Lahat ng Kabanata ng 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Kabanata 251 - Kabanata 260

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『せせらぎ亭』の看板は文字がかすれ、立派だったはずの門構えも木材が腐りかけている。 屋根瓦は一部が剥がれ落ち、手入れされていない庭の雑草は膝の高さまで伸び放題だった。 呆然と佇む2人に、建物から声がかけられる。「お待ちしていましたよ、お2人とも」 玄関から現れた人影に、実加は目を剥いた。「総支配人!? なんで着物なんスか!」 現れた小夜子は、淡い藤色の見事な着物を完璧に着こなしていた。 普段のスーツ姿とは違うが、凛とした佇まいと威圧感は健在だ。「郷に入っては郷に従え、です。本日から私は、ここの女将を務めます」 小夜子の隣には、よれよれの作務衣を着た60代ほどの男性が立っていた。「こちらはこの旅館、せせらぎ亭の番頭さんです。ここに長く務めていらっしゃる方です」「どうも」 彼は挨拶もそこそこに、大きな欠伸をした。「どうせ東京の会社が、すぐに更地にして売り払うんだろ。まあ、俺らの退職金さえ出ればどうでもいいんだがな。適当にやってくれや」 絵に描いたような無気力、投げやりな態度だった。 あまりのやる気の無さに、実加が面食らっている。 翔吾はタブレットと番頭の顔を交互に見比べ、奥歯を噛み締めた。(従業員のモチベーションの完全な欠如。データには表れなかった項目だ。これでは、どんな完璧なシフトを組んでも機能しない……!) 初っ端から、計算式に組み込めない厄介なエラーに直面し、翔吾は出鼻をくじかれた。 ◇ 「まずは、館内をご案内しましょう」 小夜子の先導で、一行は薄暗い廊下を歩いた。 廊下も老朽化が激しく、歩くたびにギイギイと木の軋む音がする。 古びた階段を登り、最上階の客室へと足を踏み入れた。「こちらが、この宿で一番の景観を誇るお部屋です」「おっ、やっといいとこ見れるか? これだけ自然が豊かだもんな。山並みとか、す
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「あれは外資の『グラン・ヘリックス』が建ててる巨大リゾートホテルですよ。あっちの工事のせいで日差しがさえぎられている。おまけに地下を掘り返されたせいで、うちの温泉の水源まで湯量が減り始めて、ふんだり蹴ったりです」「はあ!?」 実加が声を上げる。 番頭は取り合わず、肩をすくめた。「どっちみち、うちなんてもうおしまいだよ。あの黒船には勝てねえ」 翔吾の顔色が一瞬にして蒼白になった。「グラン・ヘリックス……」 翔吾の脳裏に、ラウンジでグラスを傾けていた御子柴玲二の顔がフラッシュバックする。(あの男……僕を甘い言葉で誘っておきながら、裏では兄の会社が買収したこの宿を、物理的・資本的な暴力で潰しにかかっていたのか!) スラックスのポケットに入った、最高級紙の名刺。それが、急に重い鉄の塊のように感じられた。翔吾はポケットの上から、その名刺を力一杯握りしめた。 圧倒的な資本と数字の力。それが自分たちの首に巻き付いて締め上げていると、翔吾は痛感した。(御子柴が僕をスカウトしたのは、僕の能力を買っていたからじゃないのか……? 僕が隼人兄さんの弟で、しかもお金に困っているという弱点があるから、付け入ろうとしただけだったのか?) 翔吾の胸に疑念が生まれる。 能力を買われたわけではなかった。自分は無価値だった。その思いは、痛みとなって彼の胸を突き刺した。「必ず勝たなくてはならない。僕の価値を証明するために、せせらぎ亭を立て直す。そして、グラン・ヘリックスを打ち負かさなければ……」 ほとんど無意識のうちに喉奥から漏れた言葉は、小夜子の耳だけに届いていた。 ◇  夕刻になると、視察は厨房へと移った。 まともな料理長はすでに辞めており、残った数人のスタッフが私語を交わしながら、だらだらと夕食の準備をしている。「おい、なんだよこれ!」
