Todos los capítulos de 愛の終わり、帰る日のない場所へ: Capítulo 11 - Capítulo 20

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第11話

一方で、聖山朝霧は、北嶺山地に暮らす人々にとって心の聖地とされる場所だ。もともと明日香には聖山を守るという特別な使命があった。かつて恋を知ったばかりの明日香は愛というものに甘い夢を抱いていた。その結果、彼女は使命を投げ出し、迷わず北嶺山地を出ていってしまった。だが愛とは身を蝕む猛毒であり、心を食い荒らす呪いだと後になって思い知しった。それは死ぬほど心痛ませるような苦しみなのだ。そして明日香は今どうにか迷いから覚め、破滅の淵で踏みとどまることができた。響音寺に戻ってきた後、彼女は仏の前でひたすらに懺悔した。自分の罪深さを噛み締め、残りの人生をかけて償っていこうと心に決めた。聖山へ籠もる直前、明日香は涼太に電話をかけた。どんなに泥沼の別れだったとしても、最後にきちんと言葉を交わすべきだと思ったからだ。少なくとも一度は、本気で愛し合った仲なのだ。だが、電話は繋がらなかった。呼び出し音の途中で、何度も切られてしまうのだった。それでもかけ続けると、長く待たされた末に、男は情けでもかけてやるかのように電話に出た。「明日香か。今空港だ、もうすぐ飛行機に乗る」涼太をイラ立たせたくない明日香は、とっさに早口になった。「どこへ行くの?」すると、霞の甘えるような声が聞こえてきた。「誰と電話してるの?もうすぐセキュリティーチェックよ」そして、涼太から嫌味ぽい口調でこう言われた。「霞とハネムーンだ。いちいち君に報告しなきゃいけないのか?」それを聞いて明日香はすぐに答えた。「ううん、報告なんていらないわ。よい旅を。楽しんできてね!」すると、涼太は気だるい声で答えた。「もう搭乗時刻だ。用がないなら切るぞ」明日香は喉を詰まらせながら言った。「涼太、お願い。最後に『さようなら』って言ってくれる?」その一言さえあれば、もう本当に終わりにできるから。だが、電話の向こうは、一瞬だけ静まり返った。5年も同棲していた仲だ。明日香の感情がわずかに揺れたことくらい、涼太には伝わったはずだった。そう感じて、彼は声を潜めて言った。「明日香、また何か企んでるのか?霞の手前、君の機嫌取りにつき合ってる暇はないんだよ」涼太は霞の相手で忙しく、明日香の気持ちなど構っていられなかったのだ。それを聞いて、明日香は嗚咽を必死にこ
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第12話

明日香は身をかがめて、それを拾い上げた。錠前は、もう赤錆にまみれていた。そこに刻まれていたはずの名前も、雨風にさらされてぼやけ、もう読むことさえできない。そして、明日香がその錠を処分する場所へ投げ捨てると、錠はきれいな放物線を描き、視界の彼方へと消え失せた。それを見て、彼女のざわついていた心は、次第に静けさを取り戻し、やっと、未練を断ち切れたようになった。一方で涼太は眠れない日々を繰り返していた。彼はもともとひどく寝つきが悪く、毎晩眠りを助けるお香を焚かなければ眠れなかった。特に明日香が姿を消してから、彼の不眠症はいっそう深刻になっていた。夜、ベッドで何度寝返りを打っても、意識は冴えわたるばかりで眠気は訪れない。深く息を吸い込んで心を落ち着けようとしても、焦りが募るばかりだった。そして、隣にいる妻の睡眠を妨げてはいけないと思い、涼太は隣のゲストルームへ移って寝ようとした。すると、霞が背中から彼に抱きついた。「涼太、結婚したばかりなのに。もう別々に寝ようとするの?」涼太は彼女の手を優しくほどいた。「霞、君は体が弱いだろう?早く治すためにも、ぐっすり眠らないと。別々に寝るのも今だけだ。変な勘違いはしないでくれ」そう言って、涼太は掛け布団をめくると立ち上がり、そのまま隣のゲストルームへ行ってしまった。霞は遠ざかる彼の背中を見つめながら、ゆっくりと拳を握りしめた。分からなかった。自分たちはあんなに仲のいい恋人同士だったのに、どうして心が離れてしまったのだろう?片やゲストルームに移った涼太は、いつもの癖で引き出しを開けたが、眠り用のお香が見当たらなかった。おそらく明日香が家出をしたとき、そのお香も一緒に持っていったのだろうと彼は思った。「明日香、お香を持ち出せば、俺が折れて連れ戻しに行くとでも思ったのか?勝手にするがいい。どんなことをしても、俺は迎えに行くつもりなんてないから!」あいつは単純すぎる。そんなこざかしい真似で、自分を操れるとでも思ったのか。そのとき、使用人の恵がお香の箱を持って入ってきた。「旦那様、また眠れないのですか?望月さんがいらした頃は、毎晩寝る前に焚いてくださっていましたから。以前、これを調合するときに火傷までなさったんですよ」涼太は目を見開いた。「なんだって、このお香
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第13話

