あの日、美咲が輸血に連れて行かれて以来、彼女はまったく姿を見せなくなった。澪は、「きっとどこか旅行に行ったんだよ。あんなに大金を手にしたんだもん、浮かれて遊び歩いてるに決まってる」と言っていた。けれど、蓮は美咲がそんなふうに遊び好きな人間だと思ったことは一度もない。この三年間、彼女は家にこもりきりで、外に出ることもほとんどなかった。だが――彼女が金に執着することだけは否定できない。深夜、蓮はリビングの大きな窓の前に立ち、何度もスマホを手にしては、美咲の番号を開いてしまう。だが、発信ボタンを押す直前になると、いつもためらってしまう。――何を話せばいい?美咲が一番出たくないのは、自分からの電話だろう。そのとき、バスルームから水の音が止み、女の手が背後から蓮の目を覆い、耳元で甘える。「ねえ、私が誰だか当ててみて?」もちろん、誰かは分かっている。妊娠してまで自分に気に入られようと、澪は必死だ。けれど今の蓮は、そんな気分じゃなかった。「やめてくれ」蓮は、澪の手を無造作に払いのける。その背中を見て、澪は悔しさに奥歯を噛みしめる。この子どもは、蓮との間にできるよう細工した末に手に入れたものだった。実は、蓮は澪と関係を持つたびに必ず避妊していたが、美咲とは違っていた。子どもができれば、蓮は自分をもっと大切にしてくれると思っていた。だが、妊娠を告げて最初の数日こそ喜んだものの、美咲がいなくなってからの蓮は、どこか抜け殻のようだ。美咲。その名前を思い浮かべただけで、澪の顔に勝ち誇ったような色が浮かぶ。――きっと、もう死んでいるだろう。澪は蓮の前にしゃがみこみ、上目遣いで可愛く甘える。「ねえ、蓮さん。覚えてる?あの日、私があなたを助けたとき、何を約束してくれたか。私が何を頼んでも、必ず叶えてくれるって言ったよね」蓮は、こめかみを押さえながら、うんざりしたようにため息をつく。「覚えてるよ。あの日、澪が美咲に献血させてくれって言ったときも、俺はお前の願いを聞いてやったじゃないか」蓮は、あの「恩」を一生忘れるつもりはない。あのとき命を救ってくれたのは澪だった。それに比べ、美咲は自分が拉致された直後、すぐに自分を捨てて櫻木の元へ行った。このことを思い出すたび、蓮の心には今でも鋭い痛みが
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