Semua Bab 知らないまま、愛してた: Bab 211 - Bab 220

224 Bab

第166話

家に着くころには、夕焼けが街を赤く染めていた。その刹那的にみせる色。好きだけど、今日は少しくすんで見える。私の問題。誠司と別れたあと、胸の奥に残ったざらつきは消えないままだった。――誰かを特別扱いするつもりはないよ。俺は全員公平だから。その言葉が、何度も頭の中で反響する。誠司が公平であろうとする理由は分かっている。それが、誠司の優しさであることも、私が誠司の優しさに甘えきっていることも。 ·「ただいま」玄関の扉を開けると、カノンとヨッシーがキッチンで、仲良く並んで夕食を作っていた。ふたりは振り返り、私の顔を見るなり眉を寄せた。「ナターシャ、元気ないね?」 「学校で何かあったのか?」私は笑って首を振った。嘘じゃない。だって、原因は「学校が」じゃないもの。ううん、これも言い訳だ。「それなら、いいわ」「手洗い、うがいをしておいで」ふたりは私の嘘に気づいているはずなのに、追及はしない。 その優しさが、逆に胸に刺さる。そんな私、ただのわがまま。夕食を食べながらも、私は上の空だった。 誠司の言葉が、表情が、声が、頭から離れない。――大学行って、彼女とか……できるの?自分で聞いておきながら、答えを聞くのが怖かった。 誠司が、いまの誠司がそれを望んですることはない。でも、未来は誰にも分からない。約束しあった関係ではないもの。でも、誠司が誰かと付き合う未来を想像するだけで、胸が締め付けられる。ううん。桐谷家なら、高校卒業後の『お付き合い』は婚約からの結婚まで雪崩れていく可能性はある。いやだ。でも、私は、どうしたいの?その問いが、ずっと心の中で渦巻いている。·夜、部屋の窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。 遠くで犬が吠える声がする。 街は静か。ざわざわと、騒がしいのは私の心だけかもしれない。スマホが震えた。 画面を見ると……誠司だ。誠司からのメッセージは、珍しいことではない。それどころか、ほぼ毎日ある。でも、今日はなんだか緊張する。【今日、なんか変だったけど大丈夫か?】胸が跳ねた。 誠司は、私の小さな変化にもすぐ気づく。それが嬉しいのに、困るって気持ちはどうしても苦しい。指が震える。答えに、困っている。返事を打とうとして、悩む。何度も消して、また打って、また消
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第167話

夕焼けがきれいだったから、写真を撮った。きれいなものを見つけると、写真に撮ってナターシャに贈る。ナターシャのために。きれいな写真の撮り方を、母さんに頼んで折々舎で身につけると言ったら、ナターシャは呆れたけれど、「いつもみたいに見せてね」と可愛く笑ってくれた。 いつも通り、写真を送ろうとして手が止まる。戸惑う理由は分かっている。 別れ際、ナターシャの表情が、いつもより少しだけ曇っていたからだ。.帰宅して、しばらく悩んで、メッセージをナターシャに送った。【今日、なんか変だったけど大丈夫か?】散々悩んだメッセージの内容だけど、送信を送って「しまった」と後悔した。消すのもなんだし、既読がついちゃったし。【大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ】返ってきた返事。その内容よりも、既読がついてから返ってくるまでの時間が問題。ナターシャは、嘘をつくのが下手だ。でも、嘘を吐くナターシャを、嫌いではない。ナターシャが嘘をつくときの顔は、誰よりも静かで、誰よりも優しいから。ナターシャは、自分の気持ちで誰かを困らせたくないと、いつも遠慮する。そういう子だ。だからこそ、俺は――踏み込めない。返事にかかった時間は、俺を思っての嘘を考えるための時間だろうから。嘘を責める様な言葉は絶対に言えない。 .* .ナターシャは、小学校の後半くらいから極力目立たないように振る舞うようになった。あのお茶会で、少数派であることを責められたナターシャが傷ついたのを目の当たりにしたから、しかもそれは俺のせいでナターシャが攻撃されたからだから、目立たないでいようとするナターシャの意志を組んだ。その必要性を、俺は幼いながらに理解したつもりでいた。ロシア系の顔立ち。戦場孤児という、センセーショナルな生い立ち。シングルファーザーの家庭。父親の友人が同居している。表向きの理由で固めても、やはり日本では珍しい家庭の形。ナターシャが注目されたくないのは、その理由の半分は、乃蒼さんたちの秘密を隠したいから。乃蒼さんたちのため。だから、ナターシャは目立たないという生き方を変えることはない。誰にも注目されず、誰にも詮索されず、穏やかに生きていこうとする。だから、ナターシャは俺を選ばない。だから、俺は決めた。彼女という特別は作らない。全員平等。好きな子
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第168話

