Semua Bab ルミエールー光の記憶ー: Bab 11 - Bab 19

19 Bab

第6話 ― 夜の証明 ―

夜の帳が、ゆっくりと東京の街を包み込んでいく。  ガラス越しに見えるネオンが、遠くで瞬く星のように揺れていた。  如月結衣は、自宅の広いリビングの窓辺に立ち、カーテンを少しだけ開けて外を見下ろしていた。  無数の車が行き交い、街は確かに動いているのに――  彼女の時間だけが、どこかで止まっているようだった。 手元のスマートフォンには、淡々としたメールの通知音が響く。  探偵から送られてくる報告。  画面には無機質な文字が並んでいた。 ――「羽田空港、出発ゲート確認済み」  ――「搭乗完了。目的地は那覇」 指先が震えた。  冷たい光がスマホの画面を照らし、その明かりが結衣の頬に影を落とす。  「……また、同じことを繰り返しているのね。悠真。」 リビングの壁には、数年前に撮った結婚記念写真が掛けられている。  白いドレス姿の結衣と、照れくさそうに笑う悠真。  その写真の中の二人は、確かに幸せそうだった。  だが今、その笑顔が遠い幻のように見えた。 テーブルの上には開けたばかりのワイン。  グラスの中の赤い液体は、ほとんど減っていない。  飲めば少しは気が紛れるかもしれない――  そう思っても、喉が拒絶した。 そのとき、インターホンが鳴った。  結衣は小さく息を吸い、表情を整えて玄関へ向かう。  ドアを開けると、そこにはスーツ姿の宮原俊介が立っていた。 「……来てくれたのね。」  「お前が電話くれたんだろ。」  短い会話。それだけで、二人の間には長い年月の信頼が伝わる。 リビングに戻ると、俊介はスーツの上着を脱ぎ、結衣の隣に腰を下ろした。  グラスを見つめながら、「飲んでないのか?」と尋ねる。  結衣は首を振った。「飲んだら、余計に泣きたくなるから。」 俊介はポケットからタバコを取り出しかけて、結衣の視線に気づき、ため息を吐いてそれをしまった。  「悠真、まただろ?」  単刀直入な言葉。遠慮のない友の問い。 結衣は目を伏せ、静かに答えた。  「ええ……三度目よ。しかも全部、会社の若い事務員。」  声は震えていない。  泣き疲れて、涙すら出なくなっていた。 俊介の眉が険しく寄る。  「三度目、か。……いや、正確に言えばもっとだ。」  結衣が顔を上げる。俊介の目はまっすぐだった。  「お前には言
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-04
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破滅への始まり

静寂が落ちた。  時計の針が一秒ずつ音を刻むのが、やけに大きく聞こえる。 「如月会長が金を払って片付けた女もいた。北条が会社に押しかけてきた女を追い返したこともある。……あいつの尻拭い、みんながしてたんだよ。」  俊介の声には怒りよりも、悲しみが滲んでいた。 結衣はゆっくりとまぶたを閉じた。  「知ってたわ。」  「え?」  「全部じゃない。でも、薄々は気づいてた。……あの人の嘘は、優しいからすぐわかるの。」  結衣の声は、静かで美しかった。だが、その静けさの中に、深い孤独が潜んでいた。 俊介は彼女の隣で、拳を握りしめた。  「結衣、お前……なんでまだあいつを愛せるんだ? 俺なら、そんなの耐えられない。」 結衣は少し微笑んだ。  「……俊、私ね、あの人の弱さも全部わかってるの。浮気は、ただの火遊びよ。最後には、必ず私のところに帰ってくる。」 「それ……愛って呼べるのか?」  俊介の声は震えていた。怒りでも嫉妬でもない、もっと深い感情。 結衣は俯いたまま、かすかに笑った。  「わからない。でも……私にとっては愛なの。あの人を許せるのは、私だけだから。」 俊介は言葉を失い、背もたれに体を預けた。  「……結局、俺が何を言っても、お前はあいつを庇うんだな。」  その言葉には諦めと、どうしようもない切なさが混じっていた。 結衣は、泣きそうな笑顔で呟いた。  「私たち、もう何年一緒にいると思ってるの? 浮気くらい……」  声が震える。  俊介は、その言葉の先にある“哀しみ”を感じ取り、目を閉じた。 結衣のスマホが再び震えた。  画面を開くと、新たな報告。  ――「那覇空港到着。二人、手をつないで外へ」 その一文を見た瞬間、心の奥で何かが音を立てて崩れた。  結衣は唇を噛み、ゆっくりとスマホをテーブルに置いた。  俊介は何も言えず、ただ彼女の横顔を見つめる。  揺れる睫毛、握りしめた拳。  その痛みが、まるで自分のもののように胸に突き刺さった。 (結衣……もし、あいつを捨てられる日が来たら――そのときは俺が……)  俊介は心の中で言葉を噛み殺した。  声にはできない。  彼女を奪いたいと思ってしまう自分を、必死に抑えた。 結衣はそんな彼の心を知ってか知らずか
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-04
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第7話 ― 楽園の罪 ―

