All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 141 - Chapter 150

156 Chapters

第141話

「病院で検査をしたんだけど、何も問題はなかったわ。不妊症なんかじゃなかった。もし、信じられないというのなら、今すぐにでもその検査結果を送るわよ。結果は写メを撮って携帯に保存してあるから」その淡々とした一花の口ぶりに、京子の顔色は一変した。京子は一花の恩を忘れたような態度に怒りをおぼえたが、その言葉がまるで雷のように落ちてきて京子に大きな衝撃を与えた。「何を言っているの?不妊症なんかじゃなかったって?そんなまさか……だって、慶がそんなあなたのために、よそから子供を養子に迎えたのよ……」京子はその言葉が信じられないようだった。そして柚葉はタイミングを見計らってすぐに嘲笑するように言った。「一花さん、本当に嘘をつくのが上手ですよね。検査結果は問題なかったって言いますけど、2年間お兄ちゃんと子供ができなかったってことは、つまり彼のほうが不妊だとでもいいたいわけですか?」「その可能性もあるでしょ」一花はニヤニヤと笑った。「この件に関しては、直接あの人に聞いてみるべきよ。一体どうして私が子供を生める体だというのに、2年間同じ部屋で寝ようとしなかったのか、それに一体どこの馬の骨かもわからない子供を養子にして、あなた達を黙らせたのかをね」柚葉はこの時、一花にまんまとしてやられたと思い、すぐに口を塞いだ。そんな……まさか兄は本当に……そしてこの時、慶が一花の後ろに追いついた。彼はちょうど一花の話が聞こえて、すぐに顔色を変えた。彼は心の中で、一花は自分の体を検査して問題ないことを知っていたのか、一体いつこの事実を知ったのだろうかと考えていた。大きく動揺していたが、彼は再び迅速になんとか自分を冷静にさせた。「一花、君はいつ検査なんかしたんだ?」慶の声が聞こえた瞬間、一花の目には氷のような冷たさが宿った。冷たい目をしてはいるが表情は変えず、振り返ることなく淡々と答えた。「ちょっと前に、なんとなく検査したの」「なんとなくって、一花、その病院はちゃんとした病院なのかい?だって結婚してすぐの検査では、確かに君の体は……だけど、もし今検査して別に問題がなかったっていうなら、前にやった検査が間違っていたのかもしれないね。不妊じゃないなら良かったじゃないか!だけど、どうしてそれをもっと早く俺に教えてくれなかったんだ?」一花は慶のほうをちらりと
Read more

第142話

「もしかしたら検査結果が間違っていたのかも」慶はそう冷たく吐き捨てると、京子が返事をするのを待たずに一花の後を追って病室に入っていった。一花の顔を見ると、久子の気分もかなり良くなった。彼女は一花の手を繋ぎ、暫く見ない間にまた一段と綺麗になったと褒めていた。しかし、この日久子が自分に話す態度には、一花は明らかに相手がどこか嘘っぽいと感じてしまった。以前一花と慶がまだ仲良く一緒にいた頃や、久子が二人の仲を取り持ってくれていた頃のような、誠実さと真摯さが感じられない。「久子さん、これ、入院されたと聞いたので体に良い物を買ってきました。体を大事にされてください。どんなことにも怒って興奮しないように。体より大事なものなんてないんですから」一花はそう小さな声で言った。久子を心配するその心は以前と変わらなかった。家族としての縁はもう切れているが、久子が昔一花を助け、守ってくれたことは永遠に忘れることはない。「一花さん、あなたって本当に良心ってものがないんですか?おばあちゃんは前からあなたのことを可愛がってくれてたのに、入院したと知ってよくもまあ、そこら辺の適当な物を買って来られますね?」柚葉は一花が置いた普通のビニール袋と、自分たちが持ってきた棚いっぱいに並んでいる豪華な見舞いの品を見て、思わず冷たくそう吐いた。いくら一花がきちんとしているように見えても、今は黒崎家から離れて力を失っている。そんな状況でこの程度の金をケチっているということは、この後どのくらい耐えられるかは目に見えている。「一花さん、良い物が買えないのなら、いっそ何も買ってこないほうがマシよ。そんなふうに言っては、慶がまるであなたのことを粗末に扱っているとおばあ様に誤解されてしまうでしょ」京子も眉間に皺を寄せて呆れていた。そしてすぐ傍にいる使用人にあごを上げて合図した。「さっさとそのゴミを捨ててしまいなさい」黒いビニール袋に入っていて、まるでゴミのようだ。なにが体に良い物だ?そんなものをこんなゴミ袋に入れてくるか?一花も一応黒崎家で2年過ごしたというのに、どうしてこんなにケチ臭いのだろうか!まったくもって恥ずかしい!「母さん、それでも一花の気持ちなんだよ。二人ともそんなふうに言うなよ」慶が見かねて京子を止めに入った。久子は視界の隅でちらりと一花が持ってきた
Read more

