Todos los capítulos de 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く: Capítulo 431 - Capítulo 440

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 翔吾は背筋を伸ばし、膝の上で腕を組んで目を閉じている。  普段のスーツ姿ではない、カジュアルなニットのセーター。その肩のラインは、見た目以上に広く、頼もしい。(ヒョロガリだったはずなんだけどな。鍛えたのかな?) 実加はそんなことを考えながら、翔吾との出来事を頭の中でゆっくりと繰り返していた。 動物園で理玖を肩車してくれた。  重い荷物を無言で持ってくれたこと。(そりゃ、動物園は思ったよりか楽しかったさ。あいつも動物観察、好きそうだしな。……だが今日の遊園地はどうだ? 完全に理玖優先で、大人が楽しむアトラクションは1つも乗っていない。自分の友達と来た方が、よっぽど楽しいだろうに) 実加は思う。 人混みの中で、常に自分と理玖をかばうように立ち位置を調整してくれたこと。  理屈ばかり並べるくせに、その行動のすべてが自分たち母子を最優先に考えた結果だった。(なんで、ここまでしてくれるんだ?) 実加は首を振る。 翔吾とは、旅館再生のプロジェクトで共に修羅場を潜り抜けた相棒だ。  他にもホテル『サンクチュアリ』で、様々な困難に立ち向かってきた。  特に彼の母親の件では、辛い子供時代を過ごしたと知って心が痛んだ。 過去のトラウマと向き合っても、翔吾は逃げ出さなかった。  仕事のパートナーとしては、これ以上ないほど信頼している。 だが休日の貴重な時間と労力を、血の繋がりもない他人の母子に惜しみなく注ぎ込む理由としては、説明がつかない。(ただの仕事仲間……ってわけじゃ、ないよな) 翔吾の閉じたまぶた。その奥にある切れ長の瞳は、いつも自分たちに温かさと誠実さを向けてくれる。  彼が理玖を抱き上げた時の、少し不器用だが優しい手つきが、脳裏によぎった。 実加の元夫は彼女に暴力を振るった。  実加はやられっぱなしでいるような性格ではないが、小さな理玖を抱えた状態では反撃もままならなかった。  そうして元夫がとうとう理玖にも手を上げたので、実加は理玖を連れて家
last updateÚltima actualización : 2026-08-02
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422:幸福なサンクチュアリ

 本格的な冬の気配が、コンクリートの歩道を白く染め上げている。薄っすらと雪が積もっていた。 北風が枯れ葉を巻き上げて、金属製のフェンスに絡めていた。 吐く息は白い塊となり、数秒たなびいた後に冷たい空気の中へ溶けて消える。 翔吾はコートの襟を合わせて、隣に座る女性へ視線を向けた。 ここは、アパートから徒歩圏内にある区立公園だ。 休日の午後にもかかわらず、気温が一桁台まで落ち込んでいるためか、遊具の周辺に他の親子の姿はない。貸し切りの状態だ。 目の前の砂場で、理玖が赤いプラスチック製のスコップを振り回している。「かーちゃん! しょーご! おやま、できた!」 理玖が砂を山型に積み上げ、小さい指で頂上を叩いた。 実加はベンチに座ったまま、大きく手を振り返す。「おう、すっげえ高い山だな! その調子でトンネルも掘ってみろよ!」 実加の声援を受けて、理玖はさらに砂場遊びに夢中になっていく。 赤いダウンジャケットに体を包んだ、理玖の小さな背中が見える。 翔吾はその運動エネルギーの消費量を脳内でざっくりと算出しながら、冷え切った自販機の缶コーヒーを口に運んだ。(もう少ししたら休憩して、温かいお茶とお菓子を食べさせた方がいいな) ブラックコーヒーの苦味が、冷たさとともに食道を滑り落ちていった。 ふと。 隣の席の実加が、ベンチの背もたれから上体を起こした。「なあ、翔吾」 普段の「メガネ」という呼び方ではない。 翔吾は缶コーヒーを膝の上に置き、実加の顔を見た。 彼女の視線は砂場の理玖に向けられたままだが、その表情からはいつもの軽口を叩く余裕が消えている。 ひどく真面目な、いっそ思い詰めたほどの表情に、翔吾は一瞬だけ息を呑んだ。 それでも敢えて気づかないふりをして、平静な声で答える。「なんでしょうか。業務上のトラブルですか?」「違う。仕事の話じゃない」 実加は深く息を吐き出した。 白い吐息が、2人