3年前、明日香は誤ってプールに落ち、生死をさまようほどの大病を患った。医師は「覚悟をしてください」と言い、葬儀の準備を勧めてくるほどだった。涼太の記憶では、当時の東都は何日も豪雨が続き、交通機関は完全に麻痺していた。それでも自分は、明日香の無事を祈るため、街外れの観音寺まで徒歩で2時間かけて向かった。何百段の階段を、一段進むたびに深々と祈りを捧げて登りきった。その時彼は激しい豪雨の中ひたすら祈り続けた。すると、空が裂けたかのように、耳をつんざく雷鳴が絶え間なく轟いた。叩きつける雨粒は、まるで無数の蜂の針のように肌に突き刺り、誰もが雨宿りへ急ぐ中、自分だけは雨に打たれて祈り続けた。この想いが観音に届くことだけを信じて。自分は観音に、明日香に加護を与え、災いや禍から守ってくれるよう願った。その祈りが天に通じたのか、明日香は奇跡的に一命を取り留めた。それから自分がつきっきりで看病を続け、ようやく彼女の体調は回復していった。あれから、自分はプールの監視カメラを増やし、使用人にも気を配るように徹底させた。すべては、明日香がプールのそばを通っても二度と足を滑らせないためだ。涼太の意識は、そこで過去の記憶から現実へと引き戻された。彼はプールの映像を再生した。複数のカメラが全方位を捉えており、死角は存在しない。画面の中にはっきり映っていた。明日香と霞の間には、何の接触もなかったことが。真実は一目瞭然だった。霞は自分からプールに落ちたのだ。霞は「明日香さんに突き落とされた」と言い張っていたが、あれは全部なすりつけるための嘘だったのか。被害者ぶって周囲を煽り、わざと騒ぎを大きくして場を混乱させたのだ。なのに、自分はそれを明日香の嫉妬だと決めつけ、確かめもせずに彼女を悪者扱いしてしまった。水がトラウマになっていると知っていながら、無理やりプールに飛び込んでペンダントを探せと命じた。恐怖でパニックになった明日香は、水の中で必死にもがいていた。彼女は助けを求めていたのに、自分はその必死なサインを冷淡な態度で踏みにじったのだ。微動だにしない自分を見て、明日香はどれほどの絶望を感じただろうか?そう思いながら、彼は胸に鷲掴みにされたような激痛を感じ、息ができなくなった。そして手足の感覚まで消えていくよう
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第14話

