All Chapters of 時空勇者 〜過去に遡ったら宿敵の魔王と旅立つことになりました〜: Chapter 21 - Chapter 30

53 Chapters

第20話「ネラフィム」

「ジア……もう一つ聞かせてくれないか?」  セリュオスは鉄格子に額を押しつけたまま、暗がりに漂うエレージアを見上げた。 「勇者は質問ばっかりなのね」「それは何も教えてくれないお前のせいだろ。……なぜ、俺の仲間たちは生きていられる? お前の手にかかって、魔王軍の手にかかって、殺されてしまってもおかしくなかったはずだ……。なぜ、俺たちに情けをかける?」  エレージアはエリュオスに向き直ってから、ふっと微笑んだ。「あなたの仲間たちが無事だったのは、私が優しいからだと思う?」  セリュオスは眉を顰める。 「初めて会った時から変なヤツだとは思っていたが、そうじゃないのか?」「もちろん違うわ、勘違いしないで。私はれっきとした魔王なの。人間のことなんて、愚鈍で、醜悪で、脆弱な存在にしか見ていない」  彼女の声は澄んでいるのに、言葉は冷たく響いた。「簡単に欲に溺れ、身内で争い合い、救いを求めては他人を裏切る……。そんなものを、愛おしむ理由なんてないわ」 「人間と争うのは魔王軍も一緒だろう?」「あなた、勘違いをしているわ。……私が魔王になってから軍を動員したのは、領地と人民の安全を守るためだけよ。あたなたちが荒野に侵攻して来たから、私は仕方なくアベリオンを向かわせたの」 「何だと……? お前は何を言っている?」「フィオラの故郷であるエルフの集落を襲った者たちも、ミュリナの故郷を滅ぼした者たちも、すべて人間の仕業なのよ」 「なっ……!?」 人間がエルフや獣人族の集落を襲っただと……?  魔王はセリュオスに嘘をついて騙そうとしているのではないか。  そう疑うセリュオスだったが、彼女の真剣な眼差しは真っ当な人間のものだった。「……信じられないでしょうね。でも、それが真実よ。人間たちがエルフの集落を襲ったから、彼らを助けて魔王城に招待した……。人間たちが獣人族の村を焼き尽くしたから、生き残りを魔王軍に引き入れた……。アベリオンも似たようなことを話していたんじゃない……?」 なぜかエレージアの話が捏造とは思えなかった。  それはまさに、アベリオンが言っていたような人間のほうが悪という知りたくもない現実だった。  セリュオスは唇を噛み締める。「……だったら、
last updateLast Updated : 2025-11-18
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第21話「作戦会議」

 ヴァルディルたちが去った後、徐にエレージアが口を開いた。 「セリュオス……。あなたは怖くないの?」 「……? 何がだ?」「突然知らない世界に飛ばされて、その世界が危険で満ちていること……。そして、私と一緒にいること」  エレージアの問いに、セリュオスは一瞬言葉を詰まらせた。  その拳に力が込められる。「怖くないと言えば嘘になるかもしれない。……でも、俺にはやるべきことがある。ジアが何を企んでいるのかはわからないが、敵対しないと言うのであれば、俺は君を信じるしかないだろう?」 「そう」 セリュオスの言葉を聞いて、エレージアは小さく微笑んだ。  冷徹な魔王と思えた彼女の笑みには、どこか安心感と期待が混ざっているように見えた。 そして、夜が明けた――といってもこの世界に太陽と呼べるようなものはなく、ここでは蛍晶鉱石の光が強まることで昼を認識しているらしい。 牢の扉が軋む音と共に開かれ、タヌキ族の女戦士・カリアがそこに立っていた。 「出ろ。ヴァルディルが呼んでいる」 「ようやくだな……」 セリュオスは腰を上げ、伸びをする。  昨日の腹痛はネラフィムの医師が鎮痛薬をくれたおかげですっかり痛みが引いていた。  隣でエレージアがふわりと浮かぶ。「牢暮らしは気に入った?」 「二度と、ごめんだね……」「でも、中層に行けなければ牢に戻ることになるんじゃない?」 「それは絶対に阻止してみせる……」  セリュオスは吐き捨てるように言い、牢を後にした。 ネラフィムの拠点は、巨大な洞窟の中に作られたこじんまりとした集落だった。  石壁を削って作られた住居や通路、岩棚に吊り下げられた蛍晶鉱石のランタン。  中央には焚き火代わりの熱鉱石が赤々と輝き、その周囲に人々が集まっている。 ネラフィムの仲間たちは皆、動物の特徴を備えていた。  大きな耳を澄ませて偵察するウサギ族の女性。  狭い穴を自在にすり抜けるモグラ族の情報屋。  そして、何本もある腕を巧みに使って鍛冶仕事をこなすクモ族の職人。「ここが……ネラフィムの拠点か」  セリュオスは思わず呟く。  思っていたよりも生活感があり、ただの隠れ家というより小さな都市のようだった。「どう
last updateLast Updated : 2025-11-18
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第22話「ネズミ族の少年フィル」

