All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 731 - Chapter 740

763 Chapters

第731話

香織は茂にお説教をすると言って、まっすぐ二階の書斎へ向かっていった。健吾が回復したばかりなのを考えて、杏奈がこう言った。「明日、私も病院について行くわ。ちゃんと全身検査をしてもらったら、安心できるし」健吾は彼女をなだめようとした。「そんな大げさなことじゃない。大丈夫だよ」杏奈は真剣な顔で、「これだけは、私の言うことを聞いてちょうだい」と言った。体がなによりも大事なのだから。彼女はもう二度と、健吾に何かあってほしくなかった。結局、健吾は杏奈に押し切られ、承諾した。彼女の腕から娘を受け取ると、ぷにぷにした我が子の顔を見つめ、健吾の胸に温かいものがこみ上げてきた。「来週はお食い初めだな。招待客のリストはできてるから、そろそろ招待状も出さないと」杏奈は健吾の隣に立つと、笑顔で彼に抱かれている娘をあやした。健吾に抱っこされた結愛は、ブドウみたいな大きな瞳をきょろきょろさせていた。杏奈があやすとキャッキャと声を立てて笑い、その可愛さに彼女はすっかりメロメロになってしまった。「招待状はもう出したわ。お兄さんたちが2日前に来てくれるって言うから、うちに泊まってもらおうと思うんだけど、いいかしら?」彼女は健吾に尋ねた。健吾は落ち着いた表情で言った。「あなたが俺の妻なんだから、いちいち俺に許可を求める必要はないよ」「そんなのだめよ」杏奈は反論した。「私たちは家族なんだから、何でも相談し合わないと。あなたも、これから何かあったらちゃんと私に相談してね」健吾は、杏奈が以前こっそり澪に会いに行った件で、自分に釘を刺しているのだとすぐに察した。彼は神妙な顔つきで、黙って頷いた。杏奈は、彼の予想外のことなほど素直な様子に、思わず笑みがこぼれた。……翌日。茂は香織に促されて会社へ向かった。一方、杏奈は健吾に付き添い、精密検査を受けるために病院へ向かった。骨の回復は順調だったが、杏奈が健吾のめまいの症状を伝えると、医師は脳のレントゲン検査を勧めた。健吾ははじめ乗り気ではなかったが、杏奈が強く求めるので、しぶしぶ検査に向かった。検査が終わると、先生はレントゲン写真を見つめ、その表情をこわばらせた。「橋本さん、以前に記憶を失ったことはありますか?それからこのめまいは、最近になって始まったものでしょうか
Read more

第732話

医師はためらうように、健吾に視線を向けた。健吾は言った。「言いたいことがあるなら、どうぞ」医師はため息をついて言った。「チップが埋め込まれている場所が特殊で、手術のリスクは非常に高いです。最悪の事態も覚悟しておいてください」病院から出てきた時、杏奈の目元はうっすらと赤くなっており、今にも泣き出しそうだった。一方の健吾は、特に変わった様子を見せず、逆に杏奈を慰めた。「リスクは高いけど、治る可能性がゼロってわけじゃない。心配するな、俺は大丈夫だから」杏奈が彼を振り返ると、こらえていた涙が堰を切ったように溢れ出した。彼女は声を詰まらせながら、決意を秘めた目で彼を見つめた。「私が絶対に、あなたを死なせたりしないから」健吾は、慰めるべきか感謝すべきか、一瞬わからなくなった。彼は一歩前に出て杏奈を抱きしめると、優しくその頭を撫でた。「大丈夫、俺は運が強いんだ」D国で交通事故や爆発に巻き込まれても生き延びてきたんだ。たかが手術ごときで、死ぬはずがない。杏奈は彼の胸で涙を拭うと、体を起こして彼を見上げた。「帰りましょう」杏奈が歩き出そうとすると、健吾がその手を引き留めた。健吾はこう言った。「このことは、お父さんたちには言わないでおいてくれるか?」その言葉に、杏奈の鼻の奥がまたツンとなった。彼女はうなずいて、「わかったわ」と答えた。健吾は彼女の手を取って指を絡ませ、二人は駐車場へと歩き出した。二人が去った後、宏介が病院の入り口にある柱の陰から出てきた。彼は薬の袋を手に、不思議そうに二人の後ろ姿を見送った。「なんで人が死んだみたいに泣いてたんだ?」彼は少し考えると、踵を返して病院の中へと入っていった。睦月が宏介から、健吾が手術を受けると聞いた時、宏介は既に、彼女のために良い考えを思いついていた。「その手術について調べたんだが、リスクがすごく高いらしい。ものすごく腕の立つ医者が必要なんだ。幸いなことに、その候補となる医者は俺の友人だ。医者を紹介することを交換条件にすれば、杏奈さんは喜んでA国へ向かい、お前を助けるだろう」睦月は、宏介の提案に眉をひそめた。まったく気に入らなかったのだ。「それじゃ、私が彼女を脅しているみたいじゃない。そんなことをしたら、私たちの友情は終わってしまうわ」
Read more

