Lahat ng Kabanata ng 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Kabanata 241 - Kabanata 250

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 完璧なタイミングでデータと見解を補足する小夜子と、即座に決断を下す隼人。2人の間には誰も入り込む隙のない、強固で完成された歯車が存在していた。 翔吾の喉の奥はカラカラに乾いてしまっていた。(僕の入る隙間なんて、これっぽっちもないじゃないか) 兄の背中は圧倒的で、とても追いつけない。そんな兄と義姉であり上司である小夜子は対等に渡り合っている。 胃の腑に、冷たく重い鉛の塊が落ちたような感覚を覚えた。 自分はあのレベルには一生到達できないと、実感してしまった。(このホテルに、僕の居場所はあるのだろうか) 翔吾はノックのための手をゆっくりと下ろした。 彼は今まで、自分の居場所というものを感じたことがない。 実家では継母と母親違いの弟妹たちに、常に肩身の狭い思いをしていた。 大学の1年間は楽しかったが、それも実母の使い込みのせいで終わりを告げた。(駄目だ。隼人兄さん……黒崎社長に合わせる顔がない) 音を立てずに後ずさりする。バインダーを通りかかった秘書に押し付ける。「すみません。これを社長に渡してください」「え、ちょっと、急に何の話ですか……」 秘書の戸惑いは無視して、そのまま足早にその場を立ち去った。◇ 翔吾は、バックヤードの従業員休憩室へ戻っていた。 パイプ椅子に浅く腰掛けて、一人でタブレットの画面を見つめる。 画面に表示されている数字が、全く頭に入ってこない。ポケットの中の御子柴の名刺が、異常なほどの熱を放っているように感じられる。 と。 バンッ! 勢いよくドアが開いた。「あー、疲れたあ!」 山内実加が、額の汗を手の甲で拭いながら入ってきた。 彼女のハウスキーピング用の制服は、裾のあたりに泥が跳ねて、ひどく汚れている。「ちょっとメガネ、聞いてくれよ! 近くの公園でさ、客が迷子の犬を探しててよ。手
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「感情で動くのはプロの仕事ではありません。ただの自己満足です。犬を探すのは業務外だ。なぜ断らないんです?」「なんだと? 困ってる奴を助けて何が悪いんだよ!」 実加が声を荒らげて、ずかずかと歩み寄ってくる。 翔吾は冷笑を浮かべた。「その結果、自分の仕事のパフォーマンスを落としては意味がない。だからあなたは、いつまでも底辺の清掃から抜け出せないんですよ」 言ってから、しまったと思った。 明らかな暴言だ。八つ当たりでしかない。 清掃の仕事は底辺ではない。 総支配人である小夜子が重んじる、ホテルの基本にして基盤の仕事なのに。 実加の足がピタリと止まった。 彼女の大きな瞳からスッと怒りの色が消える。代わりに深い傷つきの色が浮かんだ。「……そうかよ」 実加は低く呟いた。「インテリ坊ちゃんには、分かんねーよな」 それだけを冷たく言い放ち、実加は背を向けて休憩室を出て行った。 残された翔吾は、無言でタブレットを机に伏せた。◇ その日の夜のこと。 社員寮にある翔吾の自室では、蛍光灯の無機質な白い光が、机の上を照らしていた。 机には、2つの紙片が並べられていた。 1つは、御子柴から受け取った高級紙の名刺。 もう1つは、大学から届いた学費未納による督促状。期日までに支払いがなければ、除籍になると記されている。(答えは出ている。御子柴さんのオファーを受ければ、すべてが論理的に解決する) 自分の才能も活かせる。金の問題も片付く。これ以上、兄に対してみじめな思いを抱えながら生きる必要もない。 名刺に手を伸ばそうとした、その時だった。「きゃははっ!」 薄い壁の向こう、共有スペースから無邪気な笑い声が聞こえてきた。 実加の息子、理玖の声だ。 翔吾の動きが止まる。 以前、夜泣きする理玖にミルクを与えた時の記憶が、不意に脳裏に蘇