那覇空港からリムジンバスに揺られておよそ一時間。  目の前に広がったのは、絵葉書のような海だった。  陽光を受けてきらめくターコイズブルーの水面、潮の香りを運ぶ穏やかな風。  車窓の向こうに、白亜の巨大なリゾートホテルが現れたとき、美咲は歓声を上げた。 「わあ……すごい! 見てください、悠真さん! 海が一面に広がってる!」  彼女の声は透き通って、夏の空気の中に弾けた。  キャリーバッグを押しながら、まるで修学旅行に来た少女のように、足取りも軽い。 悠真はそんな美咲を見て、自然と笑みをこぼした。  「……ああ、そうだな。」  だが、心の奥には不安が渦巻いていた。  ――どこかで誰かに見られていないか。  社内の誰か、あるいは記者、いや……結衣の関係者。  羽田での電話のやり取りが、まだ脳裏に残っていた。 エントランスの両脇には琉球シーサーが鎮座し、ロビーは天井まで吹き抜け。  南国の花々が飾られ、優しいハワイアンが流れている。  観光客の笑い声とスーツケースの転がる音。  それらが混ざり合って、まるで別世界のようだった。 「まずはチェックインしよう。」  悠真に促され、美咲は名残惜しそうに海を見たあと、くるりと踵を返して彼の後を追った。 受付でチェックインを済ませると、スタッフが笑顔で部屋のカードキーを手渡す。  「スイートルームのオーシャンビューでございます。夕日が最高に美しいですよ。」  その言葉に、美咲は子供のように目を輝かせた。  「スイート……! 本当にここでいいんですか?」  「いいんだよ。会社の名義だし、“出張”だからな。」  そう言いながらも、悠真の声にはどこか軽い照れが混じっていた。 部屋に入ると、バルコニーの向こうに青のグラデーションが広がっていた。  潮風がカーテンを揺らし、白いベッドの上に光の波模様を描いている。 美咲は歓声を上げながらカーテンを大きく開け、スマートフォンを構えた。  「悠真、写真撮りましょう! ほら、海をバックに!」  彼女の頬はうっすら紅潮し、唇には無邪気な笑み。  悠真は苦笑しながら隣に立ち、肩を抱いた。  「はい、チーズ。」 ――カシャッ。  一枚目は、微笑む二人。  二枚目は、唇が重なった瞬間だった。 「もう、悠真ったら……!」  照れたように
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-05
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甘い誘惑