第143話

「久子さん、私が持ってきたものは、そこらで適当に買ってきたものなんかじゃありません。通りすがりに買えるようなものじゃありませんから」一花は視線を下に向け、ゆっくりと話した。彼女はその細い指で袋の結び目をほどいていった。中には素朴だが、良質な紫檀の木箱が入っていた。その箱の中には、丁寧に綿が敷き詰められていて、その上には形がきれいに整った高麗人参が置かれてあった。それだけでなく、もう一つ小さめの箱には光沢があり見るからに高級そうな燕の巣が入っている。「これは特別に頼んで厳選してもらった栄養食品です。どちらも最高級の高麗人参と燕の巣ですよ。希少価値が高いので、市場で出回っているものとは違います。慌てて探したので、持って来る時の袋はこのようなものになってしまったんですけど」「これは……」柚葉は信じられないといった様子で、目を大きく見開き、近寄って二度見していた。何十年もの時間をかけて育てられた高級品質の高麗人参はかなりの貴重品だ。一般的な4年から6年かけて育てられたものでも貴重だというのに、この何十年もかけたものはその中でも格別で値段は一気に跳ね上がる。それを一花はどうやって、しかも一箱も手に入れたというのだ?それにこの燕の巣も相当希少なものだ!市場に出回っているものでもかなりの値段になる。一花が持ってきたものは本当にその価値数百万はするだろうという品物だった。それは黒崎家が持ってきた見舞いの品とは比べようがない。逆に彼らが持ってきたもののほうがゴミと言えるだろう!京子と慶も柚葉と同じように一花の言葉に驚き呆然と立ち尽くしていた。しかし、京子はやはり信じられず、疑ってかかった。「一花さん、こんな希少で相当高価なものを、一体どうやって手に入れたというの?本物なの?」「偽造防止のタグがありますので、それで調べてもらってもいいですよ」柚葉はすぐに箱にあるタグのQRコードをスキャンして、本物なのか調べてみた。本来、彼女は一花の揚げ足取りをしようと思っていたのだが、そこに出てきた結果は、彼女の想像通りではなかった。京子はその結果を見た瞬間、大きな恥をかいた気分になった。彼女はさっき、ゴミは捨ててしまえと言ったばかりだというのに、その「ゴミ」はなんと一千万近くもする高価なものだったのだ!一花のどこに、そんな大金がある
Read more

