All Chapters of ルミエールー光の記憶ー: Chapter 21 - Chapter 30

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第12話 昼前。

オフィスフロアのざわめきの中に、軽やかなハイヒールの音が響いた。 「副社長、お疲れさまです♡」  明るい声に、社員たちが一斉に振り返る。 声の主――美咲。  白いブラウスにタイトスカート、胸元に小さな真珠のブローチ。  オフィスの中で一際目立つ存在だった。 「おい……ここは会社だぞ。」悠真が小声で言う。  「え〜、いいじゃないですかぁ。もう私、副社長の“専属秘書”なんですから♡」 その一言に、周囲がざわめいた。  コピー機の音が止まり、社員たちの視線が集中する。 俊介はデスクからその光景を見て、静かに眉を寄せた。  「……専属秘書?」  近くの男性社員が囁く。  “公認……? 本気なのか?” 美咲はわざと大きな声で笑い、悠真の腕に軽く触れた。  悠真はその行動を制止しようとしながらも、  なぜか心の奥では誇らしさのようなものを感じていた。  (俺には、まだ必要としてくれる人がいる。) 誰も認めなくなったこの会社で、唯一自分の存在を肯定してくれる――それが美咲だった。「そうだ。美咲を俺の専属秘書にする。社長にも伝えておく。」  その言葉に、美咲の顔がぱっと輝く。  「ほんとですか!? やったぁ♡」  俊介の目が鋭く光る。 (馬鹿なことを……)  心の中でそう呟き、書類を強く閉じた。 昼休み。  悠真は社長室の扉をノックした。  中では結衣が書類を整理している。  顔を上げた結衣の表情には、何の感情も浮かんでいなかった。 「どうしたの?」  「芹沢美咲を……俺の専属秘書につけようと思う。」 ペンの先から、黒いインクがぽたりと落ちる。  結衣の手が止まった。 「……は?」  低く押し殺した声。  悠真の背筋に冷たいものが走る。 「彼女は仕事が早い。今後のプロジェクトを支えるには最適だ。」  「悠真。」 その一言が、空気を変えた。  結衣は静かに立ち上がり、悠真に歩み寄る。香水のほのかな香りが漂う。 「あなた、本気で言ってるの?」  「もちろんだ。」 結衣の瞳が冷たく光る。  「……好きにすれば。ただし、仕事に支障を出したら――あなたも、彼女も終わりよ。」 悠真は小さく息を吐き、「わかってる」と答えた。  その声音には、どこか挑発的な響きさえあった。 扉を乱暴に閉めて出ていく悠真。
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第14話 

周年パーティーの準備は、まさに戦場だった。  企画部ではスタッフが走り回り、広報部では取材対応の電話が鳴り止まない。  各部署が連携し、如月グループの“顔”として完璧な舞台をつくろうとしていた。 その中心に立つ結衣は、一分一秒を無駄にしなかった。  昼も夜も会議に出席し、資料を抱えたまま次の打ち合わせへ向かう。  疲労は限界を超えていたが、彼女の表情には一片の隙もなかった。  “社長”という仮面を、崩すわけにはいかなかった。 この半月、結衣は自宅に戻っていなかった。  会社近くのビジネスホテルの一室を仮眠用に借り、数時間だけ眠る日々。  あの家に帰る勇気がなかった。  ――帰れば、そこに“悠真の不在”が待っている。 「社長、こちら招待状の最終デザイン案です。」  若いデザイナーが封筒を差し出す。  結衣は受け取り、丁寧に開いた。 白地に金の箔押し。確かに高級感はあるが、どこか派手だ。  「ありがとう。……フォントはもう少し控えめにして。華やかさより“上品さ”を優先して。」  「かしこまりました。」 結衣の声は落ち着いていたが、指先はわずかに震えていた。  その様子を見ていた俊介が、そっとコーヒーを差し出す。  「飲みすぎ注意な。……もう三杯目だろ?」  その軽い冗談に、結衣はようやく笑みを浮かべた。 「ありがとう。でも、このタイミングで失敗はできないの。」  俊介は肩をすくめ、椅子の背にもたれた。  「まったく、お前は昔からそうだな。責任を全部、自分で背負い込む。」  「背負わなきゃ、誰が背負うの?」 その言葉には、疲れよりも強い意志が宿っていた。  俊介は何も言えなくなった。  彼女の横顔は、鋼のように美しく、そして痛いほど孤独だった。
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第15話

