Semua Bab 知らないまま、愛してた: Bab 171 - Bab 180

224 Bab

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石川先生とは、彼の自宅兼アトリエで会うことになった。一度行ったことがあるという和美祖母さんに事前情報として尋ねたら、「都心にあるとは思えないところよ」と教えてくれた。場所は、幹線道路からわずか一本入っただけのところ。近くに駐車場はないということで、武司に送ってもらう。信号の電子音。すり抜けていくバイクの排気音。歩道から聞こえる、誰かの笑い声。車を降りる瞬間まで、俺は東京の音に包まれていた。それなのに――。「確かに、都心にあるとは思えない」黒塗りの木の門の前に立つと、それらはすべて失われた。そこにあるのだが、遠くにあるような感覚だ。木の門は、高くもなく、威圧的でもない。むしろ古びており、門だけを見れば桐谷邸のほうが威圧的だ。でも、磨き込まれた艶のある欅の扉を押すのに、少しだけ躊躇いを感じる。扉が刻んできた長い年月に、俺自身が刻まれる気がした。石川先生がここに居を構えてまだ三十年も経っていないが、この屋敷は人間国宝だった石川先生の祖父が石川先生に譲ったものらしい。表札も小さく、「石川」と書かれた文字の墨の掠れが味になっている。 ―― 呼び鈴を押しても出るのが面倒だから、勝手に入っておいで。セキュリティのガバガバさが気になるものの、俺はインターホンを押さずに引き戸に手をかけ、横へ滑らせた。一歩、足を踏み入れる。敷石の小径がまっすぐ伸びている。案内がなくても分かるとは、こういう意味かと、納得しながら石を踏む。石の間隔が、わずかに広い気がする。俺の歩幅が、自然とゆっくりなものへ変わっていた。急げない。でも、それでいい気がする。急ぐ気は失せている。小径の両側には背の高い塀ではなく、低い竹垣。遮断ではなく、視線を柔らかく遮るようなもの。竹の節の影が午後の光を受け、地面に細い縞を落としていた。どこからか、水の音がした。視線を巡らせて、小さな手水鉢があると気づく。筧から落ちる一滴が、石に当たり、間をおいて次が落ちる。規則的でも不規則でもない間。時計では測れない時間の刻み方。「あれは……」手水鉢の中で、紫色が揺れていた。目を凝らしてみると、桔梗の花。思わず手を鎮めると、つるりとした花弁の感触。「……造花」花手水ということだろうか。でも、一輪で? ゆっくり歩いているせいか、思考が石川先生のことにな
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石川先生は回れ右をすると、俺を見ることなく歩きはじめた。ついてこい、ということだろう。黙ってついて行くと、建物が見えた。平屋だ。でも、妙に奥行きがある。庇のある木の引き戸のある玄関を、石川先生は通り過ぎる。あとを続きながら、俺は横目で建物を観察する。曇りガラスで、内側は見えないが、なんとなく生活感が漂ってくる。建物の裏に回るような形になると、渡り廊下が見えた。細い屋根が、隣の建物に繋がっている。あそこが、アトリエだろうか。壁は白漆喰、窓は小さく、外から中の気配は分からない。ただ窓ガラスは透明で、障子越しに中の光が透けて見える。渡り廊下を歩いていくと、また、木の扉。でも、先ほどの玄関の扉に比べて新しく、角には警備会社のステッカーが貼ってある。石川先生は先ほどここからきたのだろうか。鍵のかかっていない扉。石川先生は無造作に開けて、中に入る。石川先生は、後ろを振り返らない。俺も、黙って後に続く。 中に入った室内は、静かだった。ただ、なにかが変わった。引き戸を越えた瞬間、空気の質が変わった。外の静寂が「音がない」静けさだとすれば、ここは「管理された静けさ」だった。生活の匂いがない。木の床は艶を持ちながら乾ききっており、全てが管理されているようだった。 「ここから先は……ここで、靴を脱いでくれるかな」久し振りに言葉を発したような、石川先生のかすれた声。それに促されるまま、俺は靴を脱ぐ。足裏が板に触れた瞬間、ひやりとした感触が走った。「ここは、準アトリエと言えばいいかな。マネージャーとの打ち合わせとかは、ここでしている……申しわけないね、黙ってここまできてしまって」「いえ…&helli