来年の春になったら、俺は大学生になる。ナターシャはまだ高校生のまま。大学生になることは、中学生が高校生になることとは多分、違う。だから、ナターシャより早く高校生になったときにはなかった不安がいまはある。同じ、たった一年の差なのに。今回の一年は、全く違うものになる。 「ナターシャはさ、将来どうしたい?」気づけば、そんなことを聞いていた。 彼女の未来が気になった。 彼女の未来に、俺がいるのか。それは、どういう立場なのか。今まで通り、幼なじみなのか。それとも……。「……わかんない」分からない……。どうしてだろう。いつも通りと言えば、いつも通りの先を濁す言葉なのに、今回はやけにその言葉が、妙に気になった。*「父さん」父さんが帰ってくる音がして、なんとなく“このくらいかな”って時間に母さんのキッチンに行ったら、キッチンの机で父さんが鍋焼きうどんを食べていた。柔らかい出汁の、優しい鰹出汁のにおい。このキッチンはいろいろな匂いがするけれど、この匂いが一番ホッとして好きだ。「おかえり」「ただいま。まだ、起きていたのか?」時計はまだ夜の十時。高校生三年生が起きていても“まだ”と言われる時間ではないけれど、父さんの中の俺はいつまでも幼子なのかもしれない。「誠司も、お夜食におうどん食べる?」「……うん」母さんが俺を見て、笑うと立ち上がって、それまで座っていた父さんの隣の席を譲った。いつもなら、そこは母さんの席。でも、俺に相談があるってときは、なぜか母さんにはそれが分かって、母さんはその場所を俺に譲ってくれる。「俺、そんなに顔に出る?」俺の問いに、啜ったうどんを咀嚼しながら父さんは首を傾げる。「俺にはいつも通りに見えるが、桔梗には分かるんだろう」ほどよい衣の海老天を箸でつまみ上げながら、父さんは満足げに俺を見る。「桔梗はすごいからな。いまだって、俺が腹を空かせて帰ってきたのを察してうどんを作ってくれたのだからな」父さんの、母さんの愛を自慢する話には慣れているけれど、その海老天は俺の分だと思う。俺は母さんを見る。俺の視線に気づいた母さんは、父さんには見えないように“内緒”というように唇の前で人差し指を立てて見せた。毎夜というわけではないし、俺がリクエストしたわけではないから、俺の夜食を取られたという気はない。
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第169話