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 翔吾は即座にタブレットを取り出し、数値を弾き出そうとした。「食材の廃棄率が異常に高いですね。この原価率と提供品質では、利益率が極端に――」「翔吾さん。計算は後です」 小夜子の鋭い声が、翔吾の言葉をさえぎった。 小夜子はツカツカと歩み寄り、厨房の巨大な換気扇を指差した。「料理以前の問題です。油汚れで排気がまったく機能しておらず、厨房全体に酸化した油の臭いが充満している。これでは、どんな高級食材を使っても台無しです」「……確かに。なんかずっと臭えと思ってたんだよ」 実加が鼻をつまむ。 小夜子は振り返り、実加を正面から見据えた。「実加さん。明日までにこの厨房のステンレスを、あなたの顔が映るまで磨き上げなさい。できますね?」「お、おう! 任せとけ!」 なかなかの無茶振りである。けれど実加は腕まくりをした。「汚れの根絶やしは、アタシの特技だからな!」 ◇  その日の深夜。 虫の音だけが響く静かな廊下で、翔吾は自室のドアに寄りかかり、タブレットの画面を睨みつけていた。 画面には、グラン・ヘリックスの巨大ホテルの建設データと、このせせらぎ亭の絶望的なデータが並んでいる。(勝てるロジックが存在しない。資本力、設備、人員、すべてにおいて勝ち目がない。僕の論理が……通用しないのか?) 翔吾は強く頭を振った。(いや、そんなはずはない。感情を捨てて計算すれば、必ず活路はあるはずだ。論理は裏切らない……!) ここで負けを認めれば、自らの無価値も認めることになる。 せっかく働き始めた兄の会社で居場所をなくし、兄と義姉の足を引っ張ってしまう。それだけは嫌だった。 焦燥感に駆られ、画面をスクロールし続けていたその時。「よっと」 廊下の奥から、実加が歩いてきた。 手にはバケツと数種類の
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245:数字の罠

 翔吾たちがせせらぎ亭で一泊した、翌朝。 埃っぽいロビーのソファに、数名の従業員が集められていた。 黒崎翔吾は目の下に濃いクマを作りながらも、手元のタブレット端末を掲げて熱弁を振るっていた。「――以上が、僕が徹夜で組み上げた『せせらぎ亭・V字回復アルゴリズム』です。グラン・ヘリックスの圧倒的な資本に対抗するには、徹底的なコストカットと業務効率化しかありません」 翔吾は画面をスワイプし、カラフルなグラフを表示させた。「まず、提供する食事のメニューは3種類に限定し、食材の廃棄ロスをゼロに近づけます。客室清掃は一部屋あたり15分を上限とし、人員配置を時間帯ごとに最適化する。このシミュレーション通りに動けば、3ヶ月で損益分岐点は確実に超えられます!」 完璧な論理だった。数字の裏付けもある。翔吾は自信を持って従業員たちの顔を見渡した。 ところが。 ふぁあ、と。 作務衣姿の番頭が、遠慮のない大きな欠伸をした。「……若旦那。あんたの言うことは立派だがね」 番頭は首の後ろを掻きながら、面倒くさそうに立ち上がった。「俺たちは機械じゃないんだ。そんなキツキツのシフトで、1分1秒を急き立てられて動けるわけがないだろう」「機械になれと言っているわけではありません! 無駄を省き、合理的に――」「それにさ」 番頭は窓の外、遠くに見える建設中の巨大な鉄骨を顎でしゃくった。「どうせあの黒船に潰されるんだ。半年後には更地になってるかもしれない宿で、なんで今さら骨身を削らなきゃならねえんだよ。無駄な努力はしたくないね」「無駄な努力ではありません! この数字を見てください、論理的に正しいのに、なぜ動かないんですか!」 翔吾が声を荒らげたが、従業員たちは誰一人として聞く耳を持たなかった。「はいはい、お疲れさん。俺たちはいつもの掃除に戻るよ」 番頭を筆頭に、板前や仲居たちがぞろぞろとロビーから散っていく。 残された翔吾はタブレットを持つ手を震わせた。ぐっと奥歯を噛
