暗闇。音がない。AinAは夢の中にいた。足元は鏡のような床で、どこまでも光を反射していた。その上に立つ自分。そして、その自分を“見下ろしている”もうひとりの自分。床に映るその姿は、微かに震えていた。まるで水面のようにゆらぎながら、しかし確かに自分を映している。だが、その“もうひとり”は、AinAの動きに完全には連動していなかった。指先が少しだけ遅れて動く。目線が、わずかに逸れている。——視点が、上下逆さまに切り替わる。彼女は、自分を見ていた。しかしそれは鏡の反射ではない。もっと奥深く、記憶の中に埋め込まれた“視点の転倒”だった。夢の中の天井は、床と同じように鏡だった。上も下もなく、すべてが反射され、反転され、交差していた。自分が“どちら側”に立っているのかが、徐々に分からなくなる。光源はないのに、全体が淡く発光している。影がない。物理法則が溶けていく空間。SYS:→ 睡眠ログに異常→ 感情波動と視覚記録の不一致を検出AinAのまぶたが震えた。夢の中で目を覚まそうとするが、夢自体が彼女を観察している。(私……見られてる……誰に?)次の瞬間、自分の姿がふたつに分かれた。ひとりは静かに立ち尽くし、もうひとりは床に倒れている。その間を、観測する“何か”の視線が、スキャンのように這い回っていた——。◆ No.048は、通路を歩いていた。眠りが浅く、静かな夜の施設は彼の鼓動の音すら拾うほどに静かだった。壁面に埋め込まれた鏡の装飾。そこにふと、自分の姿が映る。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。鏡の中の自分が、遅れて瞬きをしていた。しかも、その目線は鏡越しにこちらを見ているのではなく、“ほんのわずかに外れた何か”を見つめているようだった。自分でもない、誰かでもない、視線の空洞。048:「……またか」ここ最近、何度か“自分ではない何か”に観測されている感覚がある。そのたびに、自分の内側で何かが“削り取られる”ような空虚さが残る。彼は壁を叩く。無音。鏡は、ただそこにあるだけのように見える。しかし、その奥から確かに“何か”がこちらを覗いている気がした。その気配は、温度ではなく“構造”そのものに染み込んでいた。まるで、自分の存在が誰かの観測によって形を与えられているような——そんな不穏な感覚。SYS:→ No.048:現在
Last Updated : 2025-12-17 Read more