第733話

自分のことで、友達を脅すなんてできるわけがない。杏奈は、かけがえのない親友なんだから。睦月はこう言った。「杏奈、時間ある?明日、一緒にご飯食べない?」「睦月、ごめん、この数日ちょっと用事があって……」杏奈の言葉が終わる前に、睦月が割り込んだ。「すごい先生を知ってるの。きっと、あなたの力になってくれるわ」電話の向こうの杏奈は、明らかに数秒間、言葉を失った。そして、会う約束をした。電話を切ると、宏介の声が耳元で聞こえた。「ジェイスを直接、杏奈さんに紹介するつもりか?」睦月は驚いて、とっさに身をよじって宏介から逃れようとした。でも宏介はわざと一歩踏み出した。彼女を腕の中に抱きしめると、顔を睦月の目の前まで近づけた。二人の呼吸が混じり合った。睦月は両手で彼の胸を押しのけ、顔を赤らめて言った。「離れてよ!」「睦月、俺がお前を好きなのは、もうバレバレだろ?お前だって俺を意識してるくせに、なんでそんなに避けるんだ?」睦月は唇を結んで、黙りこんだ。「俺を巻き込みたくないのか?」男の低い声がした。睦月はまつげを震わせただけで、何も言わなかった。宏介は低く笑った。その声は、かすれた響きで妙に色っぽかった。なぜ笑われたのか分からず、睦月はひどく気まずかった。彼を突き放そうと、腰を引き寄せられ、キスをされた。息を奪われ、唇に押し付けられる熱さに、彼女は完全に固まってしまった。睦月が抵抗しないのを見て、宏介の動きはさらに大胆になった。睦月の後頭部を支え、遠慮なく深く求めてきた。睦月が我に返ったときには、もう抵抗できなかった。彼女はなすすべもなく、男の力強さを受け入れるしかなかった。息が苦しくなる直前で、やっと解放された。彼女は宏介の胸にすがりつき、乱れた呼吸を整えようと何度も深く息をついた。宏介は彼女を抱きしめたまま、意地悪く言った。「息継ぎもできないなんて、不器用だな」この一言で、睦月は完全にキレた。彼女は宏介を突き飛ばした。「最低!私のファーストキス返してよ!」宏介は動じずに、逆に睦月の手を引くと、もう一度唇に軽くキスをした。「分かった、これで返すよ」睦月はぷっつんと切れた。宏介をソファに押し倒して、ボカスカ殴った。宏介はなされるがままだった。
Read more