 暗黒の洞窟に、青白い蛍晶鉱石の光が断続的に灯っていた。  湿った空気の中、ネラフィムの面々は息を潜め、補給路の脇に身を潜めている。 セリュオスもその一人だった。  岩陰に背を預け、慣れない剣の柄を握る手にじっとりと汗が滲んでいる。 (……俺はもうやるしかない。エレージア以外誰も信じてくれないが、俺はちゃんと、勇者なんだから……)「くれぐれも邪魔だけはしないことね。もしアンタが倒れたら、アタシがフォローしなきゃいけなくなるんだから」  横にいるカリアは未だに疑わしげな目をセリュオスに向けてきていた。「大丈夫だ、俺が倒れることはない」  短く返した声は僅かに震えていたが、確かな強い意思を帯びていた。「……緊張してるのね」  背後でエレージアが小声で囁く。 「この状況で、緊張しないヤツがいるか……?」「ふふふ。額にびっしょりと汗かいて明らかに緊張してますって顔ね。……でも大丈夫、勇者のあなたにできないことなんて、ないでしょう?」  彼女の声は冗談めいていたが、不思議と胸の奥に力を与えてくれた。  なぜ自らの世界の魔王であるエレージアが隣で励ましてくれるのか、今でもよくわからない。「静かに。声が響いたら見つかってしまう」  補給路の様子を見ていたカリアが振り返り、鋭い視線を投げてきた。  セリュオスは慌てて口を閉じる。  だが、エレージアは揶揄うように口元を隠しながら笑っていた。 しばらくすると、セリュオスの背後から、小柄なネズミ族の少年が囁いた。 「……おバカな勇者さん、本当に大丈夫なの?」 「おバカって……。俺はいつまでバカにされ続ければいいんだ?」  セリュオスは項垂れながら言った。「ごめんごめん……! 僕は信じてないわけじゃないんだ! みんながそう言ってたからつい……」  その少年の目は期待に輝いていた。  そう言えば、この少年は働かされ続けて、母親を失ったと訴えかけてきた少年のはずだ。「……名前は?」 「僕? 僕の名前はフィルだよ。勇者さんは?」 「セリュオスだ。フィルはなんで俺を勇者だと思ったんだ?」 「なんでだろう……? その目が真っ直ぐだったからかな。悪いことを企むような人には見えなかったから……」
last updateLast Updated : 2025-11-18
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第23話「勇者の理由」

