All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 171 - Chapter 180

373 Chapters

第171話

凪は、くりっとした瞳で杏奈の目や表情をじっくりと観察した。そして、ある結論に達した。この子、健吾の気持ちに全く気づいていない。それどころか、ただの友達としか思ってないみたい。ふふっ。健吾にもこんな目に遭う日がくるなんてね。凪はなんだかしてやったりという気分になった。「ううん、なんでもありません。ただちょっと聞きたいんですけど、健吾さんのこと、どう思いますか?」杏奈は少し考えて、真剣な顔で答えた。「すごくいい人だと思います。かっこいいし、優しくて気が利きますし。彼の彼女になる人は、きっと幸せでしょうね」「ぷっ!」そこまで聞いて、凪はたまらず、吹き出してしまった。一方で、杏奈はきょとんとして、彼女がどうして笑うんだろう、と目で問いかけた。すると、凪は首を振って、印刷した処方箋を杏奈に手渡した。「あなたも、これからきっと幸せになれますよ」処方箋を受け取った杏奈は、怪訝な顔で凪を見つめた。一体、自分のどこが彼女のツボに入ったんだろうと訳が分からなかったのだ。だがそれ以上聞けなかったので、杏奈は肩をすくめ、処方箋を持って部屋を出ようとした。そして、ドアを開けると、すぐそこに健吾が立っていた。だが、健吾はなにやら機嫌が悪そうだった。彼は腕を組んでドアの横の壁にもたれていて、少しうつむいたまま銀髪が額に影を落としているのだ。その影に目が隠れていたせいだろうか、どこか暗い雰囲気を漂わせていた。「どうして入ってこないの?」杏奈が尋ねた。健吾は杏奈の方へ顔を向けた。その魅力的な瞳は細められ、笑っているようにも見えた。でも、杏奈は直感的に、今の健吾がとても機嫌が悪そうだと思った。「入っていったら、あなたたちの話の邪魔になるだろ?」それを言われ、杏奈は気まずそうに笑って見せた。「診察してもらっていただけだよ、特に何も話していないわ」そして、彼女は健吾の前で処方箋をひらひらと振り、「受付で薬をもらってくるね」と言った。こうして、杏奈は逃げるようにその場を去った。杏奈が去ると、凪が診察室のドアのところまで出てきた。そして健吾と一緒に、杏奈の後ろ姿を見送った。「まさか、あなたを『優しくて気が利く』って言う人が現れるなんてね。やっぱり好きな人の前だと、人は変わるものなのね」健吾は
Read more

第172話

それからの一週間、杏奈は穏やかな日々を過ごした。中川家の人たちに邪魔されることも、面倒な家の用事に悩まされることもなかった。彼女は一週間マンションに引きこもって、毎日窓辺で画板を広げ、デザイン画を描いていた。このマンションは立地も日当たりもとても良い。朝から部屋いっぱいに太陽の光が降り注ぎ、杏奈自身を、そして彼女の未来をも、キラキラと輝かせているようだった。この日、杏奈は描き上げたばかりのデザイン画を正人に送ると、すぐに探偵の直樹から電話がかかってきた。直樹からはしばらく連絡がなかったので、突然の電話に彼女は少し胸が躍った。きっと何か手がかりが見つかったんだ。杏奈は待ちきれずに電話に出た。「中川さん、現場にいた第三者の足取りが掴めました。その人は京市にいます」杏奈は興奮気味に言った。「どこにいるんですか?私が会いに行きます」「この人物はかなり臆病なので、中川さん、どうか刺激しないであげてください。今、京市に戻っているところですから、私が着いたら一緒に行きましょう」そう言われ、杏奈も交渉ごととなれば、直樹のほうが自分よりずっと上手だろうと思った。すると彼女は頷いた。「はい、よろしくお願いします」この良い知らせのおかげで、杏奈は明日の同窓会へ行くことで湧いた憂鬱な気持ちも吹き飛んでしまったようだ。どうせもうすぐここを離れるんだし、同級生たちに会うのもこれが最後だと思って、彼女は結局行くことにした。そう思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。杏奈がドアを開けると、買い物袋を提げた健吾が立っていた。「今日は仕事が早く終わったんだ。一緒にご飯食べない?」杏奈は体をずらして彼を中に招き入れ、スマホの時間を見て、少し驚いたように言った。「午前11時にもう仕事終わりなの?」「運転手だからね。時間に縛られない仕事なんだ」健吾は手慣れた様子でキッチンへ向かい、買ってきた野菜や果物を冷蔵庫にしまった。それから、いくつかの果物をカットして盛り付け、リビングに運んできた。「先に果物でも食べてて。ご飯はすぐできるから」そう言われ、杏奈も遠慮なくソファに座り、果物をつまみ始めた。別に彼女が偉ぶって手伝いたくないわけじゃない。ただ、キッチンで手伝おうとするたびに、いつも健吾に追い出されてしまうの
Read more

