All Chapters of ルミエールー光の記憶ー: Chapter 81 - Chapter 90

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第73話

長い嵐の後、結衣は立ち上がらなければならなかった。  深夜の社長室。外は冷たい雨が降りしきり、ガラスの外に落ちる雫の音が、まるで拍子を刻むように響いていた。  誰もいないフロアの明かりはすでに落とされ、ただこの部屋だけが、彼女の意志を象徴するように静かに灯っていた。 デスクの上には、麻里からの分厚い資料。  表紙に刻まれたタイトル――「LUMIÈRE(ルミエール)」  “光”を意味するその言葉が、結衣の胸に焼きつく。 ――『闇の中でも、光は選べる。あなたがそれを証明して』  麻里の声が、脳裏に蘇る。  あの夜、誰もが如月グループの終焉を囁いたときに、彼女だけは静かに言ったのだ。 悠真の不倫報道。  ワイドショーが連日その映像を流し、結衣の冷たい表情が「DV疑惑」として切り取られた。  “氷の女社長”――。  そう呼ばれ、SNSでは「夫を追い詰めた鬼女」と叩かれた。  会社の株価は一週間で半分に落ち込み、スポンサー契約が次々と白紙撤回された。取引銀行からも融資見直しを通告され、社内では社員の退職願いが山のように積まれていた。 そして極めつけは――副社長・如月悠真の解任。  世間からは「夫婦崩壊劇」として嘲笑され、経済誌には「如月グループ、終わりの始まり」と見出しが踊った。 結衣は机に手をつき、深く息を吸い込む。  誰も守ってはくれない。けれど、誰も傷つけたくなかった。モニターに映るのは、東条コンツェルンと芹沢リゾートの共同計画書。  ――《東条×芹沢×如月》三社による、東京湾岸再開発プロジェクト。  この契約が頓挫すれば、如月の未来は終わる。  だが今の世間の空気では、三社の会談すらまともに開けない。 雨の音の中、結衣は唇を結び、麻里の残した資料を開く。  そこには、新ブランドの設計図と理念が記されていた。『“LUMIÈRE”――光。それは、絶望のあとに生まれる希望の象徴。  どんなに汚された名でも、誠実さで取り戻せる。  闇を超えてこそ、真の信頼は生まれる。』 結衣の目が静かに光を帯びる。  麻里の言葉の意味が、今になってわかる気がした。  “LUMIÈRE”はただの新ブランドではない。  それは如月グループが「再生」を宣言する旗印。  そして――自分自身が過去を超えるための戦いでもあった。 結衣はデ
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第74話

あの記者会見の翌日。  週刊誌《スクープ・ナウ》編集部の深夜フロアでは、いつもよりも遅い時間まで蛍光灯が灯っていた。  佐久間は一人、モニターに向かっていた。  無機質な光が彼の顔を照らし、キーボードを打つ音だけが室内に響く。 画面には大きな見出しが踊っていた。  ――「副社長解任の真相 不倫スキャンダルの裏に潜む“経営の闇”」 そして、サブタイトルにはこうあった。  「如月悠真、沈黙を破る独占告白――『本当に悪いのは俺じゃない』」 記事の冒頭には、沖縄リゾートで撮られた悠真の写真。  スーツではなくラフな白シャツ姿の彼が、インタビューに答えているかのように見える。  その文面には、まるで本人の言葉のように書かれていた。 > 「俺は会社のために動いていただけです。  > すべては“上”の意向。  > ただ、誰もそのことを口にできない。」 佐久間の口元がにやりと歪む。  ――完璧だ。  これなら世間は結衣を“偽善の女社長”として叩くだろう。  あの会見での清廉な姿勢など、一夜で崩れ去る。 彼はコーヒーをひと口飲み、肩を回した。  締め切りまであと三時間。  表紙には結衣の写真を入れる。白いカメリアのブローチが、今度は“偽りの象徴”として使われるのだ。思わず笑みが漏れたそのとき―― 背後で、低い声がした。「随分と楽しそうだな。」 振り向くと、編集部のガラス扉の向こうに、黒いコートを羽織った男が立っていた。 東条玲央。  東条コンツェルンの代表である。 その冷徹な眼差しが、真夜中の蛍光灯よりも冷たく光っていた。「どうしてここに……?」 「“ここにいる”と教えてくれた人がいてね。」  玲央はゆっくりと歩み寄り、机の上の校正紙に目を落とした。  見出しを一瞥し、わずかに口角を上げた。 「“本当に悪いのは俺じゃない”、か。ずいぶん都合のいい独占だな。本人がそんなことを言ったのかな。覚えていないのかな。」口調はいたって柔らかいが、玲央の瞳は冷徹な光を放っていた。 佐久間の表情が固まる。 「……まさか、芹沢晃か?」 「さすが嗅覚が鋭い。彼はもう知ってる。俺もだ。君の記事は“なかったこと”になる。」 玲央の声は静かだった。怒りも、脅しもない。  しかし、そこに逃げ道がないことを佐久間は直感した。 「……“なかっ
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第75話