その時だった。  ガラス越しに見えたロビーの光景に、結衣の目が止まった。 エントランスホール。  悠真と美咲が、笑いながら並んで歩いている。  美咲が彼の腕に絡みつき、悠真はそれを優しく包み込むように握り返した。 まるで――恋人。 周囲の社員が見ているのもお構いなし。  美咲は悠真の肩に顔を寄せ、彼は何かを囁いた。  結衣には、唇の動きだけでその言葉がわかった。  ――「じゃあ、また夜にな。」 その瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走った。  静かに、しかし確実に心臓を締めつけるような痛み。 けれど、結衣は何も言わなかった。  ただコーヒーカップを机に置き、ゆっくりと口角を上げた。 その笑みは完璧で、冷たく、そして――悲しかった。 俊介はその横顔を見つめながら、拳を握った。  (……あいつ、どこまで愚かなんだ。)  かつて尊敬していた上司が、今はただの“裏切り者”に見えた。 悠真は、結衣を支えるために副社長になったはずだ。  彼女の夢を共に叶えるために――そう誓ったはずだった。  それなのに、今は若い女に溺れ、会社の信用をも危うくしている。 俊介は奥歯を噛みしめた。  (結衣を泣かせるような真似、絶対に許さない。) その誓いは、静かだが確かな怒りとなって、彼の胸の奥でゆっくりと燃え始めていた。 ――そして、その怒りが後に、悠真の運命を大きく狂わせる“引き金”になるとは、まだ誰も知らなかった。
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第16話 ――静寂の中の誓い――

 「俊……周年が終わったら、もう一つイベントを開くわ」 夕方、会議を終えた後の社長室。 窓の外では、春の雨が静かにビルの外壁を濡らしていた。 結衣はコーヒーカップを両手で包みながら、窓の向こうを見つめていた。「イベント?」 俊介が聞き返す。「父の誕生日。会社主催で、ホテルを貸し切る予定」「如月会長の?」「ええ」 結衣は一度だけ頷いた。「……今度は、“家族”のために、ね」 その言葉を口にした瞬間、胸の奥がかすかに痛んだ。 家族。 その言葉を、結衣はずっと大切にしてきた。 父に認めてもらいたかった。  夫と笑い合いたかった。  いつか子どもができたら、その子を中心に家族みんなで食卓を囲みたかった。 そんな、ごく普通の幸せ。 社長になってから、結衣は何度もその願いを心の奥へ押し込めてきた。 会社を守らなければならない。  父の期待に応えなければならない。  誰よりも強くなければならない。 そう思っているうちに、いつの間にか「妻としての自分」をどこかに置き忘れてしまった。 ふと、悠真の顔が浮かんだ。 大学時代、まだ何も持っていなかった頃の彼。 自分が仕事のことで悩んでいたとき、何も言わず隣に座ってくれた。  結衣が泣いたときには、不器用ながら何度も笑わせようとしてくれた。 ――あの頃の悠真は、私だけを見ていた。 そう思うと、胸が締めつけられる。 今の彼は違う。 自分の知らない場所で、美咲と笑っている。 そういう噂が耳に入ってくるたび、結衣は何度も自分に言い聞かせてきた。 気にしなくていい。  悠真は最後には私のところへ帰ってくる。 ただの遊び。  夫婦なら、これくらい乗り越えられる。 ――本当に、そう思っているの? 心の奥から、もう一人の自分が問いかけてくる。 結衣はその声を、いつも聞こえないふりをしていた。「会社を守るために、私は“社長”でいなきゃいけない」 結衣は静かに言った。「でも……父の前では、ただの娘でいたいの。せめてその日だけは、全部を忘れて笑いたい」 俊介は何も言わなかった。 結衣自身も、言葉にしてしまったことに戸惑っていた。 こんなことを誰かに話したのは、久しぶりだった。 いや……。 もしかすると、自分自身に向けて話しているのかもしれない。 ――私、本当は疲れてい
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第17話 夜。

