「お帰り、蓮司」玄関の扉を開けた瞬間、柔らかく迎える声が耳に届いた。顔を上げると、そこには和美祖母さんがいた。この家は桐谷家であり、本来なら和美祖母さんのほうが客人のはずなのに、その「おかえり」は不思議なほど自然で、まるで帰る場所そのものに声をかけられているような感覚になる。違和感がないどころか、むしろしっくりと胸に収まる。その理由を考えれば、おそらく和美祖母さんは、俺たちにとっての「家」そのものなのだろう。誰にとっても帰る場所であり、安心の基準のような存在。そして、その空気を桔梗もまた持っている。だから俺は、この家に帰りたくなる。桔梗がいる場所に帰りたくなる。「うん、ちゃんと“男”の顔になったわ」和美祖母さんが満足そうに頷く。その視線に含まれた何かを感じ取って、俺はようやく腑に落ちた。「武司を使って焚きつけてきたのは、祖母さんか」そう言うと、和美祖母さんは一瞬だけ目を丸くして、「どうして分かったの」という顔をした。それだけで十分な答えだ。「武司の言葉にしては、なんか……悟りに入ってたからな」「あらあら」俺が軽く肩をすくめて言うと、和美祖母さんはくすくすと楽しそうに笑う。その笑い方は昔から変わらない。人の心の機微をすべて見透かしたうえで、それでも優しく包み込むような笑みだ。「祖母さん」「なに?」疑問に思っていたことを、口に出してみる。「愛の告白って、やっぱりバラの花束が必要かな?」自分で言っておいて、柄じゃないと思う。そんな芝居がかったことをするタイプじゃない。けれど、それくらいの覚悟を持たないと、踏み出せないところに来ているのも事実だった。「それよりも、勢いでしょう。考えすぎると、言葉は全部嘘になるものよ」和美祖母さんはあっさりと言い切る。「桔梗さん、さっき台所にいたわよ」その一言で、背中を押された気がした。「それは分かる。いい匂いがしてる。この家、桔梗以外は全員、料理音痴の呪い持ちだから」思わず軽口が出る。この家で、この時間帯にキッチンから甘い匂いが漂ってくるとすれば、それは桔梗がいる証拠だ。料理の腕も、手際も、何よりその空間を優しく満たす空気も、桔梗のものだ。 * 廊下を進み、台所が見える位置まで来ると、そこに立つ桔梗の背中が目に入った。白いエプロンを身につけ、静かに手を動かしている。和美祖母さんに頼ま
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