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Todos los capítulos de 知らないまま、愛してた: Capítulo 251 - Capítulo 260

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第160話

夜の庭は、夕方の庭とは違う色をしている。石川先生の家からは、桐谷家の車に乗って帰る。小さい子どもではないから大丈夫といたら、小さい子どもじゃないからダメだとみんなに言われた。―― ついでだし。みんなが納得する形で、誠司が部活を終えたら私をピックアップしてくれることになった。「ナータ」穏やかな声。誠司だけが呼ぶ私の愛称。顔をあげると、「どうした?」という顔でこちらを見ている誠司。きれいな人だなって思う。蓮司おじ様の男性らしい凛々しさに、桔梗おば様の優しさがミックスされた顔立ちは、武司おじ様が『いいとこどり』という顔立ち。そこに、幼い頃からいろいろ、道と付くものをいろいろやっているからか、立ち姿や雰囲気がきれいだ。同世代の男子よりも大人びている。でも、なんだろう、石川先生はもちろん、蓮司おじ様たちみたいな『大人』ではない。でもそれは、私も一緒。まだ、私も大人の振り。クールぶって、みんなとは違うって線引きをしても、社会的に見れば『子ども』になる。桔梗おば様や、カノンたちからしてみたら、まだ保護対象の子ども。「まだまだ、だな」私の呟きに、誠司は苦笑する。「まだまだ、だね」足りない、何もかもが。私も、誠司も、その足りない何かを埋めようとしている。門についている照明が、私たちを照らす。庭にできた長い影は、ふたつ重なっている。でも、私たちは手も触れていない。つないでいない手は、ゆっくりと揺れている。まるで、誘うようで。でも、掴まれたくないといってもいるようで。「ナータ」影を見るのに満足して、そろそろって思ったタイミングで誠司から声をかけられる。このタイミングを、なぜか誠司は間違えない。物心がつく前から一緒にいたから、物を測るタイミングが同じなのかもねと誠司は言う。
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第161話

「……カノン?」桐谷家の車に乗ってしばらくして、私のスマホが震えた。届いたメッセージはカノンからで、仕事のトラブルで帰りが遅くなるとのこと。今日はヨッシーも遅いはず。「どうしたの?」届いたメッセージのことを話すと、誠司は『なんだ』と笑う。「それならうちで夕飯を食べていきなよ」「そうさせてもらおうかな」私たちにとっては『なんだ』の案件。こんなことは、よくある。カノンとヨッシーがいないときは、昔から桐谷家で面倒をみてもらった。逆に……。「あ、今日は母さんからOKだって」「やった、桔梗おば様のご飯だ」「母さんがいなかったら、この前作ってもらったキーマカレーを作ってもらえたのに」桔梗おば様がいないときは、私は桐谷家でご飯を作る。なんなら【ヘルプ】ってタイトルで誠司と、茉白と、莉乃と、なんだったら蓮司おじ様からもメッセージが来る。この前ヘルプがきたのは、桔梗おば様が作り置きしておいたご飯を朋美おば様がうっかり食べてしまい(蓮司おじ様に言わせると確信犯)、量が足りなくなったらしい。それなら外食をすればいいと思うのだが、ラーメンの味変もできない一族の彼らはファミレスでの注文にさえ慎重になってしまうらしい。「蓮司おじ様と朋美おば様は仲直りしたの?」「母さんが間に入ったから、表面上は……でも、父さんは絶対に根に持っているよ。ほら、食べ物の恨みは深いし」「桐谷家はなおさらだよね」桐谷家は、料理下手の呪いにかかった一族。桐谷家の血がを持つ者は、ラーメンの味変もできないくらい料理が下手だという。どうやれば、何をすれば、そこまで料理下手になれるか知りたくなるくらい、桐谷家は料理の神様に見捨てられている。それでいて……。「父さん、食い意地が張っているから」「誠司も相当だから。茉白と莉乃がつまみ食いしたとき、ガチギレしたじゃん。大人げないって思ったよ」「俺、まだ未成年だから」「ああ言えば、こういう」桐谷家は食のルールがかなり厳しい。きっちり等分に分ける。年齢、性別の忖度はなし。小学三年生でまだ体の小さい莉乃と、食い盛りの高校三年生の誠司に同じ量が配給されるのだ。.「足元気をつけて」「うん」勝手知ったる桐谷家だけど、広い庭は、夜になると違う色を纏う。昼間は、整えられた緑と白い石がくっきり見える庭。でも夜になると、庭の照
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第162話