第173話

そして、軽くメイクをすると、彼女は家を出た。約束の時間になると、杏奈は心海ビルの最上階にあるパーティーラウンジに着いた。エレベーターを降りると、ボックス席の周りに人だかりができていて、みんながぺちゃくちゃ喋っていた。するとウエイターにお酒を頼んでいた拓海が、こちらにやって来た。彼は杏奈を一瞥すると、値踏みするようにじろじろと見つめながら、目に嘲笑を浮かべては、わざとらしくにこやかに話しかけてきた。「杏奈さんじゃないか?やっと来たな、みんな待ってたんだぞ!」拓海の大声に、その場にいた全員の視線がこちらに集まった。そして人だかりが割れると、杏奈はようやくボックス席に座っている人物に気づいた。真奈美だった。杏奈は眉をひそめた。なんで真奈美がここにいるの?真奈美とは高校が違うはず。なのに、どうして自分の同級生たちとつるんでいるんだろう?そう思いながらも、杏奈は拓海について歩いて行った。すると真奈美が立ち上がるにつれ、ダイヤを散りばめた青いドレスが揺れ動き、きらきらとした輝きを放っていて、まるで水から上がったばかりの人魚姫みたいだった。「お姉さん、来てくれたんだ」彼女は可愛らしく笑った。でもその笑顔には、杏奈にはお馴染みの、勝ち誇ったような色が混じっていた。そうだった。真奈美はいつだって、自分のものを全部奪おうとしてきた。両親、兄、愛する人、そして、高校の同級生まで。「お姉さん、この服どうしたの?いくら離婚したからって、あなたは久保家のお嬢様でしょ?まさか、まともな服一枚も買えないなんてことないわよね?」そう言って、真奈美は、杏奈を軽蔑するように見た。すると周りの人たちも二人を見比べて、真奈美に同調し、杏奈に軽蔑の目線を向けた。「久保家のお嬢様?真奈美が久保家の娘として見つかった年に、この女の正体はバレたじゃない。偽物のお嬢様のくせに、いい服を着る資格なんてないでしょ?」「そうよ、偽物は所詮偽物よね」……杏奈も、もともとこの同窓会がただの集まりじゃないと分かっていた。でも、まさか真奈美まで関わっているとは思わなかった。彼女は周りの嘲笑を無視して、真奈美だけをじっと見つめた。「あなたは、私たちと同じ高校じゃなかったはずよね?」杏奈がそう尋ねると、真奈美が答えるより先に、拓海が
Read more

