翔吾はベビーベッドを覗き込んだ。 彼には母親違いの弟妹がいる。もう10年以上前のことだが、赤子の世話の経験はあった。 おむつのインジケーターを見る。変色はない。濡れてはいないようだ。 室温は23度。適温だ。 ならば原因は一つ。空腹である。(ミルクを与えれば、泣き止むだろう) これは人助けではない。環境改善のためのタスク処理だ。 翔吾はそう定義付けて、キッチンへと向かった。 棚から粉ミルクの缶と哺乳瓶を取り出す。缶の裏面に記載された調乳方法を一読する。 翔吾の瞳から、眠気が消えた。 彼の脳内でスイッチが切り替わる。「70度以上のお湯で溶かし、人肌まで冷却……」 ケトルでお湯を沸かす。電子スケールの上に哺乳瓶を置き、粉ミルクをスプーンですくった。 彼の手つきは、ミルク作りというよりも化学実験のそれだった。 スプーンの縁で粉をすりきり、0.1グラムの誤差も許さずに投入する。 お湯を注ぐ角度も計算済みだ。 泡立てないように、かつ粉が溶け残らないように、手首のスナップを利かせて哺乳瓶を回転させる。 すっかりミルクが溶けたのを確認し、彼は呟いた。「攪拌(かくはん)、完了、と」 次は冷却プロセスだ。流水に哺乳瓶をさらして、秒単位で温度を下げる。 仕上げに自分の手首の内側にミルクを一滴垂らした。「37.5度……適温。完璧だ」 教科書通りのミルクが完成した。 ◇ 翔吾は哺乳瓶を持ってベビーベッドに戻った。「待たせたね。今、ミルクをあげますよ」 泣き叫び続けていた理玖を抱き上げる。 その瞬間、翔吾の体が強張った。柔らかい。小さい。そして、温かい。 子供の頃、妹と弟を抱き上げたことはある。けれどこんなに小さかっただろうか。 壊れ物を扱うように、ぎこちない手つきで抱える。 既に首が座っているとはいえ、落としたら終わり
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