last updateÚltima actualización : 2026-08-02
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「休日のたびに動物園とか遊園地につきあってくれて、理玖の面倒まで見てくれて。最近、どうやってあんたに感謝すりゃあいいのか、わかんなくなってきたんだよ」 実加の言葉には、計算や駆け引きの類は一切含まれていない。 彼女はただ、現状に居心地の悪さを感じているのだ。 翔吾が提供する時間や労力に対し、実加から提供できるリターンが見合っていないという、素朴な疑問だった。 翔吾は中指で眼鏡を押し上げた。 指先に冷たいフレームの感触が当たる。 できるだけ平静を装ったが、内心で心臓がひどく早く鳴っているのを自覚していた。「他人……ですか」 翔吾はトーンを落として口を開いた。 脳内にストックされた語彙の中から、最も誤差の少ない表現を抽出しようと試みた。「僕はもうずいぶん前から、実加さんのことを他人だと思っていませんよ」「へ?」 実加の口から、間抜けな音が漏れた。 彼女の目が丸くなり、瞬きの回数が増加した。(ここで曖昧な表現を用いるのは、情報伝達における重大なエラーを引き起こす。明確な言語化が必要だ) あくまで生真面目に考えた。 翔吾は姿勢を正し、実加の目を真っ向から見つめ返した。「論理的に説明します。実加さんの、人を大事にするその熱量。客室のわずかな変化から顧客のニーズを読み取る、野生の勘のような観察眼。業務において一切の妥協を許さないプロフェッショナリズム。さらに、理玖くんの良き母親として常に前を向いている姿」 翔吾の口から、具体的な点が次々と提示されていく。 それは彼がこれまで蓄積してきた、山内実加という人間の観測データそのものだった。「それらすべての要素を総合的に評価し、僕は結論を導き出しました」「ちょ、ちょっと待て、翔吾。お前、急に何を……」 実加の頬に、急速に赤みが差していく。(ここでためらうな。横道に流されるな。彼女をしっかり捕まえるんだ。僕の幸せを) 実加のよう
last updateÚltima actualización : 2026-08-03
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 やがて実加は顔を両手で覆うと、ベンチの上で身体を丸めた。「……お前、マジで言ってんのか」「僕は事実に基づかない発言はしません」「……反則だろ、そんなの。いつも理屈っぽいくせに、急にそういうこと言うのは」 顔を覆う指の隙間から見える実加の肌は、茹で上がったように赤い。 彼女は何度か深呼吸を繰り返し、バッと両手を顔から離した。「……遊園地の帰り道から、ウチもおかしいとは思ってたんだよ」 実加の声が、わずかに揺らいでいる。「他人のためにあんなに一生懸命になってくれる奴の顔見てたらさ。ただの相棒だなんて、誤魔化しきれなくなってた」 実加はコートのポケットの中で拳を握り、翔吾を睨みつけるように見た。「ウチも、お前のことが好きだ。理屈抜きでな」 その言葉を聞いた瞬間。 翔吾の脳内で、未確定だった未来のスケジュールが、カチリと音を立てて強固な構造物へと変化していく。 彼は口元を緩めて、実加に向かって頷いた。「ありがとうございます。双方の認識が一致したことで、今後の関係性の最適化が図れますね」「だから、そういう言い方すんなっての! ムードぶち壊しだろ!」 実加が翔吾の肩を小突く。 その力はいつもよりもずっと弱く、気恥ずかしさを隠すための照れ隠しであることが明らかだった。「かーちゃん! しょーご!」 砂場の方から、軽やかな足音が近づいてきた。 赤いダウンジャケットの理玖が、小さい足を懸命に動かして2人の足元に飛び込んでくる。「トンネル、できた!」 理玖が翔吾の膝に泥だらけの手をついた。 普段であれば、クリーニング代の算出と衛生管理の観点から即座に制止する事案だ。 でも翔吾は理玖の頭を大きな手のひらで撫でた。「よくできましたね、理玖くん。立派なトンネルです」「えへへー!」 小さい理玖は事態をきちんと