 兵士の腕に捕らわれたフィルの姿が、蛍晶鉱石の灯りで揺れながら浮かび上がった。  短剣が喉元に突きつけられ、少年は顔を歪めながらも必死に声を張り上げる。「僕のことなんか、どうでもいい……! 荷を奪ってよ! 早くっ!」 「黙れ! これ以上騒いでも、その命はないぞ!」 兵士が怒鳴りつけ、フィルの口を乱暴に押さえつける。  ネラフィムの戦士たちは呆然と立ち尽くし、誰一人として一歩も踏み出すことができない。  一人でも動けば、仲間の命が散ってしまうことを皆が悟っていた。「……人質を取るのが、魔王軍のやり方なんだな」  ヴァルディルが唸るように低く言った。「はっ、卑怯だと思うか? 勝つためなら当然の選択だろう。弱みを見せた貴様らが悪い」  その男は嗤いながら、仲間の兵士たちに手だけで合図を送る。  護衛兵は三つ目の荷車を守るように集まり、じりじりと後退を始めた。「ヴァルディル……。どうする?」  カリアが息を殺しながら問う。  ヴァルディルは剣を握る手に力を込めたが、吐き出した言葉は苦いものだった。「……退くぞ。今回の荷はすべて諦める」 「なっ……!」  予想もしていなかった言葉にネラフィムの戦士たちが一斉に振り返った。「作戦を、放棄すると!?」  カリアの声は震えていた。  だが、ヴァルディルは冷酷に、その首を縦に振った。「賢い選択だな。貴様ら下層民は、仲間ごっこくらいしかすることがないからなぁ?」 「……」  ヴァルディルは答えず、ただ静かに何かを我慢している。「荷を奪う機会は幾らでもある……。だが、仲間を失ってしまえば、もう二度と取り返すことはできない……! この場で我々は無茶をするべきではない」  その言葉に、戦士たちは呻くように黙り込んだ。  まさに正論であり、リーダーの決定に反抗できる者はいなかった。 完全に手詰まりとなってしまった中、セリュオスは歯を食いしばり、その拳を震わせていた。 (フィルを、助けるために……この作戦を諦めていいのか……? それで本当に、フィルが報われるのか……?)  胸の奥で煮え滾る想いが、まるで喉を焦がしようなほど熱くなっていた。「……これからどうするの? あなた
last updateLast Updated : 2025-11-18
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第24話「懐かしき風」

 血を滴らせながらも剣を振るうセリュオスの姿は、まるで炎のようだった。  肩に槍を突き立てられ、呼吸は荒く、足元はふらついている。  それでも、セリュオスは一歩も退くことはなく、目の前の兵士たちに食らいついていた。「セリュオス! 次が来るわよ!」 「わかってる!」 セリュオスが一人ではなく、傍でエレージアが援護してくれているのは不幸中の幸いだろう。  だが、半霊体であることで全力が出せないのか、魔王城で見た圧倒的な力を振るうことはできないようだった。 それでも、彼女の作り出す魔力の渦が敵兵を止めてくれているのは非常に有難かった。  たとえ時間稼ぎをすることしかできないとはいえ、セリュオスの戦いを楽にさせてくれたのは言うまでもないだろう。「ぐっ……おおおおおっ!」  セリュオスは雄叫びと共に剣を振り下ろした。  火花が散り、敵の盾が割れ、兵士がよろめく。  その雄姿を、フィルを確保したネラフィムの戦士たちは固唾を呑んで見守っていた。「……アイツ、まだ戦ってるぞ」  カリアが震える声を漏らした。「あのままじゃ、死んじまうんじゃ……」  戦士の一人が唸り、言葉を噛みしめる。「なんで……あいつは、あんなボロボロになっても戦えるんだ……」  キツネ族の青年も驚きを吐露している。 フィルは涙を滲ませながらセリュオスの戦いを見つめていたが、ようやく決意を固めた。「セリュオスは、僕を助けてくれたんだ! 命を懸けて! ここでセリュオスを見捨てたら……僕たちは魔王軍よりも、ずっとずっとずーっと卑怯者だよッ!」 「っ……!」 フィルの真摯な叫びは、ネラフィムの仲間たちの胸を打った。  すると、誰よりも早くヴァルディルが大地を踏み鳴らし、その巨体を前に押し出す。「……全員、荷車なんか捨てちまえぇ! セリュオスを助けるぞ!」 「「おおおおおっ!」」 雄叫びが洞窟に響き渡り、ネラフィムの戦士たちが一斉に突撃を開始した。  カリアは剣を高く掲げ、仲間たちに向かって号令をかける。「右から回り込めっ! バカ勇者が戦っている敵を引きつけるんだ!」  戦士たちが岩陰を駆け、兵士の背後に突進していく。  驚いた敵兵が振り返るより早く、鋭い槍の数々が突き立ち、|
last updateLast Updated : 2025-11-19
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第25話「部外者」

