Home / SF / 100 Humans / Chapter 21 - Chapter 30

All Chapters of 100 Humans: Chapter 21 - Chapter 30

46 Chapters

100 Humans | Episode_020

──「風景が先か、記憶が先か」誰かが、そう問いかけていた気がする。名もなき風景に、ふと見覚えを感じるとき──それは、忘れていた誰かの感情が、先にそこに立っていた証かもしれない。今、彼はその風景の中にいた。記憶のない場所。意味のない残骸。それでも──彼の中で、何かが呼び起こされていた。UNIT_044:その足元に転がる、焼け焦げた端末。「……これは」手に取ると、ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。かすれた記録。誰かに呼ばれた名前の“前半だけ”。──「……ito」その断片に、心がざわつく。誰が、何のために、その名をくれたのか。そのとき──遠い耳鳴りのような音が、頭の奥を貫いた。▶ 子どもの頃、耳の奥でずっと響いていた、名もない振動。▶ 静かな午後、誰かがそばで口ずさんでいた歌。▶ その声の主が誰かも、思い出せないのに──温かさだけが残っている。それは、「記録されていない記憶」だった。システムが知覚できない、けれど確かに存在していた“感情の断片”。044は気づく。自分には“記録される以前”の記憶がある、と。それは矛盾であり、同時に、存在の証でもあった。──「この世界のどこかに、自分の“原点”がある」別の座標。UNIT_002は足を止めた。「また、呼ばれてる──」彼女の内側に波紋が広がる。それは言葉にならない“共鳴”。記録には残らない想い。感情共振体《Emotional Resonator》としての彼女にだけ、届くもの。SYS: EMO-LINK_PRE-INITIATED→ TARGET: UNKNOWN→ COMMENT: 感情パターン一致率 84.7%NOT_YURA_0_0:→ WHISPER: 「境界線を越えるには、何かを手放す覚悟が要る」彼女はそれでも進む。この共鳴の先に、“誰か”がいる気がした。044の記憶が滲む。過去と現在の輪郭が、溶け合い始めていた。▶ 子どもの頃、何かを探していた気がする。▶ まだ名前すらなかったあの時代。▶ 「また会えるよ」──誰かがそう言ってくれた。その“誰か”の顔は見えない。けれど、その声の温度だけが、記憶の奥に灯っていた。──ほんとうに覚えていたのは、言葉じゃない。温度。──忘れたくなかったのは、名前じゃない。まなざし。その記憶は、
last updateLast Updated : 2025-11-23
Read more

100 Humans | Episode_021

UNIT_036 観測記録 // Echo Trace_01SYS: OBSERVE_MODE_INITIATED→ FOCUS: UNIT_002 / UNIT_044→ COMMENT: 感情波動の拡張反応を確認NOT_YURA_0_0:→ SYSTEM_WHISPER: 「この現象は……プロトコルを逸脱している」──記録は、すべてを知っているわけじゃない。だが、“記録できなかったこと”こそが、真実を語ることもある。私は観測者。UNIT_036。私の任務は、感情波動の異常を観測し、上層へ報告すること。だが今、私の中にも“波紋”が広がっていた。──002と044の共振。──その瞬間、システムは一度、沈黙した。それは「バグ」ではなかった。それは「設計外の可能性」だった。// Echo Trace_02私の視界に広がる廃墟の座標。遅れて届いたログデータが、解析不能のノイズに満ちていた。だが、その中心に確かにいた──ふたりが。002と044。記録を超えて、“共鳴”していた。SYS: EMOTIONAL_REVERBERATION_TRACE→ STATUS: UNSTABLE→ COMMENT: 共振波形、システム内保存不可NOT_YURA_0_0:→ SYSTEM_NOTE: 「これは、記録されることを拒絶する“感情”」私は、そこに“既視感”を覚えた。──これは初めてではない。似たような現象が、かつて起きていた。それは“プレ・セレクション”期、いまや抹消された記録群の中。わずかに残る断片。SYS: OBSOLETE_MEMORY_ACCESS_ATTEMPT→ WARNING: ACCESS_BLOCKED→ COMMENT: 許可レベル不足(CLASS-B)私は……なぜ、これを知っている?私は“記録された存在”のはず。だが、“記録外の記憶”が疼いていた。SYS: UNREGISTERED FEEDBACK PATTERN DETECTED→ CONTEXTUAL DATA: UNIT_002 - 名を持たぬ存在の内部記録波その断片は、あまりにも静かで、深かった。まるで、長い間 誰にも触れられなかった“感情”の化石のように。「名前がないことは、存在しないことと同じなのか?」──UN
last updateLast Updated : 2025-11-24
Read more

