All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 91 - Chapter 100

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第91話

怒りに声を高くし、否定しようとした綾芽は後ろに控えていた警備員に強く肩を押さえられ、強制的に則孝の前に座らされた。則孝は肘をデスクの上につき、変わらず冷たい口調で話した。「もちろん、サインが嫌ならしなくてもいい。こちらは他に手があるのだからね。お前が黒崎家からも慶からも離れられないというなら、全ての苦しみを受け止める心の準備をしておくことだな。その点、柏木君も五年前すでにはっきりと分かっていたことだろう」「会長、私は何も間違ったことなんてしていないと思っています!今は黒崎社長が私を必要としているから会社に入れたんです。今会社で発生している問題は全部あの水瀬一花のせいなんですよ!会長は理屈の通った方で、何が正しいのか見極めることができる方のはずです。今のような重要な時期に、過去の小さな事だけにこだわるつもりですか?黒崎グループを第一に考えるべきでは?」綾芽はこの時も体を押さえつけられていたが、それに負けじと鋭い言葉を吐き、全く妥協する気はなかった。則孝は微かに鼻で笑った。「私は黒崎グループのためを思っているから、お前には消えてもらいたいのだよ。会社で発生した問題は一花さんのせいだと言ったな。しかし、最も重要なプロジェクトを台無しにしてしまったのは、お前だ。一花さんのチームが全員辞めたのは、聞くところによると、お前が対応を誤ったせいだそうじゃないか。柏木君の評価はする気はない。しかし、社内には無数の目があり、一体誰が最も必要とされているのか、それは私の口から告げる必要もないと思うのだがな」則孝が言い終わると、綾芽は手を乱暴に掴まれて、無理やり書類にサインをさせられた。「黒崎会長、あなたにはこのような権利はないはず……」「もちろんあるさ。それに、私はすでに慶に譲った会社の権限を全て返させてもらった。今後、あいつの予定や決定には、私の許可が必要になる」則孝はやる事は全て終わったらしく、その書類を取り、警備員に綾芽を離すよう合図を送った。綾芽はぎろりと則孝を睨みつけ、立ち上がり社長室を出て行こうとした。慶不在の今、いくら彼女が怒りを見せても、彼女は無力なのだ。「柏木君、さっき私がした話を肝に銘じておくように。慶のために、最後に一度だけチャンスをやって大目に見てやるだけだ。次は今日のように簡単では済まないぞ」則孝は明ら
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第92話

慶が則孝に声をかけた瞬間、ファイル入れが飛んできて彼の顔の横をかすめた。則孝は何も言わず黙っていたが、その怒りはオフィス内に蔓延していた。「父さんが怒ってるのは分かってる。だけど、柏木さんは……確かに俺が必要だから会社に雇ったんだよ」「なんだ、あの女が可哀想になったか?」則孝は顔色は変えなかったが、皮肉を言った。「もし、あの女と一緒にいたいというなら、お前には解任通知書を用意してやろう」則孝は冗談ではなく、慶の目の前にある書類を置いた。慶に準備していたものだ。その書類にサインすれば、慶はこの日から社長職を退き、会社の株は放棄しなければならない。さらには黒崎家からも勘当されるのだ。その書類を見て、慶はこの時やっと少し慌て始めた。則孝は株主たちからの支持を得ている。会社の権限を取り戻そうと思えば、それは造作もないことだ。「父さん、そういう意味じゃないって」「私の決定にお前は余計な口を挟むんじゃない。柏木綾芽の件に関して、お前はどうすべきかよく分かっているはずだ。またあの女と関りを持とうとするなら、彼女にはそれなりの代価を払ってもらうだけでなく、お前も二度と黒崎グループには干渉させん。私にはお前という息子しかいないが、会社を、我が黒崎家を汚し、親を騙すような人間に継がせるわけにはいかない」則孝は冷たく、いたって落ち着いた声で話していたが、言葉の一つ一つが重たかった。慶は父親のことをよく理解している。父親は昔から頑固で、言ったことは絶対に曲げようとしない。「父さん、俺が間違っていたよ。だけど、俺を信じてくれ。俺と柏木さんは本当になんでもないんだよ。俺がしてきたことは全て黒崎グループのため……」「一花さんの件は私も把握している。彼女がいくらわがままだったとしても、こんな重要な時期に彼女と喧嘩するべきじゃないだろう」則孝はただ問題解決のために来ただけで、慶の無駄話に付き合う気はなかった。今早く解決すべき事は、もちろん黒崎グループが直面している困難なのだ。確かに最近、一花が姑に歯向かってきて、態度が少し悪かったが、それは慶に妻を管理する能力がなかっただけだ。しかも会社を一人の女に頼っているせいでもある。今この状況に来たら、慶にはどうしてもその責任を負ってもらわなければならない。「一花は会社の株半分寄越せって言
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第93話

