Lahat ng Kabanata ng 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Kabanata 231 - Kabanata 240

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 ギイッ、とドアの蝶番(ちょうつがい)が鳴る音がした。  実加が薄暗いリネン室に足を踏み入れる音が聞こえる。 小夜子は脳内でその光景を鮮明に描き出した。 リネン室に満ちる、真新しい洗剤の清潔な匂い。パリパリのシーツの山が部屋いっぱいに積まれている。傍らに並ぶのは、銀色の重いリネンワゴン。 5歳の子供にとって、そこは巨大な迷路かお城のように見えるはずだ。『おーい、レオ君? かくれんぼの時間は終わりだぞ』 実加の声は、普段の翔吾に対するような乱暴な口調とは全く違う、柔らかく親げなものだった。 口調こそ少し乱雑だが、親しみの込められた声。 携帯から微かな布の擦れる音と、しゃくりあげるような小さな泣き声が聞こえてくる。 小夜子はすぐに状況を察した。 (好奇心で勝手に入り込んだものの、ワゴンとシーツの隙間で身動きが取れなくなった。暗闇が怖くなって声を出せずに泣いているのね)『すげーな』 実加の弾むような声が響いた。『こんな難しい隠れ場所、よく見つけたな。ウチの負けだわ。降参、降参』 その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けた。「わああああんっ!」 男児の大泣きする声が、マイクを通して爆発した。  実加が子供を強く抱きしめる衣擦れの音が続く。『よしよし。怖かったな。でももう大丈夫だ。母ちゃんとこ、帰ろうな』 ぽんぽんと、一定のリズムで背中を叩く音。『暗くて、こわかったの。出口がわかんなくなっちゃって……』 泣き声混じりの子供の声が聞こえる。実加が微笑む気配がした。『そうか、そうか。真っ暗だもんな、ここ。大丈夫、ウチと一緒に外に出よう。母ちゃんが待ってるぜ』 監視室の翔吾は、呆然とスピーカーを見つめていた。「あんな砕けた言葉遣い、接客マニュアルのどこにも記載されていません。お客様に対して『ウチの負け』だなんて……クレームになりますよ」 小夜子は薄く微笑んだ。「ええ、マニュアルに
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 1階のフロントロビーに、実加に手を引かれたレオが姿を現した。泣きはらした目をしているが、その表情に恐怖はもうない。  待機していた母親が、涙まじりの歓声を上げて駆け寄った。「レオ! ああ、無事でよかった!」 母親は息子と同じ目線になるようしゃがみ込んで、小さな体を強く抱きしめた。  安堵の涙が彼女の頬を濡らし、完璧だったメイクが崩れることも気にしていない。「感謝します、本当にありがとう! あなたのおかげよ!」 母親が立ち上がり、実加の手を握って何度も礼を言う。  実加は照れくさそうに鼻の頭をこすり、ペコリと頭を下げた。「怪我がなくてよかったッス。元気な子ですね」「本当に感謝します。では、私たちはこれで」 親子が去っていく。 ロビーの少し離れた場所で、翔吾がその様子を見つめていた。  手元のタブレットの画面は真っ暗になっている。データと論理だけでは、子供の遊び心という不確定要素まで計算できなかった。  自分の限界と、実加の直感の凄さを突きつけられた事実が、彼の胸に重くのしかかっているようだった。 翔吾は小さく息を吐き出し、実加の方へ歩み寄った。  彼は無言で、手にした真っ白なタオルをふわりと実加に投げ渡した。「……お見事です。子供の心を忘れない、実加さんならではの探索でしたね」 いつも通りの皮肉めいた言い回しだが、その声のトーンはどこか穏やかだった。  実加は飛んできたタオルを見事にキャッチし、汗ばんだ額をごしごしと拭う。「へへっ。あんたのナビのおかげだろ、メガネ。ナビがなきゃあ、レオ君がリネン室にいると絞り込めなかった。闇雲に探してたら、もっと時間がかかっただろ。助かったぜ」 実加の屈託のない笑顔と素直な称賛に、翔吾はばつが悪そうにそっぽを向いた。「僕はフロントスタッフとして当然の業務をこなしたまでです」 そう言いながらも、彼の口元には微かな笑みが浮かんでいた。 大理石の太い柱の陰から、小夜子はその一部始終を観察していた。
