淡々とした〝先生〟の声が、まるで暗い波のように、胸の中へじわじわと迫ってくる。「激情を感じる心そのものがなければ、彼はもう怒りに囚われることなく、穏やかに過ごせる。それが、本人にとっても一番の幸せなんだ」ふっと大きくため息を吐き、〝先生〟は自らのこめかみを押さえた。「今の彼を見てごらん。疲弊し、絶望しきっている。荒れ狂う自分の心と戦うことに。今はただ、君を守るためにギリギリのラインを保っているようだけど、それがいつまで続くかわからない」彼は、ついっと視線を上げた。 その瞳には、慈悲ともいえる色が宿っている。「だから、君から言ってあげるんだ。もう、楽になっていいんだと。君が〝王様〟を解放してあげなさい、その身に荒れ狂う狂気から」私には、何も言い返すことができなかった。 昨日の〝王様〟の様子を見れば、〝先生〟の話も、あながち嘘だとは言い切れない。〝王様〟は気づいていたのだ。 遠からず、自らが狂気の嵐に飲み込まれてしまうことに。だから、逃げない。 あんなにも私には『逃げろ』と言っておきながら。(……もしかしたら、〝王様〟もそれを望んでいるのだろうか?)〝先生〟が与えてくれる何もない、真っ白な平穏を。──いや、違う。強い否定が、身体の奥底からせり上がってきた。昨日、暗い病室の中で、〝王様〟は言ったのだ。 自分自身を見失うなと。今なら、わかる。 きっとあれは、自分にも言い聞かせていた言葉だったのだ。私は、ギッと 〝先生〟を睨み付けた。「お願いだっ! 治療を中止してくれっ……! こんなの、あまりにも酷すぎるっ……!」 「酷すぎる? 君が言うのかい?」心外だと言わんばかりに 、〝先生〟は両手を肩の高さで広げた。「言っておくけど、ここに〝王様〟を連れてきたのは誰だ? 彼が服用していた薬を作ったのは? 電気治療を始めたのは? 一体、誰だと思う?」〝先生〟のひとさし指が、告発するようにこちらを指し示
Last Updated : 2026-01-02 Read more