ブラインドが堅く閉ざされていて、光は少しも入ってこない部屋の中で、涼太はがっくりと座り込んでいた。その目には、隠しきれない苦悩が滲んでいる。頭の中は明日香のことでいっぱいだ。東都中をひっくり返してでも見つけ出したい。そんな衝動に駆られる。そんなとき、ネットで見かけた一枚の写真が涼太の目を奪った。仏教の法衣をまとった女性が、真っ白な雪山へ歩み入っていく写真だ。その後ろ姿を見ただけで、彼の心はひどくかき乱された。涼太は夜のうちに、北嶺山地行きの飛行機へ飛び乗った。響音寺の正門は閉ざされ、雪山の頂にひっそりとたたずんでいた。寺の前に立っても、涼太の胸のざわめきは収まらなかった。ここは修行のための神聖な場所だ。普段は一般人の立ち入りを禁じている。門が開くのは毎月1日と15日だけ。その日だけは、各地からの参拝客を受け入れている。だが今日は10日だ。涼太は中に入れず、門の前で立ち尽くすしかなかった。それでも彼はその場を動こうとせず、じっと待ち続けた。寺があるのは標高が高い場所だ。一年中雪が残り、寒さも厳しく空気も薄い。日が暮れる前に山を降りなければ、涼太はすぐに凍え死んでしまうだろう。修行僧なら慈悲の心があるはずだ。まさか門の前で人が凍死するのを黙って見ているはずがない。空腹と寒さが限界に達したとき、ついに寺の門が開いた。数珠を手にした宗道が出てきた。「そこの方、中に温かいお茶と料理があります。まずは入って体を温めてください」涼太は凍りついた足を必死に動かし、急いで後に続いた。熱いお茶を一杯飲むと、胃のあたりがじんわりと温まってきた。若い僧が温かい料理を運んでくれたが、涼太は箸をつけようとしなかった。宗道は座布団に座り、木魚を叩きながらお経を唱えている中、涼太は寺の中を見回した。だが、あのよく知る女性の姿はどこにもない。彼は思った。​明日香は自分に会いたくないから、わざと隠れているんだ。すると宗道の手が止まった。「残念ですが、明日香はこの響音寺にはおりません」涼太は信じられなかった。「彼女は北嶺山地に戻ったんですから、ここにいるに決まっています!」明日香は響音寺で育ったんだぞ。ここは彼女の家だ。この寺以外に、明日香が行く場所なんてあるはずがない。宗道は静かな顔で答えた。「嘘で
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第15話

人は多いし世界は広い。涼太はどこから探せばいいのか途方に暮れ、激しい迷いに襲われた。彼は愛染堂へ足を運んだ。かつての思い出の場所を巡ろうと思ったのだ。愛染堂は、明日香と想いを通わせた場所だ。崖の柵には、二人の絆を示す縁結びの錠がかかっているはずだと彼は思った。しかし、涼太はその錠を必死に探したが、いくら探しても見つからない。近くでは、縁結び祈願に来た女子大生のグループが噂話に花を咲かせていた。「先週、きれいな女の人が自分で錠を壊してたらしいよ。手を怪我したのか、血がボタボタ流れてたって」「うわあ、怖い。やっぱ本気になりすぎると、裏切られたとき悲惨だよね!」それを聞いて涼太は目を見開き、激しい動転をし指先の震えが止まらなくなった。明日香がここに来て、自らの手で二人の誓いの錠を断ち切ったのだ。自分たちの間に、もう絆は残っていないということか。涼太は柵をきつく握りしめた。風に煽られた体はふらつき、立っているのがやっとだった。彼は慌てて女子大生たちに尋ねた。「その壊された錠は、どこへいったんですか?」女子大生たちは気味悪そうに答える。「どこって、捨てたに決まってるじゃないですか」涼太は息を呑んだ。「どこに捨てたんですか?」女子大生たちは変な人を見る目で彼を見つつ、断崖絶壁の方を指差した。「あの崖の下に放り投げたんですよ」すると、涼太は狂ったように柵を乗り越えようとした。その下は、底知れぬ谷底だ。幸いにもスタッフがすぐに気づき、彼を抑え込んだことで最悪の事態は免れた。だが、涼太は必死に暴れて抵抗した。「放して、あの錠を拾いに行かなきゃいけないんです!」あの錠さえ取り戻せば、明日香はきっと許してくれる。自殺騒ぎになっては大変だと、スタッフたちは慌てて警察に通報した。すぐに警察が駆けつけ、取り乱す涼太を取り押さえた。そのまま彼は、警察署へと連行されることになった。警察からの連絡を受けた霞は、急いで署に駆けつけた。そして、彼女は恨めしそうに言った。「涼太、もう何日も家に帰ってないじゃない」しかし、涼太は冷めた目で霞を見た。それはまるで赤の他人を見るような眼差しだ。霞は目を潤ませ、鼻をすすった。「一番愛し合ってた頃、ずっと一緒にいようって誓ったじゃない。幼馴染の絆は、後から現れ
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第16話

