「さて、話だったよね」石川先生が部屋の真ん中に胡坐をかいて座る。真正面は例の、不自然に空いた何もない壁。「どうぞ」そして隣をポンポンと叩いた。俺はそこに座る。俺の視線の左、一番左側の絵の女は静かに微笑んでいた。穏やかで、落ち着きがあり、柔らかい光を含む眼差し。理想的な気品がありつつも、誰もが安心を覚える表情を浮かべている。喜怒哀楽の「喜」。 そして、俺の正面にいる二枚目の女は眉をわずかに寄せている。怒りではない。拒絶でもない。――試す表情だ。見る者を選別、踏み込めるかどうかを量っている眼。喜怒哀楽の「怒」。 そして、目測で計った限り、一枚分を空けたその先。三枚目の女は目を伏せている。指先だけが衣の端をわずかに掴んでいる。触れてほしいのか。触れてほしくないのか。境界が曖昧な表情。胸が締め付けられるような静かな弱さ。喜怒哀楽の「哀」。 三枚目の向こうの四枚目の女は笑っている。でも、喜びは感じられない。どこか空虚で、諦観を含んだ微笑。すべてを知り、すべてを見透かした者の笑み。安らぎというより、悟りを開いたような到達の笑み。喜怒哀楽の「楽」。 ……なんだ?「……前に見たときより、なにかが変わった……?」四連花は有名な絵だ。石川先生と面識を持つ前も、美術館の特別展示などで何度か見たことがある。だから生で見ている迫力というわけではない。つまり……絵が、変わった?……それは、まるで生きているようでは……。「安心するといい。怪談話ではあるまいし、絵は変化しないよ」ふうっと、俺は息を吐く。「意外だね。怪談は苦手かい?」「理屈が通じないので」石川先生は笑う。「参考までに、以前と今と、何がどう違う?」以前との、違い?「以前より……女って感じがします」モデルが明確になったからだろうか。「ふうん。具体的には?」具体的に……。「喜の絵は、一緒に笑いたくなる。怒の絵は、とにかく謝らなくてはと、この場に平伏したくなります」女の表情に桔梗が重なる。桔梗が花嶺明美の娘だからだろうか。いや、違う。この感覚は、俺が桔梗に感じるものだ。「絵の女が、桔梗に見えます」「おやおや」石川先生が、笑う。「だから、でしょうか。哀の絵は、抱きしめたくなる。楽の絵は……めちゃくちゃに、壊したくな
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