〝王様〟はあっさりとそう言った。 だが眉を顰めた私を見て、すぐに肩をすくめてみせる。「嘘だ。〝先生〟殿が特別に許してくれたんだ。これが……最後になるかもしれないから」 「最後……?」〝王様〟はすぐには答えず、代わりにこちらをじっと見つめた。「で、お前は、どこに行こうとしていたんだ?」〝王様〟のところに。 ……なんて、言えるはずがなかった。私が何も言わずにいる間、〝王様〟は黙って、そばに咲く純白のバラをそっと撫でていた。巧みで優しい〝王様〟の指先のもと、バラは喉を鳴らす猫のようにゆらゆらと揺れる。私は、そんな彼の指に目を奪われていたことに気づき、慌てて視線を逸らした。〝王様〟は、最初に会ったときよりも、明らかにやつれていた。 頬は一層こけ、目の下の隈は濃い。何より——あの苛烈に燃えていた眼差しの光が、今は霞み、消えかけていた。 まるで今にも、闇の中に溶けてしまいそうなほどに。「外に出たい……?」気づけば、私はそう尋ねていた。 〝王様〟はハッと顔を上げ、再び足元に視線を落とす。「……わからない。もう、今は」王様の表情は初めて会ったときに見せた、諦めきったような寂しい笑顔と、まったく同じだった。ことり。 胸の奥で、小さく何かが動いた気がした。(……これが、感情というものか?)そんな気もしたが、そう名づけるには、あまりにも頼りなく、淡いものだった。「どうした……?」沈黙していた私の顔を、〝王様〟が心配そうに覗き込んでくる。「……いや、何でもない」 「そうか。なら、いい。それより──」ふと、〝王様〟の表情が険しさを帯びる。「あれから、何か思い出せたことはあったか?」突然の質問に戸惑う私に、〝王様〟はさらに強い口調で言い直した。「昔のことで、何か思い出せたことはあるかと聞いてい
Last Updated : 2025-11-29 Read more