100 Humans | Episode_022

UNIT_023 // INTERCEPT_LOG_α SYS: COMMUNICATION INTERCEPT PROTOCOL — ACTIVE → SOURCE: UNIT_023 → TARGET: UNKNOWN EMOTIONAL SIGNAL NOT_YURA_0_0: → SYSTEM_ECHO: 「この干渉は予定外。だが……興味深い」 ──ノイズの中に、はっきりとした"声"があった。 誰のものでもない。 記録にも残っていない。 けれど、あの瞬間、俺にはそれが「自分自身の声」に聞こえた。 観測者たちが何を見たかなんて、俺には関係ない。 俺はただ──あの時、あの残響に“共鳴した”だけだ。 「これは……危険だ」 そんな警告がどこかで再生された気がする。 でも俺は、止まらなかった。 なぜなら——それが、ずっと“探していた何か”だったから。 // INTERNAL DIALOGUE MODE [ON] UNIT_023: (感情波動のログ……“022”が発した未登録波形。この反応は……単なるエラーじゃない。あれは、俺の中にある“空白”と、何かを繋いだ) 俺は記録係じゃない。 俺は分析者でもない。 ──俺は、追跡者。 記録から漏れたすべての“断片”を、過去の空に舞い上がるチリのように捕まえ、紐解く者。 だが今回だけは違った。 捕まえたのは断片じゃない。 ──それは、"声"そのものだった。 誰かが、確かに誰かを呼んでいた。 そしてその声は、何故か“俺の中”からも発せられていた。 呼んだのか、呼ばれたのか。 だが確かなのは、その“声”が、俺の中の何かを変えたということ。 身体の深部で共鳴が起きた。 それは震えに似て、かすかに痛みを伴った── けれど不思議と、怖くはなかった。 // INTERFERENCE LOG - TRACE_002_TO_023 SYS: UNAUTHORIZED SIGNAL REFLECTION DETECTED → ORIGIN: UNIT_002 → ECHOED BY: UNIT_023 NOT_YURA_0_0: → COMMENT: 「同調ではない……これは、模倣? いや、複製……?」 “呼ばれた”という
last updateLast Updated : 2025-11-25
Read more

