All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 471 - Chapter 480

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第471話

一花は立ち上がると、浴室の入り口まで歩み寄り、そっと柊馬の名を呼んだ。中から聞こえていた水音が、そのまま止んだ。彼女がドアを押そうとした瞬間、ドアが先に開いた。一花は体が大きく前のめりになり、そのまま相手の胸の中へ倒れ込んでしまった。ナイトウェアの襟が開き、温かくたくましい胸が彼女をしっかりと受け止めた。「どうした、まだ寝ないのか?」柊馬が手を伸ばし、彼女を自分の胸に抱き寄せ、その頭をそっと撫でた。その声は甘く優しい。少しの違和感も感じさせない。一花はほっと一息つき、両手で男の広い背中にしがみついた。「うん、眠れないの。でもあなたも寝てないじゃない。体調、悪いんじゃないの?」「違うよ。ちょっと君が恋しくなって、シャワー浴びてただけだ」柊馬は低い声を出し、わざと一花の耳元でそう言った。彼の吐息が彼女の耳の付け根にふれ、一花の鼓動をますます早くさせた。「あなた……確かに体力はありあまってるみたいだけど、さすがにやりすぎじゃない?」一花が小さな声で呟き、柊馬の胸の中から逃げ出そうとしたが、恥ずかしそうにうつむき、彼の手をしっかりと握った。しかし、彼の手に触れると彼女は思わずポカンとした。「なんで手がこんなに冷たいの?」一花はようやく顔を上げ、柊馬を見つめる。錯覚かもしれないが、微かな明かりの下、彼の顔色も少し青白い。「シャワー浴びてたからだ」「まさか、あなた……」一花は表情を一変し、何か危険な状況に立ち向かうかのように、彼をベッドに引き戻し、ふかふかの布団に押し入れ、毛布を被り、彼女自身も彼を抱きしめた。エアコンも五度上げた。彼女は柊馬の手をこすり、そのまま自分の胸に当てて温めてあげた。「……一花、俺、大丈夫だよ」柊馬が小さく笑った。彼女の慌てふためく様子を見て、感動で胸が熱くなってきた。「手がこんなに冷たくて、体までも冷たいなんて、風邪引いちゃうよ!私、風邪薬持ってきててよかった。あなた、少し温まったら、薬を飲んでね」「……」一花は少し眉をひそめ、彼の骨ばった手を包み込み、しばらく揉んだり、こすったりして、体温がすぐに戻らないと感じたら、口でそっと息を吹きかけた。柊馬は静かに彼女の様子を見つめていた。暗闇の中、彼女はまるで何も分からない子犬のようで、彼の懐で大人しくいられず、彼の
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第472話

一花は泣きそうになり、申し訳なさそうに彼を見つめた。「寝過ごしちゃった。教会のスタッフたち、すごく怒ってるんじゃない?」「大丈夫だ。今朝、彼らと時間を調整した。撮影は午後に延期だね。最悪一日延ばしてもいい。遅延の補償金は俺が払うから」柊馬が優しい声でそう言った。一花が珍しくこんなに慌てた表情を見せるのを見て、思わずそっと彼女の頬をつねった。「それ、あまりよくないでしょ。私が起きなかったのが悪いから……」一花はひどく後悔した。これは教会での撮影だというのに!自分がこんなに足を引っ張るなんて、本当にどう謝っても許せない失態だ。その時、柊馬が指先で女の耳を撫でた。「俺が起こさなかったんだ。目覚まし時計も俺が止めた。もともと、午前中の景色を狙って、集合時間を朝に設定しただけだ。だが、寝られなかったのは予定外のことだ。教会のスタッフたちも、撮影対象が目の下にくまや疲れ切った顔なんて望んでいないだろう」柊馬の言葉は、一花の落胆を見事に和らげた。彼女はこっくりとうなずき、また柊馬のほうを見た。「でも、なんでそんなに早く起きたの?私たち、昨日一緒に寝たんじゃない?」「結婚写真を撮るから、俺も緊張しているんだ、おかしい事ではないだろう」柊馬が口角を上げて笑い出した。一花は目がきらりと輝き、柊馬と一緒に笑い出した。数々のビジネスの戦場をくぐり抜けてきた伊集院社長でも緊張したので、彼女のあの情けない様子は、気にしなくていいはずだ。朝の景色を逃したことで、午後のスケジュールはさらにタイトになった。教会側は柊馬と一花のために、七種類の衣装を厳選してくれた。それぞれ、教会の四季の移り変わり、歴史の変遷、そして一年の重要な祭りに対応しており、すべてこだわりのある、精巧に作り出した衣装だった。柊馬はわざわざ、一花にレトロなジュエリーも数セット買い、人に頼んで届けさせた。撮影は複雑で、結婚写真だけでなく、PR動画も含まれていた。柊馬と一花は午後から連続して夜まで撮影し、ほとんど休まず、それでも撮影の半分しか終わらなかった。だがこのペースは、すでにチームの予想をはるかに上回っていた。ただ、これもすべて柊馬と一花の素質が良すぎるからだ。どんな角度でも、まるで彼らが美しい景色の中に立つだけで、自然と一つの絵になり、何気ない一瞬
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第473話

