All Chapters of 知らないまま、愛してた: Chapter 161 - Chapter 170

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「ま、待ってくれっ!」花嶺辰治が、扉の枠に手をかけて必死に抵抗している。長谷川さんの力なら剥がせるだろうけれど、遠慮しているのだろう。「頼む、話を聞いてくれ。少しの間でいい」「……どの面を下げて」蓮司さんが呆れた声を出す。私はもう抱え込まれるようになっている。「厚かましいにも、程がありますよ。桔梗があなたたちにされたことを知って、まだ”お願い”なんて」「それでも、本当に大変なんです!」蓮司さんが、深くため息を吐く。「会社の件、でしたっけ?」「あと、家のことです」……全部じゃない。 「お願いします。週に一日、いえ、二日。桔梗を花嶺家に……」「……なぜ、増える?」そうよね。蓮司さんに同意してしまう。交渉は、減らすのが基本。「それなら、せめて一千万円」「……”せめて”への繋がりが分からない。その一千万円の用途は?」「それは……」この時期に……一千万円……。「税金の支払い。督促状が届いているんですね」「そうだ」「それが払えない、と」「ああ……一千万円あれば、払って……」思いっきりため息が出た。「花嶺家が所有している財産はどうなさったのです?」「……あれは……」語尾がごにょごにょと、なにかを誤魔化すものになった。「売ってしまったのですね」私がため息を吐くと、蓮司さんが口を開く。
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「桜子なら、いまは柾さんと一緒に海外にいるわ」私の質問に答えたのは、玲子さんだった。玲子さんは大きくため息を吐く。そして自分の足でスタスタと、部屋の扉に向かった。「れ、玲子……」戸口にしがみつく花嶺さんを、玲子さんはジッと見る。その目は……。「桔梗がこの前、台所でゴキブリを見つけたときと同じ目をしている」蓮司さん……。「桔梗って、虫を見ると顔つき変わるよね。殺意が漲るというか」華乃まで……。「誠司君が庭で虫集めとかし始めたら、どうするの?」「……考えたくない」考えるだけで……ゾッとする。「そのときは、俺が相手するから」”それよりも”という感じで、蓮司さんが私と華乃の会話に割り込んできて、修羅場っぽくなりそうになっていたことを思い出した。 ……あら?「玲子……?」玲子さんが、ふいっと顔を動かして出口のほうを見る。その顔は……ああ、なるほど。「完全に、愛想が尽きてる」私の後ろで、ぽそっと華乃が呟いた。「私は帰ります。あなたは、好きなだけここにいてください」いえ、連れて帰って。……って、言ってしまいたい。「いっそのこと、泣いて縋ってみせたらどうです?」玲子さんが、私を見る。その目は、もうどうでもいい感じ。別にそれは構わないけれど、後始末を押しつけられる気がする。「そこに、あなたの孫がいるわけだし」……余計なことを。花嶺さんの顔に、光明がさ
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「機嫌が治ったか」蓮司さんが、政治を挟んで隣に座る。ベッドが大きく傾いて誠司の体が浮き上がる。それを見越していたのか、蓮司さんが誠司の体をひょいっと抱き上げて膝に乗せた。誠司が歓声を上げる。 「おこってないよ」「うん。でも、怒ってもいいんだぞ」「”おきゃくさん”なのに?」「我慢はしてほしい。パパもママも仕事があるからな」「うん」「でも、我慢したんだって、ちゃんとパパとママに怒ってくれ。そうしたら、パパとママはごめんって言える」「うん」「パパとママが”ごめん”って言ったら、誠司は”いいよ”と言ってくれ」「なかなおり?」「ああ、そうだ」 少しだけ間を置いてから、蓮司さんが、誠司と目線を合わせた。「誠司、怒っているか?」蓮司さんの真剣な目に、誠司は一瞬目を逸らしかけたけれど、ちゃんと堪えて、蓮司さんを見る。よく似た顔が、しっかりと向き合う。「うん」誠司の顔が、歪む。「だって、ずっと、まってた」誠司の声の、語尾の震えにジンッと来る。……朋美さんに、修理代の上乗せではなくて、倍額請求してもらおう。「悪かったな」子ども扱いしない声音。「お前を後回しにした。ごめんな、誠司」「ごめんね、誠司」沈黙。「いーよ」ニパッと音がしそうな笑顔。私たちが謝ったことより、仲直りできたことに喜んでくれている。私のほうが、嬉しくなってしまう。「よし、じゃあ、遊ぶか」蓮司さんも、嬉しそうだ。「何をして、遊ぶ?」「虫取り!」 !「虫集め、いく」&helli