いつの頃からか、理解していた。桐谷家は、普通の家ではない。それは、中の人の問題や、家の大きさの問題ではない。影響力の大きな、ルールブックのような家。大人たちの会話に『桐谷』がよく出てくることに気づいて、そしてテレビの中、ニュースにも出てくる『桐谷』にも気づいた。テレビで見た人が、この家に来る。最初にそれに気づいたのは、確か小学生の頃だった。リビングのテレビで、ニュース番組が流れていた。画面の中で、政治家が話している。この人を誠司の家で見たなって、思った。桔梗おば様にそれを言ったら、どの人かしらと首を傾げた。つまり、そういう人が幾人も、当たり前のように出入りする家ってこと。経済ニュースに出てくる人。新聞の一面に載る人。文化人と呼ばれる人。そういう人たちが、この家に普通に来る。桐谷家は、そういう家だった。 .経済界で名前を聞かない日はない桐谷グループ。桐谷グループの名前は、ニュースでよく出てくる。企業買収。大型投資。海外展開。「今後の動向」を気にする言葉と一緒に出てくる。日本の中心にいる桐谷家。誠司は、その家の息子。最初は、何も思わなかった。誠司は誠司って感じ。一緒に遊んで、喧嘩して、笑う。それだけだった。でも、だんだん分かるようになる。学校で話題になる人。最近では、ニュースで名前が出ることもある。先生が話題にする。大人たちが敬語を使う。それが、みんなから見た桐谷誠司って人物。遠いとは思わない。でも、同じとは思えない。善悪、ではない。例えるなら、黒とか白とか影響力の強い色。他の人を巻き込む色。それは、意図していなくても。この家の人たちは、いまもみんな、私に優しい。この家の空気は、昔と同じであたたかい。でも、それでも。壁がある。見えない壁。この壁に名前を付けるなら、『社会』だろうか。「みんな言っている」の“みんな”とか、「普通はこう」の“普通”とか。桐谷家は、その大きな主語になる。.私は、この家の人じゃない。歓迎されている客。家族のように扱われる客。身内のような、でも、家族ではない。経済、政治、文化。桐谷家は、社会の中心にある家で、私はその外側にいる。私は窓の外を見る。庭の照明が、木々を照らしている。その光を見つめる。この庭で走り回っていた。あの頃は
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第163話

俺が思うに、「普通」とは良い悪いではない。「普通」とは多数派を指すのだと思う。つまり、「普通ではないこと」は悪いことではない。ただ、少数派なだけ。それなのに、「普通ではないこと」は良くないことになりやすい。みんなと違う。それが、あたかも罪のように扱われてしまう。·俺がナターシャを好きだということを、隠せと言ったのは、母さんだった。ナターシャの「普通じゃないこと」は、不特定多数に攻撃されやすいから。ナターシャを、俺が俺の力で守れるようになるまでは隠すべきだと言われた。母さんの言うことは、理解できた。ナターシャの「普通じゃないこと」に悪意が向けられた直後だったということも、俺の理解を助けた。問題は、その隠すことが、「いつまで」とか、「どの程度」とか、終わりが見えないことだった。いつになれば、ナターシャが攻撃されなくなることはないという。母さんの、経験談。――蓮司さん絡みで、残念ながら今もあるのよ。跡継ぎとなる俺を産んでもダメ。俺を合わせて三人も父さんの子どもを産んでもまだダメ。父さんが母さんを目に入れても痛くないほど溺愛しているのを見せつけても、それでも母さんを父さんの『妻』と認めない輩がいるらしい。なんでと、聞いたことはある。――蓮司さんは、ほら、男性として魅力的でしょう?聞いて、後悔した。母さんから、乙女心満載の惚気を聞かさせたから。知らないよ、父さんの男性的な魅力とか。そりゃ、いい父さんだと思う。いつだって家族のことが一番で、俺たちを大切にしているってことを隠さない。この年になれば、父さんが母さん以外の女性から色々誘われているところも、何度か見ている。それを見て、相手の女性に呆れることはあっても、父さんの不定を疑ったことはない。ああ、そうか。この、安心が、守られている証拠。俺は、この安心をナターシャに与えなければいけない。しかも、一時ではない。永遠に。だから、終わりがないんだ。なんてこった。俺はナターシャしか見ていないのに。理不尽、じゃないか?……ああ、もう!認める。そのことに、戸惑い、いや、不安がある。ナターシャを傷つけたくない。傷ついても欲しくない。でも、俺はきっと、これから先の何処かで、ナターシャに思いを伝える。それは、ナターシャに、理不尽に傷つけられることを選
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第164話