一花は声を軽くし、子供をあやすような口調だった。他の人が何と言おうと、柊馬は聞かない。だが一花が口を開けば、彼はおとなしく言うことを聞くしかない。お互いの溺愛っぷりに、テーブルについた全員の頬がほんのり赤くなった。柊馬と一花の特別な身分を慮り、二人は気取ったところがなく、スタッフたちに対しても優しく親切ではあるが、皆、やはりかなり自分の言動を気にせずにはいられなかった。しかし、こんなに惚気られたら、全く動じないなんて無理に決まっている。「わあ……本当の愛は存在するんだって信じちゃいます」「一花さん、あなたたちと一緒にご飯を食べ終わった時には、多分私たち、その甘々な雰囲気に酔っちゃいますよ」一花は一瞬、きょとんとした。そしてすぐに顔を赤らめてうつむき、ぎごちなく咳払いをした。「からかわないでくださいよ、はい、みんなもっと食べて食べて……来栖さんも、もうエビむかないでください、自分ももっと食べてくださいよ」湊は無意識に柊馬の方を見た。彼の同意の合図を受けて、やっと腰を下ろした。それでも、手に持っていた二匹殻を剥いたエビを、一花と柊馬の皿にそれぞれ一匹ずつ分けてあげた。だが、そのエビは柊馬の皿に置かれた後、また彼によってさっさと一花の皿に移されたのだった。こんな細やかな行動も、すぐにまた周りにからかわれた。一花はうつむき、靴先でテーブルの下からそっと柊馬のズボンの裾に触れた。もうやめろという意思表示だ。あまりにラブラブっぷりをひけらかすのは……嫌がられるのだろう。テーブル中が二人の甘い雰囲気に包まれながらも、さらに賑やかになった。一花をからかうと、話題はすぐに恋愛に変わった。彼女たちは皆、まだとても若くて、仕事に追われ、結婚もしておらず、付き合っている相手すらいない。もともと、皆キャリアを求め、恋愛など普段考えたこともない。だが今日、彼女たちは一花と柊馬の甘い雰囲気にすっかりやられてしまった。それぞれが、もし柊馬みたいな男性がいるなら、恋愛をしてもいいかなと思い始めた。話が進むにつれ、数人が一花に尋ね始めた。どうやって柊馬をあんなに思いやりのある旦那さんにしたのか。この質問には、柊馬でさえ少し興味を抱いた。彼もまた、横目で一花を見つめた。深い瞳の奥に、ほのかなからかいの色が浮かんで
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第474話