第734話

杏奈はそっと健吾の胸に寄り添った。睦月がどうしてそれを知っていたのかは分からないけど、健吾の危険が少しでも減ったことは確かだった。ジェイス。A国出身。彼は優秀な脳外科医で、その手腕は確かだと評判だった。脳腫瘍の分野では、権威のような存在だ。しかも、彼は、まだとても若いらしい。以前、杏奈が外科にいた頃、このジェイス先生の噂を聞いたことがあった。当時は彼に憧れて、必死に手先の安定性を高める練習をしたものだ。もし睦月の知り合いがこの医師なら、健吾の後頭部のチップを取り出せる確率は、きっと大きく上がるはずだ。健吾は、杏奈が自分を心配しているのが分かったが、うまく慰める言葉が見つからなかった。「眠くないか?中に入って休もう」杏奈は断らず、健吾と一緒に寝室へ戻った。暖かい部屋に入って、ようやく自分の体が冷え切って、小刻みに震えていることに気づいた。その様子を見て、健吾はさらに眉をひそめた。「秋の冷たい風に当たるなんて。風邪ひいたらどうするんだ」健吾は思わず彼女をたしなめた。杏奈は笑いながら健吾の胸に飛び込んだ。「あなたがいるじゃない。体を温めてくれるし、私が病気になったら、あなたが看病してくれるでしょ」健吾は無表情で、杏奈のおでこを軽く指ではじいた。杏奈は額を押さえ、彼をにらんだ。「なんで叩くの?」「縁起でもないことを言うなよ」病気になるなんて、そんな軽々しく口にするものじゃないだろう?杏奈は口をへの字に結び、健吾の腕から抜け出した。そしてベビーベッドのそばへ行き、眠っている娘を見ながら、彼への不満をそっと口にした。「ねえ、パパがママをいじめるの。早く大きくなって、ママを守ってね」杏奈の話を聞いて、健吾は言葉を失った。彼は歩み寄り、腰をかがめて杏奈の輝く瞳をのぞき込んだ。「これがいじめだって?じゃあ、俺がもっとひどいことをしたらどうするんだ。いじめどころか、それこそ警察沙汰か?」杏奈は彼を見上げ、不思議そうに尋ねた。「何のこと?」健吾の脳裏に、なぜか杏奈とキスをして、ベッドで絡み合う光景が浮かんだ。彼は頬を赤らめ、とっさに杏奈の視線を避けて、体を起こした。杏奈は健吾のその様子を見て、彼が何を考えているのかすぐに分かった。考えてみれば、健吾と結婚してから今ま
Read more

第735話

さっきの杏奈のキスとは違って、健吾のキスは優しくなかった。彼女の唇を強く塞ぎ、彼女の呼吸ごと貪るように深く侵入してくる。それは強引で、有無を言わさないものだった。杏奈はほとんど耐えきれず、顔を仰向けにさせられ、健吾の動きに受け身で応えるしかなかった。そして、健吾の手が杏奈の服に伸びて、今にもボタンを外しそうになった。その時、杏奈はようやく健吾の動きを制した。健吾が目を開けると、その瞳は赤く充血していて、何かを必死に堪えているようだった。「どうした?」彼の声は掠れていた。「結愛がここにいるのよ」と杏奈は言った。「結愛なら、お母さんのところに連れて行くよ」健吾は行動が早く、そう言うとすぐに起き上がろうとした。杏奈は慌ててそれを引き留めた。杏奈は顔を赤らめた。健吾と過ごすうちに、以前よりは図太くなったつもりだが、さすがに今このタイミングで子供を預ければ、何をしようとしているのか見え透いている。そこまで厚かましくはなれなかった。「お母さんはもう寝てるわ。明日にしましょう」彼女はそう言って健吾を押しやると、ベッドの端に体を縮こまらせ、布団を頭までしっかりかぶってしまった。健吾は不満そうに杏奈を見つめた。すっかり火をつけられたのに、今さら我慢なんてできるわけがない。杏奈は目でバスルームの方を示した。健吾はしぶしぶ冷たいシャワーを浴びに行った。再びベッドに戻ってくると、健吾は杏奈に背を向け、後頭部しか見せてくれない。「俺は怒ってる」と、態度で示しているようだった。杏奈は彼の背中をツンツンとつついた。「怒らないでよ。もうキスしてあげないから」彼女はわざとそう言ってみた。案の定、健吾はこちらを振り返り、どこか恨めしげな視線を彼女に向けた。「俺が何で怒ってるか、分かってるくせに」杏奈はその言葉には答えず、笑って彼をからかった。「やっとこっち向いてくれたの?」健吾は唇を引き結んで黙り込んでしまった。杏奈は自分から彼の体にすり寄り、腰に腕を回して、その胸に顔をうずめた。「明日ね。明日にしましょう」健吾は、それだけで機嫌を直したのだった。……睦月から、午後に会えないかと誘われた。二人はすぐに食事には向かわず、まずはショッピングモールをぶらぶらと見て回ることに
Read more

