響音寺の境内は、読経の響きと人々の熱気で満ちあふれていた。そんな中、望月明日香(もちづき あすか)も本堂の座布団にひざまずき、ひたすらに祈りを捧げいた。「私、望月明日香は聖地へ向かいます。聖山を守り、二度と北嶺山地からは出ないことを誓います!」その傍らで住職の藤原宗道(ふじわら そうどう)は質素な衣をまとう明日香を見つめた。「聖山朝霧は、最後の浄土だ。足を踏み入れるなら、執着を捨て、人の情けも欲もすべて断ち切らねばならぬ」明日香が向かう聖山朝霧は、仏教の聖地だ。一旦聖地を守るために山に入れば、外の世界とは完全に切り離されてしまうことになる。それはつまり、青木涼太(あおき りょうた)とも、もう一生、二度と会えなくなるということだった。……明日香は幼い頃に両親を亡くし、響音寺で育った。5歳の時だった。両親とお参りに来た際に、恨みを持つ者の襲撃を受けたからだ。あの時両親は暴漢に殺されたが、彼女は仏像の台座の下に隠れて、奇跡的に助かった。ひとりぼっちになった明日香を見て、宗道が不憫に思い、引き取って育てあげた。18歳のとき、明日香は涼太と出会い、一目で恋に落ちた。当時、涼太は親が決めた政略結婚から逃げるため、北嶺山地へやって来て修行生活を送っていた。ある夜、明日香はこっそりと彼の部屋の扉を開けた。涼太は座布団の上で、数珠を指で繰りながらお経を唱えていたのだったが、その冷ややかで禁欲的な姿が、かえって彼女の心をかき乱した。明日香は思い切って涼太の膝にまたがると、白い指先で強引に彼の顎を持ち上げた。彼女のまとっている赤いドレスは薄く、なまめかしい身体のラインが透けて見えるほどだった。数十年も「いい子」として生きてきたけれど、彼女は一度だけでいいから、羽目を外してみたかったのだ。「青木さん、あなたはまだ未練があるでしょう?これでは、お経を読んでも心は静まりませんね」そう言って明日香は声をかけた。一方の涼太の目線は、雪山のように冷たく鋭く、どこか触れることさえためらわせるような威圧感があった。彼は瞳の色を少し沈め、低い声で警告するように言った。「神聖な場所で、罰当たりな真似はやめなさい。恥ずかしいと思いませんか?」しかし、そう言われても明日香はしなやかな身体を寄せ、艶めかしく涼太の腰に腕を回す。「人
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