「高校生が、まだ未成年という意味を、大学に行けば理解できるってことか」俺の言葉に、父さんが小さく笑って母さんを見る。「優秀な息子だ」「蓮司さんはよい背中を見せていますもの」……仲の良い両親って、本当に目のやり場に困る。“大学行って、彼女とか……できるの?”……彼女。あの質問。あれは、どういう意味だったのだろう。ナターシャは、俺が誰かと付き合う未来を想像しているのだろうか。それが嫌なのなら、いい。怖いのも、構わない。でも、それを望んでいたら?あのときのナターシャの声は――震えていた。表情も……だめだ。嫌だと思ってほしいから、ナターシャの声も、表情も、嫌そうだったと俺は思いたい。記憶は、確かじゃない。……俺は、どうしたい?俺は、誰かと付き合うつもりはない。 ナターシャ以外を選ぶ気はないから、ナターシャが望まない限りは全員公平でいる。全員公平でいる限り、誰かを選ぶ必要はない。でも、いつかは誰かを選ばなければいけない。父さんや母さんなら、結婚や子どもについては、俺のことだから、俺に任せるというだろう。だから、結局は俺がどうしたいか、だ。……どうしたらいいんだろうな。最近、俺の中で何かが揺らいでいる。その何かは、きっと、ナターシャへの恋心。これを、ずっと持ったままでいいのかって、思い始めている。·俺はナターシャのそばにいる。そばにいたいから。そばにいるために、幼馴染という立場は目立つけれど、これまで一緒にいたからその延長で、特別ではないのだとアピールしている。それが、当たり前になっている。 でも、いつまで続くんだろう。いつまで、続けられるんだろう。そう思った瞬間、胸が痛む。俺は、ナターシャを守りたい。 でも、守りきれる自信はない。だから、ナターシャにも頑張れ?それは、違う気がしている。ナターシャを、俺の公平の中に置いていることはできた。 これまでは。子どもだから。親の影響下にいるから、母さんの友人の娘であるナターシャと交流しているんだよって言える。でも、大学生になっても?親の庇護下からでる。自分で選択ができる。だから、それでもナターシャと一緒にいれば、俺はナターシャを選んだことになる。それを、ナターシャは望むのか。最近のナターシャは、俺を見るとき、少しだけ迷っているような
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第170話

「もう一年先になるけれど、ナターシャに関しては高校卒業は“いいこと”だと思うわ」「母さん?」「高校の場合、学校生活が世界のほぼ全てで、噂や嫉妬が生まれやすいし、価値観が似た者同士が集まりやすいから序列も生まれやすいわ」 母さんによると、大学生になれば、自分のコミュニティが学部・サークル・バイトなど複数に分散し、大学によっては全国から人が集まるため、価値観が多様になる。「高校生ほど、ナターシャの違いは悪目立ちしなくなるし、誰それと付き合いがあるなんて噂も高校生ほど強く影響しないわ」母さんは、言葉をいったん区切る。「世界が広がれば広がるほど、違うことへの周囲の目の影響は弱くなる。だから、ナターシャにとっては世界が広ければ広いほうがいいと、私や華乃たちはどう思ったの」「だから、折々舎にナターシャを紹介したの?」「そうよ。華乃たちはナターシャが周りの目を気にしすぎてしまっていることを、とても心配していたから」「それは、俺のせい?」「そうじゃないとは、言わないわね。恋愛は、戦いだし、桐谷家のことを考えるとどうしたって利権が絡んでくるから“子どもの恋愛”で片付けられるわけではないでしょうから」父さんが頷く。「何人か彼女を適当に作っておけば別だったが、誠司の場合はそういう相手がゼロなせいでナターシャはよけい目立つからな」「……父さん」母さんの目が怖い。父さん、学生時代は適当に遊んでいたみたいな発言しちゃっていることに気づいていないのか?「先のことを考えれば、いい加減なお付き合いをしていないことはとてもいいことよ」母さんが、笑いながら俺のコップに水を足す。「元カノですって女性と会うたびに、火花を散らさなければいけなくなるもの」「き、桔梗?」失言に気づいた父さんだけど、かなり遅い。母さんは笑いながら、目は全く笑っていないけれど、父さんのグラスに水を注ぐ。ドバドバと、零さんばかりの勢いなのに、表面張力で盛り上がった絶妙なところで止めるテクニックがすごい。「どうぞ、お水です」「あ、ありがとう」「いいえ。連日連日、夜遅くまでお仕事お疲れ様です。明日も、また遅くまでお仕事なんですよね」……なるほど。大きなプロジェクトが動きはじめたから最近の父さんの帰宅が遅いが、その仕事の相手が父さんの元カノということか。父さんが元カノと仕事をするこ
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第171話