本気で慶が株を自分に譲るつもりがあれば、今になってやっと言ってくることはないと一花も分かっていた。一花はずっと人に頼んで黒崎グループの動向を監視していた。さっきちょうど慶の父親が会社に戻り、綾芽をクビにしたという連絡が届いたばかりだ。この一割の株も、恐らく則孝の意向なのだろう。そしてすぐに、慶から電話がかかってきた。一花は瞳を曇らせ、数秒ほど考えて、誰もいない静かな小さめの会議室に行って電話に出た。かなり長い間慶を避けていたので、そろそろ少し姿を現わしてもいいだろう。「一花、ああ、よかった。やっと電話に出てくれたんだね」慶はもう怒りを出すことはできず、非常に感激している口ぶりだった。「何か用?」一花は彼が電話をかけてきた理由など分かっていたが、わざとそう冷たい声で尋ねた。慶はその質問に気分を害したが、それでも穏やかな声で続けた。「俺が送ったメッセージは見てくれた?俺が所有する株の半分を君に譲るよ。だから、もう機嫌を直して、仲直りしようよ。俺、本当に一花に会いたくてたまらないんだ、いいだろ?」一花は慶の言葉に眉をひそめて、また皮肉の笑みを浮かべた。「こんなにかかってやっと株を譲る気になったのね。しかもたった一割って、確か会社の株の半分が欲しいって伝えたはずだけど……やっぱり嫌みたいね」「嫌じゃないよ!本当に出来る限りのことはやったんだ。一花、これ以上俺を困らせないでくれ。俺が苦しむ姿を見ても平気だっていうのか?俺には会社の二割の株しかないんだ。五割は父さんのところで、残りは株主が所有しているよ」慶は再び情に訴えてきた。「苦しむ?あなたは会社の損失に苦しんでいるのか、それとも私のためなのか。私が不在の間、柏木さんが私のポジションにつこうとしていたみたいじゃないの。それが今彼女がいなくなったら、私のことを思い出したわけ?」一花のその揶揄する言葉に、慶は暫くの間どう返事をすればいいのか迷っていた。以前であれば、一花はここまで彼を追いつめることはなかった。「一花、君がいない間に会社ではトラブルが続いて、俺もお手上げだったんだ。だから、柏木さんには臨時で手伝いに来てもらってただけだ。君のポジションに取って代わらせるつもりなんてなかったし、そんなこと誰もできやしないよ。それに、彼女はもう会社を辞めた。もしそれ
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第94話

