知らないまま、愛してた

知らないまま、愛してた

last updateLast Updated : 2025-12-15
By:  酔夫人Updated just now
Language: Japanese
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新月の夜、花嶺桔梗は純潔を失い、家族と婚約者に捨てられた。そして彼女は家政婦の東国美香として生きていくことを決めた。

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Chapter 1

1.

……嫌だ。

嫌だ。

やめて。

痛い。

やめて。

放して――。

「いやああああああ!」

突き飛ばされるような感覚で目が覚めた。

咄嗟に自分の体に触れて、パジャマを着ていることにホッとすると同時に泣きたくなる。

あの悪夢のような夜から二ヶ月。

忘れるべきだと自分に念じていたことが功を成したのか夜への恐怖心は少しだけ薄まり、少しだけ寝られるようになったのに……。

「なんで……こんなことに……」

ずっと生理がきていなかったから“もしかして”って……心当たりがあったから、ネット通販で妊娠検査薬を取り寄せた。

念のために二本。

朝、一本検査をして陽性だった。

間違いに違いないって、そう思いながら、夜に二本目の検査をした。

陽性……妊娠、している。

思い出すのは、新月の夜の、真っ暗な部屋の中でのこと。

乱暴に下着をおろす男の手、獣のような荒い呼吸。

逃げようにも男の力には適わず、「煩い」とただ一言でふさがれた口からは助けを求める声も出なかった。

なにをされるか分からない子どもではない。

必死に抵抗するものの、足が開かれ、乱暴に男は押し入ってきた。

そこから先は、ただ痛く、苦しかった。

無理やりの行為はただ痛く、口を塞がれて満足に呼吸をできず、力づくで押し込まれるものに体の中がぐちゃぐちゃにされ、息苦しさと激痛に意識が遠のいた。

意識が辛うじて保たれていたのは、逃げたいという本能が残っていたからだろう。

長い間揺さぶられ続けて体の感覚が麻痺しても意識は飛ばず、体の中に男の精が放たれる気色悪い感覚を何度も味わった。

満足したのか男が意識を失うように倒れ込み、やがて寝息が聞こえてきた。

その瞬間に沸き上がったのは憎悪。

私を凌辱した男を殺してやりたいと思った。

でも、人の殺し方なんて分からないし、下手なことをして男を起こしてしまうことのほうが怖かった。

奪われてどこにあるかも分からない下着を探すことは諦め、汗を吸って冷たくなった服は気持ち悪かったけれどなんとか身なりを整えてコートで覆い隠し、扉の前に落ちていた鞄を拾って部屋を出た。