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「家族会議を始める」俺の言葉に、誠司が「はい!」と元気よく手をあげる。その姿には心が温まるが……。「なぜ、こんなに参加者が?」 今日の議題は、昨日生まれた娘の名前について。――誠司と話し合って、蓮司さんが決めてください。桔梗にそう言われて、娘の名前について俺と誠司で話し合うつもりだった。それなのに……。「だって、気になるじゃないか。ねえ、雅美さん」「ええ。安心しなさい、私たちはオブザーバーだから」「……そのオブザーバーが多過ぎると言っているのだが」リビングのソファに座っているのは、俺と誠司、父と母、そして朋美。まあ、確かに、家族。 「ケチケチしないの」和美祖母さんが呆れた声でいい、紅茶を飲む。ビスケットを食って喉が渇いたに違いない。「それ、桔梗が作り置きしていったビスケットだよな?」「ケチケチしないの。誠ちゃんを見習いなさい」……誠司?「誠ちゃんはね、『和美祖母ちゃん、いらっしゃい』って歓迎してくれて、そして『どーぞ』ってビスケットをくれたのよ」「流石は桔梗さんの子だわ」由美祖母さんの言葉は、まるで俺の子ではそんなことをしないと言いたげな言葉。食い意地張ったDNAは、俺たちみんな一緒だろうが。「他の人に自分の分の食べ物をあげるなんて、奇跡の子だよな」「将来が楽しみね」武司と、桔梗の出産に合わせて帰国していた武美が頷き合った。 「パパ、赤さんの名前を決めないの?」誠司が俺の膝に乗ってくる。そうだな、オブザーバーがいくらいても構わない。決めるのは誠司と俺だ。「そうだな。誠司はどの名前が良い?」紙に書いた名前は、
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「ママ、いつ家に帰ってくるの?」「誠司があと四回寝たらだな」「……おひるねは?」強請るような目に、思わず顔が緩む。「分かっているだろう? お昼寝はノーカウントだ」膨れる誠司を抱いて立ち上がる。眠くなって、桔梗に甘えたくなったようだ。「おやすみ」「おやすみなさい」すぐに腕の重みが増した。今日は朝から病院に行って興奮したんだろう。 「蓮司様」長谷川がきて、誠司を見て動きを止める。……誠司には聞かせたくない話か。「部屋で寝かせてくる」俺は誠司の部屋に急ぎ、ベッドに寝かせる。一度眠るとあまり起きない子だから心配いらないと思うが、今日は桔梗がいない。眠るときに桔梗がいないことは何度かあるが、いま桔梗がいるのが病院であることが不安なのだろう。妊娠・出産は病気ではない。でもそれは、大人の理屈。子どもにとっては病院は怖いところだ。最近は使わなくなっていたベビーモニターのスイッチを入れる。そして布団を誠司の肩までかけると、俺は廊下に出た。「何があった?」「吉川凛花が来ています」「ここに、か?」「応接室に通しました」「なぜ入れた?」俺の問いに、長谷川は言いにくそうな表情をする。「長谷川?」「ご自分の目で見られたほうがいいかと」「つまり……会ったほうがいい、そういうことだな」「はい」大きなため息が出た。いま家にいる者たちを思うと、凛花とは会わせないほうが絶対にいい。母さんあたりが冷たく叩きだすだろう。朋美は塩をまきかねない。それでは何で来たのかは分からない。「誰にも気づかれるな。俺は誠司