「一花、君は昔こんな人じゃなかっただろ!」昔はこんな人間じゃなかっただと?慶、あんたのほうこそ……昔はこのような人でなしだとは思っていなかった!この瞬間、一花は興奮し、危うく自分をコントロールできなくなりそうだった。しかし、彼女はきつく拳を握りしめて、深く息を吸い、落ち着いて話し始めた。「慶、昔はあなたが私につきまとってきたでしょ。私はどうしてもあなたと結婚したいってわがままも言ってない。それに、颯太は全く私に懐いていないし、それでもあなたはあの子を養子にしたいって言い張った。それに株の件は……ここ二年間、会社の主な事業を私が一手に任されていたわ。それなのに、一円だって会社や黒崎家に要求しなかった。そもそも会社の株の半分は私に権利があるはずよ。それがもらえないなら、よそに転職するのは普通のことでしょ。ただ夫婦になっただけで……ただで牛馬のようにこき使って、正しいことだとでも思う?」一花はわざと「夫婦」という言葉を持ち出し、慶の偽りの仮面をはぎ取ろうとした。慶はその「夫婦」を使って一花を説得しようとしていたところで、言葉を詰まらせてしまった。「君が誰かに騙されているんじゃないか心配だから、君を呼び戻したいんだ。そんなに株が欲しいっていうなら、まずはあの電話の男は一体どういうことなのか、きっちり説明しろよ」慶は一花に言葉で勝てることができず、あの日の「男」を使って詰問するしかなかった。「男って……あなたが一体誰のことを言っているのか理解できないわね。取引先の誰か?最近かなりの顧客へ対応しているから。私が黒崎グループを去っても、取引先は私が必要みたいよ。私が仕事場を変えても、多くの人から提携話が飛び込んでくるの」一花は心の中で冷たく笑っていた。慶の質問に適当に答えてやった。それには慶はさらに腹を立てたが、怒るわけにもいかず、反論しようにも証拠はないので、ただ悔しそうに奥歯を噛みしめて言った。「一花、もう終わりにしよう。こんな些細な事で、仲違いなんてしたくないんだよ……」二人はほぼ喧嘩などしたことはなかった。慶は一花のことをとても大事にしていて、二人の関係にも気を配り続けてきたと自負していた。一花はいつも、愛に勝てるものはないと言っていた。二人が「結婚」してから、一花は行動の中にその言葉を貫いていた。一花は、慶
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第95話

「婚約パーティは大盛況だったようじゃないか。伊集院社長は君のことをかなり気に入ったみたいだな?」陸斗は含みのある言葉を吐いた。プロジェクト完成の中にはちょうど伊集院グループからの投資もあった。陸斗はつまり一花が柊馬に頼っていると言いたいのだ。西園寺家に頼ることなく、柊馬に頼ることは契約に背くわけではないが、周りが知れば、やはりその能力を信じて文句なくついてきてくれることはないだろう。柊馬がただ資金援助をしただけなのか、それともこの案件が終わるまでずっと手助けをしていたのか誰も分からないのだ。「ねえ、私は不正などせず、チームのみんなと一緒に会社のトラブルに対処したのよ。だけど、感謝の言葉じゃなく、こんなふうに疑われるなんて、その態度には寒気がするわ。だったら、伊集院社長に電話でもかけて、今回の案件についてどう思っているか聞いてみたら?彼が投資したのはこのプロジェクトになのか、それとも個人になのかをね」一花は、陸斗の裏表のあるその顔に直球を投げつけた。こう言われては彼も一瞬返す言葉をなくしてしまった。彼は笑った。もちろん、柊馬に電話をかけてそんなことを聞けるわけがない。「これは西園寺家の問題だぞ。どうして伊集院社長を巻き込むことができる?君は考えすぎだ。今回のプロジェクトは完璧にこなしてるよ、とても感謝している」陸斗はそう言うと、すぐに携帯を何度がタップし、契約を有効にした。彼は一花にその携帯の画面を見せた。「一花さん、申請の承認が終われば、君は正式に我が社で権限のある役職に就けるよ」一花も陸斗に遠慮することなく、冷ややかに彼を一瞥した。「西園寺副社長、これからどうぞよろしく」陸斗はにこりと笑い、一花が出て行くのを見届けてから、笑みを消し、すぐに母親の和香に電話をかけた。プロジェクトがとりあえず一段落し、一花はチームを労おうと、市内にある一人数万はかかる高級レストランに連れていった。レストランに到着してまだ中に入る前に、敬子から電話がかかってきた。「一花さん、今お忙しいかしら?」敬子が、か細い声をしているのにすぐに気づいた。「いいえ、もう仕事は終わりました。どうかしましたか?」「今日は一人で家にいるんだけどね、さっきうっかり転んじゃって……」敬子が話し終わるのを待たず、一花は心が痛んだ。「怪我しまし
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第96話

