All Chapters of 知らないまま、愛してた: Chapter 151 - Chapter 160

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3-7

 バンッ「桔梗っ!」.……びっくり、した。ううん、まだ、びっくりしてる……。とりあえず……。「……ごめんなさい、眠ってしまっていました」「そんなことは気にしないでいい……家に着いたら、起こすつもりだったしな」「家……」ルームミラーの向こう。見えるのは、桐谷邸のガレージ。だけど……シャッターが、開いてる。明けっ放しなんて不用心。強盗でも入られたら……っ!「誠司っ!」もしかして、強盗とか泥棒とかに入られたの? .「桔梗っ!」車から出ようと扉のノブに手を伸ばそうとした。でも、できない。蓮司さんの腕に力が籠っていて、手を伸ばすことができなかった。それどころか、逆に蓮司さんのほうに引き寄せられてしまう。「どうした?」「蓮司さん、誠司が……」何か、あったのかもしれない。そんなこと、想像するのもつらくて、先の言葉を続けられない。「桔梗、どうした? 誠司って……嫌な夢を見たのか?」「……夢?」蓮司さんの顔と、開いたままのガレージを交互に見る。「ガレージが……開いているから」「ガレージ……ああ……」蓮司さんが首を巡らせて、開いたガレージを見る。「ガレージはさっき俺が開けた。だから、安心していい」蓮司さんが……開けた……。体から、力が抜けた。「……大丈夫か?」「ごめんなさい。ガレージが開いていたから、てっきり強盗とか……想像を、してしまって……」大切な家族を害される想像に震える。私の体を、蓮司さんが宥めるように擦ってくれた。良かった……でも、それなら……。「さきほどの大きな音は……?」窓ガラスに鳥がぶつかったような、あの、大きな音は……。.「桔梗」周りを確認しようとしただけ。でも、蓮司さんの手が頬に触れて、その動きを止められた。「桔梗、アイツが来ている」来た?誰が?「会いたくないなら、会う必要はない。このまま、見なかったことにする」明らかに、蓮司さんは、私に見せないようにしている。その蓮司さんは、怖い顔で私が見ようとしていた方向を見ている。蓮司さんにとっては『私に会わせたく人』。蓮司さんが怖い顔を向ける、私に会いにくる人。思い当たるのは、一人。「父、ですか?」蓮司さんは頷く。「……どうする?」蓮司さんは暫く悩む様な素振りをみせたあと、選択肢を私にくれた。どうする……。
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3-8

もう、終わりにしよう。私があの夜の記憶に苦しむ日は、きっとまだ続く。例え……。「桔梗、どうした?」「え……?」蓮司さんの声に、そちらを見る。「笑う顔は可愛いから全く構わないのだが……どうした? 俺、変なことをしたか?」「違います。蓮司さんはいつも素敵です」ただの、思い出し笑い。でも、思い出して笑えるようになったみたい。「華乃に、あの夜のことを話したときのことを思い出していたんです」「……それは……」蓮司さんが、身体を固くして、身構えた。「もし私に、ドラマみたいな出会いがあって、ドロドロに溺愛されて、愛され尽くされても、あの夜のことを私は忘れられないだろうって」「……それは」蓮司さんが、言葉に困ったような顔をする。でも、責めたいわけではないの。「人生、何があるか分からないなって」私は、すぐ傍にあった蓮司さんの頬に口づけた。蓮司さんの顔が、驚いたものになる。……可愛い。「家政婦と御曹司。しかも、実は一夜の相手。私は蓮司さんと、まさにドラマみたいな出会いをしたなって思ったんです」蓮司さんが目を瞠る。「そして、私、蓮司さんにドロドロに溺愛されて、愛され尽くされているなって……思ったんです」蓮司さんに、どれだけ愛されても、ふとした瞬間に私はあの夜を思い出して悲鳴をあげる。あのとき、そう思った。でもあのときは、そんな女を愛せるわけがないと思った。例えそのとき「愛している」と言えても、それが何日も、何年も続けば嫌になるに違いないって。