寝室の灯りは、いつもより少しだけ暗くしていた。柔らかいオレンジ色の光が、ベッドサイドの壁に淡く揺れている。 蓮司さんは、シャツのボタンを外しながら、私のほうをちらりと見た。「桔梗、何を考えている?」「……え?」「ずっと、静かだから……何か考えているなって」その言葉に、私は苦笑する。 静かにしていたつもりはないのに、蓮司さんにはすぐ分かってしまう。蓮司さん自身が私を気にかけてくれるから。気にかけてもらえるのが嬉しくて、黙っていたのだろうか。違う。言い難い相談をするのに、私は“どうした?”て聞かれて、キッカケが欲しかったのだ。「……誠司のこと、考えてたの」蓮司さんは、ベッドに腰を下ろし、私の隣に座った。 そして、肩を抱き寄せる。その仕草が昔から変わらなくて、少しだけ安心する。「ナターシャとのことか?」私は頷いた。「ええ。あの二人、これから……どうなるのかって」言葉にすると、胸の奥がじんと痛んだ。もうすぐ成人する息子の恋愛を心配するなんて、過保護だと笑われるかもしれない。でも、私は母親だし、誠司の場合はこれからの恋愛のほうが心配。 「誠司の恋は、ナターシャの負担になるし、それを誠司も理解している」私がそう言うと、蓮司さんは「まあな」と短く返した。その声は、どこか優しくて、どこか遠い。「これから先は、いやでも誠司を大人の事情に巻き込んでいくことになる……このままなら、芋づる式でナターシャも巻き込むことになるだろう」蓮司さんが優しく、父親の顔で笑う。「昔から、誠司はナターシャのことになると嘘が上手につけないからな」「そうね……声のトーンから違うもの」私が笑うと、蓮司さんも少しだけ笑った。でも、その笑みはすぐに消えた。「だから……問題だ」その言葉に、私は胸の奥がざわついた。「……やっぱり?」「桐谷家は良くも悪くも柵が多い。俺のときの、吉川凛花のように、無視できない存在というのはいる。誠司は自由に恋愛していいと言いたいが……現実はそう簡単な話にはできない」蓮司さんの声は、静かで、重い。私は、シーツの端を指でつまみながら、ゆっくりと口を開いた。「恋愛結婚は……難しいかしら」「できる、できないで言えば、“できる”。でも……幸せかは、分からない」蓮司さんが私を抱き寄せる腕に力を込める。「今回のよう
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第172話

目が覚めたとき、真っ先に目に入ったのはカーテンの隙間から差し込む朝の光。朝日は寝室を淡く照らしているが、昨夜の余韻は、まだ体のどこかに残っている。 腕の中では、桔梗が静かに眠っている。いつもは早起きの桔梗だが、昨夜はよほど疲れたのだろう。子どもたちがそろそろ起きる時間だが……まあ、いいか。いい年になって、仕事で夜の時間が忙殺されることもあって頻度は減ったが、こういう桔梗が起きられない朝がないわけではない。三人の子どもたちは勘がいいし、状況に合わせて行動ができる子たちだから、長谷川あたりにねだって朝食を準備するだろう。だから、大丈夫だ。桔梗を起こす必要はない。うん。桔梗の髪が俺の胸元にかかり、微かに汗の匂いが混じったシャンプーの香りがする。 俺の知る、桔梗の匂い。この匂いを吸い込むたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。桔梗がいてくれるから、俺は強くいられる。そんな当たり前のことを、昨夜あらためて思い知らされた。「……ん」桔梗がゆっくりと身じろぎし、薄く目を開けた。「……蓮司さん」寝起きの声は、いつもより少し柔らかい。 昨夜の名残が、その声の奥にまだ漂っていて、掠れた声はとても甘く、蠱惑的だ。「おはよう、桔梗」抱き寄せると、何も身につけていない互いの肌が密着し、桔梗は少しだけ頬を染めた。 その反応が可愛くて、思わず笑ってしまう。夫婦になって長いし、子どもだって三人もいる。行為には慣れているのに、こういう雰囲気にはいまだ慣れずに肌を赤く染める。「……そんなに見ないでください」「見たくなるに決まっているだろう。昨夜あれだけ可愛かったんだから」桔梗は枕に紅くなった顔を埋めた。 その仕草がまた可愛らしく、実に愛おしい。·しばらく、言葉もなく寄り添っていた。 朝の静けさの中で、互いの呼吸だけが重なる。桔梗がぽつりと呟いた。「……誠司、起きてるかしら」朝になっても、息子のことが頭から離れないらしい。 桔梗の顔に、母親の表情がちらつく。「起きてるだろうな」「そうですよね……」桔梗は胸の上で指を組み、天井を見つめた。「心配、か?」「……過保護、ですね」「心配するなとは言わない。俺だって心配だ」桔梗が俺を見る。 その瞳は、昨夜よりも少しだけ落ち着いていた。「でも、俺は誠司を信じてる。桔
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第173話