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「そうですか」……なんだ?おかしい……。以前の凛花なら花嶺桜子の件で、俺が桔梗に言っていないことを良いことに、俺を脅してきただろう。だからここは、悔しがると思っていた。しかし、凛花は平然としている。つまり……本題は、これからなのか? 「これを見ていただけますか?」”見る”?そう言えば、長谷川が先ほど自分で見たほうが良いと言っていた。無意識に、俺の視線は長谷川に向いていた。目線を凛花に戻すと、凛花の顔は醜悪さが増した満足気なもの。「これ、桜子さんが送ってくださったものをプリントアウトしましたの」花嶺桜子が?「どうぞ、見てくださいませ」凛花は鞄から紙を取り出し、俺に渡した。……なんだ?「……っ!」開いて見えてきたものに、驚いて俺は息を飲む。凛花が声をあげて笑う。「驚きましたか?」「これは……」「桜子さんが送ってくださったの」「何のために?」「さあ……復讐かしら? 私も桜子さんも、桔梗さんを恨んでいるもの」 桔梗……。俺の手の中にいるのは、桔梗のヌード写真。顔には影がかかっていて細部までは分からないが……これは、桔梗だ。男が恋人の裸を撮ったような、卑猥な感じの写真ではない。写真の中の桔梗は、グラビアモデルのような、男の欲を刺激するような煽情的なポーズをとってはいない。ただ、服のはだけ具合や陰部の隠し方など、なにかの”指導”が入ったもののように感じる。多分、男。でも欲望めいたものより、どこか商業的……いや、芸術的と言っても、いいかもしれない。……芸術。―― ヌードモデルは理科室の標本くんと一緒。いつだったか、朋美が家に連れてきた美大の友人たちとそんな話をしていた。なるほど、ヌードモデル。そう言われると、しっくりくる。でも……桔梗が、ヌードモデル? 「これを、どこで?」「桜子さんによれば、『猫の店』のオーナー室に飾ってあったそうですよ」「『猫の店』……白洲典正か」凛花がにこりと笑う。「桔梗さん、お金に困っていたようだと感じたけれど、あの白洲典正さんの愛人でしたのね」「愛人……だって?」「他人のものを盗ることに抵抗がないのは、昔からなのね」……いや、落ち着け。桔梗と白洲典正の間に、面識があったかどうかを確かめなくては。あの事件があっ
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「長谷川」「はい」「放り出せ」凜花の「蓮司さんっ!」と憤った声がするが、知るか。立ち上がった俺を、長谷川が制した。「誠司様のところに?」「ああ」癒しが欲しい。いや、浄化か?「……羨ましいです」長谷川も、浄化したいよな。 長谷川は子どもが好きなようで、誠司を“雇い主の子ども”だからと守る以上の熱意で誠司についている。今回の桔梗の入院では、不安がる誠司の傍にずっとついている予定だった。それが、凛花が原因でこうして引き離されては、こうもなるだろう。そう言えば……。「長谷川は独身だったよな?」「いいご縁がないので」ご縁……俺は思わず凜花を見た。「いいご縁がなく、です」これは、俺が悪い。「すまん……」長谷川が深くため息を吐いた。「蓮司様が羨ましいです。一度はハズレくじを引きかけたのに、なんだかんだと超弩級の大当たりを引くのですから」長谷川がまたため息、先ほどのよりも深い深いため息を吐く。「家事が一切できない、特に料理が壊滅的な蓮司様に比べて、家事全般及第点以上の私になぜ“いいご縁”がないのでしょう」長谷川が凜花を見て、ため息を吐きながら首を横に振る。長谷川に“お断り”と言われた凜花は「ちょっと!」と喚いたが、長谷川は無視した。「ボディーガードという仕事のせいでしょうか」「ボディーガードの恋愛率は高いだろう」「皆様が生後一日の茉白様とボディーガードの恋愛を心配するくらい、ボディーガードと護衛対象者の恋愛率と不倫率は高いですよ」「不倫率もか」「体目当てですよ。仕事柄、筋肉と持久力はあ
