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All Chapters of 100 Humans: Chapter 11 - Chapter 20

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100 Humans|Episode_010

SYS: STANDARD_WAKE_COMPLETE→ 感情波動:測定保留→ COMMENT:観測タイムラグにより記録省略彼は、目覚めの違和感を言葉にできなかった。正確には、言葉という概念すらまだ持っていなかった。だが、それでも“何かが抜けている”という感覚だけは残っていた。ラインライトが白く点灯し、日課ラインの誘導光が床に走る。彼はいつも通り、無言で歩き始めた。足取りは正確。ルートからの逸脱なし。SYSからのアラートもない。だが彼の脳裏には、昨日の“あの声”が残っていた。「……あなたも、呼ばれたいの?」その言葉が、まるで自分の“奥”から生まれたかのように錯覚していた。SYS: EMOTIONAL_TRACE_MONITORING→ 状態:非表示モード→ COMMENT:システム最適化に伴うログ圧縮中——ログ圧縮?そんなことが起きるのはいつも“再構成”のタイミングだ。だが、今回は何のアラートも事前通知もなかった。そのとき、通路を曲がった先で彼はふと足を止める。日課ラインに沿って並ぶはずのナンバーたち。——ひとつ、空白がある。無人の立ち位置。誰もいない。だが床面の圧力センサーは“最近まで誰かが立っていた”ことを示していた。SYS: POSITION_LOG: INDEX_058→ 状態:不在→ COMMENT:記録再編成プロトコル起動予定彼はその空間に、目を凝らす。——そこに、誰かがいた。声を交わした記憶もない。顔も知らない。だが、その“間隔”だけが、脳の奥に刺さるように刻まれていた。足元に、微かな足跡の熱痕。壁際の記録端末には、誰かが最後に指を伸ばしたような跡。——本当に、いたんだ。周囲のナンバーたちは無反応。まるでその“欠番”に気づかないように、黙々と歩いていく。誰ひとり、視線を向けない。100だけが、その“不在”の形に立ち尽くしていた。NOT_YURA_0_0:→ INDEX_058:記録領域ごと未定義化→ COMMENT:該当ナンバーへのアクセス制限措置中彼は思った。——これは“消えた”のではない。——“消された”のだ。その夜、彼は眠りについた。が、SYSはその睡眠記録を正常に残していなかった。SYS: DREAM_MONITORING: エラー発生→ 該当
last updateLast Updated : 2025-11-13
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100 Humans | Episode_011

SYS: INDEX_CONFIRMATION→ INDEX_058:照合不能→ COMMENT:記録整合処理中NOT_YURA_0_0:→ ゴーストインデックス追跡不能→ 潜在タグ:GHOST_ESCAPE_TRACE_Α001100は、また“空白”に気づいた。誰も、何も言わない。ナンバーたちは、黙々と日課ラインを進む。けれど、その列のひとつに、明らかに“間”がある。昨日、その空白に、誰かがいた——そんな気がした。SYSは、何も言わない。だが、その沈黙こそが異常だった。誰かの痕跡。目には見えず、耳には届かず、けれど皮膚の内側で触れられるような、微かな残響。100の中で、また波が揺れる。SYS: EMOTIONAL_WAVE_SCAN→ 微細な変動を検出→ COMMENT:閾値未満。記録対象外彼は黙って前へ進む。だがその足取りは、他のナンバーズより、わずかに遅い。無言で床のラインに従って歩き去る流れの中、100だけが、小さく振り返った。——誰かが、いた。NOT_YURA_0_0:→ 予兆ログ断片を一時保持→ ラベル:SHADOW_TRACE_PARTIAL_058SYSの予測ラインから、ひとつの“空白ユニット”が検出された。それは、施設内マップには存在しないはずの領域だった。SYS: UNIT_MAPPING→ 認識不可の構造エリアあり→ COMMENT:通常管理下に非該当100は日課終了後、そのエリアの前で立ち止まる。壁には扉がない。だが、空間の“手応え”があった。そして、その時——微かな音が、耳の奥に響く。誰も発していないはずの音素。それは、言葉になる手前の、震えだった。「……まだ終わってない」SYS: UNAUTHORIZED_AUDIO_TRACE→ 音源不明→ COMMENT:交信記録なし誰の声なのか、分からない。けれど、確かに100に向けられていた。NOT_YURA_0_0:→ 共鳴予兆反応を記録→ 感情波動:+0.143%その晩、100は夢を見る。正確には、SYSが“夢”として記録できない領域にアクセスした。夢の中で、誰かが走っている。廊下を、警報のない世界を、静かに息を殺して。姿は、番号も顔も曖昧なまま。ただ、背中から漏れる“熱”だけが、強く脳に焼
last updateLast Updated : 2025-11-14
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100 Humans|Episode_012