柊馬はとても素直で、一花が何を持ってきても、一言も問わずに全部飲んだ。「今日、あなた、あまり食べてなかったでしょ?」一花は食事の時のことを思い出し、柊馬が少ししか食べていなかったことに、また少し心配になった。「食欲ないの?」「うん、遅かったし、あまりお腹すいてないな」柊馬は一花の視線を避け、少し背伸びするふりをすると、部屋へ戻って着替えようとした。だが一花は、何かに気づいたかのように、すぐに彼の後を追った。「あなた、まさか……」彼女は男の前に立ちふさがり、爪先立ちで、両手で男の頬を包み、自分のほうに引き寄せ、じっと彼を見つめた。柊馬の顔の輪郭ははっきりとしており、その顔は近くで見れば見るほど美しく感じる。ただ、あの海のように深い瞳に、疲労の色がかすかに滲んでいる。「一花」「……少し、痩せたんじゃないの?」一花が首をかしげた。柊馬は数秒間、きょとんとして、胸に柔らかな感情が湧き、そのまま彼女を抱き上げた。まるで実力を見せつけるかのように、一花の小さな悲鳴を聞きながら、彼女を抱えたままベッドまで運んだ。柊馬の腕はかなり力強く、一花をしっかりと抱えている。その間、彼の息は乱れず、鼓動も高鳴ることはなかった。一花の体が柔らかいベッドの中央に沈んでから、彼はようやく一息ついた。温かい吐息が彼女の鼻先に触れた。「試してみるか?俺、まだまだ力はあるんだぞ」「……やめてよ」一花はスーツケースの中のランジェリーを思い出し、すぐに頭をブルブルと振った。「あなたに力があるっていうのは疑わないわ」……今日はあまりにも疲れた。明日また起きられなくなる。「……」柊馬ももともと、彼女をからかっていただけだ。一花の、驚いた子ウサギのような、かわいそうな瞳を見ると、すぐに我慢できなくなった。彼は何も言わず、体を低くし、両腕を彼女の体の横についた。一花が耐えきれず完全に布団の中に倒れると、そっと彼女の唇にキスをした。「もうからかわないよ。早くシャワー浴びて、今日は早めに休もう」「うん」一花はうっとりとした目で、柊馬の瞳から消え去らない情熱の光を見ると、少しポカンとし、ようやく我に返って、慌てて立ち上がって浴室へ行った。柊馬は本当に魔性な存在だ。堂々とした男らしい雰囲気の下に、人を中毒させるような魅惑さも秘めてい
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第475話

彼女はよく眠った。翌朝、とても早く目が覚めたが、柊馬が彼女を抱きしめ、体を少し丸めているのを見た。顔色は、やはりまだ疲れた色が残っている。一花は心が痛んだ。彼女に盛大な結婚式を用意するために、彼は疲れ果ててしまったのだろうか?指先が男の長いまつげに触れる。そのぐすぐったい感覚に、柊馬は目を開け、その真っ黒な瞳を向けてきた。柊馬がうめくような声を漏らし、気怠げに彼女の手を取り、口を開きかすれた声を出した。「起きたか」「うん、まだ早いよ。あと十分、寝ていいから」一花が小声でそう言いながら、指先で優しく、男の額の前の少し乱れた前髪を整えてあげた。柊馬は目を閉じ、彼女をさらに胸の中へ引き寄せた。鼻先を彼女の髪に擦りつけ、ぼんやりと返事してきた。彼の珍しく甘えてくる様子に、一花は心が柔らかくなった。彼女も再び目を閉じ、設定したアラームが鳴るまで静かに彼に寄り添った。……その後の撮影は、非常に順調だった。レンズの前の二人は、少し目が合うシーンも絵になる。背景や光加減もすべて完璧だった。四季の移り変わりから、時の流れまで、全部完璧に出来上がっている。動画も数回試して全部順調に完成した。当初、丸一日分の撮影量だったが、夕方にはすでに終わった。撮影終了後、昨日、一花と食事をしたメイクと衣装担当の一人が、ふと何かを思いつき、熱心に一花に言った。「一花さん、教会の裏手に、とても有名な縁結びの木がありますよ。千年の樹齢もある大きな木で、多くの観光客がそこに祈り、願い事を書いてそこにかけているんですよ。縁結びは一番有名で、多くのカップルが訪れるホットスポットなんです」そう言いながら、彼女は一花に場所を教えてくれた。今、夕焼けはまだ完全には消えていなかった。その縁結びの木は、ちょうど最も美しく見える時間帯だ。一花と柊馬は、ついでにロマンチックな雰囲気で願い事をすることができる。こうした話題のスポットに、一花は普段あまり興味を示さない。だが柊馬がいるので、彼女はすぐに興味を持った。「行ってみる?」彼女は期待に胸を膨らませながら柊馬のほうを見た。一花が口を開けば、柊馬の答えはただ一つしかない。彼はうなずき、彼女の手に指を絡めた。「ああ。俺も、行ってみたい」「一花さん、これを」二人が行くのを見て、メイクと衣装の担
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第476話