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 板前は厨房を見回した。 ドロドロだった換気扇の羽は本来の銀色を取り戻している。 焦げ付いていたガスコンロも、くすんでいたステンレスの調理台も、新品のようにピカピカに輝いていた。 ぬめった汚れがこびりついていた床も、今はすっきりとしている。 板前が靴底で床をこすると、キュキュッという清潔感のある音がした。 シンクを覗き込むと、呆然としている自分自身の顔が、鏡のようにくっきりと映り込んでいた。「……おいおい、嘘だろ」 彼が思わず呟くと。「んあ……?」 足元から寝ぼけたような唸り声が聞こえた。 板前が飛び退くと、磨き上げられた床の隅で、山内実加が大の字になって爆睡していた。手にはスポンジを握りしめ、顔には黒い汚れがこびりついている。「おっさん、来たか……」 実加はむくりと起き上がり、ボサボサの頭をガシガシと掻いた。大きく伸びをして、あくびを噛み殺す。「ほら、約束通り磨いといたぞ。これであのドブ臭い匂いは消えただろ。換気扇の吸い込みもバッチリだ」「お前……これ、1人で徹夜でやったのか……?」 板前は震える手で、シンクの縁を撫でた。指に油のベタつきは一切ない。「まあな! 師匠……総支配人の命令は絶対だ。約束した以上は、手は抜かねえ」 実加は立ち上がり、腰に手を当ててニヤリと笑った。「これで、『環境が悪いから不味い飯しか作れねえ』って言い訳はできなくなったな」「なんだと?」「アタシは最高の舞台を用意したぜ。あとはおっさんの腕次第だ」 実加は親指で調理台を指差した。 板前は反発の言葉を口にしようとしたが、喉の奥でつっかえた。 目の前には汚れひとつないまな板と、美しく並べられた包丁がある。それは彼が若い頃、自分の店を持とうと夢見ていた時の情景と重なった。
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 ふと、ふわりと上質な茶の香りが漂ってきた。「お疲れのようですね」 黒崎小夜子が、湯気を立てるお茶の入った湯呑みをテーブルにコトリと置いた。「総支配人……」 翔吾は顔を上げて、焦りに満ちた声を絞り出した。「僕の計算は完璧なはずです。彼らが怠惰なだけだ。このままでは、御子柴の資本に勝てない……!」 小夜子は窓の外に視線を向けた。遠くから、重機の低い駆動音が絶え間なく響いてくる。「翔吾さん。数字や計画は、目的地までの『地図』にすぎません」 小夜子の声は、ひどく穏やかだった。「地図がどれほど正確で完璧でも、歩く人間の『足』が前を向いていなければ、一歩も進まないのです」 翔吾は戸惑いながらも言い返した。「人間の足を動かすのは、合理的な報酬と目標設定のはずです」「それは機械の論理です。人間の足を動かすのは、数字ではなく『感情(熱)』です」 小夜子は翔吾の目を見据えた。「実加さんを見てきなさい。彼女の熱に触れてみれば、きっと分かるはずです」「……はい。ご命令とあれば」 翔吾は不満の心を押し殺して、立ち上がった。◇ 昼下がりのせせらぎ亭、玄関にて。 リュックを背負った老齢のハイカーが一人、ふらりと入り口に立っていた。「あのう、宿泊はしてないんですが、お昼ご飯だけいただくことはできますかのう?」 通りかかった翔吾は、顔をしかめた。「申し訳ありませんが、本日のランチ営業は――」(予約外の単価の低い客一人を受け入れるのは、光熱費と人件費の無駄だ。効率が悪すぎる) 断りの言葉を告げようとした、瞬間。「馬鹿野郎!」 ドンッ! と背中を強く突き飛ばされて、翔吾は前のめりによろけた。「あぶなっ……何をするんですか!」 
