All Chapters of 知らないまま、愛してた: Chapter 141 - Chapter 150

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目が覚めた瞬間、世界が熱かった。熱い空気がまとわりつくようだし、視界は蜃気楼の中のようにふわふわとしていた。頭が、痛い。熱い後頭部から、ガンガンとした痛みが押し寄せてくる。喉が、ひりついた。水を飲みたい。「ん……」体を起こそうとして、ついた右腕がプルプルと震えて無理だと悟る。それと同時に、自分がベッドに寝ていることにようやく気付いた。いつの間に?なんで……あ。最後の、記憶が……押し寄せてきた。……忘れてしまいたい。喚き散らしたこと。蓮司さんのこと、叩いた。そして泣き叫んで……抱きしめられた。―― 大好きだよ。蓮司さんの、どろんっと甘い声。胸の奥がきゅっと縮んで、体の熱が一段階上がったのか、視界がぐわんっと揺れた。顔から火が出るとはよく言ったものだ。比喩じゃなかった。恥ずかしくて、それで熱出して……なにそれ、もっと恥ずかしい。恥ずかしい。とりあえず、布団の中に隠れよ……。「桔梗」 !想像じゃない。耳から聞こえた、蓮司さんの声。「……っ」額にひんやりとした感触が触れた。蓮司さんの手だ。「……熱が、高いな」蓮司さんの低い声。距離が近い。何だろう、なんか、今までにない近さ?声も、手も、呼吸の気配も。いつもと同じ蓮司さんのもののはず
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第1話 ―第3章―

配信用の動画撮影に使っているキッチンスタジオを出たところで、私は蓮司さんの車に気づいた。蓮司さんも私に気づいたのか、運転席から降りてくる。紺色の、美しい流線を描く金属のボディ。その隣に立つすらりとした肢体の蓮司さんはとても絵になっている。「それでは、私はここで失礼します」「長谷川さん?」私にはサプライズだったのだけど、驚いた様子もなく蓮司さんに辞去の挨拶をする長谷川さんにこれはサプライズではなかったみたい。長谷川さんは私にも「それでは」と辞去の挨拶をするとその場を去り……。「それじゃあ、行こうか」そう言って、蓮司さんは私に手を差し出した。·   * · 走り出した車の中。運転する蓮司さんという見慣れない光景が私は直視できず、私の目は窓に釘付けだった。でも、夕方の空はとてもきれい。まだ昼の名残を引きずっている空の色は、オレンジ色と薄紫が混ざり合っている。「寒くないか?」運転席から、蓮司さんの声。視線を向けると、蓮司さんが横目で私のほうを見ていた。蓮司さんの声が柔らかく、とても甘く響いて聞こえるのは、車の中で二人きりというのが初めてだからなのか。「大丈夫です」そう答えながら、大丈夫であることを示すように、膝にかけていた、車に乗るときに蓮司さんから渡された薄手のブランケットを指でつまんでみせる。もしかしたら、大丈夫だと言わせるために、先回りして渡されたのかもしれない、私が好きな北欧柄のブランケット。寒くない。それどころか、蓮司さんに気遣いに胸の奥がじんわり温かくなる。 ·誠司を預けて、蓮司さんと二人きりで出かけている。仲間外れにするようで誠司に申し訳ないって気持ちもあるけど、いまはこの『二人きり』の時間が必要だって思いもある。夫婦だけれど、しかも子どももいる夫婦なのだけれど、実はつい最近になって恋人同士に、両思いになったという不思議な順番の私たち。夫婦だけれど、恋愛的には初期段階。のんびりいきたい。「どうかしたか?」蓮司さんが、声をかけてくる。運転に集中してくださいって思うけれど、些細な私の仕草に気づいてくれるところが嬉しいとも思ってしまう。恋心とは、常に欲張り。あれもほしい、これもほしいで、厄介だと思う。それにしても、どうかしたか、とは?「楽しそうだから」あ……。「あ、の……楽しい、ので」
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3-2