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 ベッドに倒れ込んだ翔吾は、うとうととまどろむうちに、昔の夢を見た。『ねえ、翔吾お兄ちゃん。なんでお兄ちゃんだけ、家族なのに苗字が違うの?』 母親違いの妹に、そう聞かれたことがある。 両親と弟妹は父親の苗字だが、翔吾だけは実母・真澄の苗字である黒崎だった。『さあ。なんでだろうね』 翔吾は誤魔化したが、理由は知っている。 妹に聞かれる1年ほど前に、父と継母が会話しているのを聞いたからだ。『あなた。翔吾の母親から養育費は払われないの?』 夜、子供たちが寝静まった家で、継母は険しい声で言った。 たまたまトイレに起きた翔吾は、2人の会話を聞いてしまった。『お金すら払わずに、育てる手間を押し付ける。あんまりじゃない?』 父は深いため息をつく。『分かっている。彼女はそういう女だ。今となってはどうして彼女に惚れ込んで子供まで作ったのか、理解できない』 父の声は苦渋に満ちていたが、継母は冷たく返した。『あなたの気持ちは、今はどうでもいいわ。それで養育費を払わない上に、翔吾の苗字も黒崎のままでしょう。あれは何?』『……建前上の親権は、彼女のものになっている』『はぁ!? 育てた実績もないのに、何よそれ!』 継母は不満の声を上げた。『離婚時の調停で、母親が親権を持つべきと主張して通ってしまったんだ。だが彼女はすぐに翔吾を俺に押し付けた。俺は親権を取り直そうとしたが、あれこれと屁理屈をつけて邪魔をされてな……。結局、そのままになっている』『親権が母親のものだから、実際に子を育てている私たちに養育費は払わないとでもいうの?』『あの女にとってはそういう理屈なんだろうな』『呆れた。子供を何だと思っているのかしら』『……せいぜい、金づるだろうよ。翔吾がいる限り、あの女との縁は切れない』 廊下の陰で話を聞いていた翔吾は、幼いながらも理解してしまった。
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 黒崎隼人の名前で検索すると、10歳年上の兄は学生の身で起業していた。 半年、1年と経過するたびに検索すれば、兄の会社はどんどん大きくなっている。 途中で不動産業界に参入して成功。ホテル業界でも成功しつつあった。(すごい。兄さんは本当に優秀なんだ。僕みたいにちょっと学校の成績がいいだけの人間とは違う)  翔吾は出会ったことのない兄に、憧れとコンプレックスを抱くようになった。 それから翔吾は家族から距離を置かれつつ育ち、高校は全寮制の遠方へ行った。家を追い出されたに等しかった。 帰宅するのは正月休みくらいで、それ以外はずっと学校の図書室と自習室で勉強ばかりしていた。 おかげで成績だけは優秀になった。 勉強にのめり込むのは楽しくて、大学で学びたい分野も決まった。 そうして高校3年の進路相談の際。父を交えた三者面談が終わった後、父は言った。『お前の優秀な成績に免じて、大学の学費だけは援助してやる。ただしそれまでだ。高校卒業後は、我が家に帰って来るな』 覚悟していたとはいえ、実の父に面と向かって言われると、翔吾も少なからずショックを受けた。 けれど表には出さず、淡々と答える。『分かりました。今まで育ててもらった恩と、大学の学費。感謝します』 援助はあくまで学費だけ。生活費は自分で稼がねばならない。 父は翔吾の名義で銀行口座を用意し、お金を入れてくれた。 しかしこれが裏目に出る。 口座が作られた当時、翔吾は未成年だったために、親権者である母・真澄が口座情報を手に入れてしまったのだ。 大学の入学時は問題なかった。 けれども1年が経過した頃、口座情報を悪用した真澄の使い込みが発覚。 翔吾は生活費のためにバイトをギリギリまで入れており、足りない分は学生ローンも使っていた。とてもこれ以上の余裕はない。 父は頼れない。これ以上迷惑をかけたくないし――拒絶されるのが怖い。 追い詰められた翔吾の脳裏に浮かんだのは、会ったこともない兄・隼人の姿。(あの母親の血