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224:ライバルの来訪

 ホテル『サンクチュアリ』のフロントロビーは、高い天井から吊るされたシャンデリアが、磨き上げられた大理石の床に幾重もの光の波を描いている。 ロビーはいつも通り活況を呈している。宿泊客やスタッフらの話し声や種々の音を背景に、洗練された空間を作っていた。  小夜子は今日もロビーを見渡せる2階の回廊から、眼下の様子を観察していた。(今日のフロントの回転率は悪くないわね。けれど……) 小夜子の視線が、フロントデスクの前に立つ1人の男で止まった。 男の身なりは、一言で言えば「無駄の排除」だった。濃紺のスーツは体型にぴったりと張り付くようなタイトな仕立て。生地の光沢から一級品だと分かるが、遊び心が一切ない。  左腕には最新型のスマートウォッチが鈍く光っている。歩幅、腕の振り方、視線の動かし方に至るまで、まるでプログラミングされた機械のように一定のリズムを保っていた。 小夜子は彼を知っていた。 大手外資系ホテルチェーン『グラン・ヘリックス』日本支社長。  御子柴玲二(みこしば・れいじ)。35歳。 完全効率主義を掲げ、AIとロボット化によるホテル経営を推し進める、業界の風雲児だ。  グラン・ヘリックスはアーク・リゾーツ社の長年のライバル。御子柴も隼人にとって因縁の相手となる。  彼がお忍びのつもりで宿泊客として現れたという情報は、すでに小夜子の耳に入っていた。(ここまで堂々と来られると、お忍びと言うよりも威力偵察ね) 御子柴の前に立ったのは、フロント研修中の黒崎翔吾だった。「いらっしゃいませ。ご予約の御子柴様ですね。お待ち申し上げておりました」 翔吾の言葉遣いは、マニュアルの句読点まで完璧にトレースしたような正確さである。  背筋を伸ばし、両手を前に揃える角度も定規で測ったようだ。 御子柴は、翔吾の胸に光る『黒崎』という名札に気づくと、片方の眉をわずかに吊り上げた。  翔吾と隼人の面差しは良く似ている。御子柴も彼らが兄弟だと気づいたようだ。  しかし彼は特に何も言わず、こう続けた。
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「メモ。アーク・リゾーツのフロントはAI以下の旧世代型人間。対応速度に2秒のロス。顔認証と事前決済システムが未導入のため、無駄な接客プロセスが発生している」 冷たい声は、目の前の翔吾に聞こえよがしに放たれたものだった。  翔吾の指が一瞬だけ宙で止まる。  眼鏡の奥の両目がわずかに細められ、すぐに元に戻った。屈辱を飲み込むように喉仏を上下させた後、何事もなかったかのように手続きを再開する。(御子柴様は、単なる偵察ではなく、明確な『敵意』を持ってこのホテルに足を踏み入れたようね。翔吾さんもよく耐えているわ) 小夜子は手すりから手を離し、姿勢を正した。  アーク・リゾーツの総支配人として、最大のライバルを単なるフロントスタッフの対応だけで終わらせるわけにはいかない。「私が直々にご案内します」 小夜子は誰に言うともなく呟き、階下へ向かうエレベーターへと足を向けた。 ◇ 「御子柴様。本日は私、総支配人の黒崎がVIPルームまでご案内いたします」 ロビーに降り立った小夜子は、流れるような所作で御子柴の前に進み出た。  御子柴は小夜子の顔から足元まで、値踏みするように素早く視線を走らせる。「ほう。最強の家政婦と名高い総支配人が、直々のエスコートか。光栄だな」 言葉とは裏腹に、その声には明らかな嘲笑が混じっていた。「恐れ入ります。こちらへどうぞ」 小夜子は柳に風と受け流し、フロントの翔吾に軽く頷いて見せてから、先導を始めた。 客室フロアへと続く廊下は、防音性の高い厚手の絨毯が敷き詰められている。足音はすべて吸い込まれ、外界の喧騒から完全に隔離された空間だ。 その廊下の途中で、2人の足が止まった。  数メートル先、リネンカートの横で、ハウスキーピングの制服を着た山内実加が、常連の老婦人に捕まっていたのだ。「うちの孫がねえ、この前やっと歩けるようになってね。もう可愛くって可愛くって」 老婦人は顔をほころばせ、スマートフォンの画面を実加に見せている。