玲央と晃の報復は、静かに、だが完璧に進んだ。 ネオ・リンクスの資産を押さえ、「スクープ・ナウ」の発行元を丸ごと買収。  佐久間は即日解雇。記事は全削除。 ――美咲の裏の顔。  芸能人との不倫、裏金、接待。  週刊誌に踊らされた女が、今度は自分の記事で沈んでいった。 結衣は、静かに笑った。報復ではなく、清算。  “闇を照らす光”――それこそが、“LUMIÈRE”の名にふさわしい結末だった。 玲央は報道を見つめながら、低く呟く。「報いだ。……これが、真実の報道だ。」 晃は満足げに頷いた。「これで、結衣はもう傷つかない。」 その数日後――  「東条 × 芹沢 × 如月 3社合同リゾート計画発表会」が開かれた。 華やかな照明の中、ステージには結衣、玲央、晃が並ぶ。 結衣がマイクを握り、真っ直ぐに前を見つめた。「どんな報道も、どんな裏切りも、私たちの未来を奪うことはできません。」 その言葉に、記者たちは息を呑んだ。  玲央は、その横顔を見つめながら思った。 ――この人こそ、闇を超える光だ。同じ頃、港区のホテルスイート。芹沢晃と東条玲央が並んで、新しい報道資料を確認していた。スクリーンには―― 《東条コンツェルン × 芹沢グループ × 如月グループ  共同プロジェクト「BLUE HORIZON RESORT」発表》晃が口角を上げる。 「ようやく動き出したな。」玲央は資料から目を離さず、淡く笑った。「結衣さんが“立ち上がる”瞬間を待っていました。」晃はグラスを手にして言った。 「お前、結衣を本気で支える気か。」「支えるつもりはありません。」玲央は静かに言った。 「並んで歩くつもりです。」晃はその言葉に、かすかに笑みを浮かべた。「……お前らしいな。」そして二人のグラスが、静かに触れ合った。 カチンという音が、新しい時代の幕開けを告げた。夜。報道の終わったあと、結衣は自宅のテラスに立っていた。 夜風が髪を揺らす。そこへ、一通のメールが届いた。 差出人は――東条玲央。『今日のあなたは、最高に美しかった。落ち着いたらあなたに話したいことがあります。海の見える場所で。その時は来てくれますか』結衣はスマホを胸に抱き、小さく息をついた。(あの夜、泣かせないって言った人が、本当に支えてくれている……)結衣は「もちろん
last updateLast Updated : 2025-12-02
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第76話

