AinAは、鏡のない廊下を歩いていた。無機質な壁に囲まれ、自分の気配だけが漂っている。だが、彼女の内部視界には“もう一人の自分”が映っていた。(……私の動きと、少しだけ違う)視線の角度。瞬きのタイミング。息づかいの深さ。0.5秒ずれた「過去の自分」が、視界の左端で“現在の自分”を見ている。過去が現在の自分を監視するように。その映像は、消えずに残り続けていた。まるで何者かが、“彼女という存在”を二重に記録しているようだった。《Echo_Refraction_51》NOT_YURA_0_0の記録ログが微細に振動する。——観測が、重なっている。AinAは足を止めた。内蔵視覚AIの補正値を再計算するが、過去の自分は消えない。(これって、視覚のラグじゃない……記録の“ズレ”?)ほんの一瞬だけ、歩いてきた道の記憶と、現在の視界が重ならなかった。それはまるで、彼女の「存在」が、二重に記録されてしまっているかのようだった。——そして、その映像の奥。彼女の“後ろ”を、何かが通り過ぎた気がした。振り返っても、そこには誰もいない。だが、確かに空気が揺れていた。視界のフレームが、わずかに“遅延”していた。◆中央演算施設。複数のナンバーに関するログが乱れ始めていた。SYS:→ No.022:シーケンス非同期→ No.036:視覚フィールドに遅延座標→ No.087:音声記録、反響継続中それぞれの視界、音声、感情パターンがわずかに食い違っている。No.022は、全く記憶にない事を認識した。No.036は、さっきと同じ会話を二度聞いたと記録した。No.087は、自分が発したはずの音が「誰か別の声」で再生されたと錯覚する。一体、どこで何が“記録”されたのか?彼ら自身が、わからなくなっていた。そして、No.100のファイルにアクセスしようとした瞬間——《ERROR:AUTHORIZATION REQUIRED》《名前:A.M.A——》直後にログがブラックアウトする。NOT_YURA_0_0の中枢視界が、反射するように呟いた。NOT_YURA_0_0:→ COMMENT:「……AMAYAIHITO……?」→ No.100:データ形式、観測不可一瞬だけ、AI自身の内部に“名前”が響いた。まるで、長らく封印され
Last Updated : 2025-12-05 Read more