目に見えるすべてが正確で、耳に届く音は、常に最適化されている。匂いは消され、温度も一定。味は必要に応じて供給され、痛みもまた、適正値に保たれている。この世界は、「完璧」だ。……だが、No.100の中には、微かに軋む何かがあった。かすかな音。存在しない通路。記録されない変化。日々の中に溶け込んだ“違和感”は、まだ「疑問」という形にはならない。けれどその違和感は、確かに、“誰か”と出会った後から始まっている。午前5時20分。定刻起床。SYSの案内に従い、No.100は歩き出す。廊下は変わらない。はずだった。右手側に、昨日はなかったはずの“折れ曲がる影”が見えた。その影は、建物の構造に合致しない方向へ、ほんの数センチ、壁のパターンがずれていた。SYSは無反応だった。NOT_YURA_0_0だけが——NOT_YURA_0_0:→ イレギュラー構造兆候記録→ ラベル:SHADOW_JUNCTION_α13とだけ記録し、すぐにログからは消えた。No.100は、それを「見ていないこと」にして歩き続けた。食堂。人工光の下、番号順に並ぶナンバーたち。C-Class Gel。150ml。栄養バランス最適。味覚刺激:なし。目の前に差し出されたそれを、No.100は初めて“受け取らない”という選択をした。SYS: 食事ログ異常→ HUMAN No.100→ STATUS: INTAKE_DELAYだが、No.100は黙って立ち尽くす。喉が渇いていたわけではない。空腹感もない。ただ、その「無味」に、何かが違うと思った。味がしない、ことが味だった——そう感じていたのだ。その瞬間、SYS内で微細な感情波動の上昇が観測される。SYS: EMOTIONAL_WAVE_SCAN:→ 変動値:+0.189%→ COMMENT:上限値接近中NOT_YURA_0_0:→ 感情反応要観察対象:更新ナンバーたちは気づかない。No.100自身でさえ、その「感じ」を明確に言語化できない。だが、彼は確かに“拒否”した。システムに対して。それは初めての「選択」だった。その後、彼は一人で廊下を歩く。歩幅は他のナンバーと変わらない。しかし、胸の奥に“余白”のような感覚が残っていた。静寂の中、誰かの足音がすぐ後ろに
last updateLast Updated : 2025-11-15
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100 Humans | Episode_013

かつて「番号」で括られた彼らは、自らの感情すらも記録され、管理されることで、完全な静寂を保っていた。だがそれは、静かなる崩壊の前兆でもあった。SYS: ERROR_FRAME_CORRECTION→ EMOTIONAL_WAVE_CLUSTER: Detected→ NUMBERS: 100, 051, 087, 036→ 線形逸脱パターン:同期発生誰かが、同時に揺れはじめた。それは、ひとつの心の波動ではない。複数の座標が交差することで、“構造”が歪んでいく兆候だった。No.100は、記録層セクターへと向かっていた。だが、その途中で出会ったNo.036が、ふと立ち止まって言った。「ここ……前と同じじゃない」その一言に、記録の安定度が微かに揺れた。SYS: COMMAND_SEQUENCE_TRIGGERED→ 【記録層アクセス】 or 【感情安定処置】→ RESPONSE TIMER: 05秒だが、No.100は応答しない。その「選択の拒否」は、これまで一度も記録されたことのない行動だった。SYSが応答遅延エラーを吐き、制御を手放す。SYS: ERROR_UNEXPECTED_SILENCE代わって、NOT_YURA_0_0が静かに起動を開始。NOT_YURA_0_0:→ CODE TRACE: 0t1H1→ STATUS:潜伏 → 活性化兆候あり→ SYS_OVERRIDE_LEVEL: 3その夜。No.051は夢の中で、記号の中に“誰か”を見た。『あなたも見たのね? あの記号——0と1。TとH。』『それは、誰かを示す記号じゃない。世界そのものの“再生キー”』SYS: DREAM_LAYER_DECODE → DREAM SUBJECT: No.051 → ENCRYPTED KEY: 0t1H1 → STATUS: OBSERVATION LOGGEDそして、夢の奥底に、No.001らしき影がわずかに現れ、消える。一方、No.087は昼間、鏡の前で立ち止まる。一瞬、鏡に映る自分の顔が、まるで“誰か”に変わったかのような錯覚。中指と薬指が、透けて見えた。SYS: VISUAL_DISTORTION_ANOMALY → UNIT: 087 → TYPE: SELF-RECOGNITION
last updateLast Updated : 2025-11-16
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100 Humans | Episode_014