朝の陽射しが、 ガラス張りのオフィスに柔らかく差し込んでいた。東条コンツェルン本社の最上階―― 会議室のテーブルには、 新プロジェクト《BLUE HORIZON RESORT》の設計図が広げられている。結衣と玲央、そして芹沢晃が並んで座っていた。「ここに“海上ヴィラ”を造る案、どう思う?」 玲央が提案書を指差す。「宿泊者が海と一体化できる空間……素敵。でもコストは相当ね。」 結衣が冷静に応える。晃は腕を組みながらニヤリと笑った。 「いいじゃないか。夢がある。俺と玲央の資本で押さえる。君はデザインと現場だけ見てくれればいい。」「そんな簡単に言わないでください。」結衣は苦笑しながら資料を閉じた。 だが、その頬には久しぶりに穏やかな笑みが戻っていた。玲央が横目でその表情を見て、小さく息を吐いた。 「……ようやく、あなたらしい笑顔が戻った。」結衣は少し照れくさそうに視線をそらす。 「もう泣き疲れたの。それに――もう泣かせないって、言ってくれた人がいるから。」玲央の目がわずかに揺れた。 彼の胸の奥で、静かな炎がともる。晃はそんな二人の空気を感じ取りながら、ふっと視線を外した。 (……やはり、俺の出る幕じゃないか。)しかしその瞬間、彼のスマホが震えた。表示された名前に、晃の表情が一変する。――「美咲」。(……なぜ俺に?)メールを開くと、そこには一文だけ。『副社長解任の件、まだ終わってません。“社長の不正取引”を知っています。取引しましょう。』晃は息を止めた。 (……やはり、あの女は諦めていなかったか。)その夜。芹沢グループ本社の裏口。 人目を避けるように、帽子とマスクをつけた美咲が現れた。 高級ブランドのバッグを握りしめ、薄暗い非常灯の下で晃を待っていた。「……変装までして何の用だ。」晃が低い声で言う。「私、全部知ってるんです。」美咲は艶のある笑みを浮かべた。「何をだ。」「如月グループの資金の一部が、以前、あなたの子会社を通して動いてたこと。」晃の目が細くなる。「……誰に聞いた?」「悠真さん。副社長の頃、あなたと一度だけ秘密の会合を持ってたそうですね。」晃は笑った。 「脅しか?」「取引です。」 美咲は一歩近づいた。 「私を“リゾートプロジェクトの広報担当”に戻してください。そうすれば、何も話しませ
last updateLast Updated : 2025-12-02
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第77話

その夜――  東京湾を望む高層ビルの最上階。  東条玲央のオフィスには、静かな潮騒のように夜の風が流れ込んでいた。 大きな窓の前に並んで立つ結衣と玲央。  窓の外には、夜の海に揺れる灯りの帯が、まるで未来への航路のように輝いていた。「……戦う覚悟ができたんですね」玲央が静かに言う。 結衣は短く息を吐き、目を閉じた。 「ええ。でも、今度は一人じゃない。あなたがいる。」 その横顔に、決意の光が宿る。  玲央はそっと彼女の肩に手を置いた。 「俺が隣にいる。どんな嵐が来ても、俺が守る」 言葉の温度が、彼女の胸の奥に沁みた。  ようやく掴みかけた“再生”の夜。二人の距離は、ほんの数センチだった。 ――その瞬間。  暗闇の外で、小さな“カシャ”という音が響いた。気づく者はいない。  高層ビルの向かいのビル、屋上の影に潜むカメラマンが、望遠レンズ越しにシャッターを切っていた。フラッシュは使わない。  だが、その一枚は、翌日の“爆弾”になる写真だった。  ――「深夜、如月結衣と東条玲央、密会。」 光と影が交錯するその夜。  誰かの手によって、もう一つの物語が動き始めていた。 同じころ、都心から離れたホテルの一室。 カーテンを閉め切った暗闇の中、ベッドの上で美咲が新しいスマホを操作していた。  薄い唇が、ゆっくりと歪む。画面には、送信前のメッセージ。  『如月結衣の秘密、次はあなたに教えてあげる。――東条玲央さんへ』 美咲は指を止め、笑った。 「ふふ……今度は、あなたを壊してあげる」 その声には、甘く冷たい毒が混じっていた。 彼女の手にある「情報」は、  如月グループの“闇の資金流用”と“芹沢ホテルとの癒着”――  だが、実際にはそのどれも根拠のない噂に過ぎなかった。 それでも、美咲の中ではすでに「事実」へと変わっていた。  きっかけは、あの夜――  酔いに任せて悠真が零した、ほんの一言。 「結衣は、芹沢と裏で何かやってる……玲央もグルなんじゃないか」 彼はただ、嫉妬と屈辱のはけ口を探していただけだった。  けれど美咲には、その言葉が“救い”のように響いたのだ。  ――あの女は清廉でも誠実でもない。  ――みんなが信じる“完璧な結衣”なんて、偽りだ。 心の奥で渦巻いていた怒りが、一瞬で炎に変わった。 (や
last updateLast Updated : 2025-12-02
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第78話