だが、美咲はその真面目さすら愛おしいというように、笑って肩を寄せた。  「副社長、東京のことは全部忘れましょうよ。今は二人だけなんですから。」 甘い声。近づく香水の香り。  悠真は息を呑み、思わず目を閉じた。  「だめだ、美咲。……まずは仕事を――」  その言葉の途中で、美咲の唇が彼の言葉を塞いだ。 時間が止まったようだった。  美咲の細い指が、悠真のネクタイをゆっくり引き緩める。  胸元に触れる指先が熱い。  「もう……仕事の話はやめましょう?」  その囁きに、理性が崩れていく。 ベッドの上で、二人の影が重なった。  波音が遠くから響き、カーテンの隙間から差し込む光が、ゆらゆらと二人の肌を照らしていた。  美咲の髪から漂う甘い香り。  唇を離すたびに、呼吸が交じり合い、熱が高まっていく。 (いけない……)  悠真の心に、結衣の顔が一瞬だけ浮かんだ。  静かに笑う彼女の横顔。  あの日、自分を信じて送り出してくれた妻。 “視察だけの予定だけど、先方の社長に会えたら挨拶だけでもお願いね。”  ――朝、電話越しに聞いたあの声。 しかし、美咲が耳元で囁く。  「悠真……好き。」  その言葉が、すべての理性を溶かした。 結衣の面影は、波の音とともに遠ざかっていく。  代わりに残ったのは、美咲の熱い吐息と、背徳の快楽。 窓の外では、白い波が岩に砕けては消え、砕けては消える。  その繰り返しの音が、まるで罪を洗い流すように響いていた。 ――結衣の瞳が、どこかで見ている気がした。  だが、もう止まれなかった。 ベッドの上で、美咲の指が悠真の背中をなぞる。  「ねぇ、副社長……」  「ん?」  「今日からは、いつでも“悠真”って呼んでいい?」  「……好きにしろ。」  「じゃあ、悠真。」  美咲は微笑んで、彼の胸に顔をうずめた。 その声が、柔らかく部屋に溶けていった。 遠くの空では、ゆっくりと夕日が沈みかけている。  オレンジ色の光が海を染め、バルコニーにかかるカーテンの影が長く伸びる。 悠真は静かに息をつき、バルコニーの向こうを見た。  「……明日こそ、ちゃんと仕事しないとな。」  そう呟く声には、自分自身への言い訳のような響きがあった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-05
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第8話 ― Azure Bay Resort ―

 ――潮の香りを含んだ夜風が、頬を撫でた。 南国の月が海面を照らし、白砂のビーチに淡い光の筋を落としている。  芹沢晃の経営するラグジュアリーホテル《Azure Bay Resort》の夜は、日中の喧騒を忘れたように静まり返っていた。  プールサイドでは、ライトアップされた水面がゆるやかに揺れ、まるで空の星を映しているかのようだった。 晃はワイングラスを手に、ロビーを抜けてテラスに出た。  仕事の合間、経営状況の確認のためにこの島を訪れた――ほんの束の間の滞在だった。  だが、その夜、偶然が彼の視線を止めた。 プールサイドの端、月明かりの下で笑い合う男女。  彼女の濡れた髪が肩にかかり、男のシャツを羽織っている。  寄り添うように笑い、時折、彼の胸に額を預ける仕草。 ――その男の横顔を見た瞬間、晃の体が止まった。 光の加減、仕草、そしてあの笑い方。  間違いない。  如月悠真――大学時代の後輩。結衣の“夫”だ。 「……悠真?」  小さく漏れた呟きは、夜風にかき消された。 腕の中の女は、もちろん如月結衣ではない。  年若く、露出の多い白いビキニに、無邪気な笑み。  その姿には、結衣の持つ知的な清楚さとは真逆の、幼い艶めきがあった。 晃は眉をひそめた。  「……まさか。」 背後から控えめな声がした。  「社長、あんな若い女性が……お好みですか?」  振り返ると、ホテルのマネージャーが立っていた。 「いや。」  晃は短く答え、視線を再びプールへ戻す。  「……あの男、いつ来たんだ?」  「お知り合いで?」  マネージャーは少し驚いたように眉を上げる。  「本日より一週間のご宿泊です。お連れの女性とご一緒に。チェックインは昨日の夕方でした。」  「そうか。」  晃は短く応じ、「今日の報告書をあとで持ってこい。」 それだけ言い残し、晃は踵を返してロビーの奥へ消えた。 ――その夜、海辺の静寂の中で、悠真の笑い声がいつまでも耳に残っていた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-06
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翌日の午後