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……嫌だ。嫌だ。やめて。痛い。やめて。放して――。 「いやああああああ!」突き飛ばされるような感覚で目が覚めた。咄嗟に自分の体に触れて、パジャマを着ていることにホッとすると同時に泣きたくなる。 あの悪夢のような夜から二ヶ月。忘れるべきだと自分に念じていたことが功を成したのか夜への恐怖心は少しだけ薄まり、少しだけ寝られるようになったのに……。「なんで……こんなことに……」 ずっと生理がきていなかったから“もしかして”って……心当たりがあったから、ネット通販で妊娠検査薬を取り寄せた。念のために二本。朝、一本検査をして陽性だった。間違いに違いないって、そう思いながら、夜に二本目の検査をした。陽性……妊娠、している。 思い出すのは、新月の夜の、真っ暗な部屋の中でのこと。乱暴に下着をおろす男の手、獣のような荒い呼吸。逃げようにも男の力には適わず、「煩い」とただ一言でふさがれた口からは助けを求める声も出なかった。なにをされるか分からない子どもではない。必死に抵抗するものの、足が開かれ、乱暴に男は押し入ってきた。 そこから先は、ただ痛く、苦しかった。無理やりの行為はただ痛く、口を塞がれて満足に呼吸をできず、力づくで押し込まれるものに体の中がぐちゃぐちゃにされ、息苦しさと激痛に意識が遠のいた。意識が辛うじて保たれていたのは、逃げたいという本能が残っていたからだろう。長い間揺さぶられ続けて体の感覚が麻痺しても意識は飛ばず、体の中に男の精が放たれる気色悪い感覚を何度も味わった。 満足したのか男が意識を失うように倒れ込み、やがて寝息が聞こえてきた。その瞬間に沸き上がったのは憎悪。私を凌辱した男を殺してやりたいと思った。でも、人の殺し方なんて分からないし、下手なことをして男を起こしてしまうことのほうが怖かった。奪われてどこにあるかも分からない下着を探すことは諦め、汗を吸って冷たくなった服は気持ち悪かったけれどなんとか身なりを整えてコートで覆い隠し、扉の前に落ちていた鞄を拾って部屋を出た。
last updateLast Updated : 2025-12-12
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2.
「まさか……あそこまでするなんてね……」全ては継母である玲子さんと、彼女と父の間に生まれた桜子の企てだった。私をホテルのあの部屋に呼び出したのは玲子さんだった。あの夜は私を除く家族三人が都内のホテルで開かれたパーティーに参加していて、午後十時をまわった頃だろうか、玲子さんから桜子が酔ったから彼女を介抱するようにと連絡がきた。格式高いホテルなので、地味だけど品の良いワンピースを着てホテルに向かい、玲子さんから告げられた部屋に向かうと、見知らぬ男性が扉を開けた。仕立てのよい、落ち着いたデザインのスーツを着た男だった。桜の“お友だち”にしては意外なタイプだと最初は思ったが、不躾な視線で頭の上からつま先まで値踏みするように見られて、やっぱり桜の“お友だち”だと思った。桜の“お友だち”には何度も襲われかけたことがある。だから逃げようとしたのに、「遅い」とだけ言うと男は私の腕を掴んで部屋の中に放り投げるように押し込んだ。咄嗟に悲鳴をあげようとしたが、男が部屋を出たので拍子抜けしてしまった。状況が読めなかったけれど、ただ真っ暗な部屋だというだけで、男は出ていったから安全だと私は思ってしまった。そして気を抜いた瞬間、部屋の中から伸びてきた腕に捕まり――私は地獄を味わった。一難去ってまた一難とは、あの日の私のためにある言葉だと思う。タクシーに乗って花嶺家に帰り、全てを忘れようと自室で汚れた服を着替えようとしたとき、待ち構えていたように玲子さんと桜子が部屋に入ってきた。いや、実際に待ち構えていたのだろう。ワンピースは派手な露出のあるものではないけれど、私の体のあちこちには男がのこした痕があった。それは、玲子さんと桜子の思い通りだったのだろう。二人は抵抗する私を両側から引きづるように父の書斎まで連れていき、父と、桜子あたりに呼び出されて花嶺家に来ていた柾さんの前に私を押し出した。父たちがいないのをいいことに私が夜遊びに出ていたのだとでも吹き込まれたのだろうか。父は私を平手打ちにした。 そして、私なんかと婚約させてしまったと柾さんに詫びた。それまで玲子さんと桜子の稚拙な嫌がらせをなぜ父は気づかないのかと思っていたけれど、幼い頃からの婚約者で良好な関係が築けていると思っていた柾さんの私を見る目に、私も騙されやす
last updateLast Updated : 2025-12-12
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3.
多少なりとも貯金があったので、ウィークリーマンションを借りて当座の資金を貯めることにして、家政婦を派遣している友人の華乃の会社で働かせてもらうことにした。西園寺家には、あの夜のことを話したくなかったから、家を出て働くとだけ伝えた。祖父母も、現当主である叔父夫妻もそれは良かったと、あの家で私が受けている扱いを察して何も言わないでくれた。西園寺家に来ないかと言ってくれたけれど、従兄と一つ屋根の下で暮らすのは嫌なので遠慮した。 華乃は高校時代からの友人で、母の遺産を使って大学に進学したときは私のルームメイトだった。母一人子一人で育った彼女は、自分の母親が家事と育児に苦労してきたのを見てきて家政婦を派遣する会社を興し、彼女にはずっとうちの会社で働かないかと誘われていた。私は、家事にはちょっと自信があった。中学生のときに母が亡くなり、後妻の玲子さんが花嶺家にきてから、私は家族にとって無料で使える家政婦だった。学業は家事の合間にやるしかないから、あれで時短家事を覚えたともいえるし、いまこうして仕事として役に立っている。家では朝早くから深夜まで働いても『当然』という扱いで何も得られなかったけれど、『仕事』だときちんと給料がもらえる。家を追い出されたことも悪くなかったと、最近ようやく思えたその矢先にこれだ。「妊娠……」子どもなんて……考えてもいなかった。