 それから、半月が過ぎた。 如月結衣の毎日は、息をすることさえ忘れるほどの忙しさに満ちていた。 朝は役員会議。 昼はメディア取材。 夜は周年パーティーの進行確認。 その合間にも来客応対とスポンサー契約のサインが山のように積まれている。「社長、こちら、本日分のスケジュールです」 北条が差し出す分刻みの予定表。 結衣は一瞥して頷いた。「ありがとう」 淡々とページをめくる。「午前十時から役員会議。その後、十一時半に取材。午後一時からスポンサーとの昼食会……」 予定を確認する声に、迷いはない。 表情にも疲れは見せない。 完璧な社長。 社員たちが求めているのは、そんな結衣だった。 ――休む時間なんて、いらない。 そう思っていた。 いや、正確には。 休んでしまったら、余計なことを考えてしまう。 悠真のことを。 美咲のことを。 二人が今どこで何をしているのか。 自分の知らない時間に、どんな顔で笑い合っているのか。 そんなことを考え始めたら、仕事など手につかなくなる。 だから、働く。 働いている間だけは、社長でいられる。 社長でいる間だけは、妻であることを忘れられる。 結衣はそうやって、自分の心を守っていた。 ――今日も、考えない。 ――悠真のことは考えない。 そう決めていた。 しかし、その決意は昼前に簡単に崩された。 一枚の報告書。 そこに書かれていたのは、悠真の外出記録だった。 社用車。 同行者――佐伯美咲。 目的――ランチミーティング。 結衣の指が、紙の上で止まった。 ほんの数秒。 それだけだった。 すぐに書類を閉じる。 「次」 声は平静だった。 けれど、胸の奥では違う声が響いていた。 ――また? また、美咲なの? 心臓の奥が、冷たい指で握りつぶされたように痛む。 それでも顔には出さない。 社長室の外には社員がいる。 誰かが見ている。 だから、泣かない。 怒らない。 問い詰めない。 ただ、仕事を続ける。 それしかなかった。 一方で、悠真と美咲は――。 まるで何事もなかったかのように、社用車で出かけ続けていた。 「ランチミーティング」と称して高級レストランへ。 「資料確認」と言いながら映画館やドライブ。 「地方視察」と言いながら、実際は週末旅行。 それはもは
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第18話 ――周年の夜に――

 夜。 社員が去り、オフィスが静まり返る頃。 結衣は灯りを落とした社長室に一人残るのが常となっていた。 机の上には、未決済の書類とワイングラス。 外では雨が降り始め、ガラス窓を流れる水滴が、街の灯りを滲ませていた。 結衣は窓に映る自分の影を見つめた。「……悠真。あなた、何してるのよ」 返事はない。 当然だった。 ここに悠真はいない。 それなのに、結衣は一瞬だけ、彼が「仕事だよ」と笑って答えてくれるような気がした。 ――昔なら。 昔なら、こんな夜には電話をくれた。 「まだ会社?」 「無理するなよ」 そんな何気ない言葉が嬉しかった。 今は、何もない。 スマートフォンを手に取っても、悠真からの連絡はない。 自分から電話をかければいい。 そう思う。 けれど、指が動かない。 ――何を聞くの? ――どこにいるの、って? ――誰といるの、って? そんなことを聞いて、もし本当のことを言われたら。 もし、「美咲といる」と答えられたら。 その瞬間、自分はどうなるのだろう。 結衣はスマートフォンを伏せた。 怖かった。 真実を知ることが。 それ以上に、真実を知ってもなお、悠真を愛してしまう自分が怖かった。 最近、結衣は自宅にほとんど帰っていなかった。「パーティー準備が佳境だから」 それが建前。 だが本当は――帰りたくなかった。 あの家には、悠真の“残り香”がまだ残っている。 ソファに座れば、彼が笑った時の輪郭が思い出される。 ダイニングテーブルに向かえば、向かいの空席が胸を刺す。 冷蔵庫の中には、彼の好物だった缶ビールがそのまま残っていた。 結衣はその光景を思い出し、目を伏せた。 ――捨ててしまえばいい。 そう思ったことは何度もある。 でも、できなかった。 それを捨てたら、本当に悠真がいなくなる気がしたから。 まだ帰ってくるかもしれない。 仕事が終わったら、「ただいま」と言って玄関を開けるかもしれない。 そう思ってしまう。 何もかもが、“いない人の気配”で満ちていた。「……また美咲のところへ行っているのね……」 声に出すと、胸の奥で小さな音がした。 それは、何かが静かに壊れる音だった。 結衣は目を閉じた。 ――いや。 まだ、帰ってこないとは決まっていない。 そう思いたかった。 けれ
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第19話 