第174話

こうして杏奈は真奈美に腕を引かれ、長テーブルの席に着かされた。そして離された腕には、爪の跡が赤く残されたままだった。「杏奈さん、昨日の配信、見たわよ。何年経っても、梓の家族はまだあなたを許してないのね」杏奈の向かいに座ったピンク色の髪の女は、スパンコールのミニスカートを穿いていた。ぷっくりとした童顔で、顔立ちは美しいけれど、どこか不自然な感じがして、多分整形しているのだろう。杏奈は記憶を探ってみたが、どうしても彼女が誰だか思い出せなかった。するとピンク髪の女は杏奈を見て、鼻で笑った。「私のこと、覚えてないの?」杏奈は首を横に振った。女はさらに嘲るような笑みを浮かべ、長い髪をかきあげた。「まあ、そうよね。今の私はこんなに綺麗になっちゃったし。あなたはずっと専業主婦で、同窓会にも一度も来なかったんだから。私たちのことを知らなくても仕方ないか」そう言うと、彼女は周りの同級生たちに視線を送った。「皆さん、杏奈さんはお偉いから、私たちみたいな凡人のことはすっかり忘れちゃったみたい。だから一人ずつ自己紹介してあげようよ」女は杏奈に向き直り、まず自分が名乗った。「私は新井菫(あらい すみれ)。ちゃんと覚えておいてよね」その名前を聞いて、杏奈は思い出した。菫は不動産成金の末娘で、高校の時に転校してきた女だ。教室に入るなり女王様気取りで、実家が金持ちなのを鼻にかけ、あっという間にクラスのボスになった。昔、梓をいじめていたのも彼女が中心だったから、杏奈は梓の件で、菫とかなり揉めたことがあるのだ。次に、拓海がニヤニヤしながら杏奈に自己紹介した。「葛城拓海だよ。高校の時、委員長やってた。今は同窓会の幹事をしてるんだ」それから、他の人たちも次々と自己紹介を終えた。最後に、菫が杏奈を見た。「杏奈さん、これで全員を覚えてくれたかしら?」彼女はそう言って口元にはかすかな笑みを浮かべていたが、その目は侮蔑の色を隠そうともしていなかった。そんな状況に杏奈がかすかに眉をひそめていると、真奈美がにこやかに話を煽った。「わかったわかった。姉さんは何しろ中川家で長年過ごしてきたんだから、家庭を第一に考えるのは当たり前よね。何年も会ってないんだから、みんなを覚えてなくても仕方ないじゃない」それを聞いて、菫は軽蔑したよ
Read more

第175話

「そうよねぇ。そんなボロボロの服で出てくるなんて、慰謝料ももらえなかったんでしょ。かわいそうに」だが、彼女は口ではかわいそうだと言っているけれど、その目には同情の色なんてまったくなかった。周りの同級生たちも、杏奈が竜也と離婚したと知ると態度を変えた。それまでは少し遠慮していた人たちも、今では冷ややかな視線を送るようになった。「ねえ真奈美、前から思ってたんだけど、竜也さんとお似合いなのってあなたの方じゃない?彼はあなたにすごく優しいし、本当はあなたのことが好きなんじゃないかな」真奈美は慌てて否定した。「菫、何言ってるの?私と竜也さんはただの仲のいい友達よ。変なこと言うと怒るからね」「あなたが友達だと思ってても、相手はそう思ってないかもしれないじゃない」一方で、杏奈は、みんなが真奈美をはやし立てるのを聞いていた。でも、彼女は無表情で、何も言わなかった。杏奈の反応がないのがつまらなかったのか、菫は手をひらひらさせて、テーブルに酒瓶を置いた。「はいはい、おしゃべりはここまで!私たちは遊びに来たんだから。そうだ、罰ゲームありのゲームしない?」そう言って菫は瓶をテーブルの真ん中に横向きに置くと、その胴に指をかけた。「私がこの瓶を回すからね。瓶の口が向いた人は、罰ゲームを受けなきゃダメ。罰ゲームの内容は、みんなで考えよ!」「いいね!」こうして、その提案はみんなに賛成された。そして、菫は瓶を回し始めた。その視線を杏奈に一瞬止めた後、さらに杏奈の左隣にいる拓海に向けると、彼女は指先に軽く力を込めて、くいっと瓶を回した。すると、瓶は4、5回転して、ぴたりと拓海を指して止まった。「さすが委員長!まずはお手本を見せてよ!」みんなが囃し立てる中、拓海は笑いながら菫を見た。「言ってみろよ、どんな罰ゲームなんだ?」菫は頬杖をついて少し考えると、こう言った。「じゃあ、右隣の人と10分間キス!」拓海の右隣に座っていたのは、杏奈だった。菫の言葉を聞いて、杏奈は顔をこわばらせた。だが、周りのみんなは菫の提案を聞いて、面白がって賛成した。みんなは拓海の背中を押した。「拓海さん、高校の時から杏奈さんのこと好きだったろ?俺たちがチャンス作ってやってんじゃん!」「ふざけるな」拓海は彼らをたしなめた。しかし、その視
Read more