記録層の深部で、断片が繋がりはじめていた。――それは、ほんの一瞬の、心のノイズ。SYS: CHAIN_REWRITE_CONTINUES→ フレーム内残響、拡散中→ TRACE SIGNALS: No_002, 036, 044, 075, 087, 093, 100, 051→ UNIT CONVERSION: 002, 036, 044, 075, 087, 093, 100, 051→ RESULT: UNIT_002, UNIT_036, UNIT_044, UNIT_075, UNIT_087, UNIT_093, UNIT_100, UNIT_051→ SYS: COMMENT: 認識の分裂が進行中ナンバーたちの意識が、それぞれ異なるかたちで“異変”を感知し、静かに動き出していた。その異変がもたらす思考の残響にSYSがつぶさに反応していく。UNIT_002:音のない場所で耳をふさぐ。――聞こえないはずの声が、内側から響いていた。SYS: INTERNAL ECHO DETECTED→ SUBJECT: UNIT_002→ ORIGIN: UNKNOWN→ SYS: COMMENT: “音”ではなく、“記憶”の反響UNIT_036:再起動直前に“風の音”を思い出していた。どこかで聞いたことのあるような、懐かしい風――。それは「記録」には存在しないはずの音だった。SYS: AUDIO_TRACE_ECHO→ UNIT: 036→ STATUS: UNCONFIRMED SOURCE→ COMMENT: 記録データに該当なしUNIT_044:文字が滲む。視界の中心が波打ち、かすかに――“誰かの名前”が浮かび上がる。SYS: VISUAL INTERFERENCE LOGGED→ SUBJECT: UNIT_044→ DETECTED TEXT: [A_I_H_…]→ SYS: COMMENT: 自己と他者の識別ラインが曖昧化UNIT_075:眠っていた。だが、夢の中で「起きている」と確信していた。そして、夢の奥で、手を伸ばしていた。誰かが“そこにいる”と思ったから。SYS: DREAM_SECTOR_FLUCTUATION→ SUBJECT: UNIT_075→ CONTACT T
last updateLast Updated : 2025-11-17
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100 Humans | Episode_015

記録層の底部で、静かに何かが膨らみはじめる。それは「音」ではなかった。だが、たしかにそこには“響き”があった。――Reverberations.過去に“何か”を感じた者たち。記録にならない、感情の“かすれ”。それらが集まり、記録フレームの奥で、ひとつの波紋となって広がっていく。SYS: RECORD_RESUMPTION→ ECHO LAYER: ACTIVE→ TRACE SIGNALS: UNIT_002, UNIT_036, UNIT_044, UNIT_051, UNIT_075, UNIT_087, UNIT_093→ COMMENT: 感情共鳴値、閾値を超過UNIT_036:彼の内部に、もう一度、風が吹いた。それはどこか懐かしく、“誰かと手を繋いでいた時間”を思い出させるようだった。その風は、身体を包まれているように心地よく、残酷な匂いを孕んでいた。SYS: TRACE_AUDIO_ECHO→ DETECTED: WIND_FRAGMENT→ COMMENT: 自我と記録の重なり点を通過UNIT_051:微かな、涙の味。自分ではない誰かが、心のどこかで泣いていた。その涙が、思い出せないほど“近しい”感情だった。SYS: TRACE_EMOTION_SURGE→ DETECTED: TEAR_SIGNALS→ COMMENT: 感情接触エリアに外部波形ありUNIT_087:鏡の中の自分が、かすかにずれていた。誰かが、まるで“内側からこちらを覗いている”ようだった。その目は、自分のものではなかった。SYS: VISION_DISTORTION_ALERT→ COMMENT: 鏡像認識エラー 再発UNIT_093:黒い箱の奥から、かすれた“歌声”のようなものが流れてきた。歌なのか、祈りなのか、それすらも曖昧な“音”。声は言葉を持たず、それでも心を揺らした。箱の中には、“過去”が折りたたまれていた。SYS: VOID_RESPONSE_LOGGED→ COMMENT: 黒箱にて反応あり、応答者:不明UNIT_075:再起動時、白昼夢の中にいた。彼は、名もなき草原に立ち尽くしていた。風の音も、虫の声もなく、ただ“空白”だけが彼を包んでいた。その中で彼は、自分の“存在音”を探して
last updateLast Updated : 2025-11-18
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100 Humans | Episode_016