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(ただお金を貸してくれるわけじゃない。兄さんは僕に働けと言った。働いて良い結果を出せば、きっと認めてくれる。義姉さん……小夜子総支配人も) そう思うと嬉しくて、意気込んだ。(それなのに、この結果……。僕は居場所をどこにも見つけられない。居場所など、どこにもないのかもしれない) 半ば眠りの中に落ちながら、翔吾の心に過去と現在が交差する。 今まで出会った人々の面影が心に流れていく。 そうして最後に残ったのは、何故か実加と理玖の屈託のない笑顔だった。◇ 翌日のフロントロビーにて。 翔吾はカウンターに立ち、これまで以上に完全な効率を意識して業務にあたっていた。 無駄な言葉は省く。最短の動線で客を捌く。(僕は完璧な機械の歯車であるべきだ。無駄は必要ない) そこに、巨大なスーツケースを3つも抱えた家族連れが現れた。 父親らしき男性が、汗を拭いながら尋ねてくる。「すみません、エレベーターはどちらでしょうか。荷物が重くて……」 翔吾は一切の感情を排した声で答えた。「エレベーターは右手奥でございます。お荷物につきましては、あちらのカートをご利用ください」 視線すら合わせず、指を差し示すだけ。マニュアルに則った正しい案内だ。 男性が戸惑ったような顔を見せる。 と、その時。「お荷物、お持ちいたしますね」 ふわりと、上質な百合の香りが漂った。 いつの間にか現れた小夜子が、流れるような動作でスーツケースの持ち手を握っていた。「長旅、お疲れ様でございました。お部屋までご案内いたします。さあ、こちらへ」 小夜子の柔らかな笑顔に、家族連れの顔がパッと明るくなる。「ああ、助かります。ありがとう」 小夜子はベルボーイに荷物を引き継ぎ、彼らを笑顔で見送った後、ゆったりとした動作で翔吾の横に並び立った。 
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237:チームの危機

 客室フロアの廊下に、無味乾燥な電子音が響いた。 ――ピピッ。 黒崎翔吾は手元のストップウォッチを止めて、デジタル文字盤の数値を冷たい視線で睨みつけた。「規定の清掃時間より、4分12秒超過しています」 翔吾の言葉に、開け放たれた客室のドアから山内実加が顔を出した。 彼女の額には大粒の汗が浮かんでいる。ハウスキーピング用のエプロンには水跳ねの跡がいくつもついていた。 手には使い古されたマイクロファイバークロスが握られていた。「あのなぁ、メガネ。だから、さっきから言ってんだろ!」 実加が荒い息を吐きながら抗議した。「前の客がベッドの下にジュースこぼしてて、床にベッタリ、ガッツリ、シミができてたんだよ! 放っておけねえから、洗剤叩き込んで念入りに拭いてたんだ。時間がかかるのは当たり前だろ」 翔吾はタブレット端末を操作し、視線を画面に落としたまま答えた。「それは特殊清掃班に回す案件です。ハウスキーパーの基本業務範囲を超えています」「あのな、少し手を動かせば落ちる汚れなんだよ。わざわざ別の班を呼ぶ方が手間じゃねえか」 実加としては、小夜子に教わった清掃の責任を果たしているつもりだ。 清掃の現場を知らない翔吾に頭ごなしに言われて、腹が立っていた。「あなたが個人的な判断で時間を浪費すれば、全体のローテーションが崩れます」 翔吾の声は、ひどく硬かった。 ジャケットのポケットに入ったままの、御子柴の名刺。その存在が皮膚越しに熱を放っている錯覚さえある。(僕は、論理(ロジック)の住人だ。感情というバグに振り回されてはならない) ろくでなしの母親のもとに生まれ、父親と再婚相手である継母に疎まれながら生きてきた。 誰も自分を見てくれない冷たい家の中で、心を殺し、論理にのめり込むことで、どうにか寂しさと悲しみをやり過ごしてきたのだ。 数式と論理は、いつだって嘘をつかない。正解を出せば、どんな時でも彼を受け入れてくれた。 だからこそ、御子柴のオファーに即答できず