last updateÚltima actualización : 2026-08-03
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「こら理玖、あんまり大きな声出すなよ。赤ちゃん起きちまうだろ」 実加が理玖の肩を軽く押さえて注意する。 その隣で、ベッドに腰掛けている小夜子が柔らかく微笑んだ。「大丈夫ですよ、実加さん。この子、少々の音じゃ起きないみたいだから」 出産を終えたばかりの小夜子は、少し疲労の色が見えるものの、その表情は母性に満ちた穏やかな光を放っている。 翔吾は病室の隅に立ち、持参した果物のバスケットをサイドテーブルに置いた。「義姉さん、無事のご出産、おめでとうございます。母子ともに健康とのことで、何よりです」「ありがとう、翔吾さん。わざわざ休みの日に来てくれて」 小夜子が会釈を返す。 その横で、普段は隙のないオーダースーツを着こなしている隼人が、信じられない光景を展開していた。「おい、見たか小夜子。今、この子が俺の指を握り返したぞ。驚異的な握力だ。将来はトップアスリートになる素質があるかもしれない」 隼人はベビーベッドに身を乗り出して、赤ちゃんの小さな手を自分の人差し指でそっと撫でている。 その顔面からは、アーク・リゾーツの冷徹な社長としての威厳が完全に消え去っていた。 口元はだらしなく緩み、目尻は限界まで下がっている。「それに見てくれ、この可愛らしい顔を。きっと将来は小夜子そっくりの美人になるぞ。悪い男が寄ってこないよう、注意しなければ」「隼人さん。この子はまだ生まれて数日ですよ」 小夜子はくすくす笑った。「社長……。あんたのそんな顔、初めて見たよ。完全にデレデレじゃねえか」 実加が容赦のないツッコミを入れる。 隼人はコホンと一度咳払いをして、無理やり表情を引き締めた。「生命の誕生という神秘を前にして、少々興奮しているだけだ。当然だろう、我が子が生まれたんだぞ?」「はいはい、分かりました。いいお父さんになりそうですね」 実加がケラケラと笑う。 翔吾はそっと居住まいを正した。 今日この場を訪れたのは
last updateÚltima actualización : 2026-08-04
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「ごめんなさい、私……嬉しくて。実加さんが、翔吾さんと……。よかった、本当に……」 小夜子の言葉は涙で途切れている。 彼女は2人が抱えてきた過去の苦労を誰よりも知っている。 翔吾も実加も、過去を乗り越えて今がある。 彼らが互いのパートナーを見つけたことが、我が事のように嬉しいのだ。「泣くこたぁないだろ、師匠。ウチはしぶといからな、どこでもきっちり幸せを掴むよ」 実加が照れくさそうに頭を掻く。 隼人は小さく息を吐き出し、翔吾を見た。「……全く、お前らしい進行工程表のような人生設計だ。だがお前たちなら、確実にそのマイルストーンを達成できるだろう」 隼人は腕を組み、口角をわずかに上げた。「翔吾、山内。おめでとう。2人でしっかりやっていけ」「ありがとうございます」「おう。社長も、新米パパ頑張れよ」 実加の言葉に、隼人は再びベビーベッドに視線を戻して目尻を下げた。「しょーご、かーちゃん!」 理玖が2人の足元に駆け寄ってくる。 翔吾は屈み込むと、理玖を軽々と抱き上げた。「どうしましたか、理玖くん」「あかちゃん、ミルクのにおいする!」「そうですね。乳幼児特有の乳臭さです。ちょっと前までは君もあんな匂いでしたよ」「ええー? りく、あかちゃんじゃないのにー」 理玖が不満そうに口を尖らせる。「可愛くねえ返しすんなっての!」 実加が翔吾の背中をバシッと叩く。 病室に、温かい笑い声が満ちた。 翔吾は腕の中の理玖の重みと、隣で笑う実加の横顔を見つめた。 かつての翔吾の人生は、効率とデータのみで構築された無機質なシートだった。 しかし今、そのシートには血の通った温かさが書き込まれた。予測不能だが限りなく温かい未来のグラフを描き出している。 翔吾は彼が
last updateÚltima actualización : 2026-08-05