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「さて、話だったよね」石川先生が部屋の真ん中に、胡坐をかいて座る。真正面は例の、不自然に空いた何もない壁。「どうぞ」そして、隣をポンポンと叩いた。俺はそこに座る。俺の視線の左、一番左側の絵の女は静かに微笑んでいた。穏やかで、落ち着きがあり、柔らかい光を含む眼差し。理想的な気品がありつつも、誰もが安心を覚える表情を浮かべている。喜怒哀楽の「喜」。 そして、俺の正面にいる二枚目の女は、眉をわずかに寄せている。怒りではない。拒絶でもない。――試す表情だ。見る者を選別、踏み込めるかどうかを量っている眼。喜怒哀楽の「怒」。 そして、目測で計った限り、一枚分を空けたその先。三枚目の女は目を伏せている。指先だけが、衣の端をわずかに掴んでいる。触れてほしいのか。触れてほしくないのか。境界が曖昧な表情。胸が締め付けられるような静かな弱さ。喜怒哀楽の「哀」。 三枚目の向こうの四枚目の女は、笑っている。でも、喜びは感じられない。どこか空虚で、諦観を含んだ微笑。すべてを知り、すべてを見透かした者の笑み。安らぎというより、悟りを開いたような、到達の笑み。喜怒哀楽の「楽」。 ……なんだ?「……前に見たときより、なにかが変わった……?」四連花は、有名な絵だ。石川先生と面識を持つ前も、美術館の特別展示などで何度か見たことがある。だから、生の迫力というわけではない。つまり……絵が、変わった?……それは、まるで生きているようでは&
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「明美が僕の昔の恋人で、焼け木杭には火が付いて不倫関係になったと思っている?」ストレートの問いだが……。「はい」なぜならそれは、恋愛小説のテッパン。 「僕は石川家の三男として生まれた。長男や次男の兄たちのように期待されていなかった気楽さから、僕はよく祖父の家、この家に頻繁に出入りしていたんだ」石川先生は、床板を撫でた。「祖父と西園寺の先々代当主が親友で、西園寺の先々代当主は明美を連れてよくここに来ていた。ここは元茶室で、僕と明美はよくここで遊んでいたんだ」「幼馴染」それもまた、恋愛小説ではおなじみの設定。「僕は十歳で、明美はまだ七歳。明美は、僕にとって”妹”だった」当時を思い出したのか、石川先生の顔が慈しむものになる。「女の子の成長は、すごいね。僕のあとをついてまわっていた小さな妹は、十歳を超えると急に背が伸びはじめて、大きくなったなと感じる間もなく”女”になっていた」でもね、と石川先生は苦笑する。「それでも、僕にとっては”妹”だった。胸が膨らみ、腰が絞られ、顎が細くなって、その姿から幼さが消えても、”妹”であることは変わらなかった」石川先生が、一息つく。「僕も鈍くはない。明美が僕に恋情を抱いていることには気づいていた。でもそれは、年上の男に憧れるようなものだと思っていた。だから、僕は明美からの告白を断った。絵に集中したいって気持ちもあった」「男の恋情が育つのは、遅いですからね」
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「それは……」”愛情”で、ではないのではないか?楽になりたかった、花嶺明美。楽にしてあげたかった、石川先生。愛情とは、相互の思い。この二人の場合、互いの思いが、同じ形をしていたとは思えなかった。「当時は、明美に抱いたのは同情だった……抱く直前までは、確かに同情だった」石川先生は最後の一枚、「喜」の絵を見た。遠くを見る目だった。思い出しているというより、今もそこにあるものを眺めているような目。「僕の腕の中で女になった瞬間……あの瞬間、明美が見せた表情は、とても綺麗だった……ずっと探していた、僕の絵に足りない何かを見つけたと思った」「……絵?」その瞬間に、考えたのが……絵のこと、とは。これが、芸術家なのか。それとも、こうだから芸術家なのだろうか。「あのときほど、絵を描きたいと思ったことはない。僕は画材を持たずに日本に帰ってきたことを、心底悔やんだ。仕方がなく、その姿は写真におさめるしかできなかったけれど」「……写真?」俺の声を咎めていると勘違いしたのか、石川先生が首を横に振った。……珍しく、焦っている。「違うよ、ポルノとかじゃないかな。何というかな、もっと芸術的なやつで、性行為や裸を露骨にしたものじゃなくって」「……分かりました」芸術的……やはり、あの写真のことであっていそうだ。思い返せば、写真のことを相談するつもりで、俺はここに来ていた。でも、話が二転三転して、意外な方