数日後。 玲央の元に届いた匿名のメール。  添付されていたのは――結衣と並ぶ彼自身の密会写真だった。  そして本文にはこうあった。  『結衣を庇うなら、あなたも終わりよ。選ぶのはどっち?』 玲央はその文面を黙って見つめ、深く息を吐いた。  何も答えず、ただスマホを机に伏せた。 そこへ今度は美咲からのメールが届いた。  わざとらしく心配そうな文面で、  「玲央さん、如月社長の件知ってましたか?……本当なんですか?」「如月と芹沢の黒い癒着の件。あなたも関わってるって噂が――」 玲央の瞳がすっと冷たくなった。 玲央はメール画面を消去し、美咲の連絡先をブロックした。美咲は玲央から反応が返ってこないため、もう一度メッセージを送ろうとしたが、ブロックされていることに気が付いた。 その瞬間、美咲の中で何かが“切れた”。 翌晩。  美咲は悠真に連絡を取った。美咲から電話がきたことで、慌ててスマホを手に取った。「悠真?あれから何してた?」美咲の甘ったるい声が耳に心地よく響く。「美咲…君は何してたんだ?」悠真はほとんど憔悴しきっていた。  会社を追われ、世間に晒され、誰も彼を信じていない。  そんな彼の前に、美咲はまた現れた。「ねえ悠真。結衣に、仕返ししたくない?」 その言葉に、悠真は顔を上げた。濁った瞳の奥に、かすかな炎が灯る。「……どういう意味だ?」「あなたが持っている情報を、うまく使えばいいの。あの女は、みんなから守られてる。東条も、芹沢も、会社も。でも――その“守り”を崩せば、全部、瓦解する」美咲は淡々とした調子で言った。「……守りを、崩す?」悠真は目を見開いて聞く。「そう。彼女を信じてる人たちを、ひとりずつ裏切らせるの。そうすれば、結衣は“助けられない女”になる。そのとき初めて、あなたの痛みを思い知るわ」 美咲の瞳は、暗闇の中で静かに光った。  もはや彼女のターゲットは――悠真でも玲央でもない。  “皆から助けられる女、如月結衣”そのものだった。 彼女は憎悪と執念を混ぜた笑みを浮かべ、薄く唇を開いた。「結衣――あなたを、完全に壊してあげる」 その声は、闇の底から響く呪いのように冷たかった。  そしてまた、スマホの画面が、青白く彼女の顔を照らした。  そこには、保存済みのファイル名―― 《再生の夜・証拠写
last updateLast Updated : 2025-12-03
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第79話

都心のカフェで一冊の週刊誌が静かに売り切れていった。 表紙には、見出しが踊っていた。『如月結衣社長、東条コンツェルン御曹司と密会!深夜の抱擁シーンを独占撮影!今度は如月社長が不倫!!』記事には、玲央が結衣を抱き寄せる写真が掲載されていた。 まるで恋人同士のようなその姿―― 何度も悠真に裏切られ、そのたびに玲央がそばにいてくれた。そこには写真に撮られたように、玲央に抱き寄せられたことが何度もあった。既婚者である結衣が、他人の目に触れるような場所で、不用意に玲央とそのような行為に及んだことが、この結果を引き出していた。「この大事な時期に、またこんなもの載せやがって!!」週刊誌を見た俊介が、怒りに任せてその雑誌をゴミ箱に放り込んだ。「どうして……誰がこんなことを。」インターネットの記事を見て、結衣は慌てて玲央に電話していた。「ごめんなさい。私のせいで巻き込んでしまって」と電話に出た玲央に、結衣は即座に謝った。『あなたが謝ることではないですよ。僕があなたを好きだからしたことで、あなたのせいではないです。』玲央はそう言ってため息をつき、『このネタを提供したのは、多分、美咲さんです。あなたのことを恨んでいるようです。ただ――問題はそこじゃない。』「え?」『今、うちの株価が急落しています。“如月との癒着”と報じられている。  このままだと、あなたを守るどころか、僕があなたを潰す形になってしまう。』その言葉に、結衣の胸が締めつけられた。 「そんな…私がこの記事の真相を…」『いいえ、僕が動きます。結衣さんは動かないで。――これは僕の責任です。』通話が切れたあとも、彼の低い声が耳の奥に残った。同じ頃。芹沢晃のオフィスに俊介が駆け込んでいた。 デスクの上には、問題の記事と株式速報のデータ。「……美咲がやったんです。」俊介が険しい声で言う。晃は黙って報道資料を見つめ、深く息を吐いた。「ふざけた真似を。」俊介が頷く。 「ただ、これだけじゃない。週刊誌に渡されたデータの中に、東条グループの内部書類が含まれてた。普通の社員じゃ入手できない情報です。」晃の目が鋭くなる。「つまり、誰かが裏で繋がっている。」「ええ。おそらく――如月の旧派役員の誰かです。結衣の失脚を狙っている。」晃はゆっくりと立ち上がり、窓の外の東京湾を見下ろした。「俊、
last updateLast Updated : 2025-12-03
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第80話