でも……。「でも予想と違いました。あの夜のことを、私は一人で悩むことはないんだなって」蓮司さんの顔が、真剣なものになる。「蓮司さんは、私の傍にいてくれる。何日でも、何年でも」「桔梗……」その獰猛と言ってもいい蓮司さんの目に、ゾクッとする。「デロデロに溺愛して、骨の髄まで愛しつくしてやる。明日も、明後日も、何日でも。何年でも、何十年でも、俺の息が止まるその日まで」息を飲む。心臓が止まってしまいそう。「……嬉しい」私が逃げたくなっても、それがどんな理由であっても、絶対に逃がさないでくれそうな蓮司さんの想い。籠に閉じ込めて、それでも心配だからと蓮司さんに雁字搦めに縛られてしまいそう。でも、それに感じるのは恐怖ではない。それに感じるのは幸せ。 .  *  .「桔梗が大変
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3-9

「蓮司さん」桔梗の声のしたほうを見て、桔梗の姿に息を飲む。どこぞの国の姫と言われても不思議ではない姿だ。エンパイアラインのワンピース姿は気品があり、春風を常に纏っている様な穏やかな桔梗によく似合っている。胸下で切り替えられたデザインは、古典的な優雅さを称えながらもどこか儚げ。懐妊中という一時の奇跡を強調するような、まだ膨らんでいないが桔梗のあの体に新たな命が抱かれているという事実が、華奢な姿に母親の強さを加えている。生成りの薄布で仕立てられた上半身は、柔らかな光を受けてほのかに透けている。宗教に全く熱心でない俺ですら”聖母”として遇したくなるほどの神聖さだ。 .袖の長さは短め。この服を選んだとき「家事をしやすそう」だと言った桔梗を思い出す。次の瞬間、そんな基準で服を選んだことを桔梗は恥ずかしそうだったが、俺はそれこそ服だと思う。機能面も含めて、自分に合う服を選ぶのは当然だ。家事をしやすそうだと一番に考えるところが実に桔梗らしい。襟元には小さな貝ボタンが一つだけ、控えめに輝いている。このボタンは、桔梗がサンプルを見ながら悩みに悩んでいたもの。桔梗は、お洒落が好きだと思う。何を着ても似合うのだが、自分に何が似合うか真剣に悩む桔梗はいつも楽しそうで、その姿を見るのがとても楽しい。「桔梗、とても綺麗だ。よく似あっている」「ありがとうございます」「桔梗の花を思わせる深い紫色が綺麗で、桔梗の芯のある美しさを引き立ていると思う」褒めると、桔梗は照れ臭そうに、嬉しそうに笑ってくれる。桔梗の照れ臭がる顔は可愛い。その嬉しそうな笑顔を見ることは俺の喜びであり、好きなことだが、かつての桔梗が褒められる境遇でなかったことを思うと胸が痛む。それも、これも……。 「お待たせしました」「お……」桔梗の声に応えかけた男は、俺の顔を見て動きを止める。桔梗のかつての不遇は、いま俺の目の前で、”お”の形の口をして、間抜けな顔を晒しているこの男のせいだ。”お”の音のあとは、「遅い」と続く予定だったのだろう。恐らく、それも恫喝で。でも、桔梗のあとに俺が入ってきたからやめた。全く、矮小の見本のような男だ。ああ……胸の奥で、なにかが確実に冷えていく。花嶺辰治。桔梗の父親であるこの男。正確には、”元”か。この男は、すでに桔梗を勘当しているの
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3-10

桔梗の母親である花嶺明美が亡くなったあと、花嶺貿易の業績は右肩下がりになった。ただ、貿易は他国の地政学的なものも絡むし、花嶺辰治自身が時代の寵児のような扱いを受けていたこともあって、誰も彼も「不運」で片づけた。花嶺辰治が、本人も気づかぬ間に被っていた”できる男”のヴェール。恐らく、ヴェールの存在にそれに花嶺辰治はまだ気づいていない。―― うちの仕事を手伝ってくれないか?だから、花嶺辰治は”手伝い”と言った。 「失礼だが、桔梗に手伝えというのは、花嶺貿易で仕事をしろということですか?」俺の問い掛けに、花嶺辰治は首を横に振った。ただ、その顔には動揺。”なぜ桔梗が必要か”にいま気づいたようだ。