その夜、涼太の親友である黒崎潤(くろさき じゅん)が、彼のもとを訪ねてきた。潤は怒りにまかせて詰め寄った。「おい涼太、霞と入籍してまだ1ヶ月だろ。どうして離婚なんて言い出すんだ?彼女は心臓が悪いんだ。ショックを与えちゃいけないって、わかってるだろ?」涼太は淡々とした口調で言い返す。「どういう立場で、俺に説教しに来たんだ?」潤は涼太の胸ぐらをつかみ、怒鳴り声を上げた。「霞はひどく傷ついて、泣き通していたんだぞ。離婚の件、考え直せよ!」だが、涼太は至って平静で、口調も軽いものだった。「そんなに心配するなんて、もしかしてあいつのことが好きなのか?」図星を突かれたのか、潤は急に固まった。「ああそうだ。俺は7年間、ずっと霞が好きだった。でも、彼女にはずっとお前がいただろ」そう言いながら彼は涼太の顔を殴りつけた。「お前が俺の親友じゃなかったら、とっくに奪い取ってたさ!」潤はずっとこの想いを胸の奥に隠し、誰にも言わずにきたのだ。涼太は舌先で口の中を探ると、鉄のような血の味がじわりと広がった。本心を言い当てられ、逆上する親友を見て、涼太は思わず笑ってしまった。「俺たちが離婚すれば、お前にチャンスが回ってくるだろ?」潤は怒りで震えた。「もし俺が人の弱みにつけ込むような男なら、お前と霞が元サヤに戻ることなんてなかったはずだ」涼太が明日香と付き合っていたあの数年間、チャンスはいくらでもあった。だが、潤はあえてそれをしなかったのだ。涼太は表情を硬くした。「潤、お前は本当に霞のことをわかってるのか?昔は俺も理解しているつもりだった。でも、今はまるでわからなくなった」潤は目を赤くして訴える。「海外で霞がどれだけ苦しんだか知ってるのか?言葉も通じず、頼れる人もなく、そのうえ病気だぞ。彼女がどうやって耐え抜いたか?電撃結婚してすぐに離婚だなんて、霞の立場はどうなる?まるで彼女が他人の恋愛に付けこんだ悪者になったみたいじゃないか?」涼太は少し虚をつかれた顔をした。「そこまでは考えてなかった」軽率に離婚を切り出してしまったが、霞を傷つけるつもりなんてなかったのだ。確かに、配慮が足りなかったかもしれない。潤はさらに語気を強めた。「霞がこんなに苦しんできたのは、元はと言えばお前のせいじゃないか?彼女への愛が本物だったなら、
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第17話

一方でネットでバズっているあの写真は、旅系のインフルエンサーが投稿したものだったと涼太はその情報を掴んだ。彼はそのインフルエンサーに連絡を取り、写真にまつわる事情を聞こうとした。すると、相手は隠すことなく教えてくれた。「あれは北嶺山地を旅していた時に撮った写真で、写っているのは地元の人があがめる聖地、聖山朝霧ですよ。それで写っている女性は、その聖山を守る聖女なんですって」それから、彼は涼太に更に写真を送った。写真には、厳粛な顔をした宗道が写っている。剃刀を手に、若い女性の髪を剃り落としている場面だ。涼太は息をのんだ。剃髪されているその女は、自分が寝ても覚めても思い続けていた相手だったのだ。彼は慌てて尋ねた。「その女性は、今どこにいますか?」インフルエンサーは真実を言った。「さっきも言ったでしょう。写真の女性は、聖山朝霧を守る聖女になったんです。あそこは禁足地で、特別な運命を持つ女性しか入れないし、一度聖地に入ったら、二度と外には出られません」それを聞いて涼太はあまりにも衝撃で固まった。そして、彼は後悔と絶望に襲われ、体の力がごっそりと抜けていくのを感じた。彼はその場へ崩れ落ち、どうにか声を絞り出した。「その女性は、望月明日香という名前じゃありませんでしたか?」すると、相手の曖昧だった記憶が、徐々に鮮明になったように思い出して言った。「たしか、そんな名前だった気がします」それを聞いて涼太の頭が真っ白になり、耳鳴りがして、もう周りの音は聞こえなくなった。手の震えが止まらず、スマホさえまともに握っていられないほどだった。明日香が出家した日、それはまさに、自分と霞が結婚式を挙げた日だった。どうりで明日香が式場に乗り込んでこなかったわけだ。彼女はとっくに、過去のしがらみを断ち切る覚悟を決めていたのだ。聖山に入る直前、明日香は電話をかけてきていた。自分に別れを告げるために。けれど自分は、霞とのハネムーンの準備で頭がいっぱいで、「さようなら」の一言さえ言ってやれなかった。明日香は以前から、N国でオーロラを見たいと言っていた。だが自分は、そのたびに適当な理由をつけてあしらってきた。涼太は、苦しさに耐えきれずシャツの襟元を引きちぎるように緩めた。そうでもしなければ息が止まりそうだった。一体なにがきっか
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第18話

