理玖はガラスに額を押し付けたまま、父親の働く姿を見つめた。 先ほど廊下でカートを押していた実加の姿も脳裏に蘇る。 家でエプロンをつけて料理をする母。 膝の上で絵本を読んでくれる父。 その2人が今は全く違う顔をして、この巨大なホテルを動かす歯車の1つとして完璧に機能している。(母ちゃんと父ちゃん、なんだかすごく遠くにいる人みたいだ) 理玖の胸に誇らしさと同時に、少しだけの寂しさが混じった不思議な感情が湧き上がった。 大人の世界はかっこいい。でも、まだ自分には手の届かない遠い場所だ。「しさつ、かんりょうね」 美夕が満足そうに呟いた。 彼女の瞳には、両親たちの作り上げたこのホテルへの強い信頼と誇らしさが宿っている。「帰ろう、美夕ちゃん。おやつの時間になっちゃう」 理玖が促すと、美夕は素直に頷いた。「そうね。つぎのじゅんかいは、またこんどにしましょう」「まだやるつもりなの?」 2人の小さな探検隊は、来た時と同じように姿勢を低くして、再び秘密のルートを引き返し始めた。 ロビーの喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。 シャンデリアの光が、2人の小さな背中を優しく照らしていた。 彼らの靴下が床を擦るわずかな音は、ホテルを満たす活気の中に完全に溶け込んでいった。 保育園に戻った2人が、保育士に叱られるのはそれから10分後のことである。「2人とも、どこへ行っていたの! 心配したのよ。勝手に外に出たら危ないでしょう!」「ごめんなさい」 美夕はしおらしく謝りながらも、「しさつ」に行ったのはとうとう隠し通した。 保育士は外を少しうろついた程度だと思ったらしい。 一通り叱った後は許してくれて、おやつの時間になった。 おやつのボーロを頬張りながら、理玖は先ほど見た両親の姿を頭の中で何度も反芻していた。 いつか自分も、あんな風にかっこよく働けるようになるのだろうか。 プラスチックのコップに入った麦茶を飲み
Última actualización : 2026-08-08 Leer más