「んっ」車を停めると、運転席で蓮司さんが体を伸ばした。そして凝った筋肉を解すように、広い肩を大きく三回まわす。「疲れましたか?」よく考えれば、蓮司さんは今朝普通に会社に行って仕事をしている。疲れているに、決まっている。「当り前さ」眉間に手をあてて、ぐりぐりと目元を押す。どう見てもお疲れの様子に、デートできないのは残念ではあるけれど、蓮司さんの健康第一で帰宅を促そうかと思ったとき……。「大事な人を隣に乗せて走るなんて、初めてのことだからな」え?「武司さんを乗せたこととかは?」……。……あれ?蓮司さんの顔が、苦いものを噛んだような顔になった。「桔梗」「はい?」蓮司さんが私の顔をジッと見て、ため息を吐いた。「なんでここで武司が出てきたのかは分からないし、その理由を聞きたくもないのだが、一応言っておくとアイツと一緒のときに事故ったらなんて思ったことはない」蓮司さんが、一拍をおく。「ま、実際に事故ったら、”悪い”で終わるだろうしな」蓮司さんが、私を見る。「でも隣に桔梗を乗せていると、絶対に事故れない。小さなたんこぶ一つだって、桔梗には作らせたくない。もしそうなったら、心底落ち込む自信がある」真摯な言葉。心に、じわっと温かく沁み込む。大事に、してもらっていることは、分かっていた。でも、どんな風に大事にされているのかが、分かる言葉は、嬉しい。「飲み物、買ってくる」蓮司さんはそう言うと、車を降りようとした。コンビニなどは、なかった。どこで、と思ったけれど少し離れたところに自動販売機があるのが見えた。「水で、いいか?」「えっと……私も、行きます」そう言うと、私はシートベルトを外す。「心細いか?」暗い周辺を見渡して、蓮司さんが眉を顰める。まるで、私に何かあるんじゃないかって、警戒している気がする。過保護。だけど、嬉しい。「直ぐに戻るし、心細いなら車のルームライトを……」「違うんです」ルームライトのスイッチに延ばした蓮司さんの、袖を引っ張る。蓮司さんがそれを見て、目元を甘く緩めた。「離れがたい、か?」「……はい」「それなら、仕方がないな」蓮司さんが私の手をポンポンッと叩いて、優しく袖から離す。そして運転席から降りると、前をまわって、助手席側に来て扉を開けてくれた。扉が開く。足元のアスファルト
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3-3

デート。何も考えずに口から出たみたい。言ってから、羞恥心が駆け足でやってきた。「デートだろ」でも、蓮司さんに速攻で肯定された。その即答に、思わず顔を蓮司さんに勢いよく向けてしまう。「そんなに驚くことではないだろう?」「えっと……」「言っただろ、恋人時間だって。それに、夫婦でデートっていうのもいいじゃないか」デート。これは、デート。「デートと言えば……どこかで、待ち合わせとかをして?」「それは、却下」却下?デートと言えば、待ち合わせだと思うのだけれど?「夫婦でデートするのだから、一緒に家を出る」「それは……」ちょっと、ロマンがないような。何となくだけど、食料品の買い物のように、生活の延長って感じがしてしまう。待ち合わせ……。「桔梗が、待ち合わせに興味があるのは分かった」「……いえ、それは別に……」なんか、デートもしたことのない人生みたいに言われている気がする。それは、当たっているけれど。なんとなく……負けた気になるから、肯定したくない。「でも、諦めてくれ」「でも……」でも……え、蓮司さんとってどこで待ち合わせをするの?私のつたない知識では、待ち合わせといえば校門前か駅。どっちも蓮司さんには無縁のもの。後、会社の前もあるけれど、蓮司さんはいつも地下駐車場に停めた車に直行だ。薄暗い地下駐車場で待ち伏せたら驚かせてしまう。「待ち合わせなんて、危険すぎる」「危険?」「桔梗をどこかで待たせるなんてあり得ないし、俺が先に待っているにしろそこまで一人で来させるのも危険すぎる。あり得ない」……あり得ないって。「私、蓮司さんと結婚するまで、普通に外を出歩いていましたよ?」どちらかと言えば、歩き回っていたほうだと思う。花嶺家では車を使うことを許されなかったから、買い物だってなんだって、そこまで歩いていっていた。和美おばあ様のところで家政婦をするようになってからは、和美おばあ様が週に何回か運転手さんを呼んでくれて、それに乗って買い物に行ったりしていたけれど、突発的だったり急に入用のものがあるときは散歩がてら歩いて買い物に行っていた。「菊乃井家の別邸にいたときだって、普通に一人で買い物にいっていたことをご存知じゃありませんか」動揺して、家政婦時代の口調になっちゃった。「ご存知だけど……」“ご存知って”……
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3-4