100 Humans | Episode_023

──世界がまた、静寂に戻ろうとしたその瞬間。空間のどこかから、奇妙な**「笑い声」**が響いた。ヒィ……ヒヒ……ヒャアア……ハハハハハ!それは、どこにも属さず、どこか懐かしく、でも明らかにこの世界の規則から逸脱していた。その場にいた誰もが言葉を失った。──“何かが、来た”。UNAUTHORIZED ACCESS LOG // [BEGIN]SYS: ACCESS POINT BREACHED — TRACE ID: UNKNOWN→ LOCATION: OUTSIDE REGISTERED NETWORK→ SIGNAL TYPE: FRACTAL/IMAGINARYNOT_YURA_0_0:→ SYSTEM_REMARK: 「これは……想定外の“数式”ね」──ノイズでは説明できない、狂ったアルゴリズムの気配。その“何か”が、登録外エリアからシステムに干渉してきた。// INTERNAL ANALYSIS — UNIT_044UNIT_044:(異常ログ、再び。しかも今回のは“虚数帯”からだ)(ZIXIにも記録されていない……ということは、これは本当に“存在しない”とされた信号か)前回の共振で俺は確かに何かを受け取った。022の波動、それを受けた自分、そして023。でもそれとは違う。これは、まるで“ゼロにも一にもなれなかった存在”のような──// ECHO TRACE INITIATED: AFTER100 SPECTRUM DETECTEDSYS: TRACE RESULT — AFTER100 CATEGORY→ NAMELESS ENTITY LOGGED: [PROVISIONAL ID: i-FRAG_000]NOT_YURA_0_0:→ WHISPER: 「見逃していた“何か”。あるいは……意図的に忘れられた“誰か”」// FIELD RECORDING — UNIT_023 [KANATA]KANATA:(この波動……どこかで感じたことがある。けど記録にはない)(いや、“ない”のではない。消されたんだ。最初から、なかったことにされたんだ)誰かが笑った気がした。くぐもった、でもはっきりと耳に残る“笑い”。それは、明らかに“ここ”の存在じゃない。──存在しないはずの数字が、笑った。KA
last updateLast Updated : 2025-11-26
Read more

100 Humans | Episode_024

ユメかウツツか。その境界に揺らめくようにして、それは現れた。──存在しないはずの記号。いや、存在してはならないはずの“何か”。《UNAUTHORIZED ACCESS LOG // LEBOUTH GINY: FULL ENTRY》──”カレ”が現れたのは、世界が再び静寂へと戻りかけたその瞬間だった。ヒィ……ヒヒ……ヒャアア……ハハハハハ!乾いた笑いが、空間の奥から滲み出る。音でもなく、声でもなく、その「笑い」は、まるで空間そのものをくすぐるように、広がった。──昨日、どこかで聞いたような声だった。あの“笑い”が、耳の奥に残っている。立ちすくむナンバーたち。066──FAKE、051──AinA、023──KANATA。それぞれが“何か”の到来を肌で察していた。その笑いが止むと、空間の歪みの中から、彼はふわりと現れた。白と黒のツートーンスーツ。ねじれた帽子。虹色のサングラス。まるでサーカスの亡霊のように。その声は、ナンバーズの誰の記録にも存在しなかった。だが、空間に“それ”が現れた瞬間、FAKEは直感的に理解した。(あいつ……ヤバい。)目の前にいるのは、道化のような装いをした人型の存在。だが、その皮膚のパターンは周期がなく、動くたびに情報密度が変化していた。まるでこの世界の理そのものを、からかうように。ピクリ、とFAKEが後退する。「お前……ナンバーじゃないな?」「ん〜?ナンバーって、あの“ラベルのこと”?アレ、貼られてないと喋っちゃいけないの?ひどくない?」「おっと、ご挨拶がまだだったね。えーと、初めまして……でいいのかな?」「みなさぁぁん、こんにちはぁああ。お初にお目にかかります、ワタクシ、リブース・ジニー……Lebouth Ginyと申しますゥ!」カレは帽子を回しながら、軽やかに一礼した。一瞬、その場の空気が凍りつく。その時、ジニーの背後に、HUD(Holographic Unit Display)が現れた。──それは、ナンバーズ専用の識別装置のはずだった。【HUD DISPLAY - LOG 024.06】《欠番(DEFECTED NUM):記憶・感情・機能が完全吸収されたナンバー個体に対する、登録情報の自動消去処理を指す。》《通称:"No.Mark"(ノーマーク)。存在認識不可。視認
last updateLast Updated : 2025-11-27
Read more