乃蒼さんと佳孝さんについては、ゲイカップルだと俺は思うことにしている。表向きは『仲のいい友人同士』である。俺たちにそうだと言ったことはないけれど、乃蒼さんたちは俺たちの前では隠していないからゲイカップルなんだろうなと思っている。本当のことを言うなら、もう少し先まで秘密はあると思う。乃蒼さんに。それを母さんは知っているけれど、父さんは知らない。俺と一緒で薄々感じているようだけれど、乃蒼さんも母さんも言わないから気づかない振りをしている。そして、父さんの気づかない振りに乃蒼さんも母さんも気づいている。腹を割って話すという言葉があるが、使いどころを間違えてはいけない。知っておくべきこと、知っておいたほうがいいこと。知らなくてもいいこと、知る必要がないこと。世の中には、そういう線引きがある。子どもじゃないんだ。全部知っている必要はない。乃蒼さんと佳孝さんがゲイカップルであることも、別に知る必要はない。ただ母さんと乃蒼さんの仲の良さに父さんが嫉妬しなければいいってだけの話。俺や妹たちからしてみれば、乃蒼さんと佳孝さんはナターシャの親。父さんと母さんの友だち。それだけで十分な話で、それ以上の根掘り葉掘りは俺たちの関係には必要はない。生まれたときから見てきているから、今さらっているのもある。.乃蒼さんと佳孝さんの関係は、ナターシャたちにとっては触れられてくない話。LGBTQに対する理解が深まったからといって、誰もが受け入れる話でもない。理解があると言っても、これも感情の話。どうしたって少数派だ。「普通じゃない」というレッテルはついてしまう。それは悪いことではない。俺にとって小さいところから当たり前で慣れていたってことなだけの話で、慣れていなかったなら、ナターシャの親ではなければと想像すればキリがない。
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第165話

桐谷誠司は、今日も太陽みたいに笑っていた。  校門の前で、三人の女子に囲まれながら、誰に対しても同じ温度で、同じ優しさで、同じ距離感で接している。  その「公平さ」が、彼の強さであり、彼の武器であり、そして――私がいちばん嫌いなところでもある。 嫌い、というのは語弊がある。  本当は、誠司のそういうところが好きで、誇らしくて、胸が痛くなるほど眩しい。  でも、あの公平さは、私にとっては「特別になれない理由」にもなる。 私は、特別になりたい。  でも、特別になってはいけない。 ロシア系の戦場孤児で、男性同士の両親に育てられた私は、ただでさえ目立つ。  日本の高校で、静かに、平穏に、誰にも注目されずに生きていくことが、私の願いだった。  誠司はそれを理解してくれている。  だから、幼馴染という立場を崩さない。  兄妹のように接してくれる。  私が望んだ距離を、彼は守ってくれる。 ――それなのに、私は勝手に傷つく。 誠司の周りに女の子が集まるたび、胸の奥がざわつく。  彼が笑うたび、誰かの名前を呼ぶたび、私の心は小さく軋む。 「ナターシャ、帰るぞ」 放課後、誠司が私の机に手を置いて言った。  その声は、昔から変わらない。  私の名前を呼ぶときだけ、ほんの少しだけ柔らかくなる。  そんな気がするのは、きっと私の勘違いだ。 「今日は寄り道しない。受験の資料、家に届いてるって親から連絡きた」 大学。  その言葉が胸に刺さる。 誠司は来年、大学生になる。  私はまだ高校生のまま。  たった一年の差なのに、その一歩が、永遠の距離に感じられる。 大学生になれば、誠司はもっと自由になる。  もっと広い世界に触れる。  もっと多くの人と出会う。  そして――婚約や結婚が現実味を帯びる年齢に入る。 私は、誠司の隣にいられるのだろうか。  幼馴染という立場は、いつまで許されるのだろう。 「ナターシャ?」 誠司が覗き込む。  その瞳は、昔から変わらず真っ直ぐで、嘘がつけない。  私は慌てて笑った。 「なんでもない。帰ろ」 誠司は私の返事に満足したように頷き、歩き出す。  私はその背中を追いながら、胸の奥で小さく息を吐いた。 ――このままでいいのだろうか。 幼馴染
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第166話