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 宿泊客の目に触れないよう、2人はバックヤードのリネン室へと場所を移した。 漂白剤と糊の匂いが充満する狭い空間で、言い争いはさらに熱を帯びた。「客の部屋をきれいにして何が悪いんだよ! それがウチの仕事だ!」 実加が一歩踏み出す。「ウチは総支配人に教わったんだ。客が安心して眠れるようにするのがプロだってな。時間だけ守って、汚れを見逃すのが正解なのかよ」 その言葉が、翔吾の胸の奥にある柔らかな部分を突き刺した。 実加の不器用だがまっすぐな優しさが、翔吾が必死に築き上げようとしている「完全な効率」という盾を激しく揺さぶる。 その揺らぎを隠すため、翔吾はあえて口角を歪めて冷笑を作ってみせた。「感情や自己満足で動くのは、無能な人間の言い訳です」 それは、御子柴の受け売りだった。いや、迷いを断ち切るために、自分自身にかけた呪いの言葉だった。「数字の出せない人間は、このホテルには必要ない。あなたのその見当違いの非効率が、全体の足を引っ張っているんです」 ギリッ。 実加が握りしめたプラスチック製のスプレーボトルが、嫌な音を立てて軋んだ。 彼女の肩が大きく上下している。顔からスッと表情が消えて、射抜くような鋭い視線が翔吾を捉えた。「……数字、数字ってうるせえんだよ」 実加の声は低く、地を這うようだった。「あんたは客の顔じゃなくて、タブレットの画面しか見てねえじゃんか。画面の中の数字が喜んでりゃ、それで満足なのかよ」「……それは」 翔吾の喉が詰まる。反論の言葉が出てこない。「インテリのあんたには、アタシみたいな馬鹿のやり方は一生わかんねえよ」 実加は翔吾の肩にわざと強くぶつかり、リネン室を出て行った。 バタン。ドアが乱暴に閉まる音が、狭い部屋に反響する。 翔吾は足の力が抜け、リネンワゴンの横の壁に背中を預けた。(僕は正しいことを言ったはずだ。論理的に反論の余地はない) そ
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 隼人もまた、翔吾が問題を起こしているのに気づいていた。厳しいことを言いながらも、弟を気にかけていたのだ。「まあ、実際に就職して働き始めたのは評価する。大学の学費だけは出してやろう。もう切るか?」 わざと冷たい言い方をしているが、兄として弟を思いやる気遣いが感じられる。 小夜子はデスクから立ち上がり、紅茶のポットとティーセットを取り出してお湯を注いだ。「いいえ。翔吾さんは今、必死に自分の心(ノイズ)を殺そうとして、空回りしているだけです」「心を殺す?」「ええ。彼は頭が良すぎます。だからこそ、理屈で割り切れない『情』に触れると、バグを起こすのです」 小夜子は紅茶の入ったカップを隼人の前に置いた。 いつもながら完璧な温度と蒸らし加減の紅茶が、良い香りを放っている。「実加さんのまっすぐな優しさが、彼の論理を揺さぶる。それが苛立たしいのでしょう。彼は自分を守るために、極端な効率主義の鎧を着込んでいる状態です」 隼人は紅茶を一口飲んだ。少し目を伏せると、長い睫毛が瞳に落ちかかって影を作った。「俺がかつて心を閉ざしていたのは、他人を信じられなかったからだ。それが小夜子に出会って、呪いが解けるように人の温かさを知った。あいつも……翔吾も、外の世界に目を向けられるといいのだが」「大丈夫ですよ。少し強引ですが、対処法を考えました」 小夜子は隼人の隣に座り、夫の肩を抱いた。隼人が目を上げる。「対処法とは?」「机上の空論が通用しない場所へ送ります」 小夜子はふわりと微笑んだ。「泥にまみれ、汗を流さなければ見えない景色を見せましょう。最強の家政婦の特効薬(メソッド)を、少しだけ荒療治で処方します」  ◇  翌朝。従業員用のブリーフィングルームは、重苦しい空気に包まれていた。 長机の端と端に、翔吾と実加が座っている。2人は頑なに目を合わせようとせず、互いにそっぽを向い