花嶺辰治は、隣にいる玲子夫人を見た。やはり、玲子夫人の入れ知恵か。玲子夫人は目を泳がせて、花嶺辰治の問いかける目を直視することを避けている。「玲子夫人?」逃がさない。俺は、玲子夫人に問い掛ける。「……桔梗に手伝ってもらいたいのは、花嶺家の、家のほうの仕事です」「まさか、花嶺家の家事をやれと? 俺の妻に、そんな家政婦のような真似事をさせるつもりですか?」「まさかっ!」早い否定は、それも、玲子夫人の中の桔梗にやらせることに入っていたのだろう。俺は、桔梗の向こうにいる花岡乃蒼を見た。俺の視線に気づいた花岡乃蒼は、にこりと笑って、手で首を水平に切る真似をした。なるほど。 花嶺家には住み込みで働いている家政婦が二人いたが、この二人は桔梗が花嶺家を出てすぐにその職を辞している。このとき辞めた花嶺家の家政婦を、家政婦を派遣している『コンシェルジュ・ド・ハウス』の花岡乃蒼がスカウトした。そして自分の顔面偏差値をフル活用し、二人から花嶺家のことを洗いざらい聞き出した。家政婦は、その家のことを本当に知っていると実感する出来事だった。彼女たちはよく知っていた。花嶺辰治の気まぐれな決定に困り、屋敷を尋ねてきた経理担当者の相談に乗っていたのは桔梗だった。玲子夫人の社長夫人の見栄と虚栄を、社交の場で穏やかに整えていたのも桔梗だった。仕事も社交も、花嶺家の体裁の全てを整えていたのは桔梗だったと彼女たちの証言から分かった。それにしても……。―― ポリエステルのパンツなんて履けるか! って怒られて、桔梗は夜中に父親のパンツを買いに行かされたらしい
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112

玲子さんが私を見る。その憎しみに満ちた目を”怖い”と思うのは、あの夜があるから。あの夜を思い出すたび、苦しむ私が、蓮司さんを苦しめる。玲子さんがいなくなったところで、私があの夜を思い出さないわけではない。でも、減る。 それに……ううん、言葉を飾るのはやめよう。私も、玲子さんを憎んでいる。唯一の家族である父に認められたい。その気持ちを、笑いながら踏みつけてくれた。父に思うところは、もうない。その気持ちは捨てた。でも、玲子さんへの憎しみが消えない。罵るのでは、足りない。引っ叩くでは、一瞬の満足感で、足りない。地獄に、突き落としたい。 こんな私を、蓮司さんはどう思うだろうか。復讐みたいな真似をする私を、知られたくはない。でも……。―― 頼む。俺の、傍にいてくれ。知られても、傍にいてくれるって気もしている。 「桔梗、何を言っている。確かに、お前は玲子にとってライバルの娘……」……父親の台詞に、ため息が出る。そこの認識が、間違っている。「悲劇のヒーローになどならないでください。政略結婚の妻と、愛人が、なぜライバル関係になるのです。お母様はあなたの愛など欲していませんでした」目的が違えば、立つ土俵が違う。そもそも、妻と愛人を同じ土俵に上げることがおかしいのだけれど。「それは、私が……」……愛に生きる男の辞書には『政略』という単語がない違いない。「あなたが、自分を愛するなと言ったから? 愛する者がいると、丁寧に説明をつけて」「そ、そうだ」「その認識が間違っています。な
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私が再生したのは、あの夜、花嶺家にかかってきた電話の音声データ。命令は突然。早口で、言ったら去っていく。確認は許されない。そんな環境だったから、私と家政婦として働いていた女性は常にICレコーダを持ち歩き、録音することがクセになっていた。電話は、自動で録音するようにしてあった。この証拠も、朝令暮改の見本のような三人だから、無いよりはマシという代物だった。言い間違えることもあるし。ポリエステルのパンツだって言うから買ってきたのに、綿だと言っただろうって怒られたことがあったもの。 花嶺家に務めていた家政婦さんの一人が、あの日の私の異常な格好を見て、何かあったに違いないとこの音声を保管しておいてくれた。