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427:小さなサンクチュアリ

 その部屋には、色とりどりの星型モビールが天井から吊るされている。 パステルイエローの壁紙には、丸みを帯びた森の動物たちのイラストが規則正しい間隔で並んでいた。 ホテル『サンクチュアリ』の裏手に併設された社内保育園「こぐまの森」は、常に一定の温度と湿度が保たれている。 もちろん、園児たちの体調を大事にしてのことだ。 お昼寝の時間が終わり、おやつの気配が漂い始める午後3時。 5歳の理玖は、青と赤のプラスチック製ブロックを組み合わせる作業に没頭していた。 ブロックの凹凸がカチリと噛み合う音が、最近の彼のお気に入りである。 彼は父である翔吾の真似をして、安定した橋の形を組み上げようとしていた。「えーっと、父ちゃんはなんて言ってたかな。こうぞうりきがく? を応用すれば、ブロックをたくさん積める……?」 実加と翔吾が結婚して数年が経つ。 理玖は翔吾をすっかり父親として受け入れて、「父ちゃん」と呼ぶようになっていた。 実の父ではないことは、ぼんやりと覚えている。 けれど血の繋がりなど気にならないくらい、理玖は翔吾を信頼していた。「りくくん」 背後から声をかけられた。 理玖が振り返ると、5歳の彼よりも一回り小さな女の子が立っていた。おっとりとした表情の可愛らしい子だった。 この子の名前は美夕(みゆ)。小夜子と隼人の間に生まれた女の子で、3歳になる。 名前の由来は、美夕が生まれた日、夕日がとても美しかったのに隼人が感動したからだ。 隼人はこの小さな娘を溺愛していて、周囲から温かく――生暖かく? 見守られていた。 美夕は社長と総支配人の娘だが、小夜子は他の従業員の子と区別せずに保育園「こぐまの森」へ入園させた。 3歳とは思えない賢さを発揮していて、保育園の子供たちに一目置かれる存在だった。 美夕の手には、画用紙が握られている。 表面にはクレヨンで複雑な線が引かれており、どうやらホテルのフロア図面を模したもののようだ。 クレヨンのワックス
last updateÚltima actualización : 2026-08-05
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(美夕ちゃん、またむずしいことを言い出したぞ。小夜子おばちゃんそっくりだ) 隼人と翔吾は兄弟。 翔吾が実加と結婚したため、理玖からみれば小夜子は血の繋がらない伯母になる。 美夕も血の繋がらないイトコになるが、理玖はあまりその辺は気にしたことがない。 理玖にとって美夕は赤ちゃんの頃から知っている妹のような存在であり、保育園の後輩でもある。 守るべき年下の子であることに代わりはない。「でも、父ちゃんや母ちゃんの仕事、邪魔しちゃ駄目だって言われてるぞ」 理玖は兄貴分としての威厳を保とうと、少し低い声で諭した。 大人たちの働く場所は、子供が勝手に入ってはいけない領域だ。 理玖自身、過去に何度も母からキツく言われている。「きょうは、ばっくやーどのじゅんかいびだから、だいじょうぶよ。りくくんも、くるでしょ?」 美夕は大きな瞳をパチパチと瞬かせた。 彼女の背後には、強固な論理が構築されているらしい。 理玖は必死に反論の糸口を探した。 けれど美夕の大きな瞳で見つめられると、なぜか断れない気になってしまう。「怒られても知らないからな……」 理玖は降参し、短い前髪を掻き回した。「とうぜんよ」 美夕は満足そうにあごを上げた。 部屋の奥では、保育士がおやつの麦茶をプラスチックのコップに注いでいた。 トクトクという水音が響いている。 保育士の背中が完全にこちらを向いた。 美夕はその一瞬の隙を見逃さなかった。 彼女は靴下の足で音も立てずにドアへ近づく。 背伸びをして、金属製のドアノブに小さな両手をかけた。 冷たい金属の感触を確かめるように指を滑らせて、音を立てずにロックを解除する。 大人の動きを完璧に観察し、模倣した手つきだ。 ドアがわずかに開き、廊下の空気が流れ込んできた。 美夕は理玖に向かって、手招きをした。(ほんとに行く気だ!) 理玖
last updateÚltima actualización : 2026-08-06