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 老婦人はすっかり気を良くして、さらに話を続けている。「そうなのよぉ。実加ちゃんが分かってくれて嬉しいわ」 御子柴は立ち止まり、その光景に明らかな嫌悪の目を向けた。「黒崎総支配人」 氷のような声だった。「あの清掃員の雑談によるタイムロスは、時給換算でいくらの損害になるか計算したことは?」 御子柴はスマートウォッチの画面を指先で叩く。「弊社なら、清掃はすべて自律型ロボット化している。人間を雇うにしても、通信端末で分単位のタスク管理を行い、無駄口は一切叩かせない。あのような非効率の塊を放置しているとは、このホテルの経営レベルが知れるな」 小夜子は老婦人と実加の楽しげな様子から目を離さず、口元に柔らかな笑みを浮かべた。「おっしゃる通り、目先の時間だけを見ればロスかもしれません。ですが、あれは『損失』ではなく『投資』です」「投資だと?」 御子柴が眉根を寄せる。「ええ。あのお客様は、スタッフとの何気ない会話に価値を見出していらっしゃいます。機械にはない『共感』を得ることで、このホテルへの愛着はさらに深まるでしょう。次回のリピート率、ひいては生涯顧客価値(LTV)を考えれば、数分の雑談など十分にお釣りが来ます」 小夜子は御子柴に向き直り、まっすぐにその目を見返した。「私たちは、部屋を掃除しているだけではありません。お客様の心に『居場所』を作っているのです」 御子柴の顔がわずかに歪んだ。だが、彼は小夜子の言葉を鼻で笑い飛ばす。「感情論の極みだな。数字で証明できない価値など、ビジネスにおいては妄想にすぎない」 御子柴は足早に歩き出す。小夜子も歩幅を合わせ、無言でその後を追った。  実加と老婦人の横を通り過ぎる。 御子柴の冷え切った視線を受けて、実加はわけも分からずポカンとしていた。  ◇   最上階のVIPルームへと到着した。  重厚な扉の奥には、すでにアーク・リ
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 御子柴は向かいのソファに腰を下ろし、足を組んだ。「かつて『氷の刃』と呼ばれた黒崎隼人も、結婚してすっかり牙を抜かれたようだな。そう確認しに来たまでだ」 御子柴は部屋の中を見回し、さらに窓の外に広がる敷地内の景色に目を向ける。「聞いたぞ。敷地内に採算度外視の保育園? ファミリー層の優遇? まるでぬるま湯だ。感情に振り回され、効率を軽視する組織はいずれ腐敗する。お前の築いた城も、随分と脆くなったものだ」 隼人の色素の薄い瞳が、さらに温度を下げた。室内の空気が張り詰める。「俺は常に、長期的な視点で最大の利益を選択しているだけだ。人間の心を切り捨て、短期的な数字だけを追いかけるお前のポンコツAIホテルと一緒にされては困るな」「ポンコツだと? グラン・ヘリックスの利益率は、お前のホテルをとうに凌駕しているぞ」 バチバチと火花が散るに、両者の視線が交錯する。  その間に、小夜子が音もなく割って入った。「お紅茶をお持ちしました」 白磁のティーカップが、テーブルの上に滑るように置かれる。  アッサムをベースにした極上のブレンドティー。湯気の立ち上り方から、お湯の温度、抽出時間、茶葉の分量まで、すべてが完璧に計算された一杯だった。芳醇な香りが、殺気立った空気をほんの少しだけ中和する。「どうぞ、御子柴様。お口に合うとよろしいのですが」 しかし御子柴はティーカップをちらりと見ただけで、手を出そうとしなかった。「不要だ」 冷え切った声が響く。「味覚はすべて数値化できる。アミノ酸の量、カフェインの抽出率、温度。人間が淹れようが機械が淹れようが、成分データが同じなら価値は同じだ。そこに『心』だの『情緒』だのという不確定要素を付加するのは、無意味な装飾にすぎない」 御子柴は立ち上がった。「お前たち夫婦のままごとを見ていると反吐が出る。これ以上、時間を無駄にする気はない。帰らせてもらう」 御子柴がドアノブに手をかけた瞬間だった。「御子柴様」 小夜子の涼やかな声が、彼の
