長い嵐の後、結衣は立ち上がらなければならなかった。 深夜の社長室。外は冷たい雨が降りしきり、ガラスの外に落ちる雫の音が、まるで拍子を刻むように響いていた。 誰もいないフロアの明かりはすでに落とされ、ただこの部屋だけが、彼女の意志を象徴するように静かに灯っていた。 デスクの上には、麻里からの分厚い資料。 表紙に刻まれたタイトル――「LUMIÈRE(ルミエール)」 “光”を意味するその言葉が、結衣の胸に焼きつく。 ――『闇の中でも、光は選べる。あなたがそれを証明して』 麻里の声が、脳裏に蘇る。 あの夜、誰もが如月グループの終焉を囁いたときに、彼女だけは静かに言ったのだ。 悠真の不倫報道。 ワイドショーが連日その映像を流し、結衣の冷たい表情が「DV疑惑」として切り取られた。 “氷の女社長”――。 そう呼ばれ、SNSでは「夫を追い詰めた鬼女」と叩かれた。 会社の株価は一週間で半分に落ち込み、スポンサー契約が次々と白紙撤回された。取引銀行からも融資見直しを通告され、社内では社員の退職願いが山のように積まれていた。 そして極めつけは――副社長・如月悠真の解任。 世間からは「夫婦崩壊劇」として嘲笑され、経済誌には「如月グループ、終わりの始まり」と見出しが踊った。 結衣は机に手をつき、深く息を吸い込む。 誰も守ってはくれない。けれど、誰も傷つけたくなかった。モニターに映るのは、東条コンツェルンと芹沢リゾートの共同計画書。 ――《東条×芹沢×如月》三社による、東京湾岸再開発プロジェクト。 この契約が頓挫すれば、如月の未来は終わる。 だが今の世間の空気では、三社の会談すらまともに開けない。 雨の音の中、結衣は唇を結び、麻里の残した資料を開く。 そこには、新ブランドの設計図と理念が記されていた。『“LUMIÈRE”――光。それは、絶望のあとに生まれる希望の象徴。 どんなに汚された名でも、誠実さで取り戻せる。 闇を超えてこそ、真の信頼は生まれる。』 結衣の目が静かに光を帯びる。 麻里の言葉の意味が、今になってわかる気がした。 “LUMIÈRE”はただの新ブランドではない。 それは如月グループが「再生」を宣言する旗印。 そして――自分自身が過去を超えるための戦いでもあった。 結衣はデ
Last Updated : 2025-12-01 Read more