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 美夕は迷いのない足取りで、角を曲がっていく。 彼女の頭の中には、先ほどの画用紙に描かれたフロアマップが完全に入っているらしい。 前方の曲がり角から、車輪が床を転がる微かな音が聞こえてきた。 さらに、柑橘系の洗剤の匂いが鼻をくすぐる。 理玖の頭に、警報が鳴り響いた。(この匂い、母ちゃんの清掃カートだ!)「美夕ちゃん、ストップ!」 理玖が小声で叫ぶより早く、美夕は理玖の袖を引っ張った。 すぐ横にあったリネン室のドアノブを回し、理玖を中へ引きずり込む。 リネン室の中は、真っ白なシーツやタオルが山積みにされていた。 洗い立ての布地の匂いと、少し埃っぽい空気が混ざり合っている。 理玖はシーツの山の影に身を潜めた。 心臓がどくどくと激しく鳴っている。 ドアの隙間から、細い光の線が差し込んでいる。 その光をさえぎるように、清掃カートを押す実加の姿が通り過ぎていった。 制服のスカートを翻し、鼻歌を口ずさみながら歩いている。 その姿は楽しそうで、足取りはキビキビとしていた。 理玖は呼吸のペースを落とし、実加の足音が完全に遠ざかるのを待った。 やがて廊下に再び無音が戻った。「ふう……。危なかったぞ、美夕ちゃん」 理玖が安堵の息を吐くと、美夕はシーツの山から顔を出した。「ルートかんりは、かんぺきよ。さあ、つぎはロビーのしさつね」 彼女は全く悪びれる様子もなく、再び廊下へ出た。 2人は従業員専用の通路を抜け、バックヤードと表の境界にある二重扉を通り抜けた。 目の前に広がったのは、圧倒されるようなスケールを持つホテルのメインロビーだった。 大理石の床が、天井から吊るされた巨大なシャンデリアの光を反射して煌めいている。 空調の効いた空間には、豪華な百合の生花から放たれる甘く強い香りが漂っていた。 併設されたラウンジからは、コーヒー豆のほろ苦い焙煎香が微かに混ざってくる。
last updateÚltima actualización : 2026-08-07
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 彼らは再び姿勢を低くして、大理石の床を這うように進む。 大理石は靴下越しにも冷たく、体の熱を奪っていくようだった。 その時、エントランスの自動ドアが開き、大きなキャリーケースを引いた10人ほどの宿泊客の集団が雪崩れ込んできた。 楽しげな話し声が、ロビーに反響する。 彼らの進行ルートは、理玖たちが進もうとしていた方向と完全に被っていた。(やばい! 隠れる場所がない!) 理玖は立ち止まり、周囲を見渡した。 さえぎるもののない大理石の床の上では、彼らの姿は丸見えだ。 フロントのスタッフがこちらに気づくのは時間の問題だった。「こっちよ」 美夕が理玖の手を引き、ロビーの中央にある巨大な装飾柱の裏へと駆け込んだ。 柱の根元には、大人の背丈ほどもある立派な観葉植物の鉢植えがいくつも並べられている。「あのしょくぶつのうしろからまわれば、みつからないわ」 美夕の指示に従い、理玖は観葉植物の葉の隙間から客の集団をやり過ごした。 巨大な葉が視界を遮り、客たちの足元だけが見える。 革靴やハイヒールが通り過ぎるのを、理玖は息を潜めて見つめた。 足音が遠ざかり、フロントの方で応対のやり取りが始まる声が聞こえてくる。「いまよ」 美夕の合図で、2人は観葉植物の影から飛び出した。 壁沿いの目立たないルートをたどり、ロビーの奥へと進む。 美夕のルート計算は完璧だった。 フロントスタッフの視線の死角を突き、客の動線を避けながら、2人は見事にロビーを横断した。「美夕ちゃん、頭いいな……」 理玖が感嘆の声を漏らすと、美夕は得意げに笑った。「ちーふ・こんしぇるじゅの、うごきをよんだの」 彼女は自分の母親の部下たちの働きぶりを、日頃から観察しているらしい。 そうして2人がたどり着いたのは、メインダイニングの入り口付近だった。 ドアの装飾には真鍮が使われており、手の届かない場所にあるそれを理玖は見上げ
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