石川先生とは、彼の自宅兼アトリエで会うことになった。一度行ったことがあるという和美祖母さんに事前情報として尋ねたら、「都心にあるとは思えないところよ」と教えてくれた。場所は、幹線道路からわずか一本入っただけのところ。近くに駐車場はないということで、武司に送ってもらう。信号の電子音。すり抜けていくバイクの排気音。歩道から聞こえる、誰かの笑い声。車を降りる瞬間まで、俺は東京の音に包まれていた。それなのに――。「確かに、都心にあるとは思えない」黒塗りの木の門の前に立つと、それらはすべて失われた。そこにあるのだが、遠くにあるような感覚だ。木の門は、高くもなく、威圧的でもない。むしろ古びており、門だけを見れば桐谷邸のほうが威圧的だ。でも、磨き込まれた艶のある欅の扉を押すのに、少しだけ躊躇いを感じる。扉が刻んできた長い年月に、俺自身が刻まれる気がした。石川先生がここに居を構えてまだ三十年も経っていないが、この屋敷は人間国宝だった石川先生の祖父が石川先生に譲ったものらしい。表札も小さく、「石川」と書かれた文字の墨の掠れが味になっている。 ―― 呼び鈴を押しても出るのが面倒だから、勝手に入っておいで。セキュリティのガバガバさが気になるものの、俺はインターホンを押さずに引き戸に手をかけ、横へ滑らせた。一歩、足を踏み入れる。敷石の小径がまっすぐ伸びている。案内がなくても分かるとは、こういう意味かと、納得しながら石を踏む。石の間隔が、わずかに広い気がする。俺の歩幅が、自然とゆっくりなものへ変わっていた。急げない。でも、それでいい気がする。急ぐ気は失せている。小径の両側には背の高い塀ではなく、低い竹垣。遮断ではなく、視線を柔らかく遮るようなもの。竹の節の影が午後の光を受け、地面に細い縞を落としていた。どこからか、水の音がした。視線を巡らせて、小さな手水鉢があると気づく。筧から落ちる一滴が、石に当たり、間をおいて次が落ちる。規則的でも不規則でもない間。時計では測れない時間の刻み方。「あれは……」手水鉢の中で、紫色が揺れていた。目を凝らしてみると、桔梗の花。思わず手を鎮めると、つるりとした花弁の感触。「……造花」花手水ということだろうか。でも、一輪で? ゆっくり歩いているせいか、思考が石川先生のことにな
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