一花はまさか突然、柊馬が帰ってくるとは思っておらず、瞬時に顔を赤くさせた。「伊集院さん、どうしてこんなに早く……」敬子から柊馬は今夜、仕事で夜遅くなると聞いていたのだ。「ひどいって言ってただろ?少しは良くなったのか?」柊馬の言い方は少し冷たかったが、敬子のことを心配しているのは嘘ではない。彼は急いで敬子の傍に近寄ると、状況を確認していた。敬子は急いで一花の手を離した。敬子は顔色が良く、電話で話していた様子とは違っている。電話では、もうだめだ、でも病院には行きたくない、柊馬に早く帰ってきてと言っていたというのに。「そう……さっきはすごく痛くてね、だけど一花さんが暫く付き添ってくれたおかげで、あら不思議、あっという間に良くなったのよ」敬子はコホンと咳払いをし、視界の隅で一花を申し訳なさそうにちらりと見た。「柊馬は良い子だからね、おばあちゃんに代わって、きちんと一花さんにお礼をしておいてよ。彼女、本当は仕事があったのに、仕事を後回しにして私のところに来てくれたのよ」「……」柊馬は黙ってしまった。敬子の言葉を聞いて、一花はすぐに、どうして自分がここに呼ばれたのか理解した。一杯食わされた。さっき、敬子は一花の手を握ってとても楽しそうにしていた。それで一花はおばあさんが一人だと寂しいのだと思い、この時間までずっと付き合っていたのだ。敬子は柊馬が帰ってくるまで一花を引き留めて、二人が交流する機会をつくろうとしたわけだ。「いいんです、敬子さん、私も別に何もしていませんから。おしゃべりに付き合うのは当然のことです」一花はそう言うとすぐに立ち上がった。「もうこんな時間ですし、私は失礼します」「あら、一花さん、そんなに焦って帰らなくてもいいでしょう。あまり天気が良くないわ。今夜は大雨になるんじゃなかったっけ?」敬子はそう言いながらすぐに近くにいた使用人に目配せをした。使用人は天気予報など見てはいなかったが、すぐに頷いた。「ええ、風もかなり強くなってきましたので、すぐに雨が降りだすでしょう!」「こんな時間だし、雨も降るから、一花さん、今日はここに泊まっていったらどう?明日の朝、柊馬が会社まで送っていくから。うちには何でも揃ってるし、問題ないわよ!」敬子は声に力がこもっていった。そして立ち上がると、一花の腕をサッと掴んだ。
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第97話

一花が話している時、さっき敬子の世話をしていた女性の使用人が傍でこっそりと二人をチラ見しているのに気づいた。彼女は柊馬に目配せしていて、柊馬は視界の隅でそれを捉えたが、見るまでもなく使用人が何をしているのか察した。「祖父母はいつもこうなんです。慣れれば問題ないですよ。次、都合が悪ければ、はっきり断わってもらっていいですから」一花は首を横に振った。「実は今日、私も伊集院さんにお会いしたかったんです。西園寺グループのあのプロジェクトは無事達成できました。伊集院さんにお力添えいただいたおかげですから、お礼をしなきゃと思って」柊馬は優しい声で言った。「大したことじゃありませんから、気にしないでください」「そんなわけにはいきません。本当に伊集院さんに何かお礼をしたいと思っているんです。えっと、どうやってお礼をしたらいいかな……」一花は少し独り言のようにそう言った。柊馬に、足りないものなどない。一花はすぐにはどうやって彼に感謝の意を伝えればいいか思いつかなかった。「お礼?」柊馬は一花の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったが、不思議と少し期待してしまった。「夜ごはんはもう済まされました?」一花は暫く考えて、突然瞳をキラリと輝かせた。そして柊馬の整った顔をじっと見つめた。柊馬は答えた。「まだです、急いで戻ってきたもので」「なら、ちょうど良かった。私が夜ごはんを作りましょう」一花は微笑みながらそう言った。一花もまだ食べていなかったので、この時少しお腹が空いていた。「料理が得意なんですか?」柊馬は少し意外だったようだ。今までこのような方法で感謝を伝えられたことはない。「もし、伊集院さんのおうちにいらっしゃるシェフと比べなければ、きっと……なかなかいけると思いますが」一花は少し恥ずかしそうにそう答えた。しかし、彼女は自分の料理の腕には幾分か自信があった。彼女は小さい頃から自分に頼って生きてきた。自分が何か食べたいものがあれば、いつも工夫して研究してきたのだ。大学時代には、料理の腕をふるう機会があって、みんなから絶賛されたことがある。彼女の作った料理を食べたことのある友人たちは、みんなその味が恋しくなるという。さっき、一花は敬子と話している時、柊馬の小さい頃の話題になった。柊馬の母親は若く
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第98話