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 それは、昨日見た冷めた「残飯」とはまるで別物だった。 近所の山で採れた山菜の天ぷらは、薄衣でカラリと揚がっている。うどんのつゆからは、鰹と昆布の丁寧な出汁の香りが立ち上っていた。 磨かれた厨房の環境に触発された板前が、無意識のうちに美味しい料理を作ってしまったのだ。 客がうどんをすすり、ほあぁ、と幸せそうな吐息を漏らした。「うまい。冷えた体に沁みるよ。天ぷらもサクサクだ」「……お粗末様です。山のモンしかねえですが、鮮度だけはいいんで」 板前は照れくさそうに頭を掻いた。しかしその表情は、まぎれもなく料理人としての誇りに満ちていた。 ◇  食堂の隅で一部始終を見ていた翔吾の脳内で、バラバラだったパズルのピースが繋がり、新たな計算式が激しい勢いで組み上がっていく。(実加さんの清掃による環境改善が、職人のプライドを回復させた。それが料理の質を向上させ、顧客の満足度を獲得した……!) 翔吾は目頭を押さえた。(追加の投資額はゼロだ。ただ一人の清掃員の『熱』が、これほどの利益(リターン)を生み出すのか。これが……小夜子さんの言う、『感情』の力……!) 御子柴の「資本と論理」に対抗する唯一の武器。 それは、自分が頑なに排除しようとしていた「人間の熱」に他ならない。「よしっ、次は風呂場の黒カビだ! 根こそぎ落としてやる!」 実加が食堂から飛び出す。重い洗剤の入ったポリタンクを引きずって、大浴場の方へ向かった。 翔吾は無言で後を追い、実加の手からポリタンクの持ち手をスッと奪い取った。「あ? 何すんだよインテリ。邪魔すんな」 実加が怪訝な顔で睨みつける。 翔吾は答えず、自分の首元に手をかけた。 シュルリとネクタイを外し、ワイシャツの第一ボタンを開ける。さらに、履いていた革靴を脱ぎ捨て、用意してあった青い『清掃用のサンダル
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249:お風呂大作戦

「おらおらっ! 腰が入ってねえぞインテリ! デッキブラシは腕じゃなくて、体重を乗せて擦るんだよ!」 薄暗い大浴場に、山内実加の容赦ない大声が飛んだ。「はぁっ、はぁっ……分かっています、頭では……摩擦係数を最大化するためのベクトルの向きは……くそっ、腕が!」 黒崎翔吾は青い清掃用サンダルを履き、額から滝のような汗を流しながら、水垢にまみれた洗い場のタイルを必死に擦っている。 開始からわずか数十分で、普段ペンとタブレットしか持たない彼の腕は完全に悲鳴を上げていた。 そのタブレットは、脱衣所のカゴの中に置いてきた。今現在役に立つのは、彼自身の肉体だけだ。 なお、脱衣所のカゴも破れたものばっかりだったと付け加えておこう。「ほら、貸してみな」 実加が翔吾からデッキブラシを奪い取る。 彼女は重心を低く落とし、リズミカルにブラシを滑らせた。シャッ、シャッ、シャッという小気味よい音が響き、固着していた黒ズミが嘘のように分解されていく。「皮脂汚れにはアルカリ性の洗剤、鏡の白いウロコ汚れは水道水のミネラルが固まったもんだから酸性だ。汚れの成分を逆算して中和させる。ただの力技じゃねえんだよ」 スプレーボトルを持ち替えながら流れるように作業する実加の姿を見て、翔吾は息を呑んだ。(無駄な動線が一切ない。汚れの根源を瞬時に見抜き、最適な化学反応を選択している……。彼女の仕事は単なる肉体労働じゃない、高度に最適化された専門技術だ) 翔吾の感嘆の目に気づくと、実加は照れ笑いをした。「まっ、今のは全部師匠の受け売りだけどな。掃除は化学。お勉強は苦手だが、掃除のためなら覚えるぜ」「師匠とは、小夜子総支配人のことですか?」「おうよ! あの人はすげーぞ。師匠にかかれば、どんな汚れもあっという間に落ちちまう」 1時間後。シャワーで泡を洗い流すと、2人の目の前には、新品のように輝く大浴場が現れた。 試しに湯船を指でこすって