第736話

いつも耳にしているあのあどけない声に、杏奈はハッとした。杏奈が振り返ると、浩が腰に手を当てて、目の前の女性を睨みつけているのが見えた。その女性には、杏奈も見覚えがあった。浩の家庭教師、瑠衣だった。以前は浩もこの先生のことを気に入っていたはずなのに。今の態度を見る限り、もうそうではないみたいだ。杏奈は関わるつもりはなく、その場を去ろうとした。しかし、浩の方が先に彼女に気づいた。浩はすぐに駆け寄ってきて、杏奈の前に立った。「ママ、お洋服を買いに来たの?」杏奈の顔を見た途端、浩の表情はぱっと明るくなった。さっきまで瑠衣に見せていた不機嫌な顔とはまるで違い、心の底から嬉しそうだ。杏奈は、そんな浩を静かに見つめた。その瞬間、何かが彼女の心を揺さぶった。そのせいで、彼女はすぐに立ち去ることができなかった。今まで何度も、その呼び方を変えるように言ってきた。でも、浩は決して言うことを聞かなかった。それに、この子が謝ってきてからというもの、自分に対する態度は日に日によくなっている。どんなに冷たくしても、浩は自分の非を理解しているのだろう。にこにこしながら、ママと呼び続けてくる。さすがの杏奈も、これ以上子供に対してきつく当たることはできなかった。彼女は小さく頷くと、睦月と一緒に行こうとした。浩は、そんなそっけない返事を気にする様子もない。杏奈が歩き出すと、小さなリュックを背負ったまま、後をちょこちょことついてきた。どこで覚えてきたのか、こんなことを言う。「ママ、女の子がお買い物するときは、男の子が荷物を持ってあげなくちゃ。僕が持ってあげるよ」そう言って、浩は杏奈の手からバッグを受け取ろうとした。杏奈はさっと身をかわした。「荷物持ちなんていらない。この後用事があるから、ついてこないで」それでも浩は以前のようにしょげたりせず、めげずに杏奈の後をついてくる。荷物を持たせてもらえなくても、そばで楽しそうにおしゃべりを続ける。「ママはお洋服が欲しいの?お金はある?僕、持ってるよ!おばあちゃんがお小遣いをいっぱいくれたんだ。僕が買ってあげる!コスメも好きなだけ買っていいよ。僕が払うから!」彼は、えっへんと胸を張った。隣にいた睦月は、思わず吹き出してしまった。杏奈はうつむき、その瞳
Read more

第737話

「誰と一緒に来たの?」「佐々木さん!」杏奈が口をきいてくれたので、浩はすごく嬉しくなった。そして、元気いっぱいに杏奈の問いに答えた。杏奈はうなずいて聞いた。「じゃあ、佐々木さんはどこ?」浩は唇を尖らせて、何も言おうとしなかった。杏奈がもう一度聞くと、浩は目に涙をためた。「ママ……佐々木さんを見つけたら、また僕を追い払うの?」浩の目にはみるみる涙がたまって、今にも泣き出しそうだ。杏奈はあきれた顔で彼を見つめた。長い間、母親だったんだから。浩が嘘泣きをしていることくらい、すぐに分かった。「一人で探しに行く?それとも私に連れて行ってほしい?どっちかにして」杏奈の言葉に、浩の目がキラリと輝いた。ママと一緒に佐々木さんを探しにいけると気づいた時、浩はもう、嬉しくてたまらなかった。「ママと一緒がいい!」そう言って、浩は杏奈の手を握ろうとする。でも、杏奈はその手をひょいとよけた。そして、睦月の方を向いた。「睦月、ちょっとこの子を連れて人を探してくるから、先にお店見てて」睦月は分かった、と頷いた。そばで見ていた瑠衣は、浩のことが不憫でならなかった。もう浩の家庭教師ではないけれど、あんなにママに懐いているのに、母親はあんなに冷たいなんて。見ていて、とても気の毒になった。一体、杏奈のどこにそんな魅力があるんだろう。浩と浩の父親は今でも彼女を忘れられずにいるのだから。杏奈は瑠衣に軽く会釈をすると、浩を連れてその場を去った。浩はママと一緒にいられるのが嬉しくて、瑠衣のことなんて全く気にしていなかった。それを見て、瑠衣はすごすごと立ち去るしかなかった。浩は杏奈と並んで歩きながら、時々ママの顔を見上げている。その視線を感じて、杏奈はゆっくりと口を開いた。「浩。あなたを送るのは、保護者の人がそばにいないから。私たち、一応親子だし、危ない目に遭わせるわけにはいかないでしょ。でも、それだけよ」浩はまだ小さかったけれど、杏奈の言葉の意味は分かった。彼はうつむいたまま、黙って杏奈の隣を歩く。しばらくして、ぽつりと浩は尋ねた。「ママ……健吾さんと赤ちゃんができたから、僕のこと、もういらないの?」杏奈の声は、優しく、そして残酷だった。「ママなんかいらないって言ったのは、あな
Read more