数時間後。東条コンツェルン本社。記者会見の壇上に、玲央が立っていた。無数のカメラのフラッシュ。背後のスクリーンには、 《東条コンツェルン東条玲央代表取締役 臨時会見》の文字。「本日の報道に関しまして、如月グループ如月結衣社長との関係は、個人的なものではなく業務上の提携に関するものです。写真に誤解を招く部分があったことをお詫びいたします。ただし――彼女が不当な誹謗中傷を受けていることは、断固として許しません。」会場がざわめく。記者がマイクを向ける。 「つまり、あなたは如月結衣社長を守るためにスキャンダルを引き受けたという理解でいいですか?」玲央は一瞬、沈黙した後―― 静かに微笑んだ。「守りたいと思う人がいるのは、悪いことですか?」フラッシュが一斉に光った。その場面をテレビで見ていた結衣は、胸の奥で何かが熱く溶けていくのを感じた。(玲央さん……あなたは、そういう人なのね。)彼女の頬を、ひと筋の涙が伝った。 ――その会見から、わずか一時間後。 「#東条玲央」「#如月結衣」「#記者会見」のタグが、SNSのトレンドを一瞬で埋め尽くした。  テレビ各局は速報テロップを流し、ネットニュースは一斉に“東条玲央、如月結衣を擁護”と見出しを打った。《守りたいと思う人がいるのは、悪いことですか?》  その一言が、何百万人という人々の胸を打ったのだ。 ――「貴公子と言われた東条玲央が、誰かを“守る”なんて。」  ――「結衣社長をかばう姿、映画みたい」  ――「あの目、完全に恋してる!私も言われてみたい!!」 瞬く間にSNSは“東条玲央×如月結衣”の話題で埋め尽くされ、ファンアートや切り抜き動画が爆発的に拡散された。  わずか数時間で投稿数は100万件を超え、東条コンツェルンの公式サイトはアクセス過多で一時サーバーが落ちた。 経済ニュースも黙ってはいなかった。  翌朝、株式市場が開くと同時に、東条コンツェルンの株価は前日比15%の急騰。  「誠実なリーダー」「時代が求めた男」と評され、株式掲示板では“恋も企業も守る社長”という見出しが踊った。  投資家たちまでが「愛に強い男は経営にも強い」と持ち上げる始末だ。 それに対して、如月グループにも思わぬ波紋が広がっていた。 「如月結衣って、あの冷たい社長でしょ? 意外と純愛なんだね」  「東
last updateLast Updated : 2025-12-03
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第81話