ちょうどその時、柊馬も目を開けた。一花が一瞬も瞬きせず自分を見つめているのを見て、口角をわずかに上げた。「ちゃんと願い事したよ」一花はにっこりと笑い、その写真をそっと自分のバッグにしまった。風に揺れる二本の赤いリボンにも向かい、手を合わせ、敬けんにお辞儀をした。帰る時、一花はお宝を披露するかのように、自分がこっそり撮った写真を柊馬に見せた。写真の雰囲気は非常に美しい。柊馬は、その背景よりもさらに際立っている。彼女は見れば見るほど好きになり、この一枚の人物の写真だけで、何かのコンテストで受賞できるのではないかとさえ思った。今日、教会で一日中撮影した写真の中に、彼女の心の中でこの一枚に勝るものは、おそらくないだろう。夕日の光は優しく、車窓から差し込んでくる金色の光が、彼の整った顔立ちを柔らかく包み込んでいる。柊馬が低い声で言った。「君が撮ったものだから、当然、一番いいんだ」彼はそれを取り上げようとしたが、一花は渡そうとしない。「私が取っておくわ。次、あなたがもっといい写真を撮ったら、私のこの一枚をあなたにあげる」「分かった」「柊馬」「ん?」一花が柊馬の体に寄り添い、手を上げて何度も写真をあげて眺めた。「あなた……神様とか、信じてなかったよね?」「もし願いが叶うなら、俺は今日から、神様を信じることにしよう」……翌日、早朝。南関市の郊外にある墓地にて。黒崎家は、久子の葬儀を簡素に済ませた。慶が三日間通夜をした後、久子の遺骨と武雄のを同じ墓に埋蔵した。墓地を出ると、京子はすぐに病院へ行き、則孝の世話をしに行った。泰司が柚葉に目配せすると、彼女はすぐに慶と綾芽の後を追い、二人を家に招き、食事をしようと提案した。慶は黙ったままだったが、綾芽が彼の腕をつかんだ。「そうね、みんな疲れたようだし、一緒に食事にしましょ」久子の死は、慶に大きな打撃を与えた。綾芽が京原市から駆けつけた時、慶の憔悴ぶりを見て、うっかりと彼だと認識できなかったほどだった。彼の目には、もはや神様に愛されているような自信満々の光はなく、彼の自信と輝きは、すべて消え去っていた。綾芽は慶に付き添って通夜をし、今日に至るまで、彼は一言も口をきかなかった。彼女は、実はこの機会に彼との関係を修復したいと思っていた。慶は
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第477話

たとえ綾芽が後になって知ったとしても、彼女と慶には、子供が一人いる。颯太のことを思えば、彼女は本当に、黒崎家が没落して滅びるのを見ていられるはずがないだろう。一花はたとえ西園寺家の令嬢でも、ビジネス界を牛耳ることはできないし、伊集院グループがどんなに資本力があっても、強い後ろ盾を持つギャロップを崩すのは難しいはずだ。綾芽さえ、ギャロップをしっかりつかめれば、黒崎家はまだ実力を温存できる。復讐するのに、急ぐことなく、ゆっくりと実力を蓄えるのも重要なのだ。だから、今、綾芽と慶は離婚してはならない。京子と綾芽の関係はぎくしゃくしている。だから、二人の関係を修復させる重役は、柚葉と泰司にかかっている。柚葉は使用人に、豪華な料理をテーブルいっぱい作らせた。彼女が綾芽を自宅の食事に招くのは初めてで、綾芽の好みがわからないので、普段誰か客を招待する時の基準に従い、新鮮な野菜、肉料理に海鮮料理、できるだけすべて用意しておいた。今は、状況はかなり違った。柚葉は今、ただ綾芽と良い関係を築きたかった。態度はとても良く、綾芽のコートを取ってあげたり、彼女と世間話をしたりした。だが綾芽は、ひどく嫌気がさしていた。自由自在に顔色を変えることに関しては、おそらく黒崎家の人間が最も得意とすることだろう。慶を慮り、綾芽は直接柚葉に嫌な顔を見せなかった。だが柚葉の親切さには、彼女は全身から拒絶したかった。柚葉が彼女に料理を分けてあげようとすると、彼女は直接それを断った。彼女はあっさりした味付けが好きで、自分でやると強調した。柚葉の熱い思いは、冷ややかにあしらわれ、彼女は表情がすぐに曇った。泰司が慌ててテーブルの下から彼女を軽く蹴り、注意を促した。「……」「柚葉ちゃん、次は、こんなに派手にしなくてもいいよ。四人だけなんだから、食べきれない。それに……黒崎家の今の経済状況、やっぱり節約したほうがいいと思う。そう思わない?」綾芽が煮魚の最も柔らかい身を取った後、その皿を横に寄せた。女の気取った様子に、柚葉は歯ぎしりしそうだった。だが彼女は無理やりにぎこちない笑みを浮かべた。「お義姉さんのおっしゃる通りね」「ごちそうさん」突然、慶がパシッと箸を置き、立ち上がって洗面所へ向かった。綾芽は彼が立ち上がるのを見て、口を拭い、自分
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第478話