 フィルの救出から数刻が経過した。  セリュオスを含めたネラフィムの面々は激しい戦闘がおこなわれた補給路から撤退し、地下水脈に隠された拠点へと戻っていた。 竈の熱鉱石と蛍晶鉱石の光に照らされた洞窟の一角で、フィルは仲間たちに抱き締められている。  泣き笑いの混じった声がこだまし、束の間の安堵が空気を包んだ。 一方でヴァルディルは腕を組み、険しい顔のまま壁際に立っていた。 「……荷車を取り逃がしたのは、大きな問題だ。いったん補給の阻止はできたとはいえ、奪うことはできなかった……」 すると、カリアが言葉を紡ぐ。 「でも、フィルは助かった。大切な仲間を守ることができた。それで、十分じゃないか?」「十分、か……。そんなことで、本当に魔王を討つことができるのか?」 「……」  カリアは無言のまま答えることができない。 そして、ヴァルディルはセリュオスの方に視線を向けた。  セリュオスは二人の対面に座し、その視線を真正面から受け止める。「……悪い。あの時、荷車よりもフィルの命を優先してしまった。俺の責任だ」  セリュオスは真剣な面持ちで頭を下げる。「責任、だと?」  だが、ヴァルディルの声は低く、鋭かった。  もしかして、言葉を間違ってしまっただろうか。「よそ者が軽々しく、責任などと言ってほしくないな」 「違う、俺はそんなつもりで言ったんじゃ……」 やはり、ヴァルディルの表情は険しかった。  とは言っても、フィルを救ってくれたことに対する感謝を忘れたわけではないらしく、セリュオスを憎み切ることができずに曖昧な表情になっている。「俺たちが戦っているのは、魔王に虐げられたこの生活から抜け出すためだ! お前に! 俺たちの、何がわかる!?」 セリュオスは唇を噛んだ。  ヴァルディルの言うとおりであって、責任という言葉を使ってしまったことを猛省した。 それでも、迷いのない瞳でヴァルディルを見やった時、衝撃の言葉が舞い込んできた。「……だが、お前が望んだ中層への道は教えてやる。フィルを救った礼だ。セリュオスは確かに役に立ってくれた。俺たちは魔王と違って約束は違わない」 彼の声は冷たさを含みながらも、どこか認めるような響きがあった。  セリュオスは驚いて目を見開
last updateLast Updated : 2025-11-19
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第26話「魔王ジョーク」

湿った岩肌に囲まれた拠点の奥地、粗末な石造りの机が置かれた空間にネラフィムの主要な面々が集まっていた。 壁に埋め込まれた蛍晶鉱石が淡く光を放ち、緊迫した空気を纏う部屋を照らしている。 ヴァルディルが机に手を置き、低い声で口を開いた。 「勇者が味方になってくれるとはいえ、前回の襲撃で俺たちの存在はヤツらに露見してしまった……。次に補給路を守る護衛は、間違いなく数を増やし、精鋭たちを配備してくるだろう。雇っている用心棒を連れて来る可能性も高い……」 用心棒という言葉にカリアが反応して、眉を顰めた。 「用心棒と言えば……きっと、ガルベルの野郎だ……」 「ガルベル? 知ってるヤツなのか?」 セリュオスが首を傾げながら問う。 周りの面々もガルベルの名前を聞いてざわついており、その人物を知っているような雰囲気だったのだ。 「化け熊みたいに巨大な身体を持ったヤツだ。昔から、狂暴で荒くれ者で手を付けられなかったんだが、魔王軍が金に物を言わせて味方にしてしまったんだ……」 苦虫を嚙み潰したような顔でカリアが言った。 「……つまり、正面からぶつかればほぼ確実に返り討ちに遭うということか。フィル救出の時とは違って、奇襲も効かない可能性が高いと……」 「そういうことだ。だが――手がないわけじゃない」 ヴァルディルが視線を横に流すと、その奥の部屋からフィルが現れた。 その手には布に包まれた小さな箱が乗せられている。 フィルが箱を開けてみせると、中には透き通るように白い石片が収められていた。 「これが秘策、なのか……?」 セリュオスが思わず口を開く。 一見、ただの白い石にしか見えなかったのだ。 すると、ヴァルディルは僅かに口角を上げる。 「ああ、これは中層でしか産出されることのない輝晶石というものだ。強い衝撃を与えると、眩い光を放つ鉱石でな、本来は採掘場ごと魔王軍が管理している」 セリュオスは目を細めた。 「そんなものが、どうして下層に……?」 「秘密の裏取引に決まってるでしょ?」 フィルが少し誇らしげに笑みを向ける。 「中層の商人の中には魔王軍の支配に従順なフリをしながら、裏で僕たちに協力してくれる変わった人たちもいるんだよ。裏道
last updateLast Updated : 2025-11-19
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第27話「信じられる仲間」