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「失礼します」自宅にある執務室の扉が静かにノックされ、武司と長谷川が揃って入室してきた。俺は書類から目を上げる。「どうだった?」「はい。サイバー犯罪課の知人から聞いた吉川凛花の件、第一報です」元刑事だった長谷川の知人が上手く動いてくれたようだ。俺は、長谷川が机の上に置いたタブレットを覗き込む。画面には時系列で整理された調査記録があった。無機質な報告書の形式――だが、その内容は十分に一人の女の人生を破滅させていた。「例の写真の出所、特定できたんだな」「花嶺桜子のアカウントおよび契約している端末から、吉川凛花のアカウントに送信されたログが確認されました。さらに、吉川凛花の、クラウド上への保存履歴もありました」「拡散は?」「確認されていません。投稿文の下書きが三件。いずれも作成日時は、桐谷邸に来る直前でした」「……脅しに乗れば、拡散をやめるつもりだったのかな?」「下書きには【夫の元妻】とありましたので、いずれにせよ拡散するつもりだったと思われます」どちらにせよ、俺のやることは変わらない。吉川凛花がどんなつもりだったかなど、関係ない。「ふうん」と気のない返事をして、指先でタブレットの画面を送った。出てきたのは、報告を受けたSNSの投稿の下書き。「慣れてるな」桔梗の名前を隠しつつも、明らかに連想させる文言。ハッシュタグ。炎上誘導のテンプレート。まとめサイトを想定した構成。周到だ。「弁護士に連絡は?」「すでに連絡してある。証拠保全済み。未遂でも、罪は成立するそうだ」武司からの報告に、俺は短く息を吐いた。「長谷川、他には?」「吉川凛花の愛人の資金の流れを確認。口座を三つ経由していますが、反社会組織のダミー会社に送金していました。すでに警察が動いています」「そうか」事態は淡々と進んでいる。
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吉川凛花のことが片付いても、俺には考えることがあった。桔梗の母親、花嶺明美と白洲典正の関係。花嶺明美と白洲典正が男女の関係にあったとすれば、あの写真が撮れた理由にはなる。そして、白洲典正が『猫の店』のオーナー室にあの写真を飾っていたとすれば、芸術的に気に入っているという可能性もあるが、花嶺明美に未練がまだあると仮定もできる。この仮定があると、白洲典正が”花嶺明美に瓜二つ”の桔梗に執着した理由が分かる。執着、は間違いない。白洲典正が、桔梗との一夜に大金を出したこと。それが白洲典正が桔梗を襲った理由だと思っていた。しかし、公共の場で薬を使って桔梗を攫ったことは、金を出した権利を行使するつもりにしても、常軌を逸した行動だとは思っていた。それが、引っかかっていたと言ってもいい。何しろ、花嶺玲子と契約した当時の桔梗は未婚だったが、攫って襲おうとしたときの桔梗は俺と、桐谷家の直系である俺と結婚していた。でも、その常軌を逸した行動の理由が”執着”ならば、納得できるところもある。 「蓮司、桔梗さんの母親の花嶺明美は白洲典正と不倫関係にあったのだろうか」不倫……。あの写真に写っていた花嶺明美は、若いくらいしか分からない。調べてみると、花嶺明美が花嶺辰治と結婚したのは、花嶺明美が二十二歳のとき。あの写真では、撮られたのが花嶺明美の結婚前か後かまでは、分からない。いや、そもそも……。「花嶺明美が不倫していたかどうかは、俺たちには関係ない」「桔梗さんが知ったら、ショックを受けないか? ……話すのか?」「話す。桔梗に隠しごとはしない。懲りたからな」「……あの写真のことから、話すことになるぞ」「仕方がないことだし、対策として必要でもある」「対策?」「俺たちにできたのは、花嶺桜子が吉川凛花に送ってきた写真のデータを削除したことだけだ。花嶺桜子の手にはその写真のデータがあるし、なによりも白洲典正の手に写真の現物がある」そして……。「花嶺桜子がそれを見れたということは、錦野柾がそれを見た可能性は高い。つまり、写真の存在を知っている者が桔梗の関係者にいる以上、桔梗はそれを知っておくべきだと思う」「ショック、だろうな……俺も、母親のとか、想像したくないし……」「俺もだ……」「……朋美を同席させるか?」「朋美? なぜ?」
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