第144話

一花と慶はもちろん喧嘩などしていない。彼らはすでにそれぞれ違う道に進んでいる。ただ、彼との関係にまだ決着をつけていないだけだ。「黒崎家にはなんだってあると思いますが、買ってきた物は久子さんへの気持ちです。全部私のお金で買ったものです。もし必要ないなら、あとはそちらで処理してくださいね」一花は久子の体の状態を考えて、話す時は彼女を刺激しないようにした。久子がまだ何か言おうとしたところに、一花が先に口を開いた。「久子さん、ゆっくり休んでください。それでは、私はこれで失礼します」「一花さん、一花さん!」久子は焦って起き上がり、一花の腕を掴もうとしたが、一花の動きのほうが早く、その場の全員が反応する前にすでに病室を出てしまっていた。慶は急いで祖母に近寄り体を支えた。そしてまた興奮しすぎるのではないかと心配した。「ばあちゃん、焦らないでいいから。体に障るよ」「さっさと一花さんを追いかけなさい!なにを言ってもいいから帰らせないで、家に連れて帰るのよ!」久子は顔を真っ赤にさせていたが、自分の身体のことは二の次で、すぐに慶の体を押して出て行かせた。この時、京子と柚葉は怒りをためていたが、久子がそう言うと、二人もそれに従うしかなかった。それで慶に一花を追いかけさせた。一花は颯爽とその場を離れた。慶が彼女を追いかけた時にはすでに一花はエレベーターに乗ってしまった後だった。仕方なく、彼は階段を駆けおりて駐車場に向かった。「一花!」慶はこの時やっと一花が車に乗る前に追いついた。しかし、一花はまるで彼が来るのを待っていたかのように、車に乗り込むことはなく、車体によりかかって、手には携帯を持っていた。「一花、ばあちゃんだって俺たちを心配してあんなことを言ったんだよ。今日は見舞いにあれだけの物を持ってきたのは確かに気持ちがこもってる。だけど、ばあちゃんの気持ちに応えてあげることこそ、本当の恩返しじゃないのか?もう怒るのはやめて、ばあちゃんの顔を立てて、今日は一緒に帰ってくれないか」慶は微かに息を切らしながら、そう言うと一花の腕を掴もうとした。しかし、近寄ってようやく一花が電話をしていることに気がついた。「ええ、ご迷惑おかけします。こちらには十分な証拠が揃っていますので」電話を切ると、ようやく一花は慶のほうをちらりと見た。「ちょう
Read more

第145話

「颯太を養子にしてもう2年よ。もし、彼が本当はどんな子供なのか家族や親戚に知らせておかないと、彼が大人になってからみんな私の教育のせいだって疑うわ」「一族のグループに?一花、颯太がどうであっても俺たちの子供には、かわらないじゃないか。そんなあまりにひどいだろう!」慶は顔を真っ青にして、そのグループを開いてみると、すでに撤回できる時間は過ぎていた。その瞬間、怒りと焦りで顔を赤くさせた。しかし、さっきの言葉はあまりに颯太に味方するものだということにすぐ気づいた。そもそもこんなことになったのは、確かに颯太が何度注意されても改めようとしないからだ。慶は息を吸い込み、やはり態度を軟化させた。「一花、子供は大人が感化させていかないといけないものだろう。こんなふうにしたら颯太は将来黒崎家でどんな顔をして暮らしていく?ばあちゃんと母さんもここにいるんだぞ。二人を心配させたら駄目だろう。すぐに警察への通報は取り消してくれ。車なら俺が弁償するから!それに、あいつにはちゃんと君に謝罪させるから!」一花が何も返事をする前に、慶はそう言い終わるとすぐに一億彼女の口座へ振り込んだ。一花の携帯には銀行からショートメッセージでその振込通知が届いた。しかし、顔色一つ変えなかった。まるで別に大した額の数字ではないといった顔をしているように見える。「通報は取り消さないわよ」一花は車のドアを開けて、冷静にこう言った。「それに、私は颯太から謝罪されるより、警察沙汰になったほうがあの子のためにもなると思うわ。子供をきちんと教育できていないのは父親のせいよ。ねえ、今回の件を反面教師にでもして、あなた自身もしっかり反省したほうがいいわ」一花は慶に直球を投げつけたが、この時の彼は大騒ぎになっているグループに注意が向いていた。【ええ!これって慶君の子供?どうしてこんな悪い事をしているのよ!】【慶は、どう子供のしつけをしているんだ?他人の車に傷をつけるなんて、教養もなにもあったもんじゃない】【信じられない、この子の目つき恐ろしいわ。まるで5歳の子供の目つきじゃないわよ】【これって、慶さんが養子にしたあの子供?やっぱり、この子はまた施設に戻したほうがいいんじゃないかしら……大人になったら絶対に問題を起こすわよ!もしかしたら一族まで巻き込まれちゃうかもしれない!】
Read more