その頃、如月グループ、本社ビルでは、俊介と綾香が、データ分析室で資料を整理していた。 モニターには、美咲が匿名で使っていたSNSアカウントの投稿履歴。「……ここ。この投稿だけ、IPアドレスが社外じゃない。如月本社から送られてる。」俊介が目を細める。 「つまり、美咲を動かしてるのは――内部の誰かだ。」綾香が小さく息を呑む。 「俊介さん……このID、見てください。“m-sakurai”って書いてある。」俊介は息を止めた。「まさか……」彼の表情が険しく変わる。 “櫻井”―― かつて結衣の父・如月会長の側近で、今は冷や飯を食っていた元取締役。俊介は即座に電話を取った。 「晃さん、情報が出ました。内部リーク元、櫻井です。」『よくやった。――すぐに動く。』夜の東京湾を、冷たい風が渡っていく。 東条コンツェルン本社の最上階では、玲央と晃、俊介が集まっていた。テーブルの上には、美咲と櫻井の通信記録、口座の入出金履歴、 そして週刊誌へのリーク情報。俊介が静かに言う。 「全て繋がりました。美咲は櫻井から金を受け取って動いていた。  “結衣失脚”のシナリオは櫻井の指示です。」晃が低くうなる。 「つまり、旧体制がまだ影で息をしてるってわけだ。」玲央は拳を握った。「……なら、息の根を止めるまで。」俊介が頷く。 「明日、如月会長に全てを離します。櫻井がすべての元凶だと言うことを。証櫻井には証拠を突き付けてやります!」晃は冷ややかに笑った。 「反撃の時、だな。」その夜、新しいマンションのリビングは柔らかな間接照明に満ち、壁には流行のアートがかかっていた。白いソファに腰かけた美咲は、ワイングラスを傾けながらスマホを指で滑らせる。画面には《#東条玲央》《#如月結衣》《#レオユイ》といったトレンドワードが、燃え上がるように並んでいた。玲央の会見動画――あの一言が切り取られて数十秒のクリップになり、無数のリツイートと賞賛のコメントがつく。人々は簡潔に、そして熱狂的に物語を紡いでいる。「クソ……」美咲は歯を食いしばり、赤いネイルがワイングラスの縁をぎゅっと押した。指先に力が籠もるほど、ワインの香りが鼻腔をくすぐる。彼女は画面の下へ指を滑らせ、炎上の火種を探る。結衣への侮蔑の言葉、悠真の愚を嘲る短文、そして――わずかに混ざる同情の声。嬉々として焚べる者、
last updateLast Updated : 2025-12-04
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第82話

美咲は瞬間、背筋が緊張した。玄関ののぞき窓越しに見えたのは、白いシャツに濃紺のジャケットを羽織った男の姿。見慣れた顏だ。芹沢晃。彼女の胸の奥で、何かが凍るように収縮した。「悠真?早かったじゃない」――そう言いかけて、扉を開けた瞬間、彼女の口はふさがった。晃がそのまま部屋に入ると、無言でテーブルのワインボトルを見据えた。彼の瞳は、暖かさではなく刃のように冷たかった。「いい部屋だな。結衣の金か?」空気が張り詰める。美咲は咄嗟に否定した。「ち、違う!悠真が買ってくれたの!」しかし晃の口元に浮かんだ苦い笑みに、真実の輪郭が露わになる。「同じことだ。」彼の声が低く響いた。短い断定に、部屋の空気がさらに締まる。晃はゆっくりと彼女に近づき、手を伸ばすようにしてリビングの一角を見渡した。壁のアート、マットなカーペット、景観の良い窓――どれも“買えるもの”の指標でしかない。「もう逃げられないぞ、美咲。」晃の声には容赦がなかった。「お前の口座から櫻井の会社に入った金、全部調べがついている。お前が受け取った振込、会食の領収、深夜の送金――刑事の調査は既に進んでいる。ログも、メールも、すべて押さえてある。」その言葉が部屋の中に落ちると、空気は音を立てて崩れた。美咲の顔色が急に青ざめ、ワイングラスを掴んだ手が震えた。「……うそ……そんな、なんで――」と彼女は呟く。動揺が表に出ると、晃は冷たく見下ろした。「お前がSNSに流したデータも、全部ログを取った。捏造の痕跡、改竄の履歴、投稿に使った端末の位置情報、送信時間――全部、警察に提出してある。お前は利用されただけじゃない。自ら手を下した共犯だ。」晃の声は厳しく、断罪のようだった。机の上に置かれたスマホの小さなLEDが、まるで審判の明かりのように瞬いた。美咲は膝を落として床に座り込み、涙も出ないほど顔を震わせた。手の中のワイングラスがカタンと音を立てる。彼女は崩れ落ちるように言葉を漏らした。 「どうして……どうして私ばっかり……!」 これまで犠牲にしてきたものを、誰より自分が背負うような錯覚。怒りと悲しみと恐怖が、混ざり合って溢れる。晃は一歩進み、影のように沈んだ声で言った。 「お前は、人の幸せを壊してきた。郷愁を食って生きる者が、他人の人生を賭けに出すな。だが今回は、壊す相手を間違えたんだ。」 その冷徹な言葉は、結衣を守る決
last updateLast Updated : 2025-12-04
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