*** 日曜の朝。キッチンからコーヒーの香りが漂う中、俺は司の部屋でゆるく伸びをした。 演奏会から一週間。正式な言葉はまだ交わしていなかったけれど、俺たちの距離はすっかり“恋人”に近づいていた。 ……でも、まだ言葉にはしてない。付き合おうとか、一緒に住もうとか。 たぶん司は、慎重にタイミングを見ているんだと思う。そういうところ、丁寧な人だ。「陽。コーヒー淹れたけど、先に飲む?」 リビングから司の声がする。ソファに腰かける彼の隣に座ると、マグカップを手渡された。 まだ寝癖の残る髪。ゆるい部屋着。そんな無防備な司を見られるのは、いまのところ世界で俺だけなんだって思うと、ちょっと優越感すらある。「ありがと。……あ、ちょっと熱いですね」 「ふふ。淹れたばかりだからね」 ふたりしてコーヒーをすすって、少しの沈黙が流れる。その沈黙が心地よくて、俺は思わず微笑んだ。 と、そのとき。「……ねえ、陽」 司がカップを置き、まっすぐ俺を見る。いつになく真剣なまなざしだった。「はい?」 「その……ちゃんと、言いたいことがあって」 声が少しだけ緊張しているのがわかる。俺も姿勢を正して、彼の言葉を待った。「……付き合おう。ちゃんと恋人として」 その一言で、胸の奥がふっと温かくなる。司らしい、真っ直ぐで誠実な告白。「……はい。喜んで」 笑うと司はほっと息をついて、それから少しだけ照れたように笑った。そして、ポケットから小さな鍵を取り出す。「これ、君に渡したくて。合鍵……よかったら、ここを“ふたりの家”にしないか?」 俺は、その小さな銀色の鍵をそっと受け取った。軽いはずなのに、ずしりと心に響く重さだった。「……本当にいいんですか? こんな俺で」 「陽じゃなきゃ、ダメなんだ」 司の声は静かだったけれど、決意の色を帯びていた。「君と一緒に朝を迎えて、君がいる音のなかで曲を書いて……それが“日常”になってくれたら、それだけで充分なんだ」 その言葉が、俺の胸に染み込んでいく。「俺も、司と暮らしたいです。朝ごはん作って、洗濯して、音の話をして……なんでもないことを、ふたりで重ねていきたい」 「……ありがとう」 司がそっと俺の手を握る。その指先は、もう震えてなんかいなかった。 音楽と一緒で、恋もきっと“調律”がいるんだろう。音のズレを許して、合わ
Última actualización : 2026-08-13 Leer más