いつも通り朝起きて、学校に行く準備をして、いつも通りリビングに向かう。でも、ドアの前に立って、しばらくドアを開けることができなかった。廊下でこうして立ち尽くしていても意味がないと分かっているけれど、ドアを開ける勇気が出ない。ドアにはまったガラス越しに、カノンとヨッシーがいつものように、ソファでニュースを見ているのが見える。いつも通りの風景に、胸の奥がぎゅっと痛んだ。言わなきゃ、いけない。 でも、『いつもの』に囲まれると、言いたくないなって怖気づく。私が選びたいと思う道は、私の大切な二人に嫌な思いをきっとさせてしまう。ゲイであることを隠して生きてきた二人。その生活を、私が壊してしまう。それでも、誠司の隣に立ちたい。誠司の隣を、誰にも渡したくない。それなら、私はもう隠れていられない。深呼吸をして、リビングへのドアを開けた。「おはよう」先に私が入ってきたことに気づいたのは、ヨッシー。「おはよう……どうしたの?」私がいつもと違うことに気づいたのは、カノン。「……話したいことがあるの」二人が同時に、私に体ごと向く。なんでも聞くって、そう言っている優しい目。 その優しさに、胸が痛む。 「どうした、ナターシャ?」  「学校で何かあった?」私は首を振った。 そして、ゆっくりとソファの前に立つ。「……私、あの配信している動画で顔を出したいの」カノンが瞬きをした。ヨッシーも。そうだよね。それは、目立つことは、私が頑なに拒否していたこと。ヨッシーの眉間に皺が寄った。不快そう。やっぱり……。「折々舎から、そうしたいって言われたのか?」あ……そうか。それで、そんな顔……。「折々舎からは、何も言われていない。顔を出すのは、私が決めたの」 「ナターシャが、一人で?」私は頷いた。「うん。これまでみたいに、手元だけじゃなくて……ちゃんと、私自身が前に出たいの」リビングの空気が、少さしだけ張りつめた。「理由を聞いてもいいか?」 ヨッシーの声は、いつも通り穏やかだった。「誠司の、隣に、立ちたい」私は、胸の奥に溜め込んでいた言葉を、ひとつずつ吐き出す。「私……誠司の隣に立ちたいの。誠司の隣に立つためには、私はいつまでも、隠れているわけにはいかないの」二人は黙って聞いてくれている。「誠司は……これから、来年には
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第174話