「桔梗」名前を呼ばれたのに気づいて、意識が浮上してきたのを感じた。目を開けると、建物から漏れる柔らかな橙色の光が見えた。.「……ここ、ですか?」車は、エンジンを止めている。でも、明るい建物までは、まだ少しあるように見える。ああ、そうか。この先に見えるのは、細い道。少しだけ建物が上に見えるから、ここを上っていくということなのだろう。「ここから、少し歩く」やっぱり。「道は舗装されているし、緩い坂道だから大丈夫だと思ったんだが……」窓の外、キレイにライトアップされた庭に蓮司さんは眉間にしわを寄せる。また、私が大丈夫か心配してくれているみたい。「蓮司さんに手を貸してもらえれば、大丈夫ですよ」一人で歩くこともできるけれど、雰囲気に背を押されて、ちょっと甘えてみることにした。蓮司さんの眉間のしわが緩む「それなら、大丈夫か」安心して、車を降りる気になったみたい。蓮司さんが、ハンドルから手を離す。「行くか」「はい」「疲れたら、抱いていくから言ってくれ」 .車を降りると、空気が違っていた。街の音が聞こえない。代わりに聞こえるのは、風に揺れる葉の音と、どこかで水が流れる気配。水の音に、妙な懐かしさを感じる。まるで、誰かが静かに「おかえり」と言われているようだった。「……素敵」思わず漏れた声に、蓮司さんが小さく笑った。「気に入ると思った」. 蓮司さんの手を借りて、坂を上っていく。一歩一歩進むたび、木立で閉ざされていた視界が開けていき、少しずつ建物の全容が見えてくる。建物は石と木を基調にしている。周りの雰囲気と合わさって古い洋館のようでもあるけれど、不思議と鄙びた感じも古臭さもない。外壁に絡む蔦は丁寧に手入れされていて、そこにあるのは年月を重ねた美しさ。近づくと、それは目を見張る美しさだったあった。三段の階段を上って、入口に立つ。扉を照らすランタン。その灯りの下に立って、ほっと息を吐いた。足元には、自分の影。振り返ると、私の影は、さっき通った道まで伸びていた。まるで、暗闇にいる何かが私を捕まえようとしている気分になってしまう。まるで妖精でも出てきそうな不思議な雰囲気のある道だった。そう、それはまるでどこかにある異世界に連れていかれてしまうようで……。「桔梗?」蓮司さんの声に、ハッとする。「ど
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3-5

