「一回百万円。俺が飽きたら出ていけ」神谷蓮(かみや れん)は厚い札束を神谷美咲(かみや みさき)(旧姓:藤谷)の顔に叩きつけた。美咲は黙ってかがみ、床に散らばった札を一枚ずつ拾った。蓮は突然、狼のような勢いで飛びかかり、彼女の喉をつかんだ。「美咲、お前はどこまで堕ちれば気が済む。金のためなら何だってやるんだな。そんな見栄と金に取りつかれた女は、十八の頃に消えてればよかった」蓮にとって、美咲はこの世でいちばん卑しい女だった。金のために彼を捨て、金のために戻ってきた女。蓮は知らない。七年前、美咲が自分の命を代わりに差し出したことを。そのとき負った傷は深く、ずっと死と隣り合わせだった。蓮が冷酷に踏みにじる日々の中で、美咲は静かに、自分の残された日数を数えていた。……「藤谷さん、本当に死後の臓器提供にサインしますか?」診断書を握る美咲は、決意したようにうなずいた。「お願いします」診断書にははっきりと記されていた。脳内の血腫が視神経を圧迫しており、まもなく脳幹まで及べば助からない――余命は一か月。病院を出た瞬間、美咲のスマホが震えた。藤谷澪(ふじたに みお)からだった。【お姉ちゃん、蓮さんのスラックス汚しちゃって。予備をオフィスに届けて〜】語尾には、わざとらしく照れた顔文字が添えられていた。こんなメッセージは何度も受け取っている。美咲は無表情のままスマホをしまった。二歩ほど進んだところで、今度は蓮から電話が来た。「何してる。澪からのメッセージ見ただろ」「見たわ」「家からスラックスを持ってきて。すぐに」蓮は一方的にそう言い、冷たく電話を切った。半時間後、美咲は神谷グループ本社に着いた。社長室には蓮の姿はなく、ソファには脱ぎ捨てられた灰色のスラックス。白い跡が斑点のように浮き、部屋には淫らな匂いがこもっている。美咲の胸は強く殴られたように痛む。身体をこわばらせたまま、汚れたスラックスをつかんで袋に入れた。そのとき扉が開き、澪がゆったりと入ってきた。唇には自信たっぷりの笑みが浮かんでいる。「お姉ちゃん、遅すぎ。蓮さんの会議、潰れるとこだったんだから。でも、幸いにも蓮さんの予備のスラックスがあった……お姉ちゃん、その予備のスラックスがどこから来たか知
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