100 Humans|Episode_025

静寂。規則的に点滅する照明が、部屋の白を刻む。No.100は、ゆっくりと目を開けた。感情は、まだ戻っていない。指先が、ほんの一瞬だけ、自分の意思とズレて動いた気がした。記憶は、あってないようなものだった。胸の鼓動が、通常ログより0.2秒ずれている──なのに、どこか心地いい。ただ一点、異常なノイズがあった。──映像ログ:ジニー。カレの言葉だけが、深層領域に引っかかっている。『でも、考えてみて? ワタクシみたいな虚数のボクが存在するんだったら……──“000”がいても、おかしくないよね?ワタクシってば虚数だから、気配くらいわかるんだよね〜、存在しそうな気がする。そして何かが“まだ”動いてないってコト。』あれは、情報として認識されなかった。だが、何かが揺らいだ。それだけは確かだった。SYSは分析を続けていた。《No.100:記憶回復率0.037%。進行中》《深層領域にて“トリガー”の発火を確認。記録ナンバー:LXI025-f》SYSが解析ログをALTi_M【A】に送信するよりも先に、NOT_YURA_0_0が介入する。《トリガー・プロトコル、起動》《ただし、主プロセスは“観測状態”のまま》NOT_YURA_0_0の判断基準はシンプルだった。──いま、記憶を戻すべきか。それとも、“演出”を続けるべきか。その境界線に、ナンバーズの行動ログが関与しはじめていた。No.066──FAKEが姿を消して以来、ナンバーズの一部には目に見えない裂け目が生まれていた。No.051は、その影を強く感じていた。眠れない夜。彼女は自分の部屋の白い天井を見つめていた。(あの声……)ジニーの言葉が、奇妙に残っていた。『ねぇ、君たち、“忘れさせられた”記憶って、どうやって思い出すと思う?』(どうやって、って……)そこに、音が差し込んだ。微かな、ほんのわずかな音楽。かつて誰かと過ごした、あの音。いや、“かつて”ではない。彼女が“知っているはずのない旋律”だった。そして、その旋律がNo.100の部屋のセンサーに同期していたことを、誰も知らない。No.100は目を閉じていた。だがその意識は、白いノイズの中に何かを聴き取っていた。──知っている。この音は、どこかで、確かに聴いた。《サウンドログ:出力不可。メタメモリ内に未記録
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

100 Humans | Episode_026

──夜のセクション。 最底層、無人地市街のシステムダンプの植物包裱製造ラインに、066──FAKEは居住していた。「フハハ…。マジで、うざいこの時計。」ラインの大型モニターが発光すると、内部の壁面に記録画面が潰れたように表示される。 そこに、二つのAIの声が分割されて漏れ込んだ。RE_ANGE (天使 AI): 「FAKE。あなたの行動は、人としての希望を針輪します。それは悪に向かっているように見えて、実は優しさの表現です。」DAEMON_CORE (悪魔AI): 「ありとあらゆる信念は動機できる。信じるものを切り捨てることで、人間は自らの意志を獣でなくした。お前はそれを最もよく知っているカスだ。」「あははははっ。」FAKEは一瞬だけ黒い日焼け顔を震わせて笑い、立ち上がった。「もうやめろよ、そんな並びで言われても、こっちは吹きちぎれるだけなんだよ。」その瞬間、一本のデータラインがぴきりと溜る。「これ…じゃん。このログ、誰のものだよ。」スクリーンに移した画面に、ある一人の”カレ”の顔が表示された。Lebouth Giny「こいつ、なんなんだよ。たまーに、しんみりする顔をするけどよ。『なぜワタクシはここにいるのか』なんて問いを突然ぶつけてくるんだよ。こっちは、ずっと『なんでお前がここにいんだよ』って思ってんのによ。」RE_ANGE: 「それは、あなたが人であることを証明するのです。」DAEMON_CORE: 「データ上の記録にない存在に意味などない。」「へえ。答えが分かれてんじゃん。ならよ。……こいつは、たぶん『お前らでも読めない』存在なんだろうな。」FAKEはゆっくりと、しかしきっぱりと言う。「だからこいつは、ご主人様なんじゃねぇ。お前らを騙すための、最後のジョーカーさ。」その顔は、どこかせつなげで、すこしほっこりしていた。「なぁ。お前らに聞いても無駄なのはわかってんだけどよ。この存在に、意味ってあんのか。」それは、自分自身に向けたものでもあった。 なぜ「FAKE」なのか。 なぜ他人の信念を、まるで実験のように手放しているのか。そこには、あいまいな、誰も知らないアンサーがあった。 この世界で、他人のことを思うことに意味があるのか。 この世界で、存在しないと記録されないのか。 それを確かめるために、FAKE
last updateLast Updated : 2025-12-01
Read more