「ごゆっくりお過ごしください」カードの記入が終わると、先ほどまで蓮司さんと気さくに話していた紳士の店員さんの雰囲気が変わった。まるで、置き物にでもなったみたい。そこにいるんだけど、いるとは感じさせない雰囲気。必要以上に詮索しない、踏み込まない。だから、この場所は『大人による、大人のための場所』という感じなのかもしれない。「大人向け、ですね……」子どもみたいな感想だから、小声で蓮司さんにそう言った。蓮司さんが笑った。「だから、ここに決めた」私の耳元に、蓮司さんが口を寄せる。「高校の教室みたいに、これから俺たちが何をするのか、いろいろ想像するように見られたら、桔梗は緊張するだろう?」蓮司さんの例えに、少しだけ胸が跳ねた。足元が、ちょっとだけ乱れた。「気をつけろよ」……誰のせいですか?「普段カーペットの上を靴で歩くことがないので、躓いてしまいました」動揺を、廊下に敷かれたカーペットのせいにした。緊張を隠しながら、一歩踏み出した。私の足音は、私が罪を擦り付けたカーペットがきれいに吸収してくれた。照明は間接光だけで、柔らかい影が足元に作られている。短くはないけれど、長くもない廊下。部屋がいくつあるか分からないけれど、人の気配はしない。でも、私たち以外の存在を仄かに感じさせる。「ここか」蓮司さんが、手の中の鍵を持ちかえる。鍵と、部屋番号を記したナンバープレートを繋ぐ金属の鎖が軽い音をたてた。部屋の前で、蓮司さんが動きを止めた。鍵を開ける前に蓮司さんが私を見る。また、少しだけ、今度はさっきよりも大きく胸が跳ねる。「桔梗が不安になるようなことはしないから」蓮司さんが鍵を開けて、扉を押す。「おいで」気さくなのに、色気のある誘い文句だ。でも、逆らえない。逆らい、たくない。「はい」部屋に一歩入って、緊張を紛らわせるために部屋を見回して、思わず息をのんだ。緊張というよりも、感動で。大きな窓の向こうには、夜の庭。ライトアップされた木々と、小さな水盤がきらきらと光っている。部屋全体は落ち着いた色調で、木製の家具、上質そうなファブリック。上品で、丁寧で―――大人っぽい。三十歳を目の前にして、大人っぽい雰囲気に燥ぐなんて、子どもみたいだ。でも、いつもは誠司と過ごしていて周りには原色が多いからか、全く
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3-6

「美味しい……」かぼちゃと豆乳のムースは、ほんのり甘くて、下の上でとろけた。これなら誠司も食べられそう。ちょっと味付けに工夫をすれば、離乳食としても……そこまで考えたところで、思わず笑ってしまった。「どうした?」「この味、誠司が好きそうだと思って」蓮司さんが、ああ、と頷く。「誠司は、かぼちゃとかサツマイモとか好きだからな」次は、蓮司さんが笑う。「恋人時間を過ごすと言っても、やはり何かあると誠司の顔が浮かぶな」「子どもたちが大きくなったら、家族できましょう」子どもたちが、家族でって言葉が出てくる。こんなところも、ただの恋人ではなく、夫婦だからこその恋人時間であることを強調してくる。.「アボカドのタルタルソース……」サーモンのミ・キュイに添えられた緑色のソースは、アボカドのタルタルソースらしい。タルタルソースの基礎は分かる。でも、アボカドを加えることで調味料は大きく変わる。この味に近づけるには、塩を増やす?それとも、レモンピールを追加する?作ったことのないソースには好奇心が湧いてくる。「桔梗は、何か食べるときは真剣だな」「そう、ですか?」もしかして、食い意地が張っていると思われている?「美味しいから、家で再現したいなって思っているだけなんです」誠司は酸っぱいって嫌がりそうだけど、お義母様は酸味強めの料理が好きだから気に入ってくださるかもしれない。「なるほど、俺にはない発想だな」……ああ、そうか。確かに、蓮司さんは、いえ、桐谷家の皆さんでは考えないことだろう。蓮司さんたちは、ラーメンの味変どころか、缶コーヒーの味にすらいけないほど、料理下手の呪いを受けている。蓮司さんにとって、フランス料理を作るなんてことは夢のまた夢に違いない。私にとって料理は、世界経済の荒波を乗りこなすよりも楽なことだと思う。でも、それは私の立場から見てのこと。夫婦だけど、全てに共感できなくてもいい。互いに得意で補い合う。夫婦だもの。適材適所、そのほうがリソースを無駄にしなくていいじゃない。株価は蓮司さんが考えればいいことで、旬の食材は私が考えればいいこと。. 食事を終えて、部屋に戻る。蓮司さんが持ってきてくれたパジャマに着替える前にシャワーを浴びて、寝室に揃いのパジャマ姿でいると一気に“夜”が近づいた。「寝るか」「……
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