折々舎の会議室は、無機質なほど整っていた。白い壁。長机。余計な装飾は一切ない。ガラス張りの窓から入る光だけが、やけに明るい。その空間に座っていると、自分の輪郭がはっきりしていく気がする。どんどん逃げ場がなくなっていくことに、恐怖を感じないわけではない。でも、私は逃げないと決めた。.*.「本日はお越しいただき、ありがとうございます」正面に座るのは、折々舎の社長である相沢陽菜乃さんと水野百花さん。桔梗おば様の動画作成・配信をきっかけに起業した二人を、私は幼いころから知っている。本来なら、無名の私の契約に社長二人が同席することはない。「桔梗が何かしてくれたみたいだね」カノンがこっそりと呟いたことに、私は頷いた。相沢さんと水野さんのほかに、知らないスーツ姿の男性——法務担当者だと自己紹介された。法務担当と聞いて、緊張が増す。私の右隣にはカノン。左隣にはヨッシー。二人とも、いつも通りの穏やかな顔をしているのに、空気が違う。特にヨッシーが、違う。カノンはいつも通り保護者だけど、弁護士のヨッシーは私の法務担当者だ。大丈夫。それだけで、背筋が伸びた。「本日は、ナターシャさんの出演形態の変更に伴い、契約内容の確認と、リスクについての説明をさせていただきます」机の上に、分厚い書類が置かれた。その音が、やけに重く響いた。「まず前提として——ナターシャさんは未成年です。そのため、出演契約は保護者の同意を必須とします」法務担当の人が感情を交えず、淡々と説明する。「加えて、顔出しでの出演となる場合、これまでとは比較にならないリスクが発生します」リスク。その言葉に、私は、膝の上で手を握りしめた。「具体的には——個人情報の特定、SNS上での誹謗中傷、ストーキング行為、無断転載・二次利用などです」言葉が一つずつ、現実として落ちてくる。「また、ナターシャさんのご家族に関する情報も、いろいろ探られる可能性があります」一瞬だけ、視線が揺れた。でも、逸らさない。「……はい」私が頷くと、法務担当の男性は続けた。「当社としても、コメント管理や通報対応など、可能な範囲での対策は行います。ただし——すべてを防ぐことはできません」彼は、はっきりと言い切った。守ってくれる、とは言わない。その代わりに、“どこまで守れないか”を明示する。
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第175話

朝、家を出るときから、少しだけ空気が違う気がしていた。気のせいかもしれない。でも……。.駅に向かう途中で、何人かに見られた気がして、足がほんの少しだけ速くなった。スマホは、朝から通知が鳴りやまなかった。中は、見ていない。見たら、揺らいでしまうかもしれないから。.いつも通り、右から二番目の改札を抜けて、ホームに向かう。いつもと同じ、まだ人の少ない朝の時間帯の、いつもと同じ電車。いつもと同じ車両に乗る。人は少ない。なのに、落ち着かない。視線が、刺さる気がする。——気づかれてる?いや、まだ、分からない。初めて顔を出した動画が公開されたのは、昨日の夜。深夜〇時。まだ十時間も経っていない。そこまで広がる?でも——。(……ありえる)石川先生のことが頭をよぎる。石川先生は、技法に拘らずCGとかもやっているから、若い人にも注目されている人間国宝。もともと、あの浮世絵の動画も石川先生の絵の浮世絵化って感じで人気があった。誰がやっているのかって、探るようなコメントも多かった。それに、顔を出したんだ。目立つ条件は揃っている。電車の窓に映る自分の顔を、ほんの一瞬だけ見た。昨日と同じ顔。なのに、まるで違う人間みたいだった。.学校に着く。校門をくぐる、その一歩がやけに重い。「……おはよ」すれ違う、学年も名前も知らない、顔しか知らない人に声をかけられた。毎朝、この時間に登校する人は少ない。ましてや、部活で早いわけではない私は、ある意味目立っていたと思う。でも、挨拶をされたのは初めて。“おはよう”。ありきたりの挨拶。でも、目が違う。一瞬、何かを確認するように、じっと見られた。「……おはよう、ございます」三年生かもしれないと思って、敬語にしておく。でも、返す声が、少しだけ硬くなってしまった。下駄箱で靴を履き替えるときも、背後に気配を感じた。ひそひそとした声。小さな笑い声。向けられている、気がする。教室の扉の前で、一度立ち止まった。ドアの向こうから、ざわざわとした声が聞こえる。いつもは、人がいないのに。なぜ、今日はこんな早くに?深呼吸。教室のドアを開けた。——一瞬で、静かになった。さっきまでのざわめきが、嘘みたいに消えた。その代わりに、集まる視線。全員が、私を見ている。「……おは
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