第176話

腕を強く掴まれ、杏奈は思わずドキッとして、顔から血の気が一気に引いてしまったのだった。すると、周りは拓海が手を出したのを見て、さらにみんなではやしたてた。「ただのゲームだろ?俺は気にしないのに、あなたは何を気にしてるんだ?」拓海は杏奈を見て言った。「もしかして、俺じゃ不満だってこと?」「頭おかしいんじゃないの?」杏奈はもがきながら後ずさった。そして、拓海もまともじゃないし、今日の同窓会だって自分を陥れるために仕組まれたものに違いないと思った。だが、真奈美はその隙を見逃さなかった。彼女が杏奈の背中をぐいっと押すと、杏奈は体勢を崩して、拓海に向かって倒れ込んでしまい、そして拓海はすかさず彼女を抱きしめたのだ。すると、周りの歓声はさらに大きくなった。杏奈は必死でもがいた。「離して!」だが、拓海は彼女を強く抱きしめたまま、その唇に顔を近づけた。追い詰められ、杏奈は慌てて顔をそむけて、拓海の頬を平手で打ちつけたが、はやしたてる声の中、拓海の怒りも頂点に達したようで、彼は杏奈の両手首を掴み、無理やり引き寄せようとした。「離れて!」杏奈は叫んだ。バンッ。それと共にすぐ側で、重い物が床に叩きつけられる耳障りな音がした。すると、拓海が動きを止め、振り返った瞬間、どこからか飛んできた酒瓶が彼の頭を直撃したのだ。拓海は痛みに呻きながら額を押さえたが、指の間から血が流れた。杏奈はそれを見ていたが、構っている余裕はなかった。みんなが呆然としている隙に、彼女は急いで人混みを抜け出した。そして抜け出した途端、顔を上げると、そこには健吾の冷たい表情があった。「健吾さん?」杏奈は急いで健吾の前に駆け寄った。「どうしてここに?」だが、健吾は杏奈の青ざめた顔を見つめたまま答えなかった。彼女のその美しい瞳は潤んでいて、恐怖で浮かんだ涙がまだ目の中で溜まったままだったのだ。すると彼の表情はどんどん険しくなり、その瞳から隠しようもない鋭い光が放たれた。一方で、拓海が額から手をどかすと、手のひらは血で染まっていた。怒りが一気にこみあげてきた拓海は、立ち上がって健吾を睨みつけた。「よくもやったな!コノヤロー!」だが、健吾はただ黙ってその場にいる全員を見渡すだけだった。そして、漆黒の瞳は不気味なほど冷たく、彼
Read more

第177話

すると、健吾がウェイターを一瞥すると、ウェイターは急いで真奈美のほうに顔を向けた。「申し訳ありませんが、お帰りいただくのはお客様たちのほうです」それを聞いて、さすがに菫も我慢の限界だった。ウェイターの前に詰め寄り、指を突きつけて怒鳴りつけた。「何だって?お金を払ってここを貸し切ったのはこっちよ!それなのに私たちを追い出すっていうの?」菫の後ろにいた人たちも、口々に文句を言い始めた。「こんなにサービスが悪くていいわけ?今すぐ本部にクレーム入れてやるから!」「こっちは客よ!お客様は神様でしょ!その態度はないんじゃない?」……しかし、ウエイターは少しも臆することなく堂々としていた。「ここには防犯カメラがあります。先ほど皆様がこちらのお客様にしたことは、全て録画されています。このままお帰りになるか、それとも警察を呼ばれたいですか?」「あなたは……」菫がさらにウエイターに詰め寄ろうとしたが、真奈美が彼女を止めた。もし本当に警察沙汰になって、防犯カメラの映像が公開でもされたら、世間から叩かれるのは目に見えているからだ。他の人たちがどうなろうと知ったことではない。でも、自分はこれから女優に転身する身だ。ここでスキャンダルを起こすわけにはいかなかった。そう思って、真奈美は菫の耳元でささやいた。「菫、事を荒立てたら、家に帰ってから面倒なことになるわ」菫は末っ子で家族に甘やかされていたけれど、父親は人一倍世間体を気にする人だった。同窓会で警察沙汰になったなんて知られたら、本気でぶん殴られるかもしれない。それを考えると菫はぶるっと震えて、杏奈と健吾を憎々しげに睨みつけた。「覚えとけよ!」そう吐き捨てると、彼女は真っ先にバッグを掴んで出口へ向かった。一方で、真奈美は健吾と杏奈に歩み寄ると、声を潜めて言った。「たかが橋本家の運転手のくせに、偉そうにしてるんじゃないわよ。あなたなんてただの下っ端よ。いつか思い知らせてやるから」健吾は鼻で笑った。「ああ、それは楽しみだな」そう言う彼が纏うオーラが、あまりにも凄まじかったのか、真奈美は健吾に警告するつもりだったのに、彼の圧倒的な威圧感に、息が詰まりそうになったのだ。すると、彼女も逃げるように、菫の後を追ってその場を去った。そして、その場にいた他の人たちも、次々と去っ
Read more