デスクの上に山積みになった書類に目を通しながら、晃はふとペンを置いた。  窓の外には、眩しいほどの陽光と青い海。  潮風にカーテンが揺れ、どこか懐かしい匂いを運んでくる。 「……如月悠真。」  グラスを手に取りながら、その名をもう一度呟く。 芹沢晃――  海辺の太陽と都会の夜景、どちらも似合う男。  端正な顔立ちに、静かな自信を湛えた眼差し。  大学時代から群を抜く存在感を持ち、誰もが一目置くカリスマだった。 卒業後は父が経営する芹沢リゾートグループに入社。  20代で海外支社の立ち上げを任され、30歳で独立。  父から譲り受けたこの《Azure Bay Resort》を再建し、  今や国内外のVIPが集う“大人の隠れ家”として名を馳せている。 ――だが、そんな成功の裏で、晃の胸の奥には常に空白があった。 「……結衣。」 ワイングラスを傾けながら、彼の脳裏に浮かんだのは、  春のキャンパスに咲く桜並木の光景だった。 ――経済学部の講義棟前。  新入生歓迎の喧噪の中で、落とした資料を拾う白い指先。  それをそっと拾い上げながら、晃は初めてその名を知った。 「如月結衣です。ありがとうございます……芹沢先輩ですよね?」  「うん、そう。俺のこと、知ってるの?」  「経済研究会のポスターで見ました。……かっこいい写真でしたよ。」 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。  清楚で、真っすぐで、誰よりも丁寧に人と向き合う。  派手さはないが、彼女の目の奥には“誠実”という光があった。 それから、晃は何度となく彼女を見かけた。  キャンパスの中庭、図書館の窓際、そして学祭の準備室――  いつも彼女の隣には、決まって一人の男がいた。 ――氷川悠真。 同じ学部の同級生で、どこか頼りなげで、誰にでも優しい男。  結衣はそんな悠真を、子どものように信じていた。  “彼なら大丈夫”と、誰よりも強く信じていた。 晃は、その光景を何度も見てきた。  廊下の窓際で笑い合う二人。  学食で肩を並べ、同じノートを覗き込む姿。  結衣の視線は、いつも悠真だけを追っていた。 だが晃は知っていた。  悠真が裏で、他の女子学生たちと浅い関係を繰り返していることを。  カフェの隅で別の子と話す声。  深夜のキャンパスで
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第9話 ― 再会と沈黙 ―

 「――結衣!!」 背後から名前を呼ばれ、結衣は振り返った。  一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔を浮かべる。  「先輩!! お久しぶりです!」  足早に近づくその姿に、声の主――芹沢晃はわずかに息を呑んだ。 数年ぶりに見る彼女は、大学時代よりもずっと洗練されていた。  以前の清楚な雰囲気はそのままに、社長としての自信と落ち着きが加わっている。  スレンダーなラインの黒いドレス、シンプルなパールのピアス。  背筋をまっすぐに伸ばした立ち姿が、場の空気を変えていた。 「元気にしてたか?」  晃が柔らかく微笑むと、結衣は頷いて笑った。  「はい。先輩こそ、ご活躍は噂で聞いてました。リゾートホテル王のお父様を継がれて社長に――本当におめでとうございます」 周囲の女性たちが一斉に視線を向けた。  白いスーツに淡いグリーンのアロハシャツを合わせ、首元には細い金のネックレス。  リゾートオーナーらしい洒落た装いが、晃の長身と端正な顔立ちをさらに引き立てていた。 「ありがとう。……でもお前こそ、立派な“女性社長”じゃないか。すごいよ、結衣。」  「いえ、まだまだ勉強中です。毎日が試行錯誤ですから。」  結衣は謙遜しながらも、どこか誇らしげに笑った。 晃は一瞬だけ視線を逸らし、胸の奥にざらりとした感情が湧くのを感じた。  (あの頃のままだ。真っすぐで、努力家で、誰よりも誠実。)  そんな結衣の横顔に、再び惹かれている自分に気づく。 「今日はどうした? 仕事か?」  「ええ。――と言いたいところですが、今日はお見合いパーティーなんです。」  結衣は少し照れくさそうに笑った。  俊介に誘われ、軽い気持ちで参加したものだった。 晃は思わず吹き出す。  「お前が花嫁探しか?」  「違いますよ。私はもう……結婚してますから。」  「知ってるさ。俺を振って、あの悠真と結婚したんだろ?」 結衣は驚いたように目を丸くし、「振ったなんて……」と慌てて否定する。  「私、先輩のことを振った覚えはありません! しかも、先輩いつも違う女の子を連れてたじゃないですか!」  晃は声を立てて笑い、「ひどいな。俺はいつも真剣だったぞ」と返す。  その軽妙なやり取りが、大学時代の空気をそのまま呼び戻した。 懐かしい。  彼女の笑顔を見る
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第10話