それから、涼太は地元の住民たちの制止を振り切り、無理やり聖山に入ろうとした。だが、聖山朝霧はこの地の人々にとっての聖域であり、神の宿る場所とされている。ゆえに、神を冒涜するような真似は断じて許されないのだ。そこで、住民たちが涼太を取り囲んだ。「ここは聖域だ!よそ者は立ち入り禁止されている、とっとと帰れ!」涼太は血走った目で、まるで囚われた獣のように唸った。「俺の恋人が中にいるんだ!通してくれ!」だが、住民たちは涼太の前に立ちはだかり、改めて警告した。「ここにあなたの探している人間はいない!これ以上聖山を汚すなら、容赦しないぞ!」しかし涼太は聞く耳を持たず、強引に聖山へ踏み込もうとした。すると、一際大柄な男が涼太の胸倉を掴み、見事な背負い投げで地面に叩きつけた。男は狼のような鋭い眼光を向けて言った。「俺たちの信仰を踏みにじる気か?」涼太は痛みに耐えて這い上がり、ただ真っ直ぐに前を見据えた。口から血を吐きながらも、その足は止まろうとしない。ずっと探し続けてきた女が、この聖山にいる。何としても連れ戻さなくては。見かねた住民たちは涼太を地面に押さえつけた。「聖山を荒らせば、神からの罰が下るんだぞ!」そう言っていると、ズズズと低い地鳴りが響いた。それは雪崩の予兆だ。それでも涼太は暴れて拘束を解こうとした。「聖山を守る聖女は俺の愛する人なんだ!」彼はうわ言のように呟いた。「彼女は怒ってるんだ。機嫌をとりに行かないと」その時、年老いた山の長老が山頂を見上げ、顔色を変えた。「まずい、雪崩が来る!神様がお怒りだ!祟りだ!」人々は一斉に聖山へ向かって跪き、神の怒りを鎮めるよう祈り始めた。大規模な雪崩が起きれば、北嶺山地の一帯が飲み込まれてしまう。涼太はその隙に拘束を振りほどき、雪山へと駆け出した。その光景に住民たちは驚愕した。「もうすぐ雪崩が起きるってのに、彼は死ぬ気なのか?」こんな時、いつ崩落が始まるか分からないから、誰も禁足地に踏み込む勇気はないのだ。この雪山は険しく、鷹ですら越えられない。小さなクレバス一つが命取りになるくらいなのだから、装備もなしに入れば、あっという間に遭難してしまってもおかしくないのだ。長老は聖山を見つめたが、涼太の姿は雪にかすんで小さくなっていった。「すぐ
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第19話