第178話

そして、食事を終えると、杏奈と健吾はそれぞれ自分の家に帰った。しかし杏奈はやはり平静を装っていただけで、真夜中になると悪夢で飛び起きてしまったのだ。それは、何年も前に海外で起きた出来事の夢だった。そして、夢の中では中川家の屋敷の屋根裏にあるあの真っ暗な部屋、それから悪臭が漂う倉庫も現れたのだ。杏奈はむくりと起き上がって、ベッドサイドのライトをつけた。しばらくじっとしてから、ようやく落ち着きを取り戻した。気分転換に動画でも見ようとスマホを手に取った。ロックを解除すると、メッセージが二件届いているのに気づいた。一件は、彼女の実の兄からだった。【みんなで相談して決めたんだけど、君を迎えに、家族みんなで京市に行くからな】自分を、迎えに。その言葉に、杏奈の胸はじんと熱くなった。自分は、本当に家に帰れるのかな?もう一件は、健吾からほんの1分前に届いたメッセージだった。【リビングにサプライズを用意しておいたよ。眠れないなら、見てごらん】どうして自分が眠れないって分かったんだろう?それに、今はもう夜中の2時なのに。健吾もまだ起きてるのかな?そう思いながら、杏奈は好奇心を掻き立てられた。すると、心の奥にあった恐怖が少しずつ薄れていくのを感じた。彼女はリビングの明かりをつけた。リビングの照明は暖かいオレンジ色で、部屋全体がぽかぽかしているように感じられた。ぐるりと部屋を見渡してみたけれど、特に変わった様子はなかった。健吾にメッセージで聞いてみようかと思った、その時だった。いつも画板を置いている場所に、何だか違和感があることに気が付いた。画板の位置が、少しだけずれていたのだ。杏奈はそこに歩いていくと、画板の脇に小さな箱が置いてあるのを見つけた。彼女は不思議に思いながら箱を手に取った。そして、蓋を開けた瞬間、涙がこみ上げてきた。それは祖母がくれた、あのペンダントだった。このペンダントは、前に真奈美に叩き割られてしまったものだ。あの時、杏奈はショックを受けながらも、粉々になった破片を一つひとつ拾い集めて、大切にしまっていた。それがまさか、元通りになっているなんて。彼女は目を潤ませながら、また落として壊してしまわないようにと、震えた手でそっとペンダントを取った。ペンダントは確かに修復されてい
Read more