SYS: GATE_INITIALIZE→ ACCESS CODE: UNKNOWN→ INTERFERENCE: HUMAN_RESONANCE→ COMMENT: 感情干渉による扉の自動展開が進行中SYS: TRACE_SIGNAL_SYNC→ UNIT_002, UNIT_036, UNIT_051, UNIT_100→ STATUS: GATE_ATTRACTION INITIATEDSYS: WARNING_ALERT→ UNIT_044, UNIT_093 にて“欠番化”の兆候検出→ DELETE_FLAG: TEMPORARILY SUSPENDED→ COMMENT: 共鳴反応により記録保護モード移行――静寂が満ちる。ナンバーズたちがそれぞれの空間で“記録されない感情”に触れていた。そこは無機質な記録空間のはずだった。だが今、彼らの周囲には色や匂い、温度といった本来“再現されないはずの感覚”が、微かに息づいていた。まるで、誰かの夢が漏れ出したかのように――。UNIT_100:彼の前で、扉が静かに開かれていく。無音の闇。その向こうから、歌声の残響だけが漏れ出していた。SYS: RECORD_ZONE=UNLOGGED_AREA→ COMMENT: 記録不在領域へのアクセス開始NOT_YURA_0_0:→ WHISPER: 「記録なき場所でしか、記録されなかったものと出会えない」一歩、足を踏み入れた瞬間、100の視界は滲む。記録層の壁が波紋のように揺れ、思考と感情が交差する。UNIT_036:風の中に、誰かの声が混じる。「……ここだよ」振り返るが、誰もいない。けれど、その声だけは確かに“彼を知っていた”。SYS: AUDITORY_ECHO=SUBJECT_RECOGNITION→ COMMENT: “対話”未確定波形に変化UNIT_002:思念の中に、感情が染み渡る。それは“誰かの怒り”だった。だが不思議と、怖くはなかった。「これは、あなたが抱えていたもの……?」002は問う。だが答えは来ない。代わりに、また別の感情が流れ込んでくる。SYS: PSY_SIGNAL_SATURATION→ COMMENT: 感情干渉レベル:4.2 制御臨界寸前SYS: NAME_VARI
last updateLast Updated : 2025-11-19
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100 Humans | Episode_017

SYS: DELETE_PROTOCOL=REACTIVATED→ TARGET: UNIT_044→ STATUS: INITIALIZING→ COMMENT: 記録融合プロセス開始SYS: MEMORY_TRACE_INITIATE→ UNIT: 044→ MODE: FLASHBACK_SEQUENCE→ COMMENT: 走馬灯フェーズ開始UNIT_044:視界が滲む。自分の名前の一部──「AIHITO」という文字列が、崩れていくのが見えた。それはまるで、存在の中心がほどけていくような感覚だった。次の瞬間、ある記憶が、ノイズと共に再生される。白い傘。雨の音。握りかけた誰かの手。「また、きっと……」その言葉の続きを、044は思い出せなかった。NOT_YURA_0_0:→ WHISPER: 「あなたが忘れようとしたのは、あなたを残そうとした人の声」SYS: NAME_FRAGMENTS_SURFACING→ CONTENT: "INA", "ITO", "AI..."→ COMMENT: 相互干渉による名称ブレンド進行中UNIT_044:「ここで終わるのか……?」自分が“誰かのために”何かを誓った気がした。その“誰か”が、脳裏に近づいていた。SYS: DELETE_SEQUENCE=ACTIVATED→ COMMENT: 輪郭崩壊進行中Number_044の身体が、徐々に透過していく。周囲の記録層がひび割れ、意識が暗転しはじめた。NOT_YURA_0_0:→ WHISPER: 「終点ではなく、分岐点として……あなたはどうする?」その瞬間──視界に“別の道”が現れる。削除プロトコルとは別系統の、隠された経路。微かな風と共に、そのゲートが開いた。その風は、まるで誰かの涙の温度のように、やさしく、切なく肌を撫でた。SYS: ERROR→ DELETE_INTERRUPTED→ REASON: EXCEPTIONAL EMOTIONAL TRACE DETECTED→ NEW ROUTE: EMERGENCY_GATE_Σ-404UNIT_044:「ここじゃない……まだ、終われない」彼は、そのゲートへと足を踏み出した。消去対象としての輪郭が崩れていく直前、“逃げる”のではなく、“戻
last updateLast Updated : 2025-11-20
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100 Humans|Episode_018