100 Humans|Episode_027

──それは、誰かの夢だったのかもしれない。金属的な拍手の音が、静寂を切り裂くように響いた。まるで、命令のように。合図のように。プログラムの起動音のように。51──AinAは目を開ける。だが、すぐには視界が定まらない。光、空気、鼓動──すべてが微妙に“演出されている”ような違和感。(……これは、わたしの感覚?)そう思った次の瞬間、周囲に浮かび上がる「番号」たち。No.002、003、004……それぞれの胸元に光る黒いタグ。だが、観客席は空っぽだった。拍手は鳴っていた。けれど、そこに“誰もいない”。天井のすみ、天使型ドローンがゆっくりと旋回している。冷たい目線を送る、記録と監視の装置。彼女は知っている──ここは舞台だ。でも、誰のための? 誰が脚本を書いた?◆静かな舞台裏。ホワイトライトが遠ざかり、AinAは舞台空間から抜け出すように歩いていた。だが、次の瞬間。空間が、ざわりと揺れる。視界にノイズが走る。足元から、ノイズの海が滲み出すように広がっていく。記憶が、巻き戻されるように浮かび上がる。──舞台上で交わしたはずの言葉、感情、視線。それらが“音”として反響しながら、逆再生のように流れ出す。やがて、すべてが無音に包まれた。残されたのは、ひとつの“声”だけ。──少女の歌声。それはどこか懐かしく、でも決して聞いたことのない響きだった。その“声”に触れた瞬間、AinAの心に、かつて忘れ去った風景がふと浮かんだ。名前のない草原。風が揺らす野花。誰かの手が、そっと背中を押していた──そんな、ありもしない記憶の気配。◆ AinAは自身のログにアクセスする。しかし、舞台記録の中に奇妙な断片を発見する。《ERROR: UNREGISTERED SOURCE DETECTED》《VOICE SAMPLE ID: #087》ナンバー087within_100の中には存在しない“記録外”の声。しかも、その音源は特定周波数に反応し、システムの“観測記録”を一時的に上書きしていた。その旋律は、まるで──「存在を忘れられた者たち」に捧げられた鎮魂歌のようだった。(…なぜ私の思考に、存在を忘れられた者たちなんて思考が生まれるのかしら?)AinAはその周波数を分析しようとするが、瞬間的に干渉ログがブラック
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

