All Chapters of 愛は秋雨とともに止まった: Chapter 21 - Chapter 28

あの時、ただ子どもが欲しいという衝動に取り憑かれていたせいで、すべてを誤った方向へ進めてしまった。この子を、彼は絶対に残すつもりはない。文哉は無表情のまま、補佐に電話をかけた。恵美はひどく落ち着かない様子で言った。「文哉、もし私の顔を見たくないなら、すぐに出ていくわ。私だって、あなたの体が心配で……」「俺の心配だと？違うだろ、お前の将来が心配なんだろう」文哉は冷たく彼女を見据えた。冷静になればなるほど、文哉には恵美の可憐な顔の奥に潜む野望がはっきりと見えてきた。どうしてこんなにも全てが都合よく、恵美に有利な形で転がるのか。そんな偶然があるはずがない。恵美が何か言い訳をしようとしたその時、文哉のスマホが短く鳴った。彼は画面を一瞥し、冷ややかに笑った。「俺の知らないところで、ずいぶんいろいろやってくれたな！」恵美の全身がびくりと震え、必死に否定するように言い返した。「な、何のことを言ってるのかわからないわ！」文哉はスマホを彼女の方に投げつけた。「証拠はそろってる。まだ無実のふりをするつもりか？」補佐が調べた結果、恵美が以前、桐子を挑発するメッセージ動画を送っていたこと、そして亡くなったあの運転手と繋がっていた証拠も見つかった。ひとつひとつの事実が、今回の件で恵美が決して無関係ではないことを物語っていた。証拠を目にした恵美の顔から血の気が引いた。次の瞬間、彼女はその場に崩れ落ちるように膝をつき、「文哉、ごめんなさい！全部私が悪かったの。でも、子どもには罪はないの。生まれたばかりの子が母親と引き離されるなんて……そんなこと、耐えられないの……」「すぐにそんな心配はいらなくなる」文哉は恵美の腕を掴むと乱暴に引き起こし、そのまま白野グループ傘下の私立病院へと連れて行き、中絶手術の手配をさせた。恵美は必死に懇願したが、無駄だった。文哉は強引に彼女を手術室へ押し込み、「麻酔は打つな。痛みで思い知れ」と冷たく命じた。手術室には恵美の苦痛に満ちた叫び声が響き渡り、いつまで経ったのかもわからない。やがて、彼女は血の気の失せた顔でストレッチャーに乗せられ、外へと運び出された。文哉の姿を見た瞬間、恵美は声を出すことすらできず、全身を小刻みに震わせた。文哉はそんな彼女を一瞥し、冷ややかに言い放った。

中へ入れてもらえず、文哉は車の中でじっと待つことにした。長いこと待ち続き、空が暗くなりかけたころ、ようやく峰雄が姿を現した。峰雄は記憶の中とはずいぶん違っている。かつて孤高で反骨心に満ちた天才少年だった彼は、今や権力の頂点に立つ支配者のような風格をまとい、その一挙手一投足に気品が漂っている。文哉は思わず拳を握りしめ、車を降りて彼に声をかけようとした。だがその瞬間、峰雄が誰かと電話している声が耳に入った。「桐子、どうだ？学校にはもう慣れたか？授業はどう？分からないところがあれば、俺が教えてやるよ」文哉の頭の中が、一瞬にして真っ白になった。彼は……今、誰の名前を呼んだ？呆然としている間に、峰雄はすでに車の前まで来ていた。文哉はもう何も考えずに駆け出した。「峰雄、桐子は生きてるんだろ？どこにいるんだ！？」峰雄はちょうど桐子と話していたところだったが、突然邪魔されたことで、その瞳が一瞬で冷え切った。「後でかけ直す。うん、大丈夫だ、心配するな」そう言って電話を切ると、峰雄は文哉がつかんでいた自分の襟元を軽く払いのけた。「文哉、俺に何の用だ？」「峰雄、しらばっくれるな。桐子を連れ去って隠したのはお前だろ！」文哉は怒りと同時に、かすかな安堵のようなものも感じていた。そうか――桐子は死んでいない。彼女は、ちゃんと生きているんだ。生きているだけでいい。生きている限り、希望はある。無限の可能性だってある。文哉の顔に浮かんだ狂喜の表情は、峰雄の目には皮肉そのものに映った。彼は一瞬のためらいもなく、拳を振りかぶると、文哉の顔面を殴りつけた。「よくもそんな顔で嬉しそうにしていられるな！お前のせいで桐子は死にかけたんだ！あの時、俺がもう少し遅かったら……桐子はお前に殺されていたんだぞ！」殴られた衝撃で、文哉の口の中に鉄の味が広がる。反撃しようと拳を握りかけたが、峰雄の言葉を聞いた瞬間、その手を静かに下ろした。そうだ。彼の言う通りだ。自分は殴られて当然だ。もし自分がいなければ、桐子があんな目に遭うこともなかった。だが峰雄は、それ以上手を出さなかった。文哉が無抵抗に立ち尽くす姿に、彼はただ、どうしようもない嫌悪感を覚えた。まさか、彼が桐子を傷つけたことが、殴られるだけで帳消しになると思っているの