第146話

慶の秘書は、慶と綾芽の関係を知っている。綾芽が言い訳をして彼を先に帰らせると、颯太の恨みを晴らすために、鉄の棒を探してきて、颯太に渡し、一花の車に傷をつけて怒りを発散させてやろうとしたのだ。綾芽は駐車場に監視カメラがないことをしっかり確認した。それに、颯太はまだ5歳の小さな子供だから、このようなやり過ぎたことをしても、一花は子供にはどうすることもできないと思ったのだ。慶もその場にいたというのに、まさか一花が警察に通報するとは考えてもいなかった。慶は事の経緯を知った後、初めて綾芽と離婚したいという衝動に駆られた。以前の綾芽は、道理を知り、善良な人だった。今みたいに馬鹿な真似をするような人間じゃなかった!どうやら一花の言った通り、子供の教育が悪いのは父親のせいなのだろう。慶という父親が子供にとって良い母親を選んでいないから悪いのだ。そのせいで、颯太が甘やかされすぎて悪い子供になってしまった!この時もう遅い時間で、柚葉はすでに家に帰っていた。病室には京子が一人、久子の傍についていた。そして慶の父親の則孝がさっき電話をかけてきて、この件を迅速に処理するよう京子に言いつけた。最も簡単で直接的な解決方法は、颯太を黒崎家の養子から除外することだ。その後また児童養護施設に送り返すのだ。それは難しい事ではなく、京子はこの時だいぶ怒りを消していた。そして颯太が一花の車に傷をつけたことを思い出すと、ひそかに他人の不幸を面白がっていた。「あんたがここまで野蛮な子だったなんてね。一花さんがあなたに何をしたかしら、こんなに恨んで彼女の車まで壊すなんてね」しかし、京子が言い放ったその無責任ともいえる言葉が、久子を怒らせてしまった。彼女は画像を見ている時、ちょうど看護師が傍にいたので血圧が急激に上昇せずに済んだ。「さっさと謝るんだ」慶はすぐに声を暗くした。彼は道の途中で颯太に耳が痛くなるほど注意していた。今回の件は誠心誠意謝罪しないと、取り返しのつかないことになると言った。颯太はかなり慌てていて、両手でズボンの両脇をしっかりと握りしめ、すぐに腰を曲げて何度も謝罪した。そして声を詰まらせながら、慶に言われた通りに言葉を一言、一言絞り出していった。「今後はもうしません……絶対に言うことを聞きます。パパの話も、おばあちゃんの話も、ひいおばあちゃ
Read more

第147話

一花との間に子供を作れと言われた慶は、頭の中に今までとは違う考えがよぎった。以前の彼は一花と関係を持つのには消極的だった。二人は実際は夫婦ではない。だからそんな彼女に責任を持ちたくなかった。それに、一花に真実を告げた後、子供を切り札に圧力をかけられたくなかったのだ。しかし、今は違う。彼は京子の話も一理あると思った。一花がいくら気性が荒くても、自分の子供さえいれば、綾芽同様慶から離れられなくなる。しかし、そんな考えはすぐに揺らいだ。慶は我に返ると、すぐに颯太を庇った。「颯太は確かに悪い事をした。だけど、施設に送り返すまではないだろ。家に閉じ込めてしっかりおしおきするから。暫くは外にも出さないよ」颯太は慶の実子だ。やっとのことで颯太を正当な理由をつけて、黒崎家の子供として連れてきたというのに、また児童養護施設に送り返せば、また取り戻すのは難しくなる。「これはお父さんの意思でもあり、私もお義母さんも同意見なのよ。慶、この子を引き取って2年過ごしたのだから、情があるのは当然よ。だけど、今後も彼に会いに行けるでしょ。ただ黒崎家の敷居を跨がせないようにするだけよ。いずれあなたの実の子供ができれば、こんな子とは接点もなにもなくなるわよ」京子は優しい声で慶を説得させる言葉を言った。しかし、颯太もその話を聞いてしまい、また我慢できずに嗚咽を漏らし始めた。彼は怖くなって慶の太ももにしがみついた。「パパ……パパと一緒にいたい……僕、おうちに帰る……」「よく聞きなさい、そこの子。言うことを聞かないと誰もあなたをもらってくれないわよ。おとなしく黒崎家から去りなさい。また次に誰かがあんたをもらってくれた時には、自分の行いには気をつけることね」京子はただ颯太をからかってやるつもりだったが、その言葉が慶の神経を刺激し逆なでしてしまった。「母さん!颯太は俺の子なんだぞ、絶対に施設に送ったりしないからな!」慶はここまで大泣きする颯太を見ていられなくなり、そう言い放つと、激怒している京子を無視し、そのまま颯太を抱きかかえて去っていった。「待ちなさい!慶!!」京子の怒号が廊下を貫いた。しかし、慶は今回は振り返ることもなかった。颯太はヒクヒクしながら、しっかりと慶の肩に抱きついて、まだ泣きながら謝り続けた。「ごめんなさい、パパ……ぼくを捨て
Read more