雪崩の発生直後、すぐに救助隊が山に入った。数十名の隊員が、雪山をしらみつぶしに捜索した。だが大切な時間を過ぎれば、たとえ雪に埋もれていなくても、寒さで凍え死んでしまう。雪崩の跡地は、至る所に危険が潜んでいる。岩に体を打ち付けたり、深いクレバスに落ちたりしていれば、助かる見込みは薄い。3日3晩探し続け、ようやく隊員は岩の隙間に人影を見つけた。足が氷の割れ目にがっちりと挟まり、救出にはかなりの時間を要した。一刻を争う状態だ。救助隊はすぐさま彼を病院へ搬送した。涼太が目を覚ました時、そこに会いたい人の姿はなかった。薄れゆく意識の中で見た姿は、ただの幻だったのだろう。それほどまでに、明日香を想い続けていたからなのかもしれない。足は血流が途絶えたせいで黒く壊死し始めていたから、切断するしかない、危険な状態だ。その事実に涼太は絶望し、頑なに手術の同意書にサインしようとしなかった。霞には分かっていた。プライドの高い涼太が、自分の体の一部を失うことなど許せるはずがないと。だから、彼女は医師にすがりついた。「先生、いくらかかってもいいんです!お願い、足を残してください!」医師は困ったように答える。「青木さんの足は広範囲で感染を起こしています。すぐに切断しなければ命に関わりますよ。どうか早めにご決断ください!」涼太は荒く呼吸し、震える手で近くにある物を手当たり次第に払い除けた。床に物が散乱し、あたりは惨憺たる有様だ。それを見た霞は彼を強く抱きしめた。「涼太、大丈夫よ。怖がらないで。私がずっとそばにいるから!」涼太の胸に恐怖が広がる。まるで崖っぷちに追い詰められた鹿の気分だった。前へ進むことも、後ろへ下がることもできない。まさに八方塞がりだ。明日香が指を失った時も、これほど絶望していたのだろうか。霞は何とか彼をなだめようとする。「気をしっかり持って、きっと良くなるわ!」だが涼太は目を血走らせ、自制心を失っていた。「出て行け!」と獣のように叫んだ。そこへ親友の潤が見舞いにやってきて、想い人がひどい扱いを受けているのを目撃した。彼はカッとなった。「おい涼太、なんで霞を怒鳴るんだ!足の怪我は彼女のせいじゃないだろ?八つ当たりすんなよ!」だが、涼太は燃えるような目で彼を睨みつけ、声を張り上
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第20話

手術後、ある日の真夜中、涼太は悪夢を見て飛び起きた。目が覚めると、自分ひとりだけがベッドに横たわっていた。そして辺りには時計の針が時を刻む音だけが響いている。ズボンの裾を触ってみるが、その先は空っぽだった。神様が残酷にも自分の両足を奪い去ったのだ。これからの人生は車椅子で過ごすしかない。かつて自分が残酷にも明日香の両手を潰した、その報いを受けたのだろう。もしあの時、嘘の手続きで結婚を偽装したりしなければ。こっそり避妊薬を飲ませたり、彼女が大切にしていた手を潰していなかったら、きっと今頃は、明日香と幸せな家庭を築けていたはずだ。明日香はとても美人だ。その血を引いた子どもだって、きっと可愛い顔になるはずだ。そうすれば、三人で手をつないで浜辺を歩き、打ち寄せる波や、朝陽が昇るのを眺めて……それはどんなに温かくて、素敵な光景だったろうか。自分が深く傷つけたから、彼女は去ってしまったのだ。涼太は不意に悟った。これからの人生、明日香が自分の前に現れることは二度とないのだと。結局、N国へ一緒にオーロラを見に行く約束も果たせなかった。本当に、悔やんでも悔やみきれない。涼太は潤の元を訪ねた。相手は彼を見るなり、驚いた表情を浮かべた。涼太はうなだれながら、正直に打ち明けた。「霞と籍を入れたのは、彼女を深く愛していたからじゃない。盛大な結婚式を挙げてやると約束したんだ。先生に余命宣告されていたから、彼女に心残りをさせたくなくて」潤は怒りのあまり、涼太の胸ぐらをつかみ上げた。「霞はお前と結婚できるって喜んでたんだぞ!幸せになれるって信じてたのに、その思いを踏みにじってどうしても離婚をするのか!涼太、お前はそれでも人間なのか?」涼太は張り詰めた顔で言った。「昔は自分の気持ちが分からなくて、一番大切な人を手放してしまった」彼は離婚協議書を取り出した。「もう自分に嘘はつきたくない。自分の幸せに向き合いたいんだ。お前も勇気を出して、好きな人にアプローチしろよ!」彼はそう言って、世界のどこにいようと、愛する人を探し出すつもりだった。だが、潤は手の中の離婚協議書を握りしめてクシャクシャにした。「結婚を何だと思ってるんだ。ままごとのつもりか?したいときに結婚して、飽きたら離婚して、霞の気持ちを考えたことがあるのかよ」
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