第738話

宏介は杏奈に視線を移し、笑顔で挨拶した。「杏奈さん、お久しぶりです」杏奈は顔を曇らせた。「あなた、一体何者なの?」「君を助けに来た者だよ」そう言うと、宏介は睦月の方を見た。睦月はずっと彼を睨んでいたが、宏介は意に介さず、ただ微笑み返すだけだった。その様子は、杏奈に睦月との関係をわざと見せつけているようだった。睦月は観念して、杏奈に彼を紹介するしかなかった。「杏奈、この人が話してたジェイス先生の友達よ。健吾さんの手術の件で話をつけてくれるっていう人」杏奈の注意をそらすため、睦月は健吾の名前を出した。しかし、杏奈の表情は晴れなかった。それどころか、まるで知らない人を見るような目で睦月をじっと見つめていた。睦月はその視線に射抜かれ、胸がざわついた。彼女は歯を食いしばり、宏介をきつく睨みつけた。なんでこの人が来るのよ!杏奈は睦月から視線を外し、宏介の方に向き直った。「その『お友達』は、敵なの?味方なの?」その質問は、睦月に向けられたものだった。睦月はすぐに答えた。「もちろん、味方に決まってる!」杏奈はもう、こんな回りくどい話はうんざりだった。宏介が前に澪と組んで健吾を陥れようとしたことは、簡単に許せるようなことではなかった。杏奈にとって、この男は決して味方などではなかった。だが、睦月が宏介と友達だったなんて、杏奈にとっては全くの予想外だった。それなら、宏介が前に健吾を陥れようとしたことを、睦月は知っていたのだろうか?もし睦月が知っていたとしたら……杏奈は、この先どうやって睦月と友達でいればいいのか、想像もできなかった。「睦月、このことはちゃんと説明してもらわないと」杏奈は睦月に隠し事をすることは滅多になく、前にあった健吾と澪の件も、ちゃんと話していたのだ。だから、睦月は知っているはずだった。それなのに、睦月と宏介は友達だった。もし睦月が知っていて黙っていたのだとしたら……杏奈は背筋が凍る思いだった。睦月はもう隠し通せないことを悟った。しかし、どう説明すればいいのか分からなかった。ただ、自分はたった一人の親友を失うのだと——その残酷な現実を突きつけられたような気がした。全部、宏介のせいよ。だが宏介は杏奈の方を向いた。「杏奈さん、俺と睦月は友人
Read more