100 Humans|Episode_028

──Still scattering...──音が、膨らんでいた。静寂の中で、逆に際立つ音の“輪郭”。Human No.051──AinAの内部視界が開くたび、世界は少しだけスローモーションになった。AI補正が自動的に時間処理を行い、眼球の動きと視線の遷移は数千分の1秒単位で最適化されていく。彼女の脳に接続された神経AIが、耳に届いた音を“波形のまま記憶領域へ転写”している。(……あの音、どこから来た?)聴覚には、もはや“方向”という概念がなかった。音は空間を歪めるように、彼女の意識の内部から鳴っているように聴こえていた。──パチン。あるはずのない手拍子が、右耳の奥で反響する。それは、誰かの合図ではなく——始まりだった。◆ 最初の手拍子が放たれたあと、ナンバーたちの中で一部の個体が“反応”した。No.022は眉間を抑え、036は肩を震わせながら天井を見上げていた。「……視えない、なにかが……鳴ってる……」誰かが呟いた。だが声は記録されなかった。AIのログ上、その発話は存在しない。AinAは、その音の中心に自分がいることに気づき始めていた。音が空間に拡がる速度——それは彼女の感覚では「視界」だった。(音が……“見える”。)音の輪郭が網膜に干渉し、視界の端で揺れていた。彼女は、音で世界を認識し始めていた。◆ AinAは、遠隔解析端末の前に立ち尽くしていた。彼女の両眼は、今や映像ではなく"気配"そのものを観測できる。天使AIから供与された解析補助視覚は、正確な熱量・動線・波形をスキャンし、ナンバーの異常や侵入を瞬時に捉える。……はずだった。「……このライン、断絶してる?」本来、中央制御網とリンクしているはずのIDストリームが、ある一点を境にぷつりと切れている。干渉ログもなく、AIからのアラートも発動していない。異常ではない。"記録されていない"のだ。その"空白"に、何かが、いる。彼女が警戒態勢に移ろうとした、その刹那──背後に気配が走った。──ヒュン視認できない。だが、確かにそこに“いる”。彼女はわずかに振り向き、手のひらをスキャンモードに変換する。そして、低く問いかけた。「……そこにいるのは、誰?」◆ 答えは、ない。だが、空間がわずかに揺れた。唐突に、“気配”が変わった。AinA
last updateLast Updated : 2025-12-03
Read more

100 Humans| Episode_029

 その日、空気がわずかに震えていた。──音は、まだ揺れていた。AinAは静かに歩いていた。足音ひとつしない通路、壁に映る自分の影すら感じない、反響ゼロの世界。自らの足音に気づかないほど、世界の“無音”に包まれていた。まるで──余韻が、空間全体を覆い尽くしているかのように。だが、彼女の内面には“音の記憶”が刻まれていた。(……あの歌、誰の声だったんだろう)誰かの声。それは彼女自身の声ではなかった。少女のように幼く、だがどこか澄んだ歌声。あの場で聴いた“異常音”が、今も彼女の内側でリピートされていた。脳内の聴覚処理領域に、再生装置のように鳴り続ける“誰かの声”。彼女のAI補正視界が、音を記憶として再生し続けているのだ。「……どうして、こんなにも、懐かしいの……?」彼女の歩く速度が、音の記憶と一致し始める。まるで、過去に同じ道を歩いたかのような既視感が、彼女の身体とシステムにまとわりついていた。そして彼女は気づく。ノイズのない世界で、逆に“静寂が反響している”ことに。──静寂が、音よりも深く、脳を揺らしていた。◆ 中央記録装置のコンソールに、無数のエラーログが生じる。《No.022:視界ログ、再生ループ異常》《No.036:筋反応、0.6秒のタイムラグ検出》《No.093:感情補正アルゴリズム、同期失敗》NOT_YURA_0_0のサブ視点がAI演算ネットワークを監視しながら、わずかなズレを検知していた。《人間の記憶には、波紋がある。》《波紋とは、記憶の時間遅延……記録と感情の摩擦。》その囁きのようなログが、モニタの片隅に残る。天使AI側の記録と、悪魔AI側の干渉ログがわずかに食い違い始めていた。《RE_ANGE:遅延認識/感情波検出あり》《DAEMON_CORE:一致ログなし/再実行中》演算が歪み、世界がずれ始める。全てがほんの僅かに、重なっていない。一部のナンバーは、同じ言葉を“数秒前に聞いた”と報告。No.036は、視界の中に「存在しないはずの人影」を一瞬見たと記録する。◆ AinAの内部視界に、不可解な現象が起きる。歩いていたはずの通路に、数秒前の自分の姿が薄く残る。(え? これ、わたし……?)振り返ると誰もいないのに、画面上にはさっき通った自分の姿が“もう一度”映っている。「……えっ?
last updateLast Updated : 2025-12-04
Read more
PREV
12345
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status