放課後のチャイムが鳴るより少し前から、私はそわそわし始める。表情には出さない。ノートを取る手も止めないし、先生の話にもちゃんと頷く。それでも、指先だけは落ち着かなかった。シャープペンを持つ角度を変えたり、ノートの端を無意味に整えたり、小さな動きが増える。心だけが、もう教室にはない。窓の外へ、街へ。あの場所へと向かっている。クラスメイトたちは、放課後になれば誰と遊ぶとか、カラオケに行くとか、ファストフード店に寄るとか、そんな話をしている。私はその輪に入らない。そこへ混ざる自分をうまく想像できない。先生がホームルームの終わりを告げる。誰とも目を合わせない。机の中に忘れ物がないかだけ確認して、鞄を持つ。誰かと帰る約束はない。帰宅部だから、放課後に学校に残る理由もない。でも、家には帰らない。毎日寄り道をする。チャイムが鳴る。椅子を引く音,喧騒が一斉に広がる中、私はその隙間を縫うように教室を出た。廊下には解放感に満ちた空気が漂っている。部活へ向かう運動部の足音。友人同士で笑い合う声。スマホを覗き込む生徒たち。そのすべてから少し距離を置くように、私は階段を降りる。昇降口でローファーに履き替え、校門を出る頃には、春の夕方特有の湿った風が頬を撫でていた。.駅へ行き、ホームへ滑り込んできた電車に乗る。私は窓際へ立つ。小さく揺れて扉が閉まる。流れていく街並みをぼんやり眺めながら、窓に映る自分の横顔を見る。幼い頃から何度も見てきた自分の顔なのに、借り物みたいに感じる瞬間がある。赤ちゃんのとき、私は紛争地の難民キャンプで保護された。2歳になる頃、この日本に来た。周りの人たちとは違う理由を、両親は隠さず話してくれた。だから、自分が拾われた存在であることを知っている。拾われたときの記憶はない。銃声。泣き声。炎。あの場所にあったと想像できるもの。その何一つ覚えていない。ただ、ときどき夢を見る。色のない世界。灰色の空。そこには音がない。静かすぎるほど静かで、風だけが吹いている。乾ききった地面はひび割れ、空気には何の匂いもなかった。街なら必ずあるはずの、人の生活の匂いがない。食べ物の匂いも、土の湿り気も、花の香りもない。ただ乾いた風だけが、そこに時間が流れていることを教えてくれる。夢の中の私は小さな
最後更新 : 2026-05-08 閱讀更多