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 外を歩いた際に踏んだものだろう。ほんの些細なものだが、確かに靴底の美しさを損なっている。 小夜子は薄く微笑んだ。「完全自動化された貴ホテルのAI清掃ロボットは、床の大きなゴミは拾えても、靴底のイレギュラーな汚れには気づかないようですね」 御子柴の顔色がさっと変わる。「数字で測れるものしか見えないのは……とても貧しい世界です。私どもの『人間』の目には、その程度の汚れ、瞬時に映りますが」 実際に、小夜子は御子柴の歩行バランスから靴底の汚れを見抜いてみせた。 自動化ばかりを追い求める御子柴への、痛烈な皮肉である。  御子柴の頬の筋肉がピクリと引きつった。  彼は無言のままポケットからハンカチを取り出し、ガムの破片を乱暴に拭き取った。 ハンカチをくしゃりと丸めて、ポケットに突っ込む。「……負け惜しみを」 吐き捨てるように言い残し、御子柴はVIPルームを後にした。  バタン。ドアが重い音を立てて閉まる。 静寂が戻った部屋で、隼人が顔をしかめて呟いた。「相変わらず、無遠慮で無機質な男だ。あれでは以前の俺より悪い。だが、あいつがわざわざ『ぬるま湯』に浸かりに来るとはな。単なる嫌味を言うためだけに、時間を割くような奴ではないはずだが」 小夜子もティーカップを片付けながら、深い警戒の色を瞳に浮かべた。「ええ。単なる嫌がらせや偵察にしては、彼の目は……獲物を値踏みするような、ひどく飢えた色をしていました」 隼人は腕を組み、窓の外のビル群を睨みつける。「グラン・ヘリックスは近年、潤沢な外資を背景に、国内の独立系ホテルを次々と強引に買収している。俺の『聖域(サンクチュアリ)』も、奴らのAIの実験場として狙われているのかもしれん」 利益の追求だけでなく、自らのメソッドを証明するための標的にされている。  人の温かみを全面に打ち出したアーク・リゾーツ社のサンクチュアリと、AIの効率を至上とするグラン・ヘリックス。  お互いに相容れるものではない。(隼人さんと私
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 VIPルームを出た御子柴は、苛立ちを隠せないままロビーを歩いていた。(黒崎隼人……。昔の冷徹さは消え失せて、あの家政婦上がりの女の言葉に毒されている。くだらん。あんなホテル、私のメソッドで完膚なきまでに破壊してやる。破壊されるべきだ) 内心で悪態をつきながら、エントランスへ向かう途中。  御子柴の視界の端に、1人の青年が映った。(うん? あれは) 先ほどフロントにいた黒崎翔吾だ。休憩に入るのか、従業員通路へ向かって歩いている。  その手にはタブレット端末がある。翔吾は歩きながらも画面を食い入るように見つめて、高速で指を動かしていた。 御子柴の歩みが、自然と遅くなった。  翔吾のタブレットの画面には、複雑な数式とグラフが躍っていた。 (あれは……館内のスタッフ配置の最適化アルゴリズムか?) 御子柴の目が鋭く光る。  変数の組み方、導き出された予測曲線。それは既存のソフトを使った、ありふれたものではない。(あれは恐らく、あの青年がゼロから構築している独自の数式だな) ホテルの動線、時間帯別の客の滞留率、スタッフの疲労度までも数値化し、最も無駄のない配置を弾き出そうとしている。  御子柴の脳内で、瞬時に計算が走る。(黒崎隼人の弟……。なるほど、兄の感情論に染まっていない、純粋な『論理(ロジック)』の塊か。これほどの計算能力と論理的思考力を持つ人間が、あんな底辺のフロント業務をやらされているのか) それは、宝の持ち腐れ以外の何物でもない。  御子柴の口角が、ゆっくりと吊り上がった。彼の脳内に1つの案が浮かび上がる。  彼は方向を変え、翔吾の行く手を遮るように立ち塞がった。「あ……先ほどのお客様。何かご用ですか?」 タブレットから顔を上げた翔吾が、驚いたように足を止める。  御子柴はジャケットの内ポケットから、最高級紙で作られた名刺を取り出した。そして、それを翔吾の胸元にスッと差し出す。「君のその頭脳は、こんな非効率なホテルにはもったいない」
