健吾はまだしばらく安静にする必要があるとのことだった。それから、杏奈と健吾は、それぞれ入院生活を送ることになった。健吾のほうは、たとえ杏奈を覚えていなくても、特に馴染まない様子はなかった。むしろ、彼女がそばにいてくれることでとても安心しているように感じていた。一方、杏奈の産後の体も、もうすっかり回復した。彼女は、ひとまわり大きくなった結愛を抱きかかえ、同じく動けるようになった健吾の隣に腰を下ろした。「自分の娘、触ってみない?」健吾にとって、結愛はまだ馴染まない存在だった。でも、きらきらと輝く杏奈の目を見てしまうと、断ることができなかった。そして、指先が赤ちゃんのすべすべの肌に触れた瞬間、健吾の心に不思議な感情がこみあげてきた。それは、言葉にできない不思議な繋がりを感じるようだった。女の子はまんまるな目を開けて彼を見つめていた。クリッとした瞳はきょろきょろと動き、小さいながらも利発そうな顔つきをしていた。すると健吾の心は、すっかりメロメロになってしまった。その様子を見て、杏奈も自然と笑みをこぼした。この1ヶ月間、彼女は何度も心の中でつぶやいていた。健吾が本当に帰ってきた。本当によかった、と。本来なら退院できるはずだった。しかし健吾は、どうしても病院を出ようとしなかった。彼はまだ澪のどかに会っていないから、退院したくないのだ。それを知った杏奈は健吾に尋ねた。「どうして、どうしてもあの女に会わなくちゃいけないの」すると健吾は彼女を見つめ、はっきりと答えた。「あなたたちの話だけじゃなくて、澪の話も聞かないとフェアじゃないだろ?だって、彼女は俺の命の恩人なんだから。それに、今までずっと彼女が看病してくれたんだし」健吾の、そのまるで他人を見るような目を見て、杏奈は、胸がちくりと痛むのを感じた。彼が自分を愛してくれていた頃の顔を知っているからこそ、今の冷たい視線がたまらなく辛かった。それでも、健吾が澪に会うのを止めることはできないと、杏奈も分かっていた。健吾は頑固な性格だから、一度決めたら聞かない。今は止めることができても、いつか必ず会ってしまうだろう。「兄さんに頼んで、会えるように手配するわ。でも、その前に約束してほしいことがあるの」そこまで言うと、杏奈は一旦言葉を切った。
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