「私は、颯太の母親で、あなたの妻よ」「もう、違う」慶が冷たく言い終えると、突然、彼女の両腕を引き離した。だが、さっきまでの激しい引き合いで、彼女の細い体が彼の胸にぶつかった。綾芽は痛みも構わず、彼の頭を両手で固定し、強引に彼にキスした。二人のもみ合う音が、柚葉と泰司の耳にも届いた。柚葉が立ち上がって見に行こうとしたが、泰司にぐいと引き留められた。しばらくして、二人はやっと一緒に出てきた。柚葉が一目で二人の首筋に残った痕に気づき、思わず眉を上げ、泰司のほうを見た。「義兄さん、ここ数日疲れてるんだろう。今日はここで休んだら?ゲストルームなら、ちゃんと片づけたから、すごく快適だと思うよ」泰司が急いでそう言いながら、また綾芽の方を見た。案の定、綾芽はそれ以上何も言わなかった。慶と彼女の関係は、今、ちょうど何か刺激が必要だ。泰司と柚葉が間に入って取り持つのも、関係を和らげる一つの方法だ。綾芽はさっき押さえつけられてひどく痛んだ肩を揉み、慶の反応を観察していた。「いい。俺は帰る」だが慶は、泰司にこれ以上言わせる機会を与えず、そう言い終えると、先に立ち去った。彼が去れば、綾芽はもちろんここに残らない。柚葉がすぐに立ち上がった。これは彼らの予想とは全く違っていて、泰司はまだ、綾芽に仕事の件を話す時間もなかった。泰司は仕方なく、慌てて二人を追いかけ、強引に綾芽を下まで見送った。「綾芽さん、慶さんのこと、お願いしますよ。今、家は皆、かなり気持ちが沈んでいるんですから、どうか大目に見てください」「ええ、慶は今、大変な時ですから。私がちゃんと面倒を見ます」「じゃあ……じゃあ、綾芽さんは南関市に残るんでしょうか?」綾芽は言い終えると、すぐに慶の後を追おうとした。だが泰司はまだ問いかけてくる。彼がこう言うと、綾芽も彼の意図を理解した。「私たち、家族なんですから、用があったら、はっきり言っていいんですよ」泰司が笑い、とっくに用意していた名刺を差し出した。「綾芽さん、黒崎家が今、こんな状態で、俺も以前の会社では行き詰まってるんです。あなたが南関市でギャロップの支社を任されるなら、俺を連れて行ってくれませんか?」「……」綾芽の瞳にかすかな迷いが走るのを見て、泰司がすぐに付け加えて言った。「安心
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第479話