第148話

久子は言い終わると、がっかりした様子で携帯を閉じた。しかし、通話時間が十秒と表示されていることに彼女は気づいていなかった。久子が話した後半部分が一花の耳に入っていた。一花は電話がかかってきた時、ちょうど家に到着したばかりで、電話はとったが話し始める間もなく、久子の怒りの声が聞こえてきたのだ。その言葉に、心は一瞬にして冷え切ってしまった。黒崎家の全員、綾芽の件を知っていたのだ。ただ、一花だけがその事実を知らなかった。以前あれほど感謝していた久子も同類だったわけだ。黒崎家の誰一人として、一花をきちんと見ていた人はいなかった。彼らの目には慶にとって都合の良い道具としてしか映っていなかったのだ。それなのに、彼女は自分の愛全てを慶に注いでいた。京子たちがいくら自分を嫌っても、彼女は努力して相手を家族として接してきた。家庭がうまくいくように多くの犠牲を払ってまで……過去の事が再び脳裏に蘇り、いくら一花が自分に落ち着けと言い聞かせても、やはり心がズキズキと痛んだ。暫くしてから、一花はやっと深呼吸した。そして流す価値のない涙をこらえた。そして再び、きりっとした表情に戻し、秘書に電話をかけた。「ちょっと頼みたい事があるの」黒崎家から引っ越す時、一花はついでに颯太と慶、それから綾芽の髪の毛を採取しておいた。そして次に、秘書に頼んでそれらをDNA鑑定してもらった。その結果はもちろん意外なものであるはずがない。彼女の予想通り、颯太は確かに綾芽と慶の子供だった。この破壊力の高い爆弾を、一花は本来自分の全てを取り戻せてから、一番最後に黒崎家への贈り物として投げつけてやるつもりでいた。しかし、この日の一件で、彼女はその考えを変えた。黒崎家がそこまで団結しているというなら、もしこの事実を知った後、綾芽を受け入れてもう隠す必要はなくなるかもしれない……それはあまりにも彼らにとって都合のいい話だ。颯太が綾芽と一緒に暮らしたいと言っているのだ。綾芽が黒崎家を追い出されるなら、彼も同じ運命を辿るべきだ。これは簡単な事だ。ただ京子たちに、颯太は綾芽の子供だと知らせればいいだけの話。電話を終えると、一花はやっと疲労がたまった体でエレベーターに乗りこんだ。しかし、家の前まで来ると、良く知る人影が目に飛び込んできた。柊馬だ。
Read more