 如月グループ創立50周年記念パーティー。 帝都ホテルの大宴会場は、金と白の花々で飾られ、まるで光の海のように輝いていた。 高さ十メートルを超えるシャンデリアが虹色の光を放ち、壇上のスクリーンには〈KISARAGI GROUP 50th Anniversary〉の文字が浮かんでいる。 数百人を超える来賓が詰めかけ、報道カメラのシャッター音が絶え間なく響いていた。 国内外の取引先、財界人、政治家、芸能人――。 まさに“日本経済の縮図”と呼ぶにふさわしい華やかさだった。 誰もが笑い、誰もが祝福の言葉を口にする。 けれど、その華やかな会場の一角で、結衣は静かに立っていた。 純白のドレス。 背筋を伸ばし、口元には穏やかな笑み。 誰が見ても、如月グループの社長として完璧な姿だった。 けれど――。 結衣の心は、決して穏やかではなかった。 父の50年の成果。 この日だけは、何も考えずに笑いたかった。 家族みんなで祝いたかった。 そして、夫である悠真にも、隣にいてほしかった。 それだけだった。 それなのに。 結衣は無意識に会場の入口へ視線を向けていた。 ――来るよね。 ――悠真も、ちゃんと来てくれるよね。 何度も自分に言い聞かせる。 大丈夫。 今日は会社にとって大切な日。 いくら最近、心が離れているように感じても、今日だけは夫として振る舞ってくれる。 そう信じたかった。 いや。 信じるしかなかった。 結衣は小さく息を吐いた。 その瞬間だった。 会場入口がざわめいた。 何人かの視線が、一斉に同じ方向へ向けられる。 結衣もつられるように顔を上げた。 そして――。 時間が止まった。 悠真が立っていた。 黒のタキシードに身を包み、堂々とした表情を浮かべている。 その隣には――美咲。 背中の大きく開いた真っ赤なドレス。 光を受けて輝く宝石。 そして、まるで副社長夫人であるかのような、堂々とした微笑み。 悠真は、美咲をエスコートしていた。「副社長、似合ってますよ。その蝶ネクタイも♡」「お前もな……本当に、綺麗だ」 二人の笑い声が聞こえた。 結衣の耳には、周囲の音が一瞬消えたように感じられた。 胸の奥が、鋭く締めつけられる。 ――嘘……。 目の前にいるのは、本当に悠真なの? 何度も瞬きをする。 
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第20話 完璧な笑顔の裏側

壇上の中央に立つ結衣は、純白のドレスに身を包み、微動だにしない。 彼女の手は、ドレスの裾を静かに握りしめていた。 指先が白くなるほど強く――。 それでも、完璧な笑みを崩さなかった。 隣に立つ俊介が、小声で囁く。「……やりたい放題だな、あいつ」 結衣は前を向いたまま答えた。「ええ。でも――今日の私は、“社長”でいるわ」 その言葉は静かだった。 けれど、その裏には強い決意があった。 俊介は何も言わなかった。 結衣が今、どれほど傷ついているのか。 言葉にしなくてもわかっていたからだ。 結衣は正面を見つめた。 会場には数百人もの人間がいる。 その中には悠真もいる。 そして、美咲も。 視界の端に、二人の姿が映る。 胸が痛む。 けれど、結衣は視線を逸らさない。 ――私は負けない。 何に対してなのか、自分でもわからなかった。 美咲なのか。 悠真の心なのか。 それとも、自分の弱さなのか。 ただ、ここで崩れてはいけない。 それだけはわかっていた。 乾杯の音頭が響き、シャンパンの泡が弾けた。 笑い声。 グラスの音。 音楽。 華やかな祝宴。 誰もが笑顔で、この特別な夜を楽しんでいる。 その中心で、悠真と美咲はゲストテーブルを回っていた。「副社長、奥様は……?」「ご一緒じゃなくていいのですか?」 そのたびに悠真は、「社長とは別席で」 と曖昧に笑ってはぐらかしていた。 結衣はその言葉を聞いた。 胸の奥が、ズキッと痛む。 ――社長とは別席。 そう。 私はあなたの妻ではなく、「社長」なのね。 結衣は笑顔を崩さなかった。 けれど、心の中では静かに呟いていた。 ――私があなたの隣にいることを、そんなに恥ずかしく思っているの? ――それとも……美咲の隣にいたいの? 答えは、聞きたくなかった。 聞いてしまえば、もう戻れない気がした。 それでも、心のどこかでは期待している。 悠真がいつか振り返ってくれることを。 「やっぱり、俺の妻は結衣だ」 そう言ってくれることを。 その可能性を、完全には捨てられなかった。 ――馬鹿ね、私。 結衣は心の中で自嘲する。 ――こんな姿を見ても、まだ信じようとしてる。 でも、それが愛なのだと思った。 簡単に嫌いになれない。 簡単に捨てられない。 何年も一緒に
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第21話 その頃、会場の隅――