家に着くころには、夕焼けが街を赤く染めていた。その刹那的にみせる色。好きだけど、今日は少しくすんで見える。私の問題。誠司と別れたあと、胸の奥に残ったざらつきは消えないままだった。――誰かを特別扱いするつもりはないよ。俺は全員公平だから。その言葉が、何度も頭の中で反響する。誠司が公平であろうとする理由は分かっている。それが、誠司の優しさであることも、私が誠司の優しさに甘えきっていることも。 ·「ただいま」玄関の扉を開けると、カノンとヨッシーがキッチンで、仲良く並んで夕食を作っていた。ふたりは振り返り、私の顔を見るなり眉を寄せた。「ナターシャ、元気ないね?」 「学校で何かあったのか?」私は笑って首を振った。嘘じゃない。だって、原因は「学校が」じゃないもの。ううん、これも言い訳だ。「それなら、いいわ」「手洗い、うがいをしておいで」ふたりは私の嘘に気づいているはずなのに、追及はしない。 その優しさが、逆に胸に刺さる。そんな私、ただのわがまま。夕食を食べながらも、私は上の空だった。 誠司の言葉が、表情が、声が、頭から離れない。――大学行って、彼女とか……できるの?自分で聞いておきながら、答えを聞くのが怖かった。 誠司が、いまの誠司がそれを望んですることはない。でも、未来は誰にも分からない。約束しあった関係ではないもの。でも、誠司が誰かと付き合う未来を想像するだけで、胸が締め付けられる。ううん。桐谷家なら、高校卒業後の『お付き合い』は婚約からの結婚まで雪崩れていく可能性はある。いやだ。でも、私は、どうしたいの?その問いが、ずっと心の中で渦巻いている。·夜、部屋の窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。 遠くで犬が吠える声がする。 街は静か。ざわざわと、騒がしいのは私の心だけかもしれない。スマホが震えた。 画面を見ると……誠司だ。誠司からのメッセージは、珍しいことではない。それどころか、ほぼ毎日ある。でも、今日はなんだか緊張する。【今日、なんか変だったけど大丈夫か?】胸が跳ねた。 誠司は、私の小さな変化にもすぐ気づく。それが嬉しいのに、困るって気持ちはどうしても苦しい。指が震える。答えに、困っている。返事を打とうとして、悩む。何度も消して、また打って、また消
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第167話

夕焼けがきれいだったから、写真を撮った。きれいなものを見つけると、写真に撮ってナターシャに贈る。ナターシャのために。きれいな写真の撮り方を、母さんに頼んで折々舎で身につけると言ったら、ナターシャは呆れたけれど、「いつもみたいに見せてね」と可愛く笑ってくれた。 いつも通り、写真を送ろうとして手が止まる。戸惑う理由は分かっている。 別れ際、ナターシャの表情が、いつもより少しだけ曇っていたからだ。.帰宅して、しばらく悩んで、メッセージをナターシャに送った。【今日、なんか変だったけど大丈夫か?】散々悩んだメッセージの内容だけど、送信を送って「しまった」と後悔した。消すのもなんだし、既読がついちゃったし。【大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ】返ってきた返事。その内容よりも、既読がついてから返ってくるまでの時間が問題。ナターシャは、嘘をつくのが下手だ。でも、嘘を吐くナターシャを、嫌いではない。ナターシャが嘘をつくときの顔は、誰よりも静かで、誰よりも優しいから。ナターシャは、自分の気持ちで誰かを困らせたくないと、いつも遠慮する。そういう子だ。だからこそ、俺は――踏み込めない。返事にかかった時間は、俺を思っての嘘を考えるための時間だろうから。嘘を責める様な言葉は絶対に言えない。 .* .ナターシャは、小学校の後半くらいから極力目立たないように振る舞うようになった。あのお茶会で、少数派であることを責められたナターシャが傷ついたのを目の当たりにしたから、しかもそれは俺のせいでナターシャが攻撃されたからだから、目立たないでいようとするナターシャの意志を組んだ。その必要性を、俺は幼いながらに理解したつもりでいた。ロシア系の顔立ち。戦場孤児という、センセーショナルな生い立ち。シングルファーザーの家庭。父親の友人が同居している。表向きの理由で固めても、やはり日本では珍しい家庭の形。ナターシャが注目されたくないのは、その理由の半分は、乃蒼さんたちの秘密を隠したいから。乃蒼さんたちのため。だから、ナターシャは目立たないという生き方を変えることはない。誰にも注目されず、誰にも詮索されず、穏やかに生きていこうとする。だから、ナターシャは俺を選ばない。だから、俺は決めた。彼女という特別は作らない。全員平等。好きな子
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第168話