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「蓮司君」準アトリエを出て、外で庭を眺めていたら、石川先生に呼ばれた。「なぜ、こんなところに?」「トイレの場所が分からなかったので」石川先生に時間が必要だった理由を、俺の理由にする。目元にまだ残る湿り気にも、気づかない振りをする。「君の用事がまだだったね。今度は、こっちでコーヒーを飲みながら話そうか」「そうですね」あの霊廟のようなアトリエにまた足を踏み入れることにためらいがあったので、俺は石川先生の提案を二つ返事で受け入れた。 通いの家政婦だという初老の女性が部屋を出ると、その場は静寂が満ちた。開け放たれた窓から見える庭の景色。机の上で立ちのぼるコーヒーの湯気。時間が流れていることは確かだが、話の切り口に俺は躊躇してしまう。「今日、石川先生を訪ねたのは、写真について相談があったからです」「……写真?」石川先生の目が、警戒したものになる。「写真をお見せする前に、俺がこの写真を手に入れた経緯を説明します」石川先生が静かに頷く。「この写真は、俺の元婚約者である吉川凛花が”脅迫材料”として俺のもとに持ってきました」「脅迫とは……物騒だね」「ええ、物騒でしたのできちんと処理しました。ご安心ください」「桔梗さんと誠司くんに害がなければいいよ」
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戻ってきた石川先生は、大きな箱を手に持っていた。石川先生は、箱を俺の前に置いた。覗き込むと、中に入っているのは……和紙?「見ても?」そのために持ってきたのだろうけれど、俺は一応石川先生に確認をとった。石川先生が頷いたので、俺は一枚を手に取って広げる。そこに描かれていたのは、衣を持たない女だった。露骨な裸体ではない。ラフなデッサンのように、線も極端に少ない。陰影もわずか。色は、隅に少しだけ。色を乗せて、後悔してやめてしまったようだ。制作の途中。でも、この絵は完成することはないだろう。中途半端。それなのに、目を逸らせない迫力がある。色をのせていないのに、女の肌には質感がある。触れたら、温度を感じそうで、まるで呼吸をしているようにも見える。そして――。「この構図……」絵の構図は、俺のスマホが映している写真と同じものだった。 「明美の結婚式の後、僕はパリに戻った」「……パリ」パリは、白洲典正の画廊がある都市。白洲典正の経歴と、石川先生の経歴を合わせれば、この頃には白洲典正の画廊は欧州でそれなりの評価を得ていたはずだ。「僕の住んでいたアパルトマンは画家の卵たちの集まりが大勢暮らす場所で、あちこちから絵の具や溶剤の臭いが漂ってきた。明美を抱いたときから沸々としていた描きたいという思いがそこで爆発した」石川先生は、遠い目をする。「僕は、明美の絵を描き続けた。何日もろくに眠らず、十年以上前の明美の顔も思
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蓮司さんと石川先生って、こんなに仲がよかったかしら?「石川先生、コーヒーにミルクは?」蓮司さんが、石川先生にミルクと砂糖を乗せたトレーを近づける。「ありがとう、いただくよ。いやあ、桔梗さんの淹れるコーヒーはやっぱり美味しいね」……石川先生、まだ飲んでもいないのに。この様子……。「お二人は、一体何をやらかしたんですか?」「「え?」」蓮司さんと石川先生がビクッと震える。この二人……なんか、似ているわ。「……蓮司さん?」「違う! 俺は、何もやっていない」”俺は”。「石川先生……?」石川先生は私から目を逸らし、また私を見て、また目を逸らした。「僕の話に、桔梗さんはショックを受けると思う」それが嫌で、言いよどんでいたみたい。でも、話すしかないのだから、早く話してほしいと思う。言い出しにくい、のかしら。それなら……。「石川先生とお母様に、なにかしらの関係があったということですか?」「……どうして」どうしてって……。「先生、時々私のことを”明美”って呼ぶので」「……え? そうなの?」私は頷く。「無意識に間違えたって感じでしたので、あえて訂正する必要はないかなって。それに……」「”それに”?」「先生の”明美”って呼ぶ声音が……」思わず、蓮司さんを見てしまった。蓮司さんが、首を傾げる。「蓮司さんが、私を呼ぶ声の感じと似ていたので……そう、だったのかなって」「「……なるほど」」二人の声が、ハモる。二人とも、照れ臭そうに口元を手で覆って……本当に似ているわ。母と娘って、男性の好みが似るのかしら。「桔梗さん……その……明美、さんの……浮気を……僕を……」石川先生の言いたいことを、推察してみる。