俊介はグラスを傾け、控えめに笑う一人の女性と向かい合っていた。  彼女は先日の「お見合いパーティー」で出会った綾香。  ピンクベージュのドレスに身を包み、穏やかな笑顔を浮かべていた。「こんな大きな会場、圧倒されちゃいますね」 「だろう? 俺も最初はそうだった」 「でも俊介さん、落ち着いて見えます」 「いや、内心ドキドキしてるよ。……久しぶりに、誰かと笑えてる気がして」 その言葉に、綾香が少しだけ頬を染めた。  俊介はグラスの中の泡を見つめながら、ふと気づく。  結衣への想いは、まだ胸にある。  だが、この女性の前では、違う“自分”でいられる――そう思えた。「また……こうやって会ってくれますか?」 「もちろんです」  綾香の微笑みは、夜の灯のように柔らかく、温かかった。 やがて、会場が再び静まり返る。  結衣が壇上に立ち、マイクを手にした。  その瞬間、空気が一変する。「皆様、本日はお忙しい中、如月グループ創立50周年記念式典にお越しいただき、誠にありがとうございます。」 澄んだ声がホールに響き渡る。  背筋を伸ばし、微笑む結衣の姿は、まさに“完璧な社長”だった。「この50年、支えてくださった全ての皆様に感謝申し上げます。そして、新たな挑戦として――本日、リゾート開発事業《Azure Bay Project》を正式に発表いたします。」 スクリーンに映し出されたのは、蒼い海と白砂の映像。  次の瞬間、その映像の中に映った人物を見て、会場がどよめいた。 ――芹沢晃。 悠真が目を見開く。美咲が隣で、息を呑んだ。「我が如月グループは、芹沢ホールディングスと業務提携を結び、国内外の高級リゾート開発を共同で進めてまいります。」 壇上に晃が現れ、結衣と固く握手を交わす。  フラッシュの光が二人を包み、拍手が会場を満たした。 悠真の頬を、冷たい汗が伝う。  ――この男…芹沢先輩? 晃の視線が、悠真の方へ向けられた。  氷のように冷たい眼差し。一瞬だけ、交錯する視線。 「見ているぞ」  そう言わんばかりのまなざしに、悠真は呼吸を忘れた。 その隣で、美咲が震える声で呟く。  「この人……あのホテルのオーナー……」 結衣は、堂々と微笑み続けていた。  ――もはや、何も知らない
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第22話

創立30周年パーティーから三日後。 如月グループ本社の空気は、どこかざわついていた。 週明けの朝、エントランスでは社員たちが新聞の見出しを覗き込んでいる。『如月グループ × 芹沢リゾート 業務提携へ! 女性社長・如月結衣の新戦略』 『次世代リゾート構想始動 如月社長と芹沢晃がタッグ』結衣と晃が並んで写る写真―― その絵は、まるで“理想の経営パートナー”を象徴するようだった。 結衣は白のスーツで微笑み、晃は余裕の笑みを浮かべて隣に立つ。 カメラのフラッシュに照らされたふたりの姿は、もはや“仕事上の関係”には見えなかった。「……芹沢さんカッコイイ!!社長と並ぶとまるで夫婦みたい」 「ほんとよね。美男美女かぁ。社長のあんな笑顔久しぶりに見た」「絶対、芹沢さんの方がうちの社長とお似合いよね。副社長ときたら…でも、あの『専属秘書』さんとはお似合いかもね」社員の小さなつぶやきが、廊下に波紋のように広がっていった。その日、出社した悠真は、誰よりもその空気を痛感していた。 エレベーターを降りた瞬間、視線が集中する。 中には露骨にヒソヒソと笑う者もいた。「副社長……おはようございます」 声をかけてきた美咲の笑顔も、どこか引きつっている。 彼女の机には、匿名のメモが置かれていた。 《社長の旦那をたぶらかした女、専属秘書?娼婦?》 その一文に、ボールペンの跡が深く食い込んでいる。「美咲……気にするな。俺が守る」 悠真は小さく彼女の肩に触れたが、 その姿を偶然通りかかった北条が冷たい目で見ていた。「副社長。お手すきの際に、社長室までお越しください」 「……わかった」北条は一礼して去っていく。 彼の背中に、悠真は不吉な予感を覚えた。社長室。 結衣はデスクの上に新聞を広げ、冷静に数字を追っていた。 扉がノックされる。「入って」悠真が入る。 「呼んだか?」「ええ。……座って」悠真がソファに腰を下ろすと、結衣は手元の資料を閉じ、静かに口を開いた。「先日のパーティー、あなたも来てくれてありがとう、お疲れさまでした」「……ああ。」 悠真は探るような眼で結衣を見たが、結衣と目が合った途端に下を向いた。結衣の態度は普段と変わらず冷静だった。 悠真は先日のパーティーで美咲を紹介して歩
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