第739話

だけど睦月の声は、少し詰まっているようだった。彼女は黙って杏奈を見て、何かを迷っているようだった。しかし、杏奈は、もう待てなかった。「睦月、まだ私のこと友達だと思ってくれてるなら、本当のことを話して!もしそうじゃないなら……もう二度と会わないから」それは、胸に突き刺さるような言葉だ。でも睦月は知っている。杏奈が一度決めたことは、彼女自身が考えを改めない限り、誰にも止められない。とうとう、睦月はため息をついた。どちらにしても、この友達は失ってしまう。それなら本当のことを話して、覚悟を決めさせたほうがいい。睦月は、ゆっくりと話し始めた。睦月の話で、杏奈は事情を理解した。彼女の家は、とある国の王室の分家筋らしい。でも、ハーフだからという理由で、本家からは疎まれているそうだ。今回、その王室の姫がデザインコンペを開いたのは、睦月の一族を追放するためだった。もし睦月がコンペで負けたら、家族もただでは済まないらしい。だから、杏奈にコンペに出てほしかったのだ。それを聞いた杏奈は、全く腑に落ちなかった。「どうして普通に話してくれなかったの?私たち、友達でしょ。私が助けないとでも思ったわけ?」宏介と一緒になって、健吾をダシに脅すなんて、あんまりじゃないか。睦月はため息をついた。「だって、もうデザインはやめたって言ってたから。あなたが本心ではどう思ってるか分からなかったの。それに今回のコンペは、負けたらあなたまで巻き添えにしてしまうような、特殊な契約が必要で……だから……」「だから断られるのが怖くて、私と健吾をハメたって言うの?」睦月はうつむいて、何も言わなかった。その沈黙が、答えだった。杏奈は、自分の気持ちをどう整理すればいいか分からなかった。彼女はバッグを手に取って立ち上がると、睦月に言った。「睦月、返事はまた後でする」そう言うと、杏奈は店を出ていった。睦月は、その場に座り込んだまま、何も言わなかった。引き止めることもしなかった。ただ、静かに涙が頬を伝った。たった一人の友達を、失ってしまった。その時、宏介が近づいてきて、泣いている睦月を見ると、黙ってティッシュを差し出した。睦月は宏介の顔を見た途端、溜まっていた怒りを爆発させた。彼女は、宏介を突き飛ばした。「誰があなたを
Read more

第740話

警察からは、澪が精神的に不安定になったとだけ聞かされた。それ以上のことは、教えてもらえなかった。杏奈は精神病院の場所を聞いて、急いでそこへ向かった。山の中腹にある精神病院。杏奈が澪を見つけたとき、彼女は病衣を着て部屋の隅にうずくまっていた。髪はボサボサで、顔は真っ青だ。彼女は口の中で何かを呟いていた。「どうして私を騙したの?どうして騙したの?どうして……」澪は隔離室に、たった一人で閉じ込められていた。杏奈は医師に尋ねた。「彼女、何をぶつぶつ言ってるんですか?」「彼女自身の妄想かもしれません。でも、本当に誰かに騙された可能性も捨てきれません。精神を病んだ方の見る世界には、現実が反映されることも少なくないんです」「中に入って、様子を見てもいいですか?」医師は眉間にしわを寄せた。「やめたほうがいいでしょう。彼女は今、あまり状態がよくありませんから」そのとき、澪が不意に顔を上げた。杏奈の姿を捉えると、彼女は一瞬固まった。そして次の瞬間、狂ったように立ち上がって杏奈の方へ突進してきた。医師が慌ててドアを閉めた。ガラス越しに、澪がものすごい勢いでドアを叩いているのが見えた。目は血走り、口汚く罵っている。「杏奈、あんたのせいよ!あんたのせいで私はこんなになったのよ、殺してやる!殺してやる!」彼女は狂ったようにドアを叩き続けた。その狂気じみた姿と憎悪に満ちた眼差しに、杏奈は思わず身震いした。医師が杏奈の方を向いた。「あなたとこの患者さんは、以前あまり仲が良くなかったのですか?」杏奈は少し考えて頷いた。「まあ、そうですね。ちょっと……」「でしたら、もう彼女に会いに来ないでいただけますか。彼女の症状を悪化させかねませんから」杏奈は仕方なくその場を去った。実を言うと、澪のあの姿を見て、杏奈の気持ちは複雑だった。澪の執念はあまりに強すぎる。彼女は自分の人生すべてを、その執念に捧げてしまったのだ。だが、そうまでする価値があったのだろうか?精神病院から山を下り、家に着いたときにはもう夜になっていた。玄関のドアを開けると、健吾が心配そうな顔で駆け寄ってきた。「どこ行ってたんだ?メッセージも既読にならないし、電話にも出ない。松浦さんに電話で聞いても、気分が沈んでるだけだって言うし……一体
Read more
PREV
1
...
727374757677
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status