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 ガラス戸を開けて外に出た翔吾は、思わず鼻をつまんだ。「ひどい悪臭だ……これは、植物が腐敗した匂いですね」「うわあ……こりゃあ年季の入ったドブ池だな」 そこにあったのは、かつて露天風呂だった「沼」だった。 何年もの間、放置されて堆積した落ち葉がヘドロのように底に沈み、岩肌には緑色のヌルヌルとした苔がびっしりと張り付いている。 何より致命的なのは、周囲の景観だった。 人の背丈以上に伸びきった雑草と、手入れされていない木々の枝葉が壁のように生い茂り、せっかくの自然の景色を完全に覆い隠してしまっている。 翔吾は顔をしかめた。「これではただの野外の池、いや、沼だ。視界はゼロ、不衛生極まりない。グラン・ヘリックスの最新スパには、到底太刀打ちできません」「だからなんだってんよ」 実加は躊躇なくサンダルのまま、泥水のような湯船の中にバシャリと足を踏み入れた。「勝てねえなら、勝てる風呂に作り変えりゃいいんだよ! インテリメガネ、いいか。ただ汚れを落とすだけじゃ駄目だ。それじゃあ最低限だからな。ここは景色ごと『デザイン』し直すぞ!」 実加の瞳が、ギラリと光った。 ◇  そこからの実加の行動は早かった。 物置から引っ張り出してきた大バサミで、視界を塞ぐ笹の葉や雑草をバキバキと刈り取っていく。「メガネ! そっちの枯れ枝まとめて縛っとけ!」「人に指図しないでください! ……と言いたいところですが、今はあなたの指揮下に入りましょう。今だけですからね!」 翔吾も泥だらけになりながら、実加の刈り取った枝葉を片付けていく。 大方の雑草刈りが終わったら、次は風呂掃除だ。 泥水のような汚れが溜まった露天風呂の水を、全部抜いた。 久方ぶりに水が抜かれた岩風呂は、あちこちに泥や枯れ葉の汚れがこびりついている。 とてもこのままでは入浴でき
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「馬鹿を言わないでください、人力で動かせる質量じゃありません!」「いいからやれ! 気合だ気合!」「気合で物理法則は覆りません!」 言い返した翔吾だったが、露天風呂の脇に転がっていたあるものに気づいた。「待ってください、そこに太い丸太を挟んで。てこの原理を使います。僕が支点を作るから、あなたが力点に体重をかけて!」「おおっ、なるほどな! よし、せーのっ!」 翔吾が丸太を差し込み、支点を作る。 実加が思いっきり丸太に体重をかけて、力点を動かした。 ズズ、ズズズッ……。 2人が押し引きすると、重い岩がゆっくりと端へ転がっていった。 沼のような汚れた元・露天風呂に足を入れながらの作業のせいで、2人ともすっかり泥まみれだ。「やったぜ! すげえなてこの原理!」「だから言ったでしょう。こんなの中学理科ですよ。脳筋はこれだから!」「でもお前も、岩を転がしたのは初めてじゃね?」「それはそうですけど、そうですけど!」 悪態をつき合いながらも、2人の顔には同じ目標に挑む笑顔が浮かんでいた。 ◇ 「どうせ無駄なのに……」 翔吾と実加の奮闘の様子を、脱衣所の窓からこっそりと覗き見ている影があった。 先ほど、翔吾のプレゼンを「無駄な努力」と冷笑して去っていった従業員の一人。地元育ちの中年の仲居だった。 呆れて部屋に戻るつもりだったが、インテリ風のメガネ青年とヤンキー娘が、信じられないほどの熱量で泥まみれになっている姿から、どうしても目が離せなくなっていた。「よし、次はこの古い木だな。枝がグネグネ伸びてて不格好だ。根元からノコギリで切っちまおう」 実加が、湯船の脇に立つ一本の古木に刃を当てた瞬間だった。「待って! その木は切らないで!」 仲居がたまらずガラス戸を開けて、露天風呂に飛び出してきた。「えっ?
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