善意か、今後何かしらの脅しに使えそうという悪意かは分からない。でも、彼女が乃蒼にそれを渡したから、こうして陽の目を見た。 『……日、午後十時五分』機械の音声が、あの日の録音だと証明してくれた。 「なんだ、これは……玲子、お前は、私と柾くんに桔梗はいつもの夜遊びだって……」いつもの、夜遊びね……。この人も柾さんも、そんなことを信じていなかっただろうに。そんな暇がないことは、私に仕事と家事をいろいろやらせていたこの人も分かっていたはず。ただ、都合が良かっただけ。そう言うことにしておけば、私に仕事や家事を押しつける罪悪感が減るから。柾さんは、桜子との浮気の言い訳ができる。どちらも、自己都合。 「ホテルに確認は取れています。この日、”花嶺”と名乗った私が案内される予定だった部屋にいたのは、桜子ではなく見知らぬ男性。白洲典正……ご存知、では?」花嶺辰治が首を機械的に縦に振る。「パ
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「玲子さん、なんでそんなに私を憎むんです」「……憎んで、なんて……そんな……」「嘘です」「……何の根拠があって、そう言うのかしら?」「あなたの私を見る目、私を憎んでいます」動揺を装う玲子さんの目が、本当の動揺で揺れた。「なんで……」「私には分かります。なぜなら、私もあなたを憎んでいるから。いまの玲子さんの目、私の目を見ているみたいです」 私の言葉に、玲子さんがギョッとする。不思議。なぜ、自分はやり返されないって思うのかしら。 「あなたが……」「何年も何年も、能力と時間と搾取されて続けていれば……憎みます。高校生の頃からですよ?」私は蓮司さんを見た。私だって、蓮司さんに善い人だと思われたい。でも、これも私。玲子さんのことで、私が怖がって、これ以上蓮司さんを苦しめたくない。 「私が父の愛を得たがっているなんて、それが不安だって……そんな嘘で、私が納得すると思いましたか?」玲子さんが、花嶺辰治を見た。確かに、花嶺辰治は長い間それを、自分の“愛”を巡って私たちがやりあっていると信じてきたのでしょう。違う。玲子さんの行動基準は、花嶺辰治への愛ではない。 「花嶺辰治は、あなたの理想の男ではなかったのではありませんか?」「それは……」「花嶺辰治は、”理想の男”の張りぼてに過ぎなかった」やっぱり。玲子さんは私の推測に驚かなかった。そんなこと、ではなかったということ。
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「……何が、悪いのよ」玲子さんが、呟いた。静まり返った室内に、ぽとんっと落ちてくるような、そんな声音だった。私も、誰も、すぐには口を開かなかった。”悪いこと”はたくさんある。これが悪かった。あれが悪かった。言いたいこと、たくさんあったはずなのに、言えない。ううん、違う。もう、言う必要はない。私は、恨み節を聞かせたかったのではない。それを聞いて、なにか私のために思ってほしいなど、二人に思っていない。ただ、玲子さんの”幸せ”を壊したかっただけ。玲子さんが、自分の幸せのために、私の幸せを壊したから。ただの、仕返し。だから……。「何か、言いなさいよ」……これに、答える義務は、私にはない。 「桔梗」蓮司さんの手が肩に置かれ、蓮司さんに引き寄せられる。その手は、いつもより強い。……疲れたなって気持ちはあるけれど、守ってほしいとかは思っていない。でも……甘えておこう。華乃も、私を見て”甘えちゃいなさいよ”と言っているし。 「私の……なにが、わるいの?」玲子さんの声は、泣き声でも怒鳴り声でもなかった。ただ、長い間押し込めていたものが滲み出るような、どろりと湿ったものだった。「……私が、自分を守って、何が悪いの」玲子さんは、私ではなく、夫でもなく、ただ、どこでもない場所を見つめている。「誰だってみんな、自分が一番大事でしょう?」(誰だって……)「誰だって、ではありません
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