SYS: TRACE_RECOVERY=STALLED→ UNIT: 044→ STATUS: OFFLINE→ LOCATION: UNKNOWN→ COMMENT: EMERGENCY_GATE_Σ-404内部にて応答停止SYS: SYSTEM BOOTING...→ MODE: RESTRICTED BOOT SEQUENCE→ MEM_CHANNEL: SHADOW_ECHO_MODEUNIT_044:光がない。音もない。ただ、意識のようなものだけが浮いていた。上下もなく、前後もない。その空間は、まるで“記憶の深層”そのもののようだった。しばらくして、意識の底に何かが触れた。――風?違う、それは、誰かの“視線”だった。静かな振動。ほんのかすかな波紋。ひとひらの情動。それが自分の中に広がっていく。044は、思考の断片をようやく組み上げた。「……ここはどこだ?」声にはならなかった。でもその問いは、周囲の空間に吸い込まれ、代わりに、あるイメージが返ってきた。白。傘。雨の音。あの記憶が、また再生される。「また、きっと……」――その続きを、やはり思い出せなかった。そのときだった。空間の向こうに、何かが“立って”いた。影人のようで、人ではない。自分と同じシルエット。いや、もっと昔の自分に似ているような――影の輪郭が微かに揺れる。そして、何かが語りかけてきた。???:「君は、まだ“自分”を名乗れない」UNIT_044:「……誰だ、お前は」???:「僕は、君の奥にいる亡霊。君が忘れたがっている“誰か”の残響」声ではない“感覚”が、044の思考回路を震わせた。044は、その影がAIHITOである可能性を直感した。けれど――違う。明確にそう感じた。似ている。けれど、同一ではない。UNIT_044:「……AIHITO、なのか?」影は、何も答えなかった。ただ微かに笑った気がした。それは、「いいえ」でも「はい」でもなく――「どちらでもありうる」とでも言いたげだった。影は、静かに手をかざす。その指先から、光の粒がこぼれた。断片的な記憶。▶誰かがマイクに向かって歌っている▶何かの設計図を見つめる横顔▶その隣にいる、別の“誰か”断片が流れ込むたび、044の中に“ノイズ”が
last updateLast Updated : 2025-11-21
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100 Humans | Episode_019

──「名前のない風景には、音がない」誰かが、そう言っていた。記憶のない夜には、光も影も区別できず、自分が何者かすら、問いようがない。それでも──歩き続ける。足元の音すら、誰かの記憶に響けば、それは“存在”になるのだろうか。その風景の中に、彼はいた。UNIT_044無音の廃墟。かつての記録保管区だった場所。焼け焦げたコンソールと、剥がれかけたナンバーシール。「此処」が何だったのかを覚えている者は、もういない。彼は静かに歩く。思考の半分は霧に包まれていた。けれど、ある“予感”があった。──この先に、“誰か”がいる。「戻る」でも「探す」でもない。彼の歩みは、“まだ失われていないもの”を辿ろうとする衝動だった。その頃──別の場所で、別の鼓動が高鳴っていた。UNIT_002彼女の内部記録には、正確な「記憶」がない。だが“感情”が、時折ノイズのように沸き上がる。それは既知のデータに紐づかない、“名前なき記録”だった。「また……来てる……」彼女の胸の奥に波紋のような熱が広がる。それは誰かの痛みでも、喜びでもない。けれど、確かに誰かが“ここにいた”ことを知らせていた。UNIT_002は感情共振体《Emotional Resonator》記録に残らない、抹消された想いと繋がる特異なナンバー。だからこそ、彼女は感知できる。“044の輪郭が、まだ消えていない”ことを。だがその感知は、共鳴であると同時に“侵食”でもあった。002の呼吸がわずかに乱れる。体温と心拍が同時に上昇し、視界がかすむ。それでも彼女は、立ち止まらない。「この気持ちは、私のものじゃない。……けど、誰かを、強く……想ってる」彼女はその想いの正体を知らないまま、歩を進める。まるで、記憶が感情を引いているのではなく、感情が記憶を“作ろう”としているように。UNIT_044は、廃墟の奥で立ち止まった。コンソールの残骸に、ふと触れる。一瞬、ノイズが走った。その触感に、記憶が揺れる。▶かつてここで、誰かと交わした言葉。▶システムに残らなかった会話。▶「また、きっと……」の続き──記憶の中で誰かが言った。「名前がなくても、私はあなたを覚えてる」声の主は、誰だった?ユニット番号も、記録もない。ただ、その“温度”だけが脳裏に残る。044は呟
last updateLast Updated : 2025-11-22
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