第149話

この日は気温が下がり、夜はかなり冷えていた。柊馬のコートはひんやりとした冷気をまとっていた。一花の優しい動作が、元々沈んでいた彼の気持ちを大きく和らげてくれた。しかし、彼はやはりゆっくりと彼女の体を押しのけた。「もう遅いので、帰ってゆっくり休んでください」「伊集院さん、もしかしてちょっと怒っていませんか?」一花は少しおかしいと思い、帰ろうとする柊馬の手を掴んだ。「いいえ」柊馬はそう言ったが、その声はぎこちなく、かなりこわばっていた。「今夜伊集院さんが来るってすっかり忘れていたからですか?それとも、返事をしなかったから?」一花は優しい口調で言った。かなり甘えたような声だったが、彼女自身は気づいていないようだ。柊馬に会うと、心に張られた氷が一瞬にして溶けていくようだ。「……」柊馬は返事をしなかった。彼は今まで誰かと度を越えて親密になったことはない。だから、人を遠ざけ、冷たい態度をとり、存在を忘れられることにも慣れてしまっている。しかし、この日、一花を待っている間、彼は突然今までの自分とは違うと感じた。彼女に電話をする勇気がなかったし、二度と返事をしてくれないのではないかと怖くなった。今まで些細な事に感情をかき乱されることはなかったのに、今はその怖さがまるで悪夢のようにまとわりついてくる。「柊馬さん、ごめんなさい。もう怒らないで、ね?」すると、一花は突然後ろから優しく彼の腰に手を回して抱きしめた。彼女は声を穏やかにし、申し訳なさそうに相手の機嫌を取るかのようだった。「次は絶対すぐに返事をしますから。それに、あなたから言われた事、忘れません。実は、今日私も嫌な事がいろいろあって、だからここに……少しだけ私と一緒にいてくれませんか?」「さっき俺のことをなんて?」柊馬は少し驚いているようだった。一花は基本的に「伊集院さん」と丁寧な言い方で呼んでいて、自分とは微妙な距離を取っていた。「伊集院さん……」「名前で呼んで」一花もドキッとした。さっきうっかり口を滑らせてしまったのだ。柊馬は振り返り、彼女を自分の胸に抱き寄せた。彼は顎を引いて、彼女の額に息がかかる距離まで近づいた。それは熱く、またくすぐったかった。「名前を呼ばれると、とても気持ちが良い。もう一度そう呼んでくれませんか」柊馬の声は低音で魅力的だっ
Read more

第150話

柊馬の顔は気づかれないほど微かに赤くなった。するとすぐに一花に気づかれないよう、顔を横に向けた。「もう夜ごはんは食べましたか?」一花が突然彼に尋ねた。柊馬は言った。「食べましたよ」それを聞いた一花は安心した。しかし、彼を長く待たせてしまったことに後ろめたさを感じ、そう尋ねるとすぐに勢いよくキッチンに向かった。「何を飲みますか?お茶と、コーヒー、それか何か作りましょうか?」柊馬もそれに続いてキッチンまでやって来た。彼は後ろから、スリムな彼女の姿が冷蔵庫や棚をちょこまかと移動してあれこれと忙しく物を取っている様子を見つめた。彼女は軽やかに動き、しなやかにくねらせるその様子がまるで猫のようだった。そして一花がつま先立ちして何かを取ろうとしている時、柊馬がサッと近づいて、後ろから彼女の腰に手を回した。そして彼女の横を彼の腕が上のほうへ伸びた。「これ?」彼はどのブランドか知らないが、お洒落なボトルラベルのソーダ水が何本か目に入った。「そうです!」一花は頷いた。柊馬の身長は本当に高い。いとも簡単に一花が届かなかった物を取り、彼女に渡した。「……どうも」一花が笑顔で振り返ると、また二人が抱き合っていることに気づいた。体はぴたりとくっつき、呼吸をしているのもまるで……キスをしているかのようだ。「家の棚の位置はちょっと高いですね」柊馬は落ち着いた眼差しで、一花の唇に視点を落としながら言った。一花はソーダのボトルを触りながら、少し咳ばらいをした。「そうですね。あの、何を飲みますか?」柊馬は「なんでもいい」と言おうと思っていたが、視界にテーブルの上に置いてある色とりどりの小さなボトルがあることに気づいた。どうやらカクテルが結構あるらしい。一花がさっき言っていた「作る」というのは、きっとアルコールのことだったのだろう。「カクテルが作れるんですか?」「少しだけ」一花は指先を軽く動かした。「お酒というか、軽いドリンクだと思ってもらえれば」「なら、一花さんが作ったカクテルをもらいましょう」「分かりました」一花のところにはカクテルを作るための道具が揃っている。彼女は迷わぬ手つきで次々と工程をこなし、まるでプロのようだった。シャカシャカとシェイクし、最後には二人分の違う色のカクテルが完成した。一杯は淡いブルー
Read more
PREV
1
...
111213141516
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status