第179話

「ごめん、さっきはちょっと興奮しすぎちゃった」「大丈夫だよ、気にしてない」そう言って、健吾は口元に優しい笑みを浮かべた。本当は、もう少し長く抱きしめていたかった。でも、自分から積極的に出過ぎるわけにはいかない。せっかくここまで杏奈との距離を縮められたのに、台無しにするわけにはいかないからだ。杏奈は手のひらを開いて、ペンダントを見つめた。「どうやってこれを直したの?」健吾は言った。「あなたが引っ越した時に、偶然このペンダントの欠片が目に入ったんだ。それでも捨てようとしていなかったんだから、きっと大事なものなんだろうなって思って、昔、少しだけジュエリーの修復を学んだことがあってね。このくらいなら簡単に直せるんだよ」杏奈はぱっと目を輝かせた。「ジュエリーの修復もできるの?」健吾はうなずいた。「ほんの少しだけね」これは、母親の香織のおかげだった。彼女は宝石鑑定士で、ジュエリーの修復もできた。健吾は香織のそばで見よう見まねで覚えたのだ。健吾は杏奈を見た。彼女の瞳には興奮と感動が満ちていて、恐れの色は全くなかった。それを見て、彼はやっと安心した。「でも、やっぱり謝らないと。あなたのものを勝手に持ち出して、直してしまったから」杏奈は首を横に振った。「ううん、本当に助かったんだから」こうして二人はドアの前に立ったまま、話をしていた。すると、夜風が廊下の窓を通り抜け、ひゅうひゅうと微かな音を立てていた。杏奈は、健吾を部屋に招き入れていないことに、そこでようやく気づいた。でも、こんな真夜中に二人きりというのも、あまり良くない。彼女が少し躊躇して、何かを言いかけようとした時、健吾の方が先に口を開いた。「あなたの反応を見たくて来ただけだから。それが見られたから、もう戻るよ。早く休んで」杏奈は健吾を見つめて言った。「健吾さん、ありがとう」今夜、彼女が礼を言うのはこれで三度目だった。健吾は少し困ったように笑うと、杏奈に視線を落とした。すると、ドアから漏れる暖かい光を受けて、彼女の大きな瞳がきらきらと輝いているのが目に入り、健吾はさらにすこし冗談めかした笑顔を浮かべた。彼は少し身をかがめ、杏奈と視線を合わせた。「言っただろ、ありがとうは心の中にしまっておいてって。いつか、ちゃんとお返ししてもらうから」
Read more

第180話

中川グループの危機が解決されないかぎり、竜也は眠れない日が続いていた。杏奈のせいで、鈴木グループとの提携がダメになった。それだけでなく、橋本家との話もうまくいかなくなってしまった。先日、結衣に電話してみたが、彼女はもう京市にはいなかった。そのことを思うと、竜也は杏奈に腹が立った。彼女さえいなければ、鈴木グループとの提携は確実にうまくいっていたはずなのに。そう思っていると裕也がドアをノックして入ってきた。そして嬉しそうな顔で竜也に言った。「社長、いい知らせがあります。鈴木グループの鈴木社長が3日後、京市にいらっしゃるそうです」竜也は、勢いよく裕也に目を向けた。「何だって?」「これは鈴木社長のプライベートな予定です。なんとかして、やっと手に入れた情報なんです」裕也は少し興奮気味に言った。「社長、前のパーティーに来たのは鈴木家の秘書でした。でも今回は、鈴木社長ご本人が京市に来るんです。直接お話ができるかもしれません」これは、確かにチャンスだ。直接会うことさえできれば、きっと道は開けるはずだ。竜也は裕也を見て言った。「鈴木社長が3日後、どのホテルに泊まるか調べてくれ」「その必要はないわ」突然、オフィスの入り口から、澄んだ女性の声が聞こえた。真奈美がドアを開けて入ってきたのだ。彼女は竜也の前に歩み寄り、にこやかに微笑んだ。「上半期に鈴木家が主催するイベントに呼ばれたことがあるの。それで人に頼んで調べてもらったら、鈴木社長は3日後に京市のある会員制の料亭で食事を取る予定になっていることが分かったの」竜也は尋ねた。「どこの料亭だ?」「翠の庵よ」竜也は2秒ほど黙り込み、裕也に言った。「こっちも翠の庵の3日後の席を予約しよう」「はい」裕也が出て行くと、真奈美は竜也の隣に歩み寄り、彼を見下ろした。「竜也さん、3日後、私も連れて行ってくれない?鈴木グループとは一緒に仕事したことがあるし、少しは顔も利くから。あなたの力になれるかもしれないわ」竜也は真奈美を見た。心がじんわりと温かくなるのを感じた。真奈美と比べると、杏奈はわがままで、何の助けにもならない。でも真奈美は違う。仕事でちゃんと成功しているし、ハキハキとした性格なんだから、彼女を好きにならないほうが難しいってもんだ。竜
Read more
PREV
1
...
1617181920
...
38
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status