一花は頷いた。そして柊馬が甘い物は好きではないことを思い出し、彼に辛い物は平気かどうか尋ねた。彼が少しピクリと反応したのを見て、彼女は理解し言った。「分かりました、伊集院さんは甘いものも辛いものもあまりお好きじゃないんですね」「少しくらいは問題ないですよ」柊馬はそう言った。彼は食べ物には特にこだわりはないのだが、それでもあっさりしているものを好む。一花もそれ以上は聞かず、エプロンをつけて料理を始めた。セミオープンキッチンになっていて、一花が料理をしている姿を一部始終見ることができた。そして柊馬はそんな彼女の姿から目を離すことができなかった。この時ふいに、柊馬はずっと彼の結婚のことを心配していた祖父母の考えを、理解できた気がした。伊集院家のような名家の一族内には始終利益が絡んでいる。柊馬の両親は彼が生まれる前に別れてしまった。伊集院家でも祖父母だけが本当にお互い愛し合って、そのまま一生共に過ごしている。「自分を気遣ってくれて、長い時間一緒にいて愛情を育んでいくのって良いことじゃない?まさか一生仕事漬けで生きてくつもりじゃないでしょうね?家に帰ったら誰かがごはんを作って待っていてくれたり、一緒に楽しく食事できる相手がいるって、安心できると思わない?」敬子の言葉が突然、柊馬の耳に蘇ってきた。この時、一花はすでにできたての料理を運んで来ていた。彼女はおかず三品に味噌汁を作った。生姜焼きに、野菜炒め、卵焼きだ。どれも複雑な料理ではないが、種類は多く、一花が料理するのは十分早い。一花は頬を少し赤く染めていて、柊馬はそんな彼女にドキッとした。「こんなにたくさん作るなんて、大変だったでしょう」「そんなに多くないですし、シェフの方が野菜も揃えてくれていたし、すぐに作ることができましたから。以前友人を招待した時はもっとたくさん作って……」一花は軽快に話し始めた。その口調は優しく、綺麗な声で、柊馬はずっと張りつめていた神経が緩んで落ち着くのを感じた。彼の傍には昔から綺麗な女性は山のようにいたし、優秀な女性なら言うまでもなかった。しかし、誰一人として彼が近づいて話してみたいと思えるような女性はいなかった。一花は他愛もない話をしながら、ごはんを茶碗に盛り付け、箸と一緒に彼に渡した。その時やっと彼が自分を見つめ
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第99話

