日陽子……」
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