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 翔吾が弾かれたように立ち上がった。眼鏡がずり落ちるのも構わず、声を張り上げる。「僕は今、フロント業務の最適化アルゴリズムを構築している最中です。それを途中で投げ出して、しかも彼女のような素人と一緒になんて……非効率にも程があります!」「ウチだって御免だね!」 実加も負けじと立ち上がる。「だいたい、出張なんてチビはどうすんだよ! 夜泣きだってすんのに、置いていけるわけねえだろ!」「お座りなさい」 小夜子の凛とした声が、2人の反発を空中で叩き落とした。 有無を言わせぬ覇気に当てられ、2人は渋々パイプ椅子に腰を下ろす。「行き先は、アーク・リゾーツが先月買収した地方旅館『せせらぎ亭』です。現在、従業員のストライキと施設の老朽化で、経営は破綻寸前の状態にあります」 小夜子は実加の方を見た。「理玖君の保育環境は、現地に手配済みです。伝手を頼って、ベテランのシッターを確保しました。大自然の中で育てるのも悪くありませんよ」 実加は言葉を失い、小さく口をパクパクさせた。◇ 小夜子は2人の顔を交互に見据えた。「翔吾さん。数字だけで、血の通った人間が動くと思いますか?」「…………」 痛いところを突かれて、翔吾の肩がビクッと跳ねる。「実加さん。気合と情だけで、離れた客が呼べると思いますか?」「うっ、そ、それは……」 実加は奥歯を噛み締め、うつむいた。「あなたたちがそれぞれ信じるものの限界を、現場で証明してきなさい。それができなければ、アーク・リゾーツにあなたたちの居場所はありません」 退路を断つ、冷酷なまでの宣告だった。 部屋はしんと静まり返る。 翔吾と実加はもちろんのこと、他の従業員たちも声が出せないでいる。 翔吾はジャケットのポケットに手を当てた。指先が、名刺の硬い感触に触れる。
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241:山奥の宿

 深い山道を、年季の入ったローカルバスがエンジンを唸らせながら登っていく。 翔吾と実加の出張先、アーク・リゾーツ社が買収したばかりの山奥の旅館に向かうバスである。 バスの乗客は翔吾と実加の他に、ほんの数人程度。実に閑散としていた。 山道は狭く、つづら折りが続く。 急カーブのたびに車体が大きく揺れる。その度に翔吾は眉間を押さえて小さく呻いた。「……うっぷ」「おいインテリ、顔色やべーぞ。エチケット袋いるか?」 隣の席から、山内実加がニヤニヤしながら覗き込んでくる。 実加は車酔いに強い体質のようで、揺れる山道でも余裕の表情だ。「結構です……。話しかけないでください、吐き気が増します」 翔吾は青白い顔で視線をタブレット端末に戻した。 画面には、アーク・リゾーツが買収した旅館『せせらぎ亭』の経営データが表示されている。 それを覗き込んで、実加が小首を傾げた。「せせらぎ亭とは、風流な名前だよな」 翔吾は青い顔のまま軽く首を振る。「しかし、ひどい数字だ。客室稼働率はわずか15パーセント。設備の減価償却はとうに終わり、莫大な修繕費が必要になる。論理的に考えて、即刻更地にして売却すべき不良債権ですよ」「ていうかよ!」 実加が窓のバンバンと叩いて外を指差した。「コンビニもねえじゃんか! 見渡す限り木と草ばっか! こんな山奥、チビのおむつはネット通販で届くのかよ!?」「あなたの感情論と個人的な事情は、ここでは無用です」 翔吾は冷たく言い放って、眼鏡を押し上げた。「僕がこの宿の完璧な再建スキームを組みますから、あなたは黙って僕の指示通りに動いてください」「はっ、言ってろ」 実加は鼻で笑い、腕を組んでふんぞり返った。「現場の泥水すすったこともねえインテリ坊ちゃんに、何ができるってんだ。やってみろよ」「実加さんこそ、行き当たりばったりの根性論では何もできな
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