 石壁に囲まれた拠点の奥、ネラフィムの戦士たちは沈黙の中で武具を磨いていた。  剣を研ぐ音、弓の弦の強度を確かめる音、鎧の革紐を締める音――。  それらが不安を押し殺すかのように規則的に響き、空気は張り詰めている。 ヴァルディルはしばらく睨みつけるように熱鉱石を見ていたが、やがて立ち上がった。 「……全員、覚悟を決めろ。出撃だ」 すると、合図を聞いたネラフィムの戦士たちが、目的地を真っ直ぐに見据えて洞窟の闇を駆け抜けていく。  今回は奇襲をかける必要があまりないため、かなり大胆に突き進むことになった。 そして、補給路の前回と同じ地点に辿り着くと、荷車の車輪の音が響き、ヴァルディルの想定どおり前回よりも多くの魔王軍の兵士たちが護衛についていた。「ジア、背中は頼む……」  セリュオスが生唾をゴクリと飲み込んだ。 「私に背中を任せてくれるの? そんなに信頼してくれるなんて、嬉しすぎて震えちゃうわ」  信頼とは違うのだが、勝手に悦に浸っているエレージアのことは無視して、セリュオスは前を向いた。 その瞬間――。 「今だぁっ!」  仲間たちに合図を送ると同時に、ヴァルディルが特大の輝晶石を敵陣に向かって投げつけた。 鉱石は兵士たちの陣の中央へと届き、閃光が迸り、一瞬で暗闇に光が満ちた。 「ぁぁあああ!」  すると、白光に目を焼かれた兵士たちが叫び、混乱の声が渦巻く。「突撃っ!」  ヴァルディルの号令でネラフィムの戦士たちが一斉に駆け出し、荷車に飛びかかる。  セリュオスも自身の剣を構え、敵兵を弾き飛ばしていく。「奪うんだ! 今のうちに一台でも多く!」  カリアが叫び、戦士たちが奪った荷車を引っ張り始める。  勝利の手応えが全員の胸に灯り始めた、その刹那――。 辺りにズシンと地鳴りが響いた。 「なんだ……?」  セリュオスは言い知れぬ不安を覚える。 等間隔の地響きと共に、洞窟の奥から巨体の影が歩み出てきた。  鋭利な爪が蛍晶鉱石の光を反射し、赤い双眸が暗闇に浮かび上がった。「……ガルベルだ!」  その正体をいち早く察したヴァルディルが大声を上げる。「ぉぉぁぁぉぉオオオおおああおお
last updateLast Updated : 2025-11-20
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第28話「中層への道」