綾芽の心は、とても穏やかではなかった。以前の慶は、とても拘りのある人だった。外見だけでなく、家の中も、このように散らかっているはずがない。もし一花がいなければ、彼の人生はまだ輝かしいままだったはずだ。「慶……私たち、もう一度やり直そう。いいでしょ?颯太が、あなたに会いたいって言ってるの。家族三人で一緒に暮らしたいって……今、黒崎家は以前ほどじゃないけど、少なくとも私たちの関係はもう隠さなくていいのよ。会社がだめになったとしても、次の会社は作れるでしょ……私、必ずあなたを助けるから」綾芽がそっと彼の体に寄り添い、優しい声でゆっくりと話した。本当に、かつてないほどの誠実さを持っている。なぜなら、彼女は颯太に、完全な形の家庭を与えたかったからだ。彼女は、彼らがこんな結末で終わることが、どうしても悔しかった。それに……彼女は本当に、彼を愛していたからだ。「俺を愛してるって言うが、どれだけ愛してるんだ?」ついに、慶が口を開き、かすれた声を出した。綾芽は心が高鳴り、すぐに立ち上がり、彼のそばにしゃがみこんだ。「あなたのために、黒崎家のすべてを背負うわ」「戻れないかもしれない覚悟はできているのか?」慶は落ち着き払って綾芽を見つめていた。彼の瞳の奥も、口調にも、何の感情もなく、淀んだ泥水のようだった。だが綾芽は今、そんなことは構っていられない。彼女はただ、慶と元どおりになりたいと一心に願っている。「あなたのためなら、私は何だってできる。昔みたいに……あなたが私のためにしてくれたみたいに」綾芽はわざと、以前のことを持ち出した。「……」しかし、この一言が、慶の目つきをさらに鋭くさせた。彼は突然、綾芽の顎をつかんだ。その力が強く、彼女は涙がこぼれそうになった。しかししばらくすると、彼は手を少し緩め、そっと彼女の頬を撫で、自分のそばに引き寄せた。「一花は俺の仇だ。俺は彼女を憎んでる。死なせたいほどだ」「……」綾芽は一瞬、きょとんとした。彼女も同じく一花を憎んではいるが、慶のこの様子を見て、思わず少し恐ろしくなってしまった。「彼女は確かに万死に値するけど、今、私たちが一番やるべきことは、彼女に対抗することじゃ……」「お前に、彼女に対抗できるのか?」慶がベッドから起き上がり、ぐいと綾芽を
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第480話

実は、これらの事は、綾芽が気を遣う必要はなかった。浩之はとっくにチームに決めさせており、今回はただ彼女に仕事の名目を付けただけだった。ついでに、コミュニケーションを維持するためだ。会議終了後、浩之はまた綾芽の家庭の事情を尋ねた。あの夜、浩之が思いを打ち明けて以来、綾芽は常に彼の視線から逃げるようになり、こうした質問への返答も、もちろん以前のようにストレートではなくなった。彼女は少し考えてから、ようやくこう言った。「夫の祖母の件はもう片付きました。でも、家にまだ少し用事があって、私、多分南関市にあと数日、残るかもしれないと思います」綾芽は今日、かなり気分が良かった。もともと、何も成し遂げられずに帰る覚悟をしていたのに、まさかこんなに早く慶との関係を和らげられるとは思っていなかったのだ。彼がまだ離婚の話を持ち出してはいないが、彼女は、自分が十分に辛抱強くいれば、慶と仲直りできない理由はないと信じていた。綾芽は当然、このことのせいでキャリアに支障が生じるのが嫌だった。彼女はじっくりと考えた。どうしても無理なら、二つの市の間を往復したらいい。あるいは、慶の状態が少し良くなったら、彼を連れて京原市に行くこともできる。しかし、浩之は少しも焦っていないようだった。「構わない。ちょうど君に伝えようと思っていたところだ。支社のプロジェクトは、もう決まった。君は南関市に残って、まずその事業に参加してくれ」浩之のその言葉を聞き、綾芽も非常に喜んだ。「ええ、どんな事業ですか?」「資料はもう送った。やはり新エネルギーの分野だ。だが今回は、提携先がいる。南関市の大手製薬会社だ」浩之が淡々と伝えた。彼はそう言うと、綾芽はすぐに気づいた。「西園寺グループですか」前回、黒崎家の人のせいで、綾芽はサミットを欠席し、西園寺グループの人に会えず、残念に思っていた。今、提携先が西園寺グループだと聞き、心の中で思わず喜んでいた。南関市に西園寺グループの後ろ盾があれば、ギャロップの事業は間違いなく順調に進み、彼女もより簡単に支社を支えられる。ギャロップはエネルギー技術分野で、ずっと堅実に実績を積み重ねてきた。西園寺グループの最新の投資分野も、偶然にもそれと一致した。南関市進出を計画し始めて以来、浩之は西園寺グループへの接触を考えていた。
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