「お客様。大変長らくお待たせいたしました」 翔吾の声は怒声が飛び交うロビーにあって、ごく冷静に響いた。 愛想笑いはない。彼の表情は、ごく平静で落ち着いている。「待たせた理由を説明しろ。部屋はどこだ」 男性が翔吾を睨みつける。 翔吾はタブレットのを素早く指で弾き、画面を男性の目の前に差し出した。「結論から申し上げます。現在、当ホテルにお客様をご案内できる空室は存在いたしません」「……はあ?」 男性の動きが止まった。 予想外の言葉に、怒りよりも困惑が勝ったようだ。 カップルの男や家族連れの父親も、怪訝な顔で翔吾に注目する。 翔吾は画面に表示されたデータを指差す。「当ホテルの予約管理システムと、お客様がご利用になられたオンライン予約サイトとの間で、深刻な同期エラーが発生いたしました。そのため、満室であるにもかかわらず架空の空室が販売され続けた結果です」「ふざけるな! やっぱりそっちのミスだろうが。別のホテルを手配しろ!」 男性が再び声を張り上げる。 しかし翔吾は落ち着いた態度のまま、タブレットの画面をスワイプした。「不可能です」「は? 不可能だと?」「こちらをご覧ください。半径10キロ圏内にある同クラス以上の宿泊施設、合計120件の現在の稼働率データです。すべて100パーセント。空室ゼロです」 画面には、広域マップ上に赤い文字で「満室」のアイコンがびっしりと並んでいる。「本日は市内で大規模なコンサートと国際学会が重複しており、周辺のホテルは数ヶ月前からすべて埋まっております。タクシーや電車の運行状況は平常ですが、今から他県へ移動していただいても、本日の宿泊先を見つけるのは極めて困難です」 事実とデータだけを並べる翔吾の説明に、絶望的な状況を感じたのだろう。男性の顔からスッと血の気が引いた。 カップルの女の方が、彼氏の腕にしがみつく。「じゃあ、俺たちはどうなるんだ。野宿しろとでも言うのか」
Última atualização : 2026-08-27 Ler mais