峰雄の体が硬直した。まるで自分の耳を疑っているかのようだった。たとえ、起きている間は「もう気にしていない」と言えたとしても、心の奥底ではまだ文哉のことが残っているのではないか？そう考える間もなく、桐子が突然もがき始めた。「ち、違う……私じゃないのに、どうして信じてくれないの？傷が痛い……あなた、私の代わりに痛みを引き受けるって言ってくれたじゃない……」桐子は悪夢にうなされていた。おそらく、文哉が来たという知らせを聞いて、嫌な記憶が呼び起こされたのだろう。昼間は理性でどうにか抑えつけていた感情も、夜、眠りに落ちた途端、無意識のうちに再燃してしまうのだ。嫉妬と苦しみに胸を占められた峰雄は、締めつけられるような痛みに襲われた。息もできないほどの苦しみが胸をよぎり、思わず身をかがめて桐子を抱き寄せた。「桐子、ごめん。お前が一番つらい時にそばにいられなかった。文哉に隙を与えてしまったんだ。桐子、俺がいる。もう大丈夫だ。あいつにはもうお前を傷つけるチャンスなんてない。今度こそ、誰にもお前を渡さない」峰雄は桐子を抱きしめながら、何度も何度もその言葉を繰り返した。その声が、悪夢の中でもがく桐子に届いているのか、彼には確信が持てない。それでも、彼はただ繰り返すことしかできない。やがて、彼の囁きが届いたのか、それとも夢の流れが変わったのか、桐子の表情が少しずつ穏やかになり、もがくことをやめ、静かに眠りについた。ようやく峰雄は胸をなで下ろした。手を離そうとしたその瞬間、桐子が彼の服の裾をぎゅっと掴んだ。彼は苦笑しながらも、目元にはどうしようもない優しさが滲んだ。「離したくないって言うなら……今夜はこのまま寝てやるか」峰雄は腕を伸ばし、桐子を胸元に引き寄せ、彼女が楽な姿勢でいられるようにそっと支えた。その夜、桐子は穏やかに眠り続けたが、峰雄にとってはまさに試練の一晩だった。彼女を少しでも楽にさせようと、自分の体勢を無理に保ったせいで、すぐに腰や背中が悲鳴を上げる。それでも、桐子を起こしてしまうかもしれないという思いから、動くにも動けず、ただじっと我慢するほかなかった。さらに、長い間想い続けてきた人がこうして腕の中にいるのだ。落ち着けるはずがない。峰雄はその二重の苦しみに耐えながら、目を閉じることもで

文哉は仕方なくまた番号を変えた。思い切って大量のスマホ番号を用意させたのだ。桐子がひとつブロックするたびに、彼は次の番号へと切り替える。彼は桐子にたくさんのことを語った。幼い頃から一緒に過ごした思い出や、心に深く刻まれた記憶の数々を。桐子はそのメッセージを見つめながら、ただ皮肉だと感じた。――まだ覚えていたのか。けれど、恵美のベッドで楽しんでいたときには、そのすべてがどうでもよかったのか。文哉はいくら言葉を尽くしても、桐子からは一言の返事さえ返っては来なかった。彼女は徹底的に彼を無視した。まるで彼など、もう彼女の人生に何の意味もない存在であるかのように。そのうえ、会社の混乱が文哉をさらに追い詰めた。耐えきれずに、彼はまた酒をあおり、泥酔するまで飲み続けた。すっかり酔いが回ったころ、文哉は桐子に一通のメッセージを送った。【桐子、お前知らないのか？峰雄はずっとお前にあんな気持ちを抱いてるんだぞ。二人は兄妹として一緒に育ったのに、あいつのあの執着、正直言って異常だ。そんなやつのそばにいて、本当に安心できるのか？】桐子は最初、文哉からのメッセージをただの冗談だと思って眺めていた。だが、その一文を見た瞬間、思わず手が止まった。このところ、彼女もなんとなく感じていた。峰雄の彼女への想いが、兄としてのそれだけではないことを。ただ、彼はいつも自制していた。だから桐子も深く考えず、何も言わなかったのだ。けれど、文哉の言葉が二人の間にあるその薄い膜を破ってしまった。桐子は小さく息を吐き、心の中で呟いた。――そろそろ、向き合う時なのかもしれない。彼女は立ち上がり、峰雄の部屋のドアを軽く叩いた。「いるの？」峰雄は慌てて出てきた。「どうしたんだ、桐子」桐子は彼の目を見つめた。「さっき文哉からメッセージが来たの。あなたが、ずっと前から私のことを好きだったって」峰雄はその場で固まった。いつも冷静な彼の瞳に、わずかな動揺が走る。彼は桐子の目を見つめ返し、嫌悪の色がないのを確かめてから、慌てて口を開いた。「ごめん。こういうのはよくないって分かってる。でも、気持ちを抑えられなかった。だから、あの時離れることを選んだんだ……」峰雄の声がどんどん小さくなっていく。「もしお前が俺を嫌うなら、出ていくよ」桐子は