杏奈の心に、情けの一片も湧かなかった。ただ冷淡な視線を向ける。「何?」その口調には、すでに小春を蒼介と同じ「敵」と見なすような冷徹な拒絶が滲んでいた。あの熱い味噌汁を投げつけられた瞬間、杏奈の中で何かが決定的に壊れた。もう、何も変えようとは思わない。母親としての最低限の義務さえ果たせれば、それでよかった。「ママ、ごめんなさい……」悪いことをしたと自覚したのか、小春は珍しく殊勝に頭を下げ、消え入りそうな声で謝罪した。「安達さんに叱られたの。あたしのしたことは、とっても悪いことだって。ママに謝らなきゃダメだって……」安達が、叱った?杏奈は内心で失笑した。そんな光景は、到底想像できなかった。もし安達が本当に小春を叱りつけたなら、この傲慢な小娘が黙っているはずがない。きっと大騒ぎして彼女を追い出しただろう。「用件がないなら、行きなさい」杏奈は、向き合うことすら億劫だった。「ないよ……」小春は唇を噛んで首を振った。「ただ、謝りに来ただけだから」ママが会いたくないのなら、謝罪が済めば、そこに留まる理由はなくなる。肩を落として去りゆく小春の背中はひどく惨めで、はた目には、胸を突かれるほど痛々しい光景だった。だが杏奈には、もはやいつものように抱き寄せ、なだめてやる気力など残っていなかった。慈しんだところで、何になる。その優しさが、いったいどれほど持続するというのか。紗里が現れれば、彼女は瞬時にして牙を剥く元の姿に戻るだろう。杏奈は意識から小春を締め出し、再び水で患部を冷やした。安達から受け取った軟膏を丁寧に塗ると、ようやく重い溜息をついた。「三浦様、もうお帰りになるのですか?」杏奈がバッグを手に玄関へ向かうのを見て、安達が慌てて追いかけてきた。「小春ちゃんはどうされるのですか?」「小春には、私以外にも親がいるでしょう」杏奈は至って平静に言った。「やるべきことは、もうやったわ。あとは……」言葉を切り、安達の困惑を慮って言い換えた。「蒼介に連絡しておく。彼が帰ってくるかどうかは、私の知ったことではないわ」蒼介が電話に出ないことは分かっていた。杏奈は事務的なメッセージを送り、振り返ることもなく屋敷を後にした。視界の端で、二階の窓に小さな影が映り、こちらを縋るように見送っているのが分かった。けれ
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