そのころ、羽田空港に降り立った悠真は、  到着ロビーでスーツケースを引きながら、まるで魂を半分置いてきたような顔をしていた。  数日間の甘い夜、美咲の笑顔、南国の光と潮風。  夢のような時間の余韻がまだ残っている。  だが、それ以上に胸を締めつけるのは、帰らなければならない“現実”だった。 タクシーの中で流れるラジオが、やけに耳障りだった。  「東京は雨です」  アナウンサーの声が、妙に冷たく感じられる。 ――そして、自宅の玄関を開けた瞬間。 ラベンダーの香りがふわりと漂った。  リビングの照明は落とされ、テーブルの上には読みかけの本。  結衣がソファに座り、静かにページを閉じた。 「……おかえりなさい。」 その声は穏やかだった。  けれど、どこかに氷のような冷たさを含んでいる。 悠真は一瞬だけ動きを止めた。  「ただいま。急な出張だったけど、いい経験になったよ。」  「そう。沖縄のリゾート、どうだった?」 探るような問い。  悠真の喉が小さく鳴る。 「うん……天気も良かったし、施設も立派だった。視察にはちょうどよかったよ。」  「そう。報告書、楽しみにしてるわ。」 結衣の目がわずかに細くなる。  悠真は気づかないふりをして上着を脱いだ。  彼女が“何か”を知っている――そんな気配を感じながらも、  今さら後戻りはできない。 「晩ごはん、いる?」  「いや、食べてきた。もう風呂入って寝るよ。」  そっけない声。  「そう。」  それだけを言い、結衣は再び本を開いた。  けれど、そのページは一枚もめくられなかった。 悠真が寝室に入ると、家の中は息苦しいほど静かだった。  照明の淡い光が、家具の影を長く伸ばす。  鏡台の上には結衣のスマホが置かれている。  黒い画面が、まるで何かを映さないように沈黙していた。 ――胸の奥がざわつく。 沖縄の海、波音、白い肌、甘い吐息。  それらの記憶が脳裏に蘇る。  そして、そのたびに結衣の顔が浮かんでは消える。 (まさか、バレてないよな……) 呟いた声は自分でも情けなかった。  結衣の落ち着いた態度が、逆に不安をあおる。  怒られた方が、まだ気が楽だ。沈黙こそが、一番怖い。 壁に掛けられた結婚当初の写真に目を向ける。  白いシャツ姿の二人が肩を
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第11話 ― 専属秘書 ―

翌朝。  雨上がりの東京の空は、どこか白く濁っていた。  雲間からこぼれる光は鈍く、街全体がまだ眠気を引きずっているように見える。 如月グループ本社ビル――二十階、役員専用会議室。  磨き上げられた大理石のテーブルを囲み、幹部たちが次々と席についた。  朝一番の重役会議。誰もが背筋を正し、資料を前に無言のまま待機している。 壁際には、新入社員の新山が控えていた。  タブレットを持つ手が小刻みに震えている。  社長・如月結衣の前で進行を務めるなど、彼にとって初めての経験だ。 「では……副社長、今回のリゾート視察の報告をお願いします。」  新山の声は、緊張でわずかに上ずっていた。 その瞬間、部屋の空気が張り詰める。  全員の視線が一斉に、テーブルの反対側――悠真へと注がれた。 白いシャツの襟を正し、ぎこちなく資料を開く悠真。  眉間の皺、乾いた唇。  昨夜ろくに眠れなかったことが一目でわかる。 「えー……先日の《Azure Bay Resort》の視察について、ご報告いたします。」  スクリーンに投影されたスライドには、急ごしらえの写真と不揃いな文字。  ホテルの外観やプールの画像の合間に、なぜか料理の写真や観光地の風景が紛れ込んでいた。 それを見た幹部たちが、わずかに眉をひそめる。  悠真は喉を鳴らしながら、言葉をつなごうとした。 「リゾート全体の雰囲気は非常に良く、今後の計画にも参考になると感じました。客層としては若年層の女性や――」  言葉が途切れる。  頭の中に、海辺で笑う美咲の姿が浮かんでしまった。  その瞬間、口の中がカラカラに乾く。 「――い、いや、カップルが多く、非常に活気のある施設でして……」 「具体的な提案は?」  低く鋭い声が、沈黙を切り裂いた。 営業本部長の藤堂だった。  分厚い眼鏡の奥で光る眼差しが、悠真を正面から射抜く。 「え、あの……現地の印象を踏まえて、今後検討を――」  「つまり、“見ただけ”ということですね。」 会議室の温度が一瞬で下がった。  紙をめくる音すら止む。 その場を和ませようと、俊介が口を開いた。  「ま、まぁ、初回の視察だし。現地の空気を感じることも大事だと思います。」  その一言に救われたように、悠真は小さく頭を下げた。  「ありがとうございま
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