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「こんな写真が……どうして……」「それについては、私の責任だ。諸事情は端折らせてもらうが、この写真を撮ったのは僕なんだ」……石川先生が?「絵を描くための資料、誓ってそのために撮ったんだ」「……そう、ですか」その状況が、お母様と石川先生の中でどうだったのかは分からないから、私からは何とも言いようがない。仮に恋人たちの……刺激を求めるための行為だとしても、だ。……落ち着こう。「この写真を、どうして吉川凛花さんが持っていたのかは分かっているのですか?」「この写真は、以前石川先生が暮らしていたパリのアパルトマンから、他の絵と共に盗まれたんだ」「盗まれた……」吉川凛花さんが、盗んだ?……いえ、時期があわない。なにかの特番で、石川先生が日本にアトリエを構えて二十年以上たっていると聞いている。パリのアパルトマンで暮していたのは、二十年以上前となる。吉川凛花さんは、まだ子どもだ。「犯人は、分かっているのですか?」石川先生は、蓮司さんをチラッと見る。蓮司さんは、石川先生に頷き返す。「桔梗、俺たちは石川先生のアパルトマンに盗みに入ったのは白洲典正だと思っている」……白洲、典正?「なんで、あの人が……?」白洲典正のことを思い出すと、襲われかかったことが思い浮かんで、私の息が乱れる。体が震える。蓮司さんが立って、私の隣に来てくれた。肩を抱き寄せられて、蓮司さんのぬくもりと、匂いに、ホッとする。「……思っているということは、証拠はないということですか?」思ったよりも、落ち着いた声がでた。蓮司さんも、それに気づいたのだろう。私を抱き寄せてくれる手の力が緩む。「大分昔のことだし、当時のアパートはセキュリティらしいセキュリティがなかったから、警察も自業自得って感じであまりまともな捜査はしてくれなかったんだ」「吉川凛花が俺にこの写真を見せなければ、白洲典正に盗まれたのかもしれないという仮説すら立てられなかった」吉川凛花さん……。なぜ、は分かる。この写真を使って、私を貶めるか、私を貶めると脅して蓮司さんを手に入れようとしたのだろう。吉川さんが、いま置かれている自分の状況に納得していないことは聞いていた。一度蓮司さんが手に入りかけた分、私への憎しみは相当なものだろうから注意するよう、お義母様から言われてもいる。私、もしくは蓮司さ
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「桔梗にはショックな話が続く……悪い」謝るということは、聞いておきべきことということだろう。「話して、ください」「吉川凛花と俺の婚約だが、表向きはいろいろ理由を述べたが、実際のところは俺は吉川凛花に責任を取るために婚約したんだ」「責任を取るって……」それって、つまり……。「違う、俺と吉川凛花に体の関係はない。ただ、俺は……あの夜、薬を飲まされたあの夜に、乱暴したのは吉川凛花だと、吉川凛花から聞かされたんだ」 !「なんで……」「吉川凛花は……あの夜、ホテルにきて“花宮”と名乗り、俺のいる部屋番号を告げられた桔梗の鞄にICレコーダーを仕込んだんだ」「IC、レコーダー……」それって、あのときの行為が……。 ヒュウッ「ぐうっ……」「桔梗っ!」息が詰まり、次いで襲ってきた吐き気に体が丸まると、蓮司さんが背中を撫でてくれた。「げえ……っほ」「桔梗……吐いたほうがいいか?」「いえ……このまま、撫でていて……」蓮司さんに縋るように、体を支えてくれる蓮司さんの腕をぎゅうっと掴む。痕になってしまうかもしれない。そう思うのに、力を弱めることができない……。 深呼吸を繰り返し、少し胃が落ち着いたところで、蓮司さんに続きを促した。蓮司さんは躊躇したようだったが、一つ深呼吸すると話を続けた。「桔梗が武司を見たことをキッカケに、あれが俺だと知って倒れたことで、俺は吉川凛花の嘘が分かり、吉川
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