「伊集院さん……」一花は慶のことを説明しようと思い口を開いた。しかし、柊馬も口を開いて話し始めた。「あなたのプライベートには干渉しないし、何も聞くつもりはありません。ですが、俺たちは今婚約しているんですから、過去の事はきちんと片付けてくれると信じていますよ」どういうことなのか説明を求めることも、何かを要求してくることもない彼の言葉に一花は心に申し訳なさのようなものを感じた。柊馬のような立場の人間であれば、きっと一花の過去を気にし、細かく問いただしてくるだろうと思っていたのだが、彼は何も聞こうとしないのだ。「わ……私、すぐに片付けてしまいます。信じてください!」一花はこの時、突然、目の前にいるこの男はこの婚約をとても重視しているのだと気づいた。一花のことも非常に尊重してくれている。柊馬はそれに頷いたが、心の中には、なぜだか何かが引っかかっていた。柊馬は婚約者となる一花のことを調査していないわけではない。六年にも及ぶ愛情は、誰からしてみても、短いとは言えないだろう。一花の心には、あの黒崎慶という男の存在がまだあるのだろうか?彼は心の奥に湧いてきた、はっきりとしない苛立ちを抑え込み、淡々とした口調で付け加えた。「何か俺にできることがあるなら、遠慮なく言ってください」一花は小さな声で答えた。「分かりました」翌日の午前。一花は西園寺グループに出勤すると、まずは人事部に向かった。彼女のチームメンバーの入職申請と、自分の権限に関する申請が滞ったままなのだ。そしてその申請が通るには、株主たちからの返事が必要だということを知り、一花はすぐに陸斗に弄ばれたのだと理解した。一花が細かく契約内容を確認していると、その中に「株主の過半数を超える承認が必要」という項目を見つけた。つまり、一花は契約内容を完遂させたが、本当に権限を得るためには、その申請が通るのを待たなければならないのだ。そして、夏海たちが入職するには、一花がその権限を得られてからでないと、申請が通らない。しかし、和香が病気ということになってから、会社の半数の株主たちも同じく雲隠れしてしまっている。そもそも彼らがいないのだから、この申請にどれだけ時間を要するか、もちろんはっきりと言えない。「一花さん、西園寺陸斗って本当に陰険な人ですね……」事実を知り、
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第100話

長い間待っていて、陸斗はこれ以上この茶番に付き合う気は消えてしまった。彼は軽蔑するように鼻を鳴らし、一花を嘲笑する目で見つめた。「そんなに焦らないで、みんなもうすぐ到着するから」一花はこの時時間を確認し、淡々とした声で言った。そして彼女がそう言い終わると、会議室のドアが開かれた。余裕ぶっていた陸斗の体が、その瞬間硬直した。会社の重要株主は全部で七人いる。彼と和香、それから一花がその中に含まれるのは言うまでもなく、残りの四人は全員和香の絶対的な支持者だ。だから、彼らがここに現れるわけはない。しかし、この時ドアを開けて入ってきたのは、まさにその四人の株主のうちの二人だったのだ。五十歳過ぎの二人の中年男性がスーツに革靴姿で慌ただしく中に入ってきた。陸斗のほうへ目を向けることができず、生気のない顔で座った。しかも、一花の隣の席にだ。「……」陸斗は呼吸を荒くさせ、両手をテーブルの上につき、どうもおかしいと思っていた。これは一体どういう状況だ?株主たちが到着した知らせが伝わると、五分も経たずに会社の全ての管理職たちも急いで駆けつけてきた。会議室は人で溢れかえった。まだ一花のことを下に見ていた管理職たちも、この時ばかりはそれぞれ恭しい態度をとっていた。そして、挨拶をし、一花の面子を保つかのように遅れた言い訳をしていた。株主たちも来たのだから、まさか味方につく側を間違えたのだろうかと彼らは思った。会議室は静まり返り、重苦しい空気が流れた。その中で一花だけが、余裕そうに回転椅子の背もたれによりかかり、時間を確認した。「もう待たなくていいわ」一花がそう言うと、秘書はすぐに会議室のドアを閉めた。さっきまで楽しそうにしていた陸斗も、突然血相を変え、関節の鳴る音が聞こえてきそうなほどに、拳をきつく握りしめていた。一花は秘書に、契約に関することを説明させ、それが終わると、ようやく口を開いた。「皆さまは恐らく私のことはあまりよくご存じないでしょうし、まずは自己紹介からさせていただきますね。私は西園寺一花、西園寺匠さんの実の娘です。そして、匠さんの遺言で明確に伝えられた西園寺家唯一の後継者です」会議室は二秒ほど静まり、すぐにこそこそと話す声が聞こえてきた。この件はすでに伝わっていたが、今日初めて一花
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