来年の春になったら、俺は大学生になる。ナターシャはまだ高校生のまま。大学生になることは、中学生が高校生になることとは多分、違う。だから、ナターシャより早く高校生になったときにはなかった不安がいまはある。同じ、たった一年の差なのに。今回の一年は、全く違うものになる。 「ナターシャはさ、将来どうしたい?」気づけば、そんなことを聞いていた。 彼女の未来が気になった。 彼女の未来に、俺がいるのか。それは、どういう立場なのか。今まで通り、幼なじみなのか。それとも……。「……わかんない」分からない……。どうしてだろう。いつも通りと言えば、いつも通りの先を濁す言葉なのに、今回はやけにその言葉が、妙に気になった。*「父さん」父さんが帰ってくる音がして、なんとなく“このくらいかな”って時間に母さんのキッチンに行ったら、キッチンの机で父さんが鍋焼きうどんを食べていた。柔らかい出汁の、優しい鰹出汁のにおい。このキッチンはいろいろな匂いがするけれど、この匂いが一番ホッとして好きだ。「おかえり」「ただいま。まだ、起きていたのか?」時計はまだ夜の十時。高校生三年生が起きていても“まだ”と言われる時間ではないけれど、父さんの中の俺はいつまでも幼子なのかもしれない。「誠司も、お夜食におうどん食べる?」「……うん」母さんが俺を見て、笑うと立ち上がって、それまで座っていた父さんの隣の席を譲った。いつもなら、そこは母さんの席。でも、俺に相談があるってときは、なぜか母さんにはそれが分かって、母さんはその場所を俺に譲ってくれる。「俺、そんなに顔に出る?」俺の問いに、啜ったうどんを咀嚼しながら父さんは首を傾げる。「俺にはいつも通りに見えるが、桔梗には分かるんだろう」ほどよい衣の海老天を箸でつまみ上げながら、父さんは満足げに俺を見る。「桔梗はすごいからな。いまだって、俺が腹を空かせて帰ってきたのを察してうどんを作ってくれたのだからな」父さんの、母さんの愛を自慢する話には慣れているけれど、その海老天は俺の分だと思う。俺は母さんを見る。俺の視線に気づいた母さんは、父さんには見えないように“内緒”というように唇の前で人差し指を立てて見せた。毎夜というわけではないし、俺がリクエストしたわけではないから、俺の夜食を取られたという気はない。
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第169話

「高校生が、まだ未成年という意味を、大学に行けば理解できるってことか」俺の言葉に、父さんが小さく笑って母さんを見る。「優秀な息子だ」「蓮司さんはよい背中を見せていますもの」……仲の良い両親って、本当に目のやり場に困る。“大学行って、彼女とか……できるの?”……彼女。あの質問。あれは、どういう意味だったのだろう。ナターシャは、俺が誰かと付き合う未来を想像しているのだろうか。それが嫌なのなら、いい。怖いのも、構わない。でも、それを望んでいたら?あのときのナターシャの声は――震えていた。表情も……だめだ。嫌だと思ってほしいから、ナターシャの声も、表情も、嫌そうだったと俺は思いたい。記憶は、確かじゃない。……俺は、どうしたい?俺は、誰かと付き合うつもりはない。 ナターシャ以外を選ぶ気はないから、ナターシャが望まない限りは全員公平でいる。全員公平でいる限り、誰かを選ぶ必要はない。でも、いつかは誰かを選ばなければいけない。父さんや母さんなら、結婚や子どもについては、俺のことだから、俺に任せるというだろう。だから、結局は俺がどうしたいか、だ。……どうしたらいいんだろうな。最近、俺の中で何かが揺らいでいる。その何かは、きっと、ナターシャへの恋心。これを、ずっと持ったままでいいのかって、思い始めている。·俺はナターシャのそばにいる。そばにいたいから。そばにいるために、幼馴染という立場は目立つけれど、これまで一緒にいたからその延長で、特別ではないのだとアピールしている。それが、当たり前になっている。 でも、いつまで続くんだろう。いつまで、続けられるんだろう。そう思った瞬間、胸が痛む。俺は、ナターシャを守りたい。 でも、守りきれる自信はない。だから、ナターシャにも頑張れ?それは、違う気がしている。ナターシャを、俺の公平の中に置いていることはできた。 これまでは。子どもだから。親の影響下にいるから、母さんの友人の娘であるナターシャと交流しているんだよって言える。でも、大学生になっても?親の庇護下からでる。自分で選択ができる。だから、それでもナターシャと一緒にいれば、俺はナターシャを選んだことになる。それを、ナターシャは望むのか。最近のナターシャは、俺を見るとき、少しだけ迷っているような
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