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230:翔吾の動揺

 しばらく後、ホテル近隣にある会員制の高級ラウンジにて。 分厚い革張りのソファに座らされて、黒崎翔吾は目の前の男と対峙していた。 照明を落とした店内には、低音を効かせたジャズが流れている。テーブルの上には、水滴をまとったクリスタルグラスが置かれていた。 どれもが翔吾に馴染みのないものだ。 洗練されていて、セレブな雰囲気の漂う空間。 翔吾は落ち着かない気持ちで身動きした。(駄目だ。動揺するな。みっともないところを見せたら、隼人兄さんに迷惑がかかる) 翔吾は何とか表情を押さえながら、正面の男を見た。 外資系ホテルチェーン『グラン・ヘリックス』日本支社長・御子柴玲二は、あくまで知的で温和に見える笑みを浮かべている。 彼は翔吾から手渡されたタブレット端末を一瞥し、薄く整った唇を吊り上げた。「素晴らしい」 短くも惜しみない賛辞だった。「君が組んだという館内スタッフの最適化アルゴリズム。変数の設定も、導き出される予測曲線も実に合理的だ。アーク・リゾーツのような感情論が蔓延る組織では、君の才能は宝の持ち腐れだよ」 翔吾は一瞬、呼吸を止めた。 自分の知性を、これほどストレートに評価されたのは初めてだった。 御子柴はグラスを手に取り、ウィスキーを口に含む。「一つ疑問がある。黒崎の弟とはいえ、どうして君のような人材が現場に出て働いている? 泥臭い接客や清掃など、君がやるべき仕事ではないはずだ」 痛いところを突かれて、翔吾は視線を落とした。(兄に認められたかったからだ。いや、本当は……)「……金が必要だからです。だから、兄の会社で雇ってもらいました」 自嘲気味な声が漏れた。 御子柴の目が、鋭く細められる。「金が必要な理由と金額は? 私なら君の力になれるはずだ。話してくれないか」 翔吾は口ごもった。身内の恥を他人に晒すことへの強い抵抗感がある。 しかし、目の前の男は自分の
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 今の翔吾は、兄のすねをかじる厄介者だ。毒親である母に悩まされて、仕方なく兄に泣きついた。  そんなみじめな状況を抜け出して、彼自身の能力が正当に評価される世界を、御子柴は示している。  それはどれだけ、翔吾にとって魅力的であることか。 しかしここで御子柴の提案に乗るのは、兄を裏切ることになる。  仕事を与えるという形とはいえ、弟を助けてくれた兄・隼人を。 翔吾は無意識に、膝の上のスラックスの生地を強く握りしめていた。「……考えさせてください」 絞り出すように答えるのが精一杯だった。  翔吾は、テーブルに差し出された最高級紙の名刺を、逃げるようにポケットへ押し込んだ。 ◇  ふらつく足取りでラウンジを出ていく翔吾を、御子柴は冷たい視線で見送った。 彼が翔吾の能力を買っているのは嘘ではない。学生の身でありながら、あれだけの数式を組むのは称賛に値する。  ただし御子柴がスカウトしてみせた理由はそれだけではなかった。(黒崎隼人は甘くなった。かつて氷の刃として私とやり合った頃に比べて、何となまくらになったことか) 御子柴は考える。では、甘ったるい情でもって黒崎の力を削いでやろう、と。(大事な弟を、私が引き抜いたとなればどうなるかな? あの青年はいずれ戦力になる。大事な弟であり未来の有望な戦力を、グラン・ヘリックスが抱き込む。黒崎はさぞ悔しがるだろう) 隼人が受けるダメージを思えば、自然と御子柴の口の端に笑みが浮かんだ。 それに――と、彼はラウンジの窓の外を眺めた。  夕暮れに沈み始めた東京の街並みは、昼から夜景へと移り変わりつつある。(息子の学費を使い込む母親、か。面白い話を聞いた。弟の引き抜きが成功せずとも、この情報は使える。調べておこう) 一口含んだウィスキーの香りが、鼻へと抜けていく。 ホテル・サンクチュアリを手に入れるため、黒崎隼人を追い落とすために御子柴はプランをさらに練り始めた。 ◇  御子
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