望んだ子でもない。あの暴行で、その結果、この腹に根づいてしまっただけの子ども……でも、堕ろすという選択ができない。命を、奪うことが怖い。……でも、育てられる?結局は、それ……今の私には、子どもを育てる余裕なんてない。 *「おはよう、美香さん」朝食の準備をしていると、和美様がリビングの扉を開けて入ってきた。この依頼人の菊乃井和美さんは、御年は七十半ばと聞いているけれど、背筋がすきっと伸びていて品がいいご婦人。起きたばかりでもきりっとなさっている。私はここでは東国美香と名乗り、住み込みで働いている。偽名は、花嶺桔梗という名前は珍しいし、桜子と玲子さんが捏造した噂のせいで世間の一部では悪名となっていることから、華乃に相談して偽名を使うことにした。和美様が椅子に座ったところで、コーヒーの準備を始める。イギリス人のお母様を持つハーフの和美さんはもともとは朝は紅茶だったらしいけれど、十年ほど
last updateLast Updated : 2025-12-12
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4.
「蓮司が来ているの? いつ来たの?」「昨夜の十二時少し前にいらっしゃいました。寝ているお二人を起こしたくないと仰られたので……」……起こしたほうが良かったのかしら?「お兄、ここに入り浸ってない?」桐谷蓮司様は和美様のお孫さんで、朋美様のお兄様。お二人のお母様が和美様の娘なので、和美様は菊乃井姓で、朋美様たちは桐谷姓が違う。桐谷家といえば旧財閥家で、いまも政界や経済界に影響力をもつ名家。花嶺家ではお近づきになれずニュースで知る程度だったけれど、本当にご縁とはどこで繋がるか分からない。「朋美に言われたくないでしょうけれど……あの子はまだ寝ているの?」「朝まで残りそうなほどお酒を飲まれたそうです。九時にお迎えの車が来ると伺っております」「……朝食も食べていくってことかしら?」「ご用意しておりま……失礼いたします」キッチンで電話の鳴る音が聞こえたので、私は和美様と朋美様に断りを入れてキッチンに急いだ。「はい、菊乃井でございます」『蓮司さんはそこにいらっしゃる?』吉川様?「はい、いらっしゃいます」……ん? 切れた?「美香さん、どうしたの? 悪戯電話?」「朋美様……吉川様からのお電話でした。蓮司様はこちらにいるか、と」「……お兄を叩き起こしてくるわ」朋美様の形相に、思わず苦笑しか出てこない。吉川凛花様は蓮司様の一応ご婚約者。「一応」なのは和美様が御許しになっていないからだと聞いている。菊乃井姓の和美様の決定が桐谷家に影響するのは、和美様が桐谷家ご当主のお姉様だから。朋美様と蓮司様のご両親は従兄妹の間柄で、桐谷家ご当主様は姉である和美様に頭が上がらず、次期ご当主である朋美様たちのお父様は伯母であり義母でもある和美様に頭が上がらないとのこと。そんなことをなぜ私が知っているのかと言えば、吉川様との婚約を反対している朋美様の愚痴の捌け口となっているからに他ならない。朋美様は吉川様を苦手にしている……というより、お嫌いだ。吉川様は蓮司様の秘書をなさっているので、蓮司様をお迎えにきたときに対応しているけれど、どこか桜子や玲子さんを彷彿させる雰囲気があって毎回腰が引けそうになってしまう。「朋美が血相を変えて二階にいったけれど、さっきの電話は蓮司の秘書かい?」「はい。朝食の準備をしてもよろしいですか?」「そうね。騒がしくなる前に食べて
last updateLast Updated : 2025-12-12
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5.
「おはようございます、蓮司さん」ご機嫌な吉川様とは対照的に淡々と「おはよう」と返す蓮司様はいつも通り。朋美様の愚痴によれば、吉川様はお二人のお父様のご友人の娘で、朋美様たち兄妹とは幼馴染という間柄。吉川様は蓮司様にずっと付きまとっているとのことだが、「付きまとっている」というのは朋美様の主観で、吉川様は蓮司様にずっと恋心を抱いていたのかもしれない。どちらにせよ、蓮司様にその気はなかったらしく、今まで全くその気のなかった蓮司様の突然の心変わりは朋美様にとって不思議で仕方がないらしい。天地がひっくり返ってもあり得ない、とまで仰られていたけれど、男女のことに「あり得ない」はなかなかない。あり得ないと思っていた男女が恋愛関係に発展するなどドラマや小説ではありふれている。 「蓮司さん、お祖母様に言ってくださった?」「まだだ」蓮司様が私のほうを見た気がしたけれど……気のせいかしら?「昨夜ここに来たのは遅くて、祖母さんたちは寝ていたからな」「それなら、私と一緒にこうして朝ここに来ればよかったではありませんか……どうして昨夜のうちにここへ?」「会社からは家よりここのほうが近いし、昨夜はかなり飲んでいた」「どうしてそんなに? 誰と飲んでいたのですか?」吉川様がヒートアップしてきたところで、和美様が大きく息をついて二人の会話をお止めになった。 「朝から何の騒ぎです。言い争いなら他でやって頂戴」黙る蓮司様とは対照的に、吉川様はにこりと笑って「申しわけありません、お祖母様」と仰った。「凛花さん、ここは私の家よ。私の孫でもないのに勝手に来て、私の許しもなく入ってこないで頂戴」和美様の言葉に吉川様の笑顔が固まったものの、「でも」と吉川様は仰って持ってきた紙袋を和美様にお店になった。 「お祖母様に美味しいパンをお持ちしました。うちの近くにあるとても人気のお店のパンで、特別に……「結構よ」」吉川様の言葉を和美様が静かに遮る。「見て分からないかしら、私はもう朝食を終えるところよ。それは貴女がお食べなさい」「そんな……」「あと、今後のために言っておきますが余計な気遣いは結構です。私の食事は美香さんが準備してくれているの。突然やってきて親切を押しつけられても迷惑だわ」和美様の言葉に吉川様は戸惑ったあと、私を睨んだ。睨まれてもこれが仕事なのだけど……反
last updateLast Updated : 2025-12-15
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