 セリュオスの雄姿に士気を高めたネラフィムの戦士たちは、魔王軍の兵士との戦いを有利に進めていた。  荷車を奪い、また一つ奪い、彼らの猛進撃は留まることを知らない。 その一方で、セリュオスが嵐輝聖斬を放った相手であるガルベルはその巨体をふらふらとさせながら、胸の傷口からは黒い血を滴らせている。  まだ立っているとはいえ、確かにダメージは与えられているようだった。「……小僧がぁ……」  ガルベルは唸るように笑って、全身の体毛を逆立てている。「だが……、もっとだ! もっと俺様を、昂らせてみせろォォォ!」  血に濡れた爪が再び構えられた。  確かにその威圧感は周囲に恐怖をばらまいたが、セリュオスは膝をつきながら剣を握り直す。「仲間の力があれば、俺は負けない!」 「減らず口がァッ!!」 猛然と振り下ろされたガルベルの爪が大地を抉る。  しかし、そこにセリュオスはいなかった。  エレージアがセリュオスを運んでくれたのだ。「魔王に荷運びさせるなんて、失礼な勇者ね」 「俺は荷物じゃないから、ノーカンで!」 渋々ながらもエレージアが運んでくれたおかげで、セリュオスはガルベルの背後を取ることができた。「もらったァッ!!」 「甘いぞっ!」 だが、セリュオスの剣はガルベルの爪で防がれてしまう。  やはり、この強敵を一人で倒すのは難しいということだろう。  それでも、下層に来たばかりの頃とは違って、今は一人ではないことをセリュオスは理解していた。「フィル! カリアっ! ヴァルディルっ!!」  セリュオスが叫ぶと、ガルベルの背後で動く影があった。「お前が風穴を開けてくれた……。なら今度は、俺たちの番だ!」  ヴァルディルは折れた剣を捨てて仲間から新たな槍を受け取っていた。  その目には、烈火のような闘志が宿っている。「僕だって……戦えるところを、見せるんだ!」  最初に飛び出したのはフィルだった。  小柄な体躯が高く跳躍すると、ガルベルの背後に回り込み、色とりどりの晶石を投げつけた。  すると、晶石から放たれた青白い光がガルベルの爪に絡みつき、その動きを止める。「何だ、これはァ!?」 「一瞬しか抑えられないけど……絶対に止めるから! 
last updateLast Updated : 2025-11-20
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第29話「発明の光」

 狭くて非常に歩きにくい昇降坑を抜け出した瞬間、眩い光がセリュオスの視界を満たした。  セリュオスは思わず目を細め、足を止める。 「っ……!」 長く続いた下層の闇がまだ瞳に残っているせいで、目の前の景色が現実なのかどうかすら判断できなかった。  やがて光に慣れるにつれ、彼の視界に広がるものが輪郭を帯びはじめた。 そこにあったのは、地上のように明るい世界。  広大な都市が広がっていた。  聖都セルクトリアにも引けを取らない街がそこにあることが信じられない。「……これが、中層……?」  セリュオスの声は震えていた。  自分の喉から出た言葉なのに、どこか遠い他人のもののように響いた。 天井から吊り下げられた無数の光源が、まるで人工の太陽のように都市全体を照らし出している。  石造りというよりも金属で作られた建物が目立つその街は、下層の粗末な住居とは比べものにならないほど整然と並び、まるで芸術作品のように調和していた。 広場には噴水があり、透明な水が大きな弧を描いている。  下層では川まで取りに行かなければならない水が、ここでは当たり前のようにそこにあった。  金畳を歩く人々の顔には疲労ではなく余裕が溢れ、子どもたちが笑い声をあげて走り回っている。「セリュオス、口が開きっぱなしになっているわよ」  隣に立つエレージアが、楽しげな声で囁いた。  セリュオスは慌てて口を閉じるが、驚きは隠せなかった。「だって……こんなの、信じられないだろ。下層で必死に生きていた人たちがいるのに、同じ世界にこんな発展した場所があるなんて……。本当は違う世界に来てしまったんじゃないかって……」  エレージアは視線を前に向けたまま答える。「同じ世界であることは間違いないわ。ほら、地底の世界であることは、疑いようのない真実でしょう?」  エレージアは上を指差す。  天井が土で覆われている景色はここでも変わらないのだ。「だが、明らかに文明の発展具合が違うじゃないか……。下手すれば、未来の俺たちの世界すらも凌駕する技術力を持っているんじゃ……」  セリュオスは歩を進めながら、街路を行き交う人々を見つめた。  衣服は鮮やかで清潔、顔立ちには